ヒナとディーテ
グランタル聖王国聖都ネオシュバルツ。わたくしは日課である早朝の祈りを捧げるため、大聖堂へと赴いていました。
「ディーテ様、本日も世界をお守りください……」
いつもは一方的に祈るだけであるのですが、どうやら本日は異なるようです。祈りを捧げるわたくしの身体を優しい輝きが包み込んでいました。
脳裏に浮かぶ影。それは転生した直後に強くなる方法を聞いて以来となるもの。懐かしくも感じる主神様の姿でありました。
『お久しぶり、ヒナ。よく頑張っているわね?』
脳裏に現れたのはディーテ様。意外にもお褒めの言葉をいただいております。恐らくディーテ様は少しもわたくしに期待していなかったはずですけれど。
『ディーテ様、わたくしに何用でしょうか?』
『あら、聡いわね? 少しばかり報告とお願いがあったのよ』
どうやら何か動きがあったみたい。わたくしは心して聞かねばなりませんね。
『ヒナ、貴方の頑張りは評価できるものです。しかし、まだまだ物足りませんし、成長のペースは落ちています』
恐らく発破をかけるためだけに現れたのではないと思われます。わたくしは瞬時に察していました。
『わたくしは剣術と魔法、身体強化の鍛錬を毎日の日課としておりますが、もしかして今のままでは制約に間に合わないのでしょうか?』
『実をいうとシルアンナの使徒が旅立ったのです。ですが、問題がありまして、ヒナに助力を願いたいと思いましてね。貴方は光属性を持っておりますし、神聖魔法を修めて欲しいのですよ』
わたくしの質問に対する返答ではなく、どうしてか支援魔法を習得して欲しいという話が続く。
今でも時間が足りないのに? わたくしにどれほどの時間があるとお考えなのでしょうか?
『神聖魔法というと、知恵と信仰のステータスアップでしょうか?』
『その通りです。信仰は祈り続けることだけでなく、神聖魔法を使用することでも上がります。神聖魔法にも色々とございますが、特に浄化を使用してください』
『いや、わたくしには制約が……』
一方的に押し付けられるのは納得できませんわ。わたくしにだってプランがあるのです。十八歳の誕生日を無事に迎えるため、鍛錬に精を出しているのですから。
対するディーテ様は憂鬱そうな表情を浮かべておられます。それだけで良くない話が続けられるのだと思えてなりません。
『申し訳ありませんが、ヒナは生を諦めてください――――』
いきなりの通告でした。
赤子だった転生直後に脳裏へと顕現されて以降、一度も現れなかったディーテ様。今さらになって姿を見せた理由は残酷な話を告げるためであったみたい。
『わたくしの努力が足りなかったのでしょうか!? であれば更なる精進をいたします! どうか、わたくしにもう一度チャンスをお与えください!』
公爵家の一人娘として生きてきました。しかし、まだわたくしは遂げていない。悪役令嬢として世間から疎まれ、悪評を覆していくという夢を。
精一杯の懇願でしたが、ディーテ様は顔を横に振っています。残念ながら、わたくしの願いは彼女に届かないようです。
『貴方の頑張りは評価しております。ですが、制約を果たしたとして、それは最低限なのですよ。しかも、問題が発生してしまいまして、ヒナには生を諦めてもらうという結論に至りました』
酷く胸が痛む。前世の最後は恐れを感じる時間すらありませんでしたが、この今は恐怖に苛まれております。わたくしは生を失う。明確に余命宣告を受けていたのですから。
『問題とはなんでしょう?』
聞いておかねばなりません。もし仮に自分がこの生を諦めるのなら、対価としてアストラル世界は何を得るのだろうかと。
『旅立ったクリエス君が厄介な悪霊に取り憑かれてしまってね。アストラル世界にはその悪霊たちを祓える聖職者がいないのよ。だから、その役目をヒナにお願いしたいの』
悪霊に取り憑かれたとか驚きです。割とわたくしはファンタジー世界に順応していたのですけれど、それでも悪霊が実在し、人に取り憑いてしまうなんて聞いたことすらありませんでした。
幾ばくかの静寂。目を閉じて考えるような素振りをしたあと、わたくしは頷いている。
『そのような理由なら承知いたしました。直ちに魔道書を取り寄せ習得いたします』
