望まぬ再会
予想通り鍛冶屋街サイオンへの道のりは一ヶ月を要していた。
長旅の疲れを癒すため、俺はどこかに一泊しようと手頃な値段の宿を探す。
「割と高ぇな……」
節約しようとしているのだ。よって銀貨を要求するような宿はあり得ない。予算的には銅貨数枚で素泊まりできなければ論外であった。
「やっぱスラム側か……」
『貴族様なのにのぉ。まあどこでもいいではないか? 妾は婿殿がベッドの上であられもない格好をするのが見たいのじゃ!』
『そうですよ! 旦那様は泊まる場所云々ではなく、湯浴みをすべきです! それこそ一糸纏わぬ姿で……』
悪霊たちは興奮している。この一ヶ月というもの、野宿ばかりだったのだ。部屋着を着ることなどなかったし、鎧姿は見飽きてしまったのかもしれない。
「お前たちは俺を視姦するな。とりあえず俺はゆっくりしたいんだ……」
最終的に俺はボロボロの宿を選ぶ。空き部屋を探して回るなんて無駄なことだと。露店で買った夕飯を食べて、早くベッドに倒れ込みたいと思う。
スラム街の路地にあった格安の宿。汚い部屋ではあったけれど、疲れもあって熟睡できている。悪霊の興奮した息遣いも気にならないほどに。
朝食は宿で済ませようと、俺は一階へと降りていく。割と遅くまで寝ていたからか、食堂兼酒場は閑散としていた。
適当な席につき、俺は一番安い朝食用プレートを注文。ここでも俺は節約をし、オプションとなるものは一つとして頼まない。
「何だか気分が優れないな……」
体調が悪いわけではない。それこそ俺は十時間近くも寝ていたのだ。どうにも気合いが入らない理由はベルカさんのことが気になったからである。
ベルカさんが本当に大量殺人鬼であるのかどうか。道中は無心になって歩いていたけれど、やはり宿泊をして気が緩んだのか、彼女のことを思い出してしまう。
「ここ良いかな?」
俺が溜め息をついていると声をかける者がいた。相席が必要なほど食堂は混雑していないというのに。
俺はゆっくりと視線を上げ、声の方を向く。
「えっ?」
ゴクリと唾を飲み込む。不意に現れたのは今まさに思考の大半を占めていた人物である。随分前に王都デカルネを発ったはずの人であった。
「ベルカさん!?」
「やあ、お久しぶり! あのときはごめんねぇ。君はサイオンに着いたところかしら?」
悪ぶる様子はなく、ベルカさんは平然と席についた。既に俺が彼女の行為を把握しているとも知らずに。
俺は思案していた。彼女を諭すべきかどうか。男たちを誘って身ぐるみ剥いでしまうなんて、荷馬車の御者がする副業だとは思えない。
「ベルカさんはずっとサイオンにいたのですか?」
まずは日常会話的に始める。ベルカさんがずっとサイオンにいたというのなら、三週間くらいは滞在していることになった。
「いやいや、あたしは荷馬車の御者だよ? サイオンに到着してから、鉱山都市ミクスまで行ってきたよ。今はミクスから鉱物を運んできたところね」
どうやらベルカさんは俺の目的地であるミクスまで行ってきたところらしい。何事もなければ相乗りしたかったところであるが、生憎と俺は乗車した者たち全員の末路を知っている。
「俺はミクスまで行きたかったんですよ」
「あらそうだったの? 無理にでも乗せてあげれば良かったわね?」
この表層的で無意味な会話がいつまで続くのか。
俺は躊躇いを振り払うように顔を左右に振った。せっかく再会できたのだ。ここで彼女に釘を刺しておかねばならない。
「そりゃあ、ミクスまで行きたかったですよ。無事に送ってもらえるのなら……」
鋭い視線で睨み付ける。如何にも全て知っていると言わんばかりに。
少しばかりの沈黙があった。しかし、ベルカさんは笑って誤魔化している。
「アハハ、道中にそれほど強い魔物はでないわよ。いたとしても、あたしが倒すからね」
悪事がバレているとも知らず、ベルカさんはそう返す。俺が魔物の話などしていないことに気付いていないようだ。
「ベルカさん、貴方はお金持ちであるはず。でも、安宿に泊まって、次なる獲物を捕まえようとしているんだろ?」
「どういうこと? あたしは店を持ちたいのよ。だから節約してるの。高級宿に泊まったからって何も変わらないわ」
あくまでも、しらを切るつもりらしい。店を持ちたいという話は真実かもしれないが、彼女の目的は節約だけではないはずだ。
「そういえば道中は無事だったんですかね?」
「ああ、心配してくれたんだったね。でも見ての通り、あたしは問題ないよ」
今も惚けたような彼女に、俺は長い息を吐く。
「ああいえ、そういう意味じゃなくて、俺が心配していたのは……」
俺は踏み込むつもりだ。もう誤魔化しようがないほどに。
「幌の上にいた男たちですよ」
俺の話にベルカさんは絶句している。どうにも嫌な予感を覚えたのか、彼女の表情から笑みが消えていた。
「ど、どういうことかな?」
流石に問いを返すしかないよな。ベルカさんはようやく俺の意図に気付いたかのようだ。
「そのままです。あの男たちが背後から刺されたりしていないかと心配していたのですよ」
「いや、盗賊の類なんか、あのルートには現れないよ?」
「いえ、違いますよ……」
再び顔を振る。ベルカさんの話が的外れであると。
「どこかの愛らしい御者さんにです」
ベルカさんの表情が一度に曇る。明らかに疑われていること。直ぐに彼女は察したことだろう。何しろ俺は同じルートを歩いて来たのだから。
「なるほど、君は見つけたんだね? あの泉にあったものを……」
「ええまあ。明らかに不意を突かれたような死体が山ほどありました。見覚えのある顔も転がってましたね」
どうしてか彼女はクスッと笑い声を上げる。こんな今も悪事だと考えていないようだ。
「しょうがないでしょ? あの日、彼らはあたしを犯す順番を決めていたんだし」
ここで真相が語られていた。信じる信じないはともかくとして、彼女は正当防衛であるのだと主張する。
「まあ、あの男たちの目的は明らかでしたからね。でも、俺はそれ以前に男ばかりを乗車させる貴方の行動を咎めています。それに襲われるのが嫌なら、冒険者でも雇っておけば良いじゃないですか?」
俺は正論で返した。ベルカさんの行動が正当防衛であったとして、そこまでの状況を作り出したのは明確に彼女自身なのだと。
「男たちは素っ裸でしたよ? あれでは強盗が目的としか思えません」
「あたしはお金が欲しい。男たちはあたしが欲しい。勝った方が全てをいただくの。あたしが負けたら、良いように扱われていただろうし。お互い様でしょ?」
俺にも彼女の話は理解できた。あの男たちは間違いなくならず者である。ベルカさんだけじゃなく、他の女性たちに対しても同じようなことをする輩だ。従って計画を知ってからの行動を責めるつもりはない。
「では何事もなければ、彼らを無事にサイオンまで送り届けたと?」
「もちろんよ。信じてもらえるかは分からないけれど」
現場を見てしまった俺には信じるなんて難しい。彼女が話すように嘘だとしか思えなかった。
「あたしにだって相手を選ぶ権利くらいあるでしょ? 彼らがイケメンなら恋に落ちたかもしれない。でもあいつらは完全にオーク。あたしの趣味じゃないわ。君だったらもしかするともしかするけどね?」
ニコリと笑うベルカさんに思わずドキリとさせられる。しかしながら、気を許すわけにはならない。俺が知っているだけでも、既に彼女は十人の男を殺しているのだから。
「何だったらミクスまで送ってあげるわよ? 二人きりでデートを楽しむのも悪くないでしょ? 若いんだし、発散したいものがあると思うのだけど」
確かに溜まりまくっていたけれど、今の俺には心に決めた人がいる。据え膳食わねばであった頃とは何もかもが違うのだ。
「俺はクリエスって言います。あとメロン級以下はタイプじゃありません……」
俺は自己紹介だけでなく、なぜか少しばかりの下心を込めて好みの体型まで口にしてしまう。
メロン級は上から数えて四つ目。上にはドデカカボチャとスイカとパイナップルしか存在しないのだ。
「うふふ、じゃあクリエス君にだけ教えてあげる」
いや別に期待したわけじゃない。美しいハーフエルフに実った果実が収穫時期かどうかなんて。
「あたしはテラパイナップル級よ?」
思いのほか破壊力のある返答。俺は困惑せざるを得なかった……。
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