方針
『クリエス君を頼りなさい』
唖然としてしまう。どうしてかクリエス様の名が飛び出しています。彼はクレリックであったはずで、伝説級ジョブでもなければ、ただの後衛職に他ならないのです。
『クリエス様をですか?』
『ええ、彼は英雄の素質を秘めております。彼自身もヒナを助けられるよう英雄を目指すと語っていました。クリエス君は既に前衛職のサブジョブを獲得していますし、レベル上げに関しては今のところ何の問題もないのです』
クリエス様が強くなったのは既に知っていましたけれど、未知なるジョブを得ているなんて初めて聞く話です。
『サブジョブって何でしょうか?』
『サブジョブは稀に得られるものであり、メインジョブにプラスされるジョブのことです。クリエス君はいきなり竜種と戦って剣士というサブジョブを得ました。またサブジョブはヒナにも発現する可能性があります。ただし、容易に獲得できるものではありません。クリエス様君はレベル1の状態でレベル30の竜種と戦ったのですから。現状のヒナであればレベル600の魔物と剣術にて戦い、勝利する必要があるでしょう』
サブジョブについての説明を聞く限り、わたくしに必要なものだと思えます。サブジョブを得た瞬間にステータスがプラス補正されるというのですから。
『レベル600の魔物を剣術にて討伐……』
『正直にそれを成し得るのはクリエス君しか存在しません。彼が瀕死まで追い詰め、ヒナがトドメを刺す。それでレベルアップが望めるはずであり、加えてサブジョブを得られるやもしれません』
現状でレベルアップによる体力値の増加はレベル10に対して1の期待度です。しかし、サブジョブを得られたのなら、今よりもかなり改善していくことでしょう。
『時間がありません。貴方に重い枷を付けてしまったこと、ワタシは後悔しております。だからこそヒナには制約を遂げてもらいたいのです……』
ディーテ様がそういった直後、
『ディーテ様、通話許可を願います! 急用です!』
どうしてか、わたくしの脳裏に別の声が割り込んでいました。
突然のことでありましたけれど、ディーテ様は誰であるのか分かっているようで、取り乱すことなく応答しています。
『シル、何のよう?』
ディーテ様が答えた刹那、わたくしの脳裏には二人目の女神様が現れています。顕現した可愛らしい女神様はわたくしも知るシルアンナ様でした。
『大変なんです! クリエスが悪霊に身体を乗っ取られました!』
シルアンナ様の報告はあろうことかクリエス様の身に起きた不幸でした。悪いことは続くもの。クリエス様は取り憑かれた悪霊様に身体を乗っ取られてしまったみたい。
『シル、身体を乗っ取った悪霊はどちらなの? クリエス君はどうなったの?』
『乗っ取ったのはミア・グランティス。彼女は同胞の愚行が許せなかったようで、完全にクリエスの身体を支配しています!』
溜め息を吐くディーテ様。クリエス様は除霊よりも先に、悪霊様に身体を乗っ取られてしまったようです。大丈夫なのかしら?
『ミア・グランティスの要求は何? 彼女は支配を続けるつもりなの?』
『それがまだ……。彼女はクリエスを騙そうとしたハーフエルフを奴隷にしようとしています。彼女はハーフエルフに激怒したわけで、恐らく支配権は戻されると思いますけれど……』
『なるほど。しかし、奴隷契約ですか? あのハイエルフは神聖魔法を使えなかったでしょう?』
ディーテ様が問いを重ねる。彼女が知る限り、狂気のハイエルフ様は闇属性の使い手みたい。しかし、正規の奴隷契約は女神の名において成し得る神聖魔法であったのです。
『恐らく契約は闇の支配魔法です。ハーフエルフには何の権利もありません。既に魂の融合が済んでいます。まあ、ですから……』
ディーテ様は推し量っておられる様子。支配権は戻されるという前提なのに、シルアンナ様が慌てている理由を。
クリエス様を騙すという第三者。クリエス様の嗜好を考えると、人物像が容易に浮かび上がるのです。加えて彼に取り憑いた悪霊が第三者と支配契約を結んだこと。魂を奪い去るような契約の結末は想像に容易いものでした。
『クリエスのステータスは八分の一にまで低下しております……』
予想したままの報告でした。取り憑かれた者と他者が接続したのです。そのハーフエルフ様が巨乳なお方であるとすれば、クリエス様が有する[貧乳の怨念]が機能してしまうはず。
『まいったわね。彼の成長を期待していたのに……』
『申し訳ありません。ですが、クリエスは何も悪くないのです!』
『それは分かっております。彼は真っ直ぐに成長している。ワタシは彼を信じておりますから……』
残念ながら三人目の巨乳なお方が現れてしまいました。一人につき二分の一のステータスダウンは倍々の八分の一となったようです。
『シル、クリエス君のステータスを見せてくれるかしら?』
『あ、はい!』
直ぐさまシルアンナ様はデバイスを操作してクリエス様のステータスをディーテ様に見せています。
【名前】クリエス・フォスター
【種別】人族
【年齢】17
【ジョブ】クレリック(剣士)
【属性】光・闇・雷
【レベル】321
【体力】130
【魔力】112
【戦闘】108(+30)
【知恵】103
【俊敏】125
【信仰】131
【魅力】86(女性+240)
【幸運】45
【加護】シルアンナの加護・魔眼(透視)
【スキル】
・ヒール(99)
・浄化(53)
・魔眼(55)
・剣豪(2)
・ライトニングボルト(1)
・ハイスピアサンダー
・ダークフレア
・隠密
【付与】
・貧乳の怨念[★★★★☆]
・女難[★★★★☆]
【称号】
[変態紳士](パーティ内に巨乳がいると戦闘値10%アップ)
[ドラゴンスレイヤー](竜種に対して戦闘値50%アップ)
アストラル世界最強と聞かされていたクリエス様は既に猛者レベルにまで低下していました。
女難のランクアップにより魅力値だけは増えていましたけれど、これでは災難級の魔物とは戦えそうにありません。
『この変態紳士は悪魔と融合した成果ね? 戦闘値の加算はありがたいけれど……』
巨乳なお方が増えたことで変態紳士というスキルの加算分は30%となっているみたい。しかし、元のステータスが半減していますから、激減した事実は変わらないようです。
『ディーテ様、わたくしはそれでもクリエス様にお会いしとうございます。わたくしは天界で再会を約束したのですから……』
ここでわたくしは願望を口にする。このままでは間違いなく制約を果たせない。つまりは再会の約束だけでも守りたいと願っていることを。
『ヒナが聖女となった今、悪霊が協力してくれる可能性は低くなりました。貴方を成長させるということは祓われることを意味するからです。クリエス君が強いままであれば、彼は単独でも戦ってくれたでしょうけれど……』
どうやらディーテ様は悲観的な予想をしている感じです。ですが、確かにその通りでもあります。自身を祓う可能性を秘めた者の成長に助力してくれるはずもなかったのですから。
『それでも構いません。わたくしは最後の最後まで足掻くだけ。クリエス様との約束を守るだけでございます』
ディーテ様は頷いておられます。彼女としても本意ではなかったことでしょう。しかし、状況は明確に悪化しており、わたくしが生き残る可能性は潰えたと考えて差し支えないものとなっています。
『ならば南大陸へ急ぎなさい。魔王候補は山を下り、東部の砂漠地帯に居を構えているようです。見境なく女性を襲う魔王候補は貴方たちにとって危険です。いち早くクリエス君と合流する方が良いでしょう』
ここで魔王候補の情報が告げられています。わたくしたちは二人とも女性。よってここは詳しく聞いておくべきでしょう。
『魔王候補様は女性がお好きなのですか?』
『ええまあ、好きというか性欲の権化ですかね。関係を持った女性は身体が裂け、確実な死を迎えます。千年前のイーサ・メイテルの方がまだマシだと言えるほど凶悪な存在です』
ディーテ様は覚醒も近いと付け加えています。関係を持つだけで即死するなんて想像もできませんけれど、凶悪という言葉に危機感を募らせています。
『気を付けていきなさい。海路も安全ではありません。強大な魔物が現れているという報告もあるのです。まだ失われてはなりませんよ?』
『承知いたしました……』
ここで話し合いは終わる。結果として対策どころか絶望する羽目になったけれど、わたくしはそれでも前を向く。振り返る暇などないのですから。
凛々しく口元を引き締め、わたくしは徐に目を開きました。
「エルサ、馬車を手配しましょう。南大陸へと急ぎます」
急に立ち上がったわたくしが言う。流石にエルサは戸惑っていましたが、彼女は優秀な従者です。わたくしの言葉通りに動いてくれるはず。
「了解しました。定期便を探してきます!」
「いいえ、馬ごと購入してください。白金貨千枚くらいで足りるかしら?」
「買うのですか!? というより金貨で事足ります。お願いですから、何でも白金貨で処理しないでください」
なぜか溜め息を吐くエルサですが、とりあえず馬車の購入には同意してくれました。
今すぐに出発しなければなりません。わたくしに残された時間を考えるのであれば……。
苦境に立たされておりますが、わたくしは力強い一歩を踏み出しています。
必ずやクリエス様と再会する。
わたくしの目的は生きる以前の内容へと切り替わっていました……。
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