大精霊
帝都ラベンズリを発ったわたくしたちは、ようやく世界の狭間という谷を抜け、南へと向かっております。
「お嬢様、その妖精ずっと寝てますね? お菓子を食べる以外は……」
「きっとまだ子供なのよ。あと大精霊って言ってあげなきゃ怒るわよ?」
エルサは大精霊という話を少しも信じていませんの。確かに見た目は完全に妖精様ですけれど。悪戯好きであるし、自由気ままな彼女が大精霊だなんて信憑性に欠けますわね。
「ようやく南下できましたね。あとは港町ルッペンへと行けば、南大陸へと向かう船に乗るだけです」
ルッペンはまだアルテシオ帝国内でした。北大陸南端のど真ん中に位置し、あらゆる航路が存在する北大陸随一の港街です。
程なく、わたくしたちはルッペンに到着。早速と馬車ごと乗船できる船を探します。
「ああ、悪いね。今は南大陸への航路が使えないんだ」
ところが、どうしてか航路が使えないと船乗り様は仰います。ルッペンからは行き先を選べるほどの海路があったというのに。
「御仁、なぜです? 全航路が使えないなどあり得ないでしょう?」
「いやそれが、幽霊船とクラーケンが問題になっていてな。西には幽霊船が出没し、東にはクラーケンが出るんだよ。お上に討伐依頼を出しているところだ」
エルサが聞くと船乗り様は航路に現れた障害について教えてくれました。
クラーケン様は大型の海洋モンスターで非常に好戦的みたい。それだけでも脅威であったというのに、幽霊船というアンデッド様の集合体まで出現しているといいます。
「もう何隻も沈んでいる。東も西も南も全航路でな……」
クラーケン様の姿は海上から確認できないようです。また幽霊船も神出鬼没であって、何もないところから急に現れるとのこと。また幽霊船は襲った船員様を取り込んでおり、ゾンビ様やゴースト様の数が尋常ではない数に膨らんでいると仰っております。
「帝国に対抗できる戦団があるのでしょうか?」
「それは分からん。俺ら船乗りは待つしかねぇよ。幾ら金を積まれても命には替えられねぇからな……」
船乗り様の話は理解できるものです。幾ら報酬が良くとも、全ては命あっての物種ですからね。
せっかく急いでやって来たというのに、足止めとはついていませんの。時間がないわたくしたちにとって最悪の状況ですわね。
「お嬢様、これからどうします?」
全航路が使えないのですから、解決策などあるはずもありません。まあしかし、考えるしかありませんね。どうやって、南大陸へ向かうのか。
結論は直ぐにでました。とにかく時間が惜しい。ならば、わたくしが取るべき行動は一つですわ。
「エルサ、船を買ってきてくれる?」
「えええ!?」
そんなに驚くことかしら? 出向する船がないのなら、買うだけじゃないの?
「食材を買うようなノリで言わないでくださいまし。それに馬車を載せられる船が幾らするとお考えです? 白金貨が何枚必要になるか……」
「白金貨など山ほどあるのですから、幾らでも支払ってください。操舵できる方にも望む限りの報酬を……」
お父様でも同じことをするはずですもの。ないのなら買うだけ。欲しいなら買うだけ。それがテオドール公爵家の家訓なのですわ!
「まったく、金銭感覚だけは悪役っぽいですよね? まあでも、分かりました。時は金なりですし、お嬢様に相応しい船を買ってまいります」
言ってエルサは駆け出していく。どこで購入できるのか分かりませんけれど、とりあえず船のメンテナンスをしている工房へと彼女は向かっております。
エルサが戻るまで、わたくしは街の散策でもしましょうか。
フラフラと彷徨き始めて直ぐのこと。
「ヒナ、あそこにウンディーがいるし!!」
ずっと肩の上で寝ていたサラが叫ぶように言いました。
「え? あの武具屋さん……?」
ウンディーとはサラを封印したという水の大精霊ウンディー・ネネのことでしょう。しかし、見たところ普通の武具が並んでいるだけですのに、本当にいるのかしら?
