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煩悩まみれの聖職者と女子高生(悪役令嬢)だけで世界を救うって本気ですか? 〜終末世界は残念な二人に託されました〜  作者: さかもり
第二章 各々が歩む道

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陽が落ちて……

 俺が意識を戻したのはナーガラージが飛び去ってから小一時間が経過した頃であった。


 もう完全に陽は落ちて、周囲は闇に染まっている。


「ぅぁ…………」


『婿殿、気がついたのか!?』


 朦朧とする意識。定まらぬ焦点。しかし、俺の瞳は心配するイーサと濡れタオルを用意するベルカさんの姿を捉えていた。


「ミアは……?」


 まず気になるのはミアのことだ。意識を失う直前、ナーガラージに捕らえられた彼女がどうなっているのかと。


『駄肉は連れ去られた。無駄にデカすぎるオッパイのせいでな……』


 俺の問いにはイーサが答えている。ディーテ様とタメを張る巨乳のせいでナーガラージに気に入られてしまったのだと。


「イーサ、ミアを助けてくれよ……」

『分かっとるが、まずは婿殿じゃ。妾は心配でならんかったのじゃ……』


 思わず唇を噛む。自身の弱さのせいで、ミアが連れ去られてしまった。突然襲った胸の痛み。我慢して気を失わなければ、イーサはミアを救えたかもしれないというのに。


「すまん。俺が弱すぎたせいだ……」


『婿殿、駄肉もまた強者じゃ。自身の最後は自分で決めるだろうて……』


 酷く心が痛む話であった。無理矢理に連れ去られたミア。彼女に触れられるナーガラージがこのあと何をするのかと考えてしまう。さりとて、予想できる結末は一つしかなかった。ミアの初めてを奪うためだけに、邪神竜は連れ去っていったのだから。


「ミア……」


 意図せず涙が零れた。不甲斐ない俺のせいでミアが苦しむなんて。邪魔に感じていたのは事実だけど、今となってはミアが心配でならない。


『婿殿、あの駄肉は弱者ではない。トカゲに蹂躙されるタマではないのじゃ。最悪の場合は自ら天へと還ることじゃろう……』


 確かにな。自ら望めばミアは成仏できるはずだ。邪神竜に奪われたくないのであれば、彼女は自発的に輪廻へと還っていくのだろう。


 とはいえ、それは最悪の場合だ。お別れの言葉もなく、俺は彼女を失いたくなかった。

 失意に暮れていても変化などあるはずがない。今は前を向き、最善の行動を取るだけだ。


「取り戻すぞ。ミアは俺の従者なんだ……」


 再び心に強さが宿る。どうあっても取り戻すのだと俺は決意した。男女交際はミアにとって後悔の念に他ならないが、望まぬ相手と済ますだなんて予定していないはずなんだ。


『うむ、妾もトカゲのやつは許せぬ……』


 イーサも同じ気持ちである。ミアを無理矢理に攫っていったナーガラージを彼女も許すつもりはないらしい。


「よっしゃ、行くぞ!」


 俺が立ち上がったそのとき、どうしてか視界が輝き始める。

 目映く煌めいた空間は徐々に輝きを失い、その中に人影を投影していく。


 俺は唖然としていた。なぜなら輝きの中にミアの姿を見たからだ。


「ミア……?」


 幻覚にも似たそれに俺は話しかけた。突然、舞い戻ってきたかのような彼女に声をかけている。


 問いかけには頷きが返されていた。やはり現れたのはミア。彼女は邪神竜による拘束を逃れて戻ってきたのかもしれない。


『旦那様、時間がありません。魂の大半を解放し、私はここに思念を飛ばしております。邪神竜は私の操を奪おうとしているのです。何とか逃げ出しておりますが、私は魂の糸を掴まれたままであり、邪神竜から距離を取ることすらできません。加えて魂の糸を手繰り寄せられ、再び捕まるのも時間の問題です。知っての通り、私の未練は男女交際について知ること。恐らく無理矢理にでも奪われてしまうと、私は心残りが断たれたとして、それこそ強制的に輪廻へと還ることになるでしょう』