わたくしは理解していました。やはり自分は期待されていないのだと。
世界救済の中心人物であるクリエス様を失うわけにはなりません。よって自身の制約は後回しにされ、世界の救済を優先するのだと。
『ヒナ、感謝します。代償というわけでもありませんが、貴方には謝礼を用意しております。どうかクリエス君を助けてあげてください』
承諾したわたくしを惑わせるような話は続きませんでした。ディーテ様は即座に謝意を伝え、優先順位に間違いがないことを付け足しておられます。
『それでディーテ様、一つお伺いしてもよろしいですか?』
ここで、わたくしからの質問。ディーテ様としては伝えられる全てを話したおつもりでしょうが、わたくしにはまだ疑問があるのです。
『もし仮に、わたくしが神聖魔法を習得し、加えて制約を果たせたのなら、わたくしは十八歳以降も生き続けられるのでしょうか?』
ディーテ様は息を呑んでいました。それもそのはず、生を諦めろと通達されたばかりなのです。嘆くことなく受け入れたようなわたくしですけれど、実をいうとまだ諦めておりませんの。
『ヒナ、それはとても難しいことよ? ただでさえ後衛職寄りの貴方が神聖魔法を使用すると、間違いなくジョブチェンジの機会が訪れます。その先にあるジョブは『聖女』であり、戦闘値と体力値とは無縁のジョブ。またワタシたちは聖女になってくれることを願っておるのです』
ディーテ様は今度こそ全てを伝えていました。
わたくしが願われているのは聖女らしい。奇しくも、そう呼ばれて頭を悩ませる原因となっているジョブでした。
『わたくしは承知したとお伝えしました。求められることを成す。それは天界で語ったままですわ。今まで以上に鍛錬に精を出し、双方を成し遂げてみせましょう』
毅然と返すわたくしに、嘆息するディーテ様。身の程知らずなのは理解しておりますけれど、わたくしとて願望があって転生しているのです。期待していたからこそ、わたくしは再び生を受けました。よって、わたくしは望まれる以上を成すだけですの。
『本当に強い子ね……』
小さく口にしたあと、ディーテ様は何度か頷いて見せます。
『ならば分かりました……。ヒナ、貴方は聖女になり、加えて制約を遂げなさい。残された時間を精一杯に生きて見せなさい。ワタシはそれを望みます』
どうやらディーテ様はわたくしの意向を認めてくださるようです。
とりあえずは生の継続に了承を得られています。わたくしが十八歳以降も生きるかどうかは今後の努力次第となっていました。
『ヒナ、ワタシからヒントを差し上げましょう。ヒナが双方を成し遂げるためのこと。まずは神聖魔法の習得。幸いにもJKというジョブはスキル習得に制限がありません。ライトヒールと浄化。初級神聖魔法である二つは直ぐに覚えられるはず。聖職者であれば、最初から習得している基礎魔法なのですから』
諦めろと言ったディーテ様なのですが、わたくしを助けるような話を始めています。彼女としても苦渋の選択であったことを、わたくしは知らされていました。
『熟練度が100に到達するとスキルや魔法は昇格します。そこで貴方が先天的に持っていたスキル【華の女子高生】。貴方が両方を遂げるには、この固有スキルにかけるしかありません』
ディーテ様はわたくしが幾ら努力しようと、双方を遂げられるとは考えておられないご様子。最終的に縋るべきものを彼女は提示してくれました。
『華の女子高生は制服を来ていなければ効果を発揮しないのでは?』
『その通りです。エリア限定スキルかと考えておりましたが、今もヒナのステータスに残っているでしょう? どうやら先天スキルとして世界に認められたようです。大斧や大槌を装備すると強くなるドワーフが存在するのと同じ限定的なスキル。女性固有のスキルとなっております。ジョブに紐付けもされておりませんので、なくなる心配はありません』
まだディーテ様の真意が掴めない。彼女が何を諭しているのか理解できないままでした。
しかし、わたくしは知らされています。希望を繋ぐ唯一の方法について。
『恐らく華の女子高生には昇格先があります――――』
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