澄んだ泉の畔にて
リトルドラゴンを討伐した俺は亡骸をアイテムボックスへと収納していた。
ステータスが大幅にアップしたおかげか、体力が回復している。立ち上がるのさえ困難であったというのに、今では戦闘前よりも元気になったと感じるほどだ。
再び俺は港町エルスを目指す。しかしながら、既に日が落ちてしまったことから、途中にあった泉の畔で野宿することに。
「透視が魔眼に昇格してよかった。マジで死ぬところだったな……」
アイテムボックスからパンを取り出して、食べながら考える。先ほどの戦闘は一つ間違えると確実に輪廻へ還っていただろうと。
何口かパンを囓ったあと、ふと俺は気付く。どうしてか泉の上に女性が浮かんでいることを。
「精霊……?」
金色に輝く長い髪をした美しい女性。とはいえ身体は半透明である。澄んだ泉に現れたのだから、きっと神秘的な存在であろう。恐らく、彼女は精霊なのだと思う。
しかしながら、女性は首を振った。直感的に思った精霊ではないらしい。
小首を傾げる俺の疑問を察したのか、女性が答え始める。
『地縛霊です――――』
思わずパンを吹き出してしまう。濁りのない泉に現れた美しい女性が地縛霊だなんて信じられない。
「マジ? 何なら祓ってやろうか? 俺はこれでも聖職者だし」
俺の言葉に彼女はまたも首を振る。この地に縛られているというのに、彼女は輪廻へと還ることを拒否していた。
『もう問題はなくなりました。千年もこの泉に縛られていたのですけれど……』
「へぇ、それは良かったな?」
完全に他人事だ。地縛霊が浮遊霊になっただけ。害もなさそうだし、俺は彼女を放置することにした。
『ええ、本当に良かったです……』
笑顔の彼女は嬉々として、その理由を語る。一方で俺は気にせず食事を続けた。
少しの間があったあと、
『貴方に取り憑けて良かった!』
「ちょっと待てぇぇっっ!」
即座に彼女の方を振り向く。今し方、聞いた話が事実であれば、泉に縛られていた地縛霊は俺を宿り木にしたはずだ。これでも俺はクレリックである。聖職者であるというのに、霊体に憑依されるなどあってはならない。
「俺に取り憑けるとか、どんな霊体だよ!? 普通の霊なら消失するはずだぞ!?」
『そう言われましても。現に憑依しております。生前の力が貴方様に勝ったのかもしれません』
生前に英雄的な存在であった可能性。とはいえ、前世を含めて四十年も生きていない俺に分かるはずもない。何しろ彼女は地縛霊として千年もこの地にいたと語っているのだ。
「何やってたんだよ? どうして地縛霊をしてた?」
俺は彼女の話を聞くことにした。無理矢理に祓うより、心残りを解消させ、自発的に現世から旅立てるようにと。
『私はミア・グランティス。この泉で溺れて死にました……』
ミアという彼女の返答に俺は眉根を寄せる。なぜなら、この泉は溺れるような深さがない。ここで溺れるとすれば、余程の馬鹿か赤子くらいだろう。
「子供でも溺れないと思うが?」
『そうなのですが、溺れる理由があったのです』
頷きながら、ミアは溺れたわけを口にする。遠い目をしながら、ゆっくりとした口調で。
『地縛霊に憑依され、溺死させられたのですよ……』
俺は目が点になってしまう。たった今、ミアが地縛霊だと聞いたばかり。その難解な話は詳細を聞く必要がありそうだ。
「ミアよりも前に地縛霊がここにいたのか?」
ミアが頷くと、彼女の背後から新たな影が浮かび上がる。
『フハハ、妾こそがその地縛霊よ!』
現れたのは銀髪をした魔族らしき女性の霊。南大陸には魔族も割と住んでいたけれど、前世を通して俺は初めて魔族を目にする。
「いや、憑依した依り代が死ねば、取り憑いた霊も同時に滅びるはずだろ?」
地縛霊ならともかく、何かに取り憑いた霊は基本的に憑依した者と運命を共にする。魂を共有する依り代が失われると、霊もまた天へと還ることになった。
『こやつが霊となり、輪廻へと還らなかったからな。結果として妾は消失せなんだ!』
どうやら憑依した先のミアが地縛霊となったことで、彼女は消失を逃れたらしい。
「なら、お前もまた俺に取り憑いたと?」
『その通りじゃ! 妾はサキュバス族の女王をしておった! 名をイーサ・メイテルという!』
聞いてもいないというのに、俺は無駄な情報を得てしまう。イーサ曰く、彼女はサキュバス族の女王をしていたらしい。