 ミアは語り出す。俺たちの疑問をそっちのけで、自身の置かれた状況を口にしている。時間がないとの内容通りに。


『私は旦那様の手によって還りたい……』


 ミアは希望を口にしている。危機的状況は理解したけれど、俺はミアに触れられない。彼女の想いに応えられなかった。


「俺に……できるのか?」


 端的な疑問には頷きがあった。どうやら俺にも彼女の心残りを解消できる術があるらしい。


『旦那様の愛で満たして欲しい。身体の繋がりはなくとも、私は貴方が欲しい。どうか魂が震えるほどの言葉によって、私を天へと還してください』


 思念体だというミア。いつも以上に身体が透けて見える。

 既にミアは覚悟を決めているのだろう。また彼女は長すぎる人生の最後を俺に委ねていた。


『真実の愛を教えてください……』


 どうしていいのか分からない。けれど、ミアへと歩み寄らずにはいられなかった。

 俺はミアの頬に手を差し伸べる。しかし、やはり彼女には触れられない。でも、それで充分だった。ミアは愛を語るに相応しいハイエルフの王女殿下なのだから。


 文字通り透けて見えるその白い肌は月明かりのように儚く、それでいて美しい。

 真っ直ぐ見据えられたミアの目に、俺は微笑みを返していた。


「ミア、愛してる……」


 自然と口を衝いた。思考を介すことなく、俺の想いは言葉になっている。


 もしも本当にミアが存在していたのなら。きっと俺は彼女に恋をしただろう。もしも生まれが違っていたのなら。もしも運命が彼女と交差していたのなら。


 仮初めの口づけ。俺はミアの唇に重ねていた。感触なんてあるはずもないのだけど、俺は間違いなくミアとキスしている。


 この世のものとは思えない美貌。誰もが羨むスタイル。麗しい姫君の唇を俺は奪っていた。


 静かにミアが目を開くと、彼女は涙していた。頬を伝う幾つもの雫は彼女の身体を離れるや消えていく。まるで一足先に輪廻へと還るかのように。


『旦那様、ありがとうございます。嘘でも嬉しいです』

「嘘じゃねぇよ!!」


 即座に俺は否定している。今し方口を衝いた感情は間違っても嘘じゃないのだと。

 涙を流すミアであったが、俺の話に笑みを浮かべていた。


『貴方様に出会えたことは運命であったのかもしれません。悲運でもありましたが、それでも私は満足しております。貴方様と出会うためだけに、私はこの千年を過ごしたのだと思います』


 追憶ともいえる話をミアが口にしている。俺と出会うためだけに、彼女は世界に留まったのだと。


『もう憂えることなく還ります。私はようやく愛を知れた。貴方様の愛で満たされたから……』


 徐々にミアの身体が薄く消えていく。

 ミアの心残りは本当に解消されたのかもしれない。


『魂の大半を切り捨てております。従って、貴方様に捧げる力はあまり残っておりません。ですが、受け取ってくださいまし。私の力を。私が存在したという痕跡を全て……』


 もうミアの身体は視認できないくらいだった。語られる内容はよく理解できなかったものの、俺は笑みを浮かべたまま頷いている。


『旦那様、いつかあの邪神竜を倒してくださいね? 私は天より見届けさせていただきますから』


 淡く消えゆくミアは心残りと望みを口にしたあと、最後に想いの全てを俺に投げかけていた。


『クリエス・フォスター様、愛しております――――』


 言ってミアは完全に消失した。

 俺に何も言わせぬまま、好き勝手に想いを告げて彼女はこの世を去っていく。


「おい、ミア……?」


 もう空間には何も見えず、ミアの存在を示すものはどこにも残っていなかった。

 何も聞こえない。待っていたとして、耳が痛くなるほどの静寂に包まれているだけだ。


 その刹那、俺の脳裏にけたたましい通知音が鳴り響いた。


『スキル[死霊術]が使用可能となりました』

『スキル[腐食術]が使用可能となりました』


 立て続けに通知がある。ミアの置き土産なのか、使用できない状態だった彼女のスキルが使用可能となったらしい。


 戸惑う俺を余所に通知が続く。


『レベル699になりました――――』


 唖然と息を呑む。確かにミアは力を受け取ってくれと話していたけれど、俺がミアを倒したわけではない。だというのに、どうしてか俺は彼女が解き放ったであろう魂強度を得ている。


