土の大精霊
コロポルックを発って数時間後。ミアによると既に精霊の森へと入っているようだ。
見た目は何も変わらないけれど、そういわれると神聖な空気が満ちているような気もする。
『旦那様、あそこに精霊様がいらっしゃいます!』
ミアが指さす先。確かに人影があった。予想したよりも大きく人族の姿と似ていたので、教えてもらわなければ精霊だと判断できなかったことだろう。
「あら、ここに人族が来るなんて珍しいわ」
俺たちが近付くと精霊は逃げることなく言葉を発した。やはり精霊の背丈はかなり大きい。俺と同じか少し小さいくらいであった。
「えっと、貴方は精霊様ですか?」
俺の問いに彼女は頷く。
「わたしはドリア・ドド。木の精霊ですわ」
「俺はクリエスと言います。それでドリアさん、大精霊様がどこにいるのかご存じないでしょうか?」
俺としては普通に問いを返しただけだが、どうしてかドリアは頬を染めている。
この反応には嫌な予感がした。唐突に頬を赤くする彼女の反応はあのスキルが仕事をした証し。馬鹿にしか作用しない女難が効果を発揮しているのではないかと。
「ああん、クリエス様! 受粉してくださいまし!」
「花粉なんか出ねぇよ!」
いきなりであった。マイア皇妃には効かなかったというのに、上位だと思われる精霊には女難が効果を発揮しているようだ。やはり馬鹿にしか効かないという仮説は正しかったのかもしれない。
「いやぁぁん! 胚珠が疼くぅぅ!!」
「少しも色っぽくねぇし!!」
所詮は草木である。俺は草フェチでもないし、これなら変態受付嬢であるリリアさんの方がまだ興奮するというものだ。
「簡単に逃げられると思って? 縛りあげて花粉を搾りとってあげますわ!」
「だから俺は植物じゃねぇって!!」
ドリアは地面から蔦を伸ばした。完全に意表を突かれている。地表から伸びた蔦は瞬く間に俺の両足を縛り付け、自由を奪っていた。
「お、おい!?」
「さあ、さっさとアレ(雄しべ)を晒してくださいな? ちょうど、わたしもお年頃(花が咲いたところ)ですの。もう子作り(他家受粉)だってできちゃいます! 早く一人前の女に(果実に)してくださいまし!」
「まさかの隠語使い!!」
やはり俺の仮説は正しい。なぜなら眼前の精霊は確実にお馬鹿であったからだ。
この状況は明確な危機である。しかし、俺自身ではない。この行為は精霊の森に訪れた明らかな危機なのだ。俺のことになると取り乱す悪霊が二人もいるのだから。
蔦により拘束された俺は悪霊の二人へと視線を向ける。どうか落ち着いていてくれと。
俺を助けようと彼女たちが一暴れするのは既に確定事項だ。けれど、精霊の森の原形くらいは残してくれ。壊滅させたのではマイア皇妃に会わす顔がないのだから。
『む、婿殿が亀甲縛りに遭っておる……ハァハァ……』
『お、お勉強させていただきます……ハァハァ……』
「ホント役に立たねぇな!?」
逆上するかと思えば、悪霊の二人は興奮しているだけだ。今更ながらに思うのだが、こいつらが役に立った場面は果たしてあったのだろうか?