小首を傾げながらも、わたくしは武具屋まで歩く。珍しくサラが空を飛び、先導してくれています。
「コレだし! この剣から匂うし! 水臭いウンディーの匂いが!」
小さな手が指さした先。そこはジャンク品コーナーと書いてあります。乱雑に刀剣が押し込まれてありました。
「お嬢さん、その剣ならお買い得だよ。何しろベリルマッド工房の製品だからね」
ベリルマッド工房はわたくしも知っておりますわ。何しろお父様が買い取った工房ですもの。
「店主様、ベリルマッド工房製品なら、どうして安売りしているのでしょうか?」
わたくしは疑問を口にする。手に取った感じはサラのような気配はしない。従って取り憑かれる心配がないというのに、叩き売りとか意味が分かりません。
「それはなぁ、剣としてもう寿命なんだ。刀身が割れておっての。コレクションくらいにしかならんのだよ」
どうやら内部に亀裂が入っているみたい。かなり使い込まれた感じはあるし、残念ながら剣としての使命を終えたものらしいですわ。
「どうして打ち直ししないのです?」
逸品であれば修理をして再販すればいいと思いますの。なのに、どうして叩き売るのか。わたくしの疑問は尽きません。
「いやそれがだな、こいつはオリハルコンという稀少金属で鍛造されているんだよ。しかも、かなり劣化しているらしくてな。再鍛造には相当量のオリハルコンが必要となるらしい。かといってオリハルコンなんぞ市場に出回らんし、出たとして修理するより新しい剣を作った方が楽だからな」
店主の説明に、ようやく納得しています。要は修理するに値しない。飾りとして買うくらいしか価値がないようです。
「これくださいな。足りるかしら?」
わたくしはアイテムボックスからポーチを取り出し、その中から白金貨を取り出していました。
「は、は、は、白金貨だとう!? これは銅貨五枚なのだぞ!?」
銅貨とは何でしょうかね? 店主様は驚いていらっしゃるご様子。もしかして、足りないのかしら?
「では白金貨何枚で買えますの?」
「いやいや、釣りが出せねぇって言ってるんだよ!」
「お釣りってなんでしょうか? 端銭のことでしたら必要ありませんわ」
「いやしかし、店ごとを売ったとして金貨百枚にもならんぞ!?」
困りましたわねぇ。お買い物がこんなにも難しいなんて。お釣りというものに興味はないのですけれど。
「店主様、端銭の代わりに、あそこにある鞘を一緒にくださいな。それで結構ですの」
戸惑う店主様を放置して、わたくしは商品を手に取りました。足りるというのでしたら、白金貨でお支払するだけですわ。
わたくしは武具店をあとにし、人目につかない細い路地へと入っていく。
「ねぇサラ、この剣って全然反応がないけど、本当にウンディーって子が入ってるの?」
「うん、入ってるし! 封印式がまだちゃんと機能してるんだ!」
「それなら、わたくしには解除できないかもしれないですねぇ」
封印式の綻びがなければ、解除するのは困難です。仮にも一流工房が施した術式。緩くなった紐を解くのとは異なります。
「あーしがサポートするし! へーきだからやっちゃって!」
大精霊の補助があるならと、わたくしは思い直しています。ディーテ様の祝福があることだし、わたくしは取り憑かれる心配がない。試してみるだけなら構わないでしょう。
「言っとくけど、喧嘩しちゃ駄目よ? もし喧嘩するなら、もう飴玉はあげませんからね?」
「えええ!? あーしは飴玉だけが楽しみなのに! どうして、あーしを封印したウンディーに仕返ししちゃ駄目なの!?」
「駄目ったら駄目! 仲良くしないのなら術式も解除しません!」
子供を諭すように。ここまでの旅でサラの扱いには慣れていました。そもそも契約により上下関係は明確に決まっています。最悪の場合は命令するだけですわ。
「ぐぬぬぅ……」
「良い子だから、拗ねないの。ほら飴玉あげるから」
「やったぁ!」
直ぐに機嫌を戻すので、お子様よりも簡単です。問題は封印されているというウンディーの方。彼女が言うことを聞くかどうかは解除してみないと分かりません。
「まあ、何とかなるかしらね?」
わたくしはアイテムボックスから魔道書を取り出し、以前と同じように術式の解除を試みる。
しかし、術式が機能しているという手応えはありませんでした。
「ヒナ、あーしも頑張るし!」
サラがそういうと、急に魔力が失われ始める。今度はちゃんと術式が機能している感じ。わたくしの魔力とサラの魔力が剣へと注がれていく。
些か不安にも感じますけれど、わたくしは買い取った剣の術式を解く。少しばかり、楽しみにも感じていたのはここだけの話ですわ。
わたくしの声が路地裏に響き渡っております。
「解除!!」
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