「ミア……」


 結局は俺がミアの成仏に関与したのだと思える。シルアンナが話していたんだ。死に第三者が関与していたならと。恐らく、それは討伐だけじゃない。心残りを解消し、天へと還すことも含まれるはずだ。


 さりとて、感謝される覚えはなかった。俺は本心を語っただけ。決して嘘を言って彼女を送ったわけではない。


『逝ったのか……』


 イーサもまた察している。ミアがこの世に思い残すことがなくなったことを。後顧の憂いを断ち、輪廻へと還っていったのだと。


 長い息を吐く。正直に心が乱れていたけれど、湧き立つ感情は悲しみよりも憎しみの方が大きかった。


 このような結末を望むはずもない。俺は自発的に成仏して欲しかったんだ。ミアを追い込む状況を作り出した存在に対して、俺は憎悪と呼ぶべき感情を抱いている。


「イーサ、ナーガラージは絶対に許さねぇ。ズタズタに斬り裂いてやらなきゃ怒りが収まらねぇよ。俺は必ず強くなって、あの邪神竜を殺す……」


 頷くイーサ。彼女には俺が抱く負の感情が理解できたことだろう。


『妾は婿殿に強くなって欲しいのじゃ。よって妾は手伝うぞ。あのトカゲを真っ二つにしてやれ……』


 イーサなりのエールは心に響く。俺自身が、かの邪神竜を討つことこそが弔いに違いない。ミアが本当に成仏できるのなら、その時だと思う。


 絶対にやってやろうと俺は意気込んでいる。しかし、待っていたのは更なる悲しみであった。


「あぁああぁあああぁっっ!!」


 急にベルカさんが苦しみ始めた。彼女はその場へと倒れ込み、苦しさからか爪で土を思い切り掻いている。


「ベルカさん!?」


 あっという間の出来事だった。地面に伏し、十秒も経たないうちにベルカさんは動かなくなってしまう。


「ベルカさん! ベルカさん!」


 幾ら叫べども返答はない。それどころか彼女の体温は急激に失われていく。


 呆然と頭を振る俺にイーサが声をかけていた。


『婿殿、此奴は闇の支配契約を結んでいたのじゃ。生殺与奪の支配術。駄肉が失われた以上、魂を支配された此奴はこの世で生きてはいけん。特に此奴の場合は魂の殆どを奪われておったしな……』


 どうやらベルカさんは魂のほぼ全てをミアに奪われていたらしい。生命をミアに依存していたベルカさんはミアの消失と共に失われる運命。ミアが失われた今、ベルカさんはこの世に留まれないようだ。


「ちくしょう……」


 益々腹が立っていた。全ての原因である邪神竜や、何もできない自分自身に。

 俺は唇を噛み、どこを見つめるでもない瞳には怒りが満ちていた。


「邪神竜をただ殺すだけじゃ俺の気が済まねぇよ……」


 らしくないドスの利いた声だったと思う。怒りという感情が発したその言葉にイーサは驚いた目をして俺を見ていた。


「魂まで完全に破壊してやる……」


 未だかつて、これ程までに怒りを露わにしたことはない。俺は絶対に許せなかったんだ。

 

 しかしながら、正直なところ不思議にも感じている。取り憑いていた悪霊が輪廻に還っただけだというのに、俺はこの現状が堪らなく嫌だった。なぜだか怒りが沸き立って仕方なかったんだ。


「二人の弔いだ。派手なパーティーにしようぜ?」


 必ずや邪神竜を亡き者にしようと決めた。天へと先に還っていったミアとベルカさんのためにも、ナーガラージだけは命に替えても仕留めるのだと。


 邪神竜ナーガラージは己が手によって斬り裂く。それこそ魂がすり減るまで斬り刻んでやるんだ。

 俺は邪神竜の討伐を誓う。俺を庇護する女神たちや世界に対してではなく、天へと還った仲間たちに対して……。


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