勝者は……
『透視は魔眼に昇格しました』
続けざまの通知に、俺はゴクリと唾を呑んでいた。どうやら透視には昇格先があったらしく、熟練度がマックスになったことで、魔眼へと昇格を果たしている。
「マジ……?」
魔眼と言われてもピンとこない。透視から昇格したのだから、攻撃スキルではないだろう。言葉から推し量れる内容は魔物の眼。よって使用には些か不安を感じてしまうな。
「でも、使うっきゃねぇっっ!」
効果の程は不明であったものの、どうせ手詰まりなんだ。用途が拡がっている可能性は充分に考えられるし、使ったとして更なる窮地が待っているとも思えない。
「見通せぇぇ、魔眼ッッ!」
瞬時に俺の視界が変化している。これまでの透視とは明らかに異なっていた。
視界に浮かぶ文字。やはり昇格したスキルは新たな力を俺に与えている。
【リトルドラゴン(幼体)】
【種別】地竜種
【属性】火
【レベル】30
【体力】198
【魔力】15
【戦闘】58
【知恵】8
【俊敏】51
【幸運】13
【説明】成体は幼体の約二倍。成体と比べて鱗が脆く、弱点も多い。
ドラゴンのステータスや説明が視界に浮かんでいる。加えてドラゴン自体にも赤いマーカーのようなものが見えていた。
「魔眼の効果なのか……?」
説明にある『弱点も多い』を鵜呑みにするならば、視界に現れた赤いマーカーこそが弱点であるはずだ。
「クレリックである俺に近接戦しろってか……」
このタイミングでの昇格には世界の作為的な意志を感じずにいられない。
俺は笑みを浮かべ、更には愛剣を握る手に力を込めた。
「いいぜ、やってやろうじゃんか!!」
どうせ容易に逃げられない相手である。腹を括った俺は果敢に斬りかかっていく。魔力が尽きて治癒魔法が唱えられなくなるまでは戦い続けようと決めた。
リトルドラゴンに浮かぶ赤い点を狙って、俺は力一杯に鉄剣を突きつける。
「いけぇぇえええっっ!」
先ほどは少しも効いた感じがなかったけれど、此度の攻撃では身体をくねらせて小さく声を上げた。やはり赤いマーカーはリトルドラゴンの弱点に相違ない。
「柔い鱗が見えてんのか!?」
反撃がないならばと、俺は攻撃を続けた。
二度目の攻撃では鱗を破壊し、肉に突き刺さった感触がある。
「待ってろよ、ヒナァアアア!」
明らかに好転していた。俺は一気呵成に攻め立てていく。しかしながら、小型の地竜種とはいえ、ドラゴンは生態系の頂点に君臨する魔物だ。簡単な相手ではないことくらい俺にも分かっていた。
「ちっくしょう、ヒール!」
弱点が分かったとして、接近戦なのだ。一方的な戦闘とはならず、俺は少なからず反撃を受けてしまう。執拗な攻撃を浴びることになった。
「ヒナの巨乳を拝むまでは死んでも死にきれねぇえええっ!」
既に上半身を覆う鎧はなく、攻撃を受ける度に俺は体力を失っている。その都度ヒールをかけていたけれど、買っていた魔力回復ポーションの残数が気になり始めていた。
「魔眼よ、弱点を晒せぇぇっ!」
それでも俺は諦めない。消耗戦の先に勝利があるのだと疑わなかった。
幾度となく斬り付け、どれほど攻撃を受けたことだろう。つぶし合いともいえる戦闘の結末。既に俺は魔力回復ポーションを飲み尽くしている。逃げ出さないのであれば、俺の敗戦が濃厚となりつつあった。
「クソが……」
リトルドラゴンも間違いなく疲弊している。だが、流石は竜種であった。逃げることなく向かってくる様子は、決定的なダメージを与えない限り、この戦闘が続くのだと予感させている。
酷く頭が痛む。どうやら俺は魔力切れの兆候を来しているらしい。
「ヒナ……」
天界での約束。俺の意識を繋ぐのはそれだけであった。
世界を救うだなんて大仰な使命など今は考えられない。俺はこの先にあるはずの希望に縋るようにして、無理矢理に身体を動かしている。
「俺はヒナと再会するんだぁぁっ!」
声を張り、力を絞り出す。この窮地を生き抜く明確な目的が俺を支えていた。
「まだ俺は生きてぇぇんだよォォッ!!」
絶叫しながら俺は鉄剣を振る。声を張っていないと、もはや意識を保てそうになかったからだ。
力の限りに振り下ろしたその攻撃は今までと大差がないものだ。けれど、結果として明確な違いをもたらせてもいた。
『サブジョブ【剣士】を獲得しました』
不意に知らされたのはジョブに関するもの。ジョブはクレリックであったはずが、どうしてか剣士を獲得したのだという。
「剣士!? どうなってんだ!?」
困惑するしかない通知だが、とりあえずは距離を取ってステータスを確認。何がどうなってしまったのかを知ろうとして。
【名前】クリエス
【種別】人族
【年齢】16
【ジョブ】クレリック(剣士)
【属性】光
【レベル】1
【体力】60
【魔力】55
【戦闘】52
【知恵】39
【俊敏】28
【信仰】52
【魅力】40(女性+40)
【幸運】2
上がりにくかった体力値と戦闘値が一度に跳ね上がっていた。また通知にあった通り、ジョブのクレリック表示に剣士が追加されている。
「そういえば、ジョブが昇格すると補正値が加算されるって……」
確かにディーテ様が仰っていた。それはヒナに向けた説明であったけれど、俺は間違いなく聞いていた。
