道草
港町ダリスを発ったわたくしたちはヒュドラゾンビがいるというサナタリア島を目指しています。
途中にあるリンクシャア連邦国を抜けると整備された街道はなくなっており、南へ向かう道は荒れ果てたものとなっていました。少し進む度に倒木やら岩やらを除去しなければ進めないほどに。
一ヶ月以上を要して到着したのはゼクシルという無政府国家です。ゼクシルは数年前まで王国であったものの、反乱軍が勝利した挙句、雇われの傭兵団が自治権を主張し、不法に占拠されてしまった土地のようです。
傭兵団は王家を上回る圧政を住民に課し、富裕層は概ね国外へと逃げていったみたい。結果としてゼクシルは圧政者と貧困層のみとなり、対外的に国家と認められない無政府状態となっています。
「お嬢様、お気をつけください。祈りが済めば直ぐに出発いたしましょう」
エルサはゼクシルでの用事を聖堂での祈りだけとするつもりみたいね。隙あらばという悪漢様が溢れる町に長居する気はないようです。
「大丈夫よ。わたくしも強くなったのだし、少しくらい平気です!」
「お嬢様ぁぁ、そう言って問題を抱え込むのは勘弁してしてくださいよぉ?」
まるで信頼されていませんわね。ここでもまたやらかすのではないかと、わたくしは疑われていますの。
まあでも、安心してちょうだい。わたくしも物事を大局的に見るということを学んだのですから。
聖堂前で馬車を停車し、わたくしだけが聖堂へと入る。二人して入ると馬車が盗まれる恐れがあるからです。
聖堂に入ると、シスターが祈りを捧げていました。わたくしは彼女の祈りが終わるときを待ち、シスターが立ち上がるや、ディーテ様の石像前へと進む。
「女性とは珍しいですね……」
手を合わせたわたくしに、シスターが声をかけた。珍しいと言われても、シスター様だって女性であられるでしょうに。
「シスター様、ここでは女性が祈ることなどないのでしょうか?」
流石に問いを返す。どの街でも女性だって祈りを捧げておりました。世界中で行われていることだと考えていたのですけれど。
「ゼクシルは荒れ果ててしまいましたから。女性や子供の姿を街中で見ましたか?」
どうしてか質問返しがある。さりとて、それはわたくしも違和感を覚えていたことです。ここに来るまで力無く横たわる男性しか見ていません。
首を振るわたくしにシスター様が続ける。
「女性や子供は直ぐに捕らえられ、奴隷として売られてしまうのですよ。ゼクシルの地にはもう加護などないのかもしれません」
シスター様は現状に憂えて絶望感すら覚えているような表情ですわ。聞いた通りに街は荒れ果てていましたけれど、わたくしには疑問もありますの。
「シスター様はどうして無事なのでしょう?」
街中の女性や子供が奴隷として売られてしまうのなら、教会のシスター様はどうして問題ないのかと。
「私はディーテ教団から派遣されておりますから。流石に狙われることなどありません。修道着以外で彷徨くと、ひと溜まりもないでしょうが……」
なるほど、そういうことでしたか。
如何に無政府状態であったとして、ディーテ教団を敵にはしたくないみたいね。もし仮にシスター様が音信不通となれば、瞬く間に本部から僧兵が派遣されてしまうことでしょう。現状の無政府状態を是正しようと動くはずですわ。
「わたくしにはあまり良い状況だと思えません。シスター様はネオシュバルツの本部に伺いを立てられていらっしゃいますか?」
「もちろんです。非道な事案が毎日のように起きていること。私は魔力不足で伝心通話が行えませんが、伝書術にて鳥を飛ばしております」
瞬時にわたくしは理解していました。伝心魔法が使えぬのであれば、本部には届いていないのだと。教会から飛び立つ鳥は確実に始末されていることでしょう。
「シスター様、どうかご安心を。わたくしはこれでも聖女なのです。ディーテ様にはわたくしからご報告させていただきます」
エルサに釘を刺されていましたが、わたくしはゼクシルの問題に首を突っ込もうとしています。現状があまりにも酷い状況だと感じて。
「聖女様!? 貴方様が本当に聖女様なのですか?」
「今からディーテ様に顕現願います。わたくしはゼクシルの現状を良く思いません。ディーテ様も同じように感じられているはずです」
言って、わたくしはディーテ様に祈りを捧げる。ゼクシルに幸があるように。力無きシスター様に助力いただけるようにと。
しばらくすると、ディーテ様の像が輝きを帯びる。シスター様にとって、それは明確に奇跡であったことでしょう。何もない空間から、主神ディーテ様が降臨するだなんて。
「ヒナ、貴方も色々と抱え込むのですね……」
苦笑いのディーテ様に、わたくしは大きな笑みを返す。願った通りに顕現してくれたディーテ様には感謝しかありませんわ。
「ディーテ様、わたくしはゼクシルの現状を捨て置けません。たとえ急ぐ旅路の途中だとしても……」
わたくしは曲がりなりにも聖女です。世界様が何を理由に選定したのか分かりませんけれど、わたくしは少なからず世界様に期待されているはず。この地を訪れることになって意味も、きっとあるはずですわ。
まあでも、これは明らかに寄り道です。制約の日まで八ヶ月しかありませんでしたが、わたくしはゼクシルの現状を変えたいと願う。