「それで、その女王がどうして泉で地縛霊をやってたんだ?」
薄い目を向けながら聞く。
魔物とは異なり、魔族は人族と同じ。死ねば輪廻へと還る魂であって、女神様たちの管轄である。だが、基本的に彼らは信仰心を持っておらず、種族によっては人族たちの敵となる場合もあった。
かといって、今さらである。彼女は既に霊体なのだ。クレリックである俺は差別することなく、成仏させてやろうと考えている。
『実はのぉ、目をつけていた男がこの泉で休んでいたのじゃ。じゃから妾は襲いかかり、男の精に貪りついた。しかし、その男は妾の身体が貧相だといって、まるで反応しよらんかったのじゃ。ナイスバディを自負しておった妾はショック死してしもうた……』
ぐぬぬと怒りを込めた声がイーサから漏れた。彼女の心残りはサキュバスらしく、やはり男なのだろう。
しかも、どこかで聞いたような話だ。イーサが逆上することなどなかったのだが、どうにも他人事だとは思えない。
「いや、イーサはかなり巨乳だと思うぞ。俺の判断基準からだと……」
『そうじゃろ!? 妾はギガメロン級なのじゃ! なのにあの男ときたら、まるで興奮しないと言い切ったのじゃよ!』
取り憑かれたからだろうか、彼女の怒りは俺の心に直接響いている。
やはり女性はスタイルを気にするらしい。生前の自分が刺し殺された理由を俺は間接的に知らされていた。補足としてアストラル世界のバストサイズは概ね野菜か果実で表現され、男性のアレは武器に喩えられたりする。
「だから、イーサはその男を恨み続けているのか?」
『ああいや、それは違う。妾の心残りは……』
どうやら自分をショック死させた男を恨んで、地縛霊となったわけではないらしい。
小さな声で告げられていく。イーサがこの世に残り続けている原因について。
『爆乳、許すまじ!!』
「八つ当たりじゃねぇかよ!?」
男への愛は本物であったようだ。本来なら恨むべき男ではなく、イーサは彼が愛した爆乳への恨みを募らせているらしい。
長い息を吐いたあと、俺は結論を口にする。
「てことは、ミアが爆乳だったからイーサはそれを許せなかったのだな?」
ようやく話が見えてきた。心残りにより地縛霊となったイーサは泉に来たミアの爆乳が許せなかったのだと。
『いえ、私は爆乳ではありませんよ? ほら、超ドデカカボチャ級ギリギリのサイズですし……』
胸元をはだけさせるミア。思わず俺は食い入るように見てしまう。ミアが話す超ドデカカボチャ級はアストラル世界において最大級のサイズなのだ。
これほどまでに立派な連山を俺は初めて目撃していた。薄く透けて見えていたけれど、それは間違いなく息を呑む光景であって、俺は目が離せなくなっている。
『キィィ! やはり許せぬ! この駄肉は霊になってまで妾を愚弄するつもりか!』
『知ったこっちゃありません! 貴方の貧相なギガメロン級は目障りです!』
地縛霊二人は俺を放置して喧嘩を始めてしまう。千年もこの二人はこういった関係を続けてきたのかもしれない。
「あー、静かにしろ!」
とりあえず、俺は先にミアの心残りを解消しようと思う。流石に全世界の爆乳を全滅させるだなんて願いは許可できない。俺にとっては死活問題でもあるしな。
「ミアはどうして成仏できなかった? お前は別に悩みなどなかったんじゃないか?」
俺の問いにミアは悲しげな表情をする。どうやら彼女にも現世にしがみつくほどの心残りがあったらしい。
『ハイエルフである私は何百年と生きました。しかし、一度もないのです!』
ミアは訴える。自身の望みを赤裸々に語っていた。
『殿方との交際も知らずに、天になど還られません!』
俺は頭を抱えた。
そのような望みは今さら叶わないのだ。霊体には俺であっても触れられない。従ってミアが男性を知るなんてことは、もはや不可能である。
揃いも揃って、残念な地縛霊たちだ。自発的に天へと還すことができないだなんて。だからこそ、俺は決意している。
祓っちまうか――――と。
本作はネット小説大賞に応募中です!
気に入ってもらえましたら、ブックマークと★評価いただけますと嬉しいです!
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