「サブジョブの獲得も補正値が加わるってか?」
ゴクリと唾を飲み込む。心身共に疲れ果てていたのだが、確実に強化された戦闘値は俺の心を強くした。
「俺はまだ戦える……」
再び剣を構えるも、俺の視界に影が映り込んだ。
刹那に攻撃であると察知し、俺は素早く後退。けれど、それは今までのような噛みつきや前足での攻撃ではなかった。俺を襲ったその攻撃は長い尻尾を振り回す範囲攻撃に他ならない。
「ウソだろっ!?」
尻尾の攻撃範囲から逃れられる術はなかった。よって俺は決断する。リトルドラゴンの尾が向かってくるのなら、その攻撃に合わせるだけだと。ある種の開き直りを俺は見せていた。
「まだ死ねないんだ……」
ゴクリと唾を呑み、俺は過度な緊張を覚えながら鉄剣を振り上げている。
「俺はこの手に掴み取るだけ……」
襲い来る尾に合わせ、力の限りに振り下ろす。それこそ全身全霊の力でもって。
「大いなるヒナの双丘をなぁぁあああっ!」
体力も魔力も限界であったけれど、俺は気合いを乗せて愛剣を振り切っている。
刹那に、霞む視界を横切る巨大な影。それは俺をかすめるようにして後方へと飛んでいく。
ここで俺は初めて手応えを感じていた。これまでとは明らかに異なる。何かを綺麗に切断したような心地よい感触が手の平に残っていたんだ。
「切断した!?」
眼前で悶絶するリトルドラゴンを見る限りは明らかだ。リトルドラゴンの尾は胴体から切り離され、勢いのままに後方へと飛ばされていた。
程なくリトルドラゴンは頭をもたげて咆吼する。流石に怒り狂っているらしい。だが、俺は再び剣を握る手に力を込めた。
「絶対に勝つ……」
戦闘開始から初めて勝機を見出したのだ。ここが踏ん張り所であると理解し、俺は悲鳴を上げる身体を無理矢理に動かし駆け出している。
「くたばれぇぇえええっっ!!」
眉間に見える弱点。今までは噛みつきを恐れて避けていた場所だ。開き直った俺は反撃を恐れることなく、全力で剣先を突きつけていく。
瞬時に響き渡る金属音。力の限りに突き上げた鉄剣は根元から折れてしまう。けれど、俺の愛剣は目的を遂げてもいた。
折れた刀身はリトルドラゴンの額に奥深く突き刺さっていたのだから……。
耳をつんざく咆吼を上げたかと思えば、リトルドラゴンはゆっくりと頭を沈めて、徐に大地へと伏していく。
荒い息を吐きながら、俺はそれを眺めていた。再びドラゴンが動き出すのなら、もう戦えない。他の武器は剥ぎ取り用のナイフしかなく、たとえあったとしても剣を振る力は残されていないのだ。
呆然とリトルドラゴンを見つめている。倒れ込んだあと、ピクリとも動かなくなったそれを俺は眺めるだけだ。
やはり眉間に突き刺さった剣は致命傷であったらしく、リトルドラゴンは絶命していた。
「勝った……」
流石にへたり込む。前世から考えても魔物を倒した経験などなかったというのに、初めて戦った相手が竜種だなんて、今でも信じられない。改めて考えると、あまりにも無謀な戦いであったと思う。
しばらくしてリトルドラゴンの亡骸から瘴気的な靄が漏れ出す。立ち上がる気力すら失われていた俺は危ないと感じつつも、それを全身に浴びてしまう。
「えっ……?」
初めての魔物退治。前世において討伐されるゴブリンを見たことはあったけれど、目に見えて黒い靄が漏れ出していた記憶はない。流石に毒でも浴びたのかと不安を覚えている。
「ステータスに変化はないけど……」
俺が安堵した直後のこと、
『レベル15になりました』
聞き慣れぬ通知が届く。女神の加護は基本的に変化を伝えているのだ。だとすれば、先ほどの靄はシルアンナが話していた魂強度。リトルドラゴンが溜め込んでいた魂の力なのだと思う。確かにシルアンナは討伐者が魂の力を引き継げると話していたのだ。
再びステータスをチェックする俺は愕然としていた。
【名前】クリエス
【種別】人族
【年齢】16
【ジョブ】クレリック(剣士)
【属性】光
【レベル】15
【体力】212
【魔力】151
【戦闘】159
【知恵】95
【俊敏】64
【信仰】145
【魅力】140(女性+40)
【幸運】10
明確にステータスが跳ね上がっていた。最初は毒や呪いの類かと考えたけれど、どうやらレベルアップに不可欠な魂強度の吸収が先ほど起きたらしい。
「このステータスの上がりようは……?」
レベルなんて概念はアストラル世界に存在しない。強さを調べる神具はあるけれど、詳細なステータスを確認できないのだ。従ってアストラル世界の人々にはレベルなど調べようがなかった。
いよいよ女神の力を知らされている。俺は人が強くなるメカニズムを理解させられていた。強者を倒して強くなる。討伐者には魂強度を引き継ぐ権利があるのだと。
「待ってろよ、ヒナ……」
確固たる自信が芽生えている。武器はナイフしかなかったものの、俺は戦えると思った。
だからこそ、欲望に満ちた台詞を口にする。煩悩が解き放たれる未来は確定的であるのだと。
「お前の巨乳は俺のものだ!!」
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