世界は廻り続ける
エルスを出発して約一ヶ月。慣れぬ馬車を操って、俺はオルカプス火山の麓に到着していた。
ここからは徒歩になる。生き物はアイテムボックスへと収納できないため、馬を木に括り付けたあとは馬車だけをアイテムボックスへと入れた。
「さて、本当に魔層穴が存在するのかどうか……」
『この辺りは流石に魔素が濃いのぅ』
イーサが言うように、オルカプス火山は大量の魔素を吐き出している。どうも千年前からダンジョン化したようで、一般人は近寄ることすら叶わない魔素濃度であった。従って、オルカプス火山は何処の国にも属していない。魔物事故など管理責任を問われる事案となるここは南大陸の空白地であった。
「やっぱ火口が魔層穴なのか?」
「分からんが、恐らくそうじゃろうな」
確かな文献を読んだだけの頼りないイーサの記憶。現状はそれらしき場所から調べるしかない。ミアが天に還っていなければと改めて思う。
「ここからは登山だな……」
道でもあれば良かったのだが、生憎とオルカプス火山はどこの国でもなく、荒れ放題である。道なき道を登るだけであった。
生い茂る草木を掻き分けつつ、しばらく登ると俺は開けた場所に出た。休憩がてらに食事でもしようかと、大きな岩に腰をかける。
『美味そうだな?』
パンに干し肉を挟んだだけ。いつもなら何も言わないイーサがどうしてかそんなことを口にする。
「黙って見てろよ、イーサ。談笑しながら食ってる暇はねぇ……」
視線を合わせず、黙々と食べる俺。しかしながら、再びイーサが声をかけてくる。
『婿殿、さっきのは妾ではないのじゃ』
よく分からない話をするイーサに俺は面倒くさそうに視線を上げた。
瞬時に固まってしまう。なぜなら視界に映る状況はイーサが話す通りであったからだ。
「お前は誰だ……?」
イーサの隣に並ぶ影。彼女と同じく宙に浮かぶそれは間違っても人ではない。
俺の問いに髭もじゃの男は頷いている。
『やはり儂の姿が見えるのだな? 悪霊を連れているから、もしやと思ったのだが。儂はかつて剣聖と呼ばれた男だ……』
髭もじゃの男は自ら剣聖だと名乗る。確かに身なりは剣士風のそれであったけれど、薄く透けた身体の彼は明らかに霊体であった。
「その剣聖さんが俺に何かようか?」
霊の類はもうお腹一杯だ。地縛霊だろうが悪霊だろうが取り憑かれるつもりはない。
『儂は剣聖イシカワ・ドザエモンという』
名を聞いても強者感はない。まあしかし、生前の彼がオルカプス火山にいたのなら、そこそこの魂強度があったはず。火山の有毒ガス以外にも、ここは魔素濃度が高すぎるのだから。
『儂はもう長くこの地にいる地縛霊なんだが、心残りがあって天界へと還られんのだ』
「なるほど、地縛霊か。還りたいとか、どこかの誰かに聞かせてやりたい話だな?」
俺はギロリとイーサを睨み付ける。問答無用で取り憑いてきた悪霊とはまるで異なるのだと。
『妾は悪霊じゃから仕方ないのじゃ』
「自分で言うか……」
悪意がないのであれば祓う用意がある。俺のメインジョブはクレリックであるし、ステータスは呪いレベルが二つ減って四倍に跳ね上がっているのだから。
「祓ってやっても良いが、まずは後悔とやらを聞こうか?」
俺は地縛霊がどんな未練を持っているのかを問う。未練を解消し自発的に天へと還ること。強制的に除霊するよりも魂が綺麗になって天界へと戻っていけるのだ。
『儂は転生者なんだが……』
意外な話が始まる。自称剣聖かと思いきや、本当にそうなのかもしれない。転生事情を知る俺は話の続きを聞きたいと思う。
「転生者ってディーテ様に喚ばれたのか?」
『んん? よく知っているじゃないか? まさか君も転生者なのか?』
俺は頷きを返す。ここには誰もいない。俺の他は霊体しかいないのだから、隠す必要もないだろうと。
「俺はシルアンナという新しい女神に召喚されたんだが、ディーテ様も異世界召喚で新たに女の子を喚んでいる。ちと事情があってな……」
『今は他にも女神がいるのか。儂が転生した頃とは違うようだな』
やはりドザエモンはかなり昔に召喚されたらしい。ひょっとするとタイラー・スティルハートよりも古い話である可能性もあった。
「ドザエモンの役目は何だった? 俺は救世主を任されているんだけど?」
『救世主とな? というと、またも世界は魔王という問題に悩まされているのか?』
この返答は予想と違う。なぜなら魔王候補が現れたのは千年前であり、ディーテ様はイーサの魔王候補化が初めての災禍警報だったと話していたのだ。それ以前に彼女が剣聖を召喚するような事態は起きていないはず。
「ドザエモンがいう魔王とは誰のことだ?」
確認すべきことは多くない。たった一言で分かる話なのだ。
小さく頭を上下させたドザエモンはその返答を口にする。
『魔王候補はイーサ・メイテル――――』
唖然としてしまう。俺の知らない名前が出てくるのかと決めつけていたけれど、どうしてかドザエモンはイーサの名を口にしていた。
「いