捕縛
簡素な馬車に乗せられ、俺は公王城へと連行されている。
道中に悪霊の二人が任せろと話していたけれど、彼女たちに任せては事態が余計にこじれてしまうはずだ。
自身二度目の公王城。前回は付き添いであったけれど、間違いなく記憶にある。罪人であるというのに、謁見の間に通されたのは被疑者が元王子殿下であるからに違いない。
「クリス、顔を上げよ……」
もうどうしようもなかった。顔が似ているというだけで捕まったのだ。ギルドカードを提示したところで、詳細を共和国から聞き出すには時間がかかる。事実が明確になれば、疑いは晴れるだろうが、数日は牢獄に入るしかないだろう。
「発言の許可をお願いいたします」
毅然と俺は返す。明らかに濡れ衣なのだ。だからこそ、出来る限りを訴え、駄目ならば事実が判明するまで待つしかない。
「うむ、許可する。何故にあのようなことを犯したのだ?」
「いえ、弁明ではありません。俺はクリエスという姓を持たぬ一般人です。ギルドカードを確認してもらえれば分かります。身分証明は共和国にあるエルス支部のリリアさんに問い合わせてもらえれば可能です。加えて俺は十六年をダグリアで過ごした孤児であり、クリス王子殿下ではないのですから」
明言しておく。クリス王子殿下ではないのだと。それこそダグリアには俺の身分証明をしてくれる者が少なからずいる。
流石に小首を傾げるフォントーレス公王。大臣らしき者と視線を合わせている。
「お兄様、ワタクシの目は誤魔化せません! 貴方様はお兄様です!」
ここで横やりが入る。それはアナスタシア姫殿下。公王の隣に堂々と座る彼女はクリス殿下の妹であった。
「そのカッコいいお顔は兄様です! ワタクシと結婚する約束は守っていただきます!」
何てことだろう。クリス第一王子は冗談でも妹と結婚の約束をしていたらしい。
「どう説明すれば別人だと信じてもらえるのですか? 俺は旅人で先を急いでいるのですけれど……」
「説明も何もお兄様です! 仮にお兄様に出来ないことを可能とするならば、その限りではありませんけれど、お兄様は完璧なお方です。お兄様に不可能な事象など世界に存在しませんわ!」
どうにもブラコンな姫殿下であるらしい。聞く耳を持たない感じである。俺こそが兄であるクリス殿下なのだと。
「ならば道中で討伐した魔物をお見せしましょう」
狩りの成果を見せたのなら、信じてもらえる気がする。昨日今日で討伐できる量ではないのだ。大量の魔物を見せつけたのなら、疑いを払拭できるはず。
「魔物の討伐とか、お兄様は最強の剣士ではありませんか。そのような話では……」
否定するアナスタシア姫殿下であるが、俺は構わずアイテムボックスから魔物の遺体を取り出している。公王と王妃、そして姫殿下が納得するまで。
謁見の間は静まり返っていた。それもそのはず、俺は山のように積み上がるほど魔物を取り出していたのだから。
「ギフト持ち……?」
ここで姫殿下に変化がある。どうやらアイテムボックスを彼女は初めて見るらしい。
瞬時に勘付く。彼女の様子からクリスはアイテムボックスを持っていないのだと。
「おや? クリス王子殿下はギフトをお持ちでなかったのでしょうか? 何ならもっと魔物を取り出しますけれど?」
流石に謁見の間はざわついてしまう。クリス王子が所有していないギフトの持ち主。それが何を意味しているのか明らかである。
「むむぅ、本当に似ているだけなのか……?」
「だから、共和国に問い合わせてもらえれば分かると言っているのです。あと殿下の属性は何でしたか? 俺は光と闇のダブルエレメントですけれど……」
属性の話は決定的であった。どうやらクリス王子は風属性のシングルであったらしく、数も属性も俺と一致しないようだ。
「お父様、ワタクシに妙案がございますわ!」
ここでアナスタシア姫殿下がピッと手を挙げる。
何だか嫌な予感がしたのは公王だけではない。頬を染める彼女を見ると俺も不安で仕方なかった。
恐らくは女難が仕事をしたあとだろう。既にアナスタシアは俺の魅力に抗えなくなっているのだと思われる。
「幸いにもクリエス様はお兄様にソックリですので、クリエス様とお兄様を入れ替えれば全て解決します。お兄様に似たクリエス様こそが王位継承者であり、ワタクシの婿に相応しいのではと考えます!」
やはり女難の仕業じゃねぇかよ。姫殿下曰く、俺とクリスの立場をすげ替え、クリエスが犯人であったと説明すれば、王子の問題を誤魔化せるというハチャメチャな理論であった。
「いや、既にクリスは国際手配されておるのだ。今さらクリエスとやらを王子として迎えるなどできぬ」
真っ当な意見を口にするフォントーレス公王であったが、隣にいた王妃はどうしてか首を振っている。
「貴方、私はアナスタシアの話に賛成です。よく見るとクリスよりも凜々しいだけでなく、可愛らしさの奥に潜む強大な力を感じます。何より、ぽっ……」
俺の顔は引きつっている。あろうことか女難は王妃にまでその効果を発揮しているようだ。どうにもこの後の展開が恐ろしくなっていた。
「女難、マジやべぇな……」
こうなると囚われる未来はなくなったと考えても良いだろう。女子二人が俺の味方なのだ。牢屋に入れるなんてアナスタシア姫殿下が許可するとは思えない。
「しかし、姓も持たぬ旅人だぞ?」
「だったら、侯爵位くらいあげてよ! ワタクシ、彼と結婚しますから!」
ざわめく謁見の間。この場の趣旨は王子の弁明を聞くことであったはず。しかし、今や姫殿下の婚約者という意味不明な話題へと転換されていた。
「アナ、無茶をいうな。儂に与えられるとすれば、一代貴族の男爵位くらいだ。それ以上はアーレスト王の許可が必要になる」
「じゃあ、男爵位を与えて! この場で差し上げるの! 無実の罪で捕らえたんだから!」
尚もアナスタシアは無理難題を口にする。どうしても彼女は俺を側に置いておきたいらしい。
長い息を吐くのはフォントーレス公王である。言い出したら聞かない娘。確かに無実の罪でお縄にかけたのだが、旅人に爵位を与えるなんてことは許可できないはずだ。
「クリエスと言ったな。少し相談がある……」
俺はドギマギとしてしまう。相談とは何か。まさかとは思うけれど、もし仮に姫殿下のお相手として考えられているのなら、どう断るのが正解なのか俺には分からなかった。
「爵位を与えてもいいと考えている。しかし、誤認逮捕では流石に無理だ。現在、南西へと通じる街道が封鎖されていてな。物流が少々ややこしいことになっておるのだ」
眉根を寄せるしかない話。公王が何を仰っているのか不明だ。封鎖された原因も分からねば、話の主旨については少しも理解できないでいる。
「街道のドラゴンを討伐して欲しい――――」
ようやく明かされた内容に俺は絶句してしまう。よりによって討伐依頼だなんて予想外だ。それも危険度Bランク以上が確定する竜種であるというのだから。
「いや、待ってください! どうして俺がドラゴンを倒せると!?」
「国家の危機を救ってこそ爵位は与えられる。できないのであれば、この話はなかったことにして欲しい。詫びの品は用意させてもらう」
どうやらアナスタシアの要求を突っぱねる口実であるようだ。ドラゴンをソロ討伐だなんて真似を爵位欲しさに受けるはずがないのだと。
苦笑いの俺であったが、ふと思い出している。
『簡単に会える人じゃないわ――――』
確かシルアンナが話していた。ヒナは公爵令嬢であり、貴族でも容易に会える人ではないと。
一代貴族であって男爵という下級貴族であったけれど、平民である今よりはずっとマシなはず。ドラゴンさえ討伐できれば、名字すらない現状から脱却できるのだ。
『おい、お前たちドラゴンを討伐できるか?』
心の内に問う。リトルドラゴンの幼体でも苦戦した俺自身は絶対に討伐できないのだが、悪霊の二人ならどうなのかと。
『婿殿、トカゲなんぞ居眠りしながらでも勝てるのじゃ』
『旦那様、ここは引き受けておくべきです』
どうやら二人も俺の叙爵に好意的だ。加えて彼女たちは恐れる素振りすらしない。
ならばと決心は固まっている。公王の苦肉の策であったけれど、乗っかっておくべきだと。ドラゴンを討伐し、約束通りに爵位を授かってしまおうじゃねぇか。
「公王様、任せてください!」
謁見の間に満ちる困惑の声。隣り合う者同士が数珠つなぎに視線を動かしていた。
「ク、クリエス、本気なのか!? 強大な水竜なのだぞ!?」
「もちろんです。俺は水竜を討伐して戻って来ますので、爵位の件はお願いいたします」
毅然と言い放つ俺に公王は思わず首を縦に振る。まるで予期していない返答に対処できなかったらしい。
「素晴らしいですわ、クリエス様! 是非とも水竜を討伐なさってくださいまし! カルロ湖に住み着いた水竜は街道を行く馬車や人を襲って困っておりましたの。恐らくはアーレスト王からも褒美がいただけることでしょう」
アナスタシアが言った。
どうも水竜がいる場所はアーレスト王国でも問題となっているらしく、アナスタシアは討伐の報酬が王国からも出るだろうと予想している。
「ありがとうございます。討伐の折には謹んで頂戴する所存です」
「皆の者静まるがいい! それでクリエスとやら、ゴニョゴニョ……」
ここで公王が壇上を降り、何やら俺に耳打ちをする。
「爵位までだぞ? 分かっておろうな?」
それはアナスタシアとの婚約を意味しているのだろう。直ぐさま俺は笑顔を作って承知しておりますと返している。
俺の返答により、公王にも笑顔が戻っていた。
水竜の討伐なんて軍隊レベルの依頼であったというのに、なぜか当事者は全員が討伐後について考えてしまう。
「早速と向かいます。詳しい情報を教えてください」
俺はやる気満々であった。爵位を得られる機会などそうはない。しかも今回に限っては心強い仲間がいるのだし、万が一にも負けることなどないはずだ。
水竜の討伐依頼だというのに俺は自信満々だった。ま、だからこそ俺を見る全員が討伐後について考えてしまうのだろうな。
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