「まあそうですね。ワタシも正直なところ気にはなっています。ですが、ヒナは一刻も早く成長すべき。ワタシはそう考えております」
シスター様は呆然としていました。女神ディーテ様が降臨しただけでなく、わたくしと普通に会話しているから。とても現実に起きていることだとは思えなかったようです。
「ディーテ様、わたくしは傭兵たちを倒すべきでしょうか? 仮に倒したとして現状が改善されるでしょうか? わたくしはそれを知りたく存じます」
ディーテ様は長い息を吐いた。恐らくディーテ様はわたくしが自身の正義を曲げるつもりなどないと分かっていらっしゃるのでしょう。
「現状の貴方なら問題なく倒せるでしょう。問題はそのあとです。現状の統治者を排除したとして、同じような輩が必ず現れます。人は貴方が考えるよりも、ずっと悪意を持っているのですから」
ディーテ様は遠回しに無駄なことだと伝えています。傭兵たちを排除したとして、次なる圧政者が現れるだけなのだと。
「だからといって見過ごせません。それであれば、わたくしが統治者としてゼクシルに残れば、問題は噴出しなくなるでしょうか?」
絶句するディーテ様。旅の目的を履き違えるわたくしに。あろうことか貴重な時間を費やしてまでゼクシルを救おうするわたくしに対して。
「ヒナはどうしようもありませんね。ですが、貴方がここに残るのは却下です。ゼクシルの地は教団に任せましょう。エバートン教皇に神託を出しておきます。責任を持ってゼクシルを統治し、善政を敷くようにと」
わたくしは笑みを浮かべています。ディーテ教団であれば下手なことにはならないだろうと。きっと弱者たちは救われるはず。
「ありがとうございます、ディーテ様。とりあえず現状の圧政者たちは排除していきます。少しばかりの時間でも民が救われるように」
わたくしの言葉にディーテは頷きを返していた。ここで話は終わりかと思われたものの、ディーテ様は別件を口にし始める。
「ヒナにも伝えておきましょう。クリエス君に取り憑いていた悪霊の一体が天に還りました。かの悪霊の魂強度を得たクリエス君は大幅にレベルアップを遂げ、尚且つ呪いのレベルを上げていた従者も失われたのです。一度に二つも呪いのレベルが低下したことにより、ステータスの減算は二分の一となっております」
伝えられた話は吉報でした。しばらく祈りを捧げる場がなかったわたくしは、ここでクリエス様の現状を知らされています。世界救済のネックとなっていた悪霊様が一つ天へ還ったのだと。
「それは喜ばしいことですね」
「まあそうなのですが、邪神竜はあの悪霊を簡単に蹂躙しておりました。考えていたよりもずっと強いのだと思われます」
吉報に続いて告げられたのは悪い知らせです。災禍級の悪霊様が一体減ったのはクリエス様にとって幸運でしたが、邪神竜の強さが明らかになったともいえるみたい。加えてクリエス様は力と引き換えにして、邪神竜と戦う戦力を失っています。
「悪霊の消失はヒナにも影響があるのです」
妙な話に、わたくしは小首を傾げている。悪霊様が天に還った影響がどうして自分にもあるのかと。
「なぜでしょうか?」
「実は貴方が討伐を考えているヒュドラゾンビは消失した悪霊ミア・グランティスの使い魔であったのです。主人を失った使い魔がどう動くのか分かりません。五体のヒュドラゾンビに命令できない状態なのです。ヒナが倒しやすい状況を作り出すのは不可能であり、サナタリア島は完全に無秩序な状態だといえます」
どうやらクリエス様に起きた事象はわたくしとも繋がっているようです。かといって、今さら引き返すなんてできません。
クリエス様と合流してから再び目指すのなら、かなりの日数を無駄にしてしまう。自分で討伐できる魔物であれば、無駄な時間を使うべきではありません。
「わたくしはこのまま進みます。クリエス様にはよろしくお伝えください。無茶はしないようにと……」
「分かりました。貴方も無茶はやめるのよ? 世界は予想よりも随分と早く終末へと向かっております。新たな使徒を準備する時間などないと心に留めてください」
ディーテ様はわたくしを止めませんでした。時間がないことはディーテ様も分かっておられます。クリエス様と合流するよりも、個々にレベルアップする方が理にかなっているのだと。
ここでようやく祈りが終わる。顕現したディーテ様の姿が淡く消えていきました。
唖然と眺めていたシスター様。立ち上がるわたくしに声をかけられております。
「聖女様、ゼクシルをお救いいただけるのでしょうか!?」
縋るような目にわたくしは笑みを返す。一部始終を見届けた彼女の期待に応えるつもりですの。
「もちろんです。ディーテ様が仰ったように、ゼクシルはディーテ教団によって統治されることになるはず。民が嘆くだけの時代は終わらせます」
礼をしてから、わたくしは聖堂をあとにする。エルサへの報告が億劫に感じられていましたが、わたくしはゼクシルを救うのだと決めたのです。
専属メイドに堂々と道草を主張するだけでした。
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