「何を騒々しい!」
自分で戦うことも視野に入れて考え始めていると、不意に声が響いた。
現れたのは小さな輝き。妖精のような姿をしたものである。
「ノア様!?」
一瞬にして蔦を枯らすドリア。どうやら現れたのは上位の存在らしい。彼女が呼んだ名は土の大精霊ノア・オムに他ならない。
「人族と悪霊、それにハーフエルフ? どういう組み合わせなんだ?」
ノアはとても小さい身体付きであるが、何だか威厳を感じさせる口調だ。俺たちを下に見ているのは明らかであった。
「えっと、俺は貴方に話が聞きたくて……」
「ふん、私に用などない! ここは精霊の森。よそ者はさっさと立ち去れい!」
まるで聞く耳を持たない。せっかく寄り道したというのに、これでは少しの情報も聞き出せそうになかった。変態樹木に縛り付けられただけである。
「やっぱハチミツ玉を出すしかないか……」
俺がポツリと漏らした瞬間のこと、
「人族は大歓迎なのだ! 何を隠そう私はお喋り好き! 愛らしい土の大精霊ノアちゃんだお!」
一転してノアが態度を翻した。呆気に取られてしまうけれど、これがハチミツ玉の効果なのだろう。不愉快にも感じるが、とりあえず目的は達成できそうだ。
「実は千年前のことを聞きたいのです」
「ほう、答えてやってもいいが、分かっておろうの? 早くハチミツ玉を寄越せ!」
小さいのに生意気である。しかし、先に手渡すつもりはなかった。
生憎と俺は大人げない人間でな。ずる賢い大精霊にマウントを取るだけだぜぇっ!
「ふはは、俺は大量のハチミツ玉を持っているんだ! 頭が高いぞ、大精霊ノア!」
「グギギギ……」
その姿に不似合いな歯ぎしり。まあしかし、彼女は見た目通りの可愛い精霊ではない。一癖も二癖もあるのは容易に推し量れているのだから、俺は強気に攻めるだけだ。
「ぐぅぅ、千年前というと私が大精霊になった頃の話か?」
敗北を認めたのか、ノアが語り始める。
やはり現実は俺の予想とは異なっていた。どうやら、このノアは二代目であるようで、千年前にいた初代ではないらしい。
「千年前、何が起きて初代大精霊たちは消息を絶ったんだ?」
大精霊さえ行方不明にならなければ、恐らく世界はバランスを保ったままであり、魔王候補は生まれなかったはず。更にはタイラー・スティルハートの召喚もなかったことだろう。
「他の三体は勝手におらんようになった。でも初代ノアについては知っている。私は実際に見ていたからな」
二代目ノアは初代ノアについてのみ知っているらしい。恐らくはベリルマッド六世が来たかなりあとの話になるはずだ。
「タイラーという男がやって来たのだ」
ゴクリと息を呑む。想像していたままの返答に。大深林へとやって来たタイラーの目的地はやはり精霊の森であった。
「ノアは言葉巧みに操られていたよ。愚かにもノアは信じてしまったんだ。人族には不可能だと思える壮大な話を。明らかな嘘だと分かる内容であり、タイラーが語ったのは夢物語でしかなかったというのに……」
俺には分かっていた。それは言霊というSランクスキル。魔王候補イーサをもショック死させたスキルにより大精霊をも騙したのだと。
「マジか。明確な嘘もスキルによって信じてしまうんだな……」
「うん、その通りだよ。思えば初代はバカなやつだった。美味しい話がそうそうあるはずもないというのに信じてしまったんだ。非現実的な夢物語を信じてしまった……」
何だか暗い雰囲気になってしまう。初代ノアの末路を想像するだけで。
「飴玉をくれるなんて夢物語を……」
「嘘だよな!?」
大精霊の残念さに俺は頭痛を覚えている。どうやら言霊というスキルではない。単に飴玉をチラつかせただけであった。
「しかし、お前も止めてやれよ。恐らく初代ノアはろくでもない最後を迎えたはずだぞ?」
「それはそうなんだけど、私は口を挟めなかったんだ。ノアが連れ去られたあと、次は私の番だって分かっていたから……」
どうやら彼女は初代ノアだけでなく、自分自身も狙われることを危惧していたらしい。次は自分の番なのだと。
「次代の大精霊は私だって分かっていたから……」
「なんて腹黒さだ!!」
もう二代目は駄目だと思う。出会いから今まで黒い一面しか見ていないのだ。
アストラル世界がこの先に著しくバランスを崩す未来が俺には容易に想像できた。
「それでタイラーは何か言っていたか?」
もう聞き取りに意味合いを感じなかったけれど、一応は聞いておく。二代目ノアは一部始終を見ていたのだから。
「ノアを連れて北大陸へ行くと話していた。今思えば、私も着いて行けば良かったと後悔している……」
どうやら初代を見捨てたことを二代目は悔やんでいるらしい。
一応はこいつも大精霊なんだな。憎まれ口を言ったりするけれど、こいつなりに罪の意識があって、曲がりなりにも初代を悼んでいるみたいだ。
「北には飴玉で作られた国があるんだって!」
「それこそ嘘だからな!?」
やはり千年前も現在も大精霊は残念極まりない。世界の選定とやらに、俺は疑問しか思い浮かばなかった。
俺は約束通りにハチミツ玉を一つ手渡して、イーサの方を向く。千年前、北大陸で暴れ回った彼女なら適切な助言があるだろうと。
「どう思う?」
『うむ、残念じゃったな……』
イーサもまた初代ノアの行く末を案じているのかもしれない。道案内として大精霊を連れていくはずもないのだから。
『亀甲縛りに喘ぐ婿殿が見たかった……』
「真面目に答えろよな!?」
そういえば悪霊たちは縛られる俺を見て興奮していたのだった。正直に今の話も聞いていたかどうか分からない。
「お前ら、俺の危機に興奮すんな。それで初代ノアはどうなったと考える?」
『まあ、そうじゃの。タイラーは大精霊の神格を欲していたのじゃろうな』
再度問いかけると、今度はまともな意見が返ってきた。
それは俺も同じ考えである。見た感じは大精霊に強大な力があるとも思えない。しかしながら、世界が与えた神格を有しており、大自然を統べる彼女たちは存在以上の力を秘めているはずだ。
「だったら、やっぱタイラーは邪神としての復活を生前から考えていたと思うか?」
『まあ、奴ならあり得る。石橋を叩いて渡るような男じゃ。妾のストーキングにも気付いておったし、宿に泊まるときは常に結界を張っておったからの』
「マジかよ。千年越しに復活とかどうするつもりなんだ?」
疑問は一つだ。魔物以外は失われると輪廻へと還る運命。記憶をリセットされ、生まれ変わるだけである。
経過した時間を考えると、既にタイラーは何度も転生を繰り返しているだろう。そんな彼の魂がどうやって復活するのか想像もできない。
『婿殿も知っておるじゃろ? 妾たちを見てみよ?』
イーサの質問返し。眉根を寄せるような話であったが、俺は気付いている。
「まさかタイラーは輪廻に還っていないのか?」
そうとしか思えない。もし仮に復活するならば、別人に生まれ変わったあとよりも、魂を残してそのときを待つべきだ。計画的な復活であるとすれば、タイラーはアストラル世界に魂を残していると考えられた。
「じゃあ、ノアはタイラーが邪神として復活するために攫われてしまったのか?」
『神となるには神格が必要じゃからの。世界から与えられるのを待つよりも、奪った方が早い。恐らくノアは魂を昇華させるために使われるはずじゃて。更には連れ去ったエルフの存在が気になる。エルフの寿命を考えると、奴はエルフを依り代にしておるのかもしれん……』
イーサの見解に俺は納得していた。慎重なタイラーが見た目だけで連れて行くとは考えにくい。ライオネッティ皇国まで一人で辿り着いたタイラーである。精霊の森への道案内など不要であったと思う。
「千年前の勇者には早く成仏してもらわねぇとな……」
『ふはは、まったくじゃな! 死してなお、現世にしがみつくとは哀れじゃ!』
「お前が言うなって……」
タイラーの目的は明らかだ。邪神としての復活。かつて、この世界が穢れているといった彼は本当に世界を再構築するつもりなのかもしれない。
俺たちは大精霊ノアに別れを告げ、再び馬車に乗り込む。
世界は混沌で満ちていた。初代大精霊たちの消息不明から新たな魔王候補の出現。邪竜だけでなく邪神まで復活してしまえば滅びの道しかない。
しかしながら、俺はこのアストラル世界を守りたいと思う。凶悪な存在が立ち塞がったとして、前へと踏み出していくつもりだ……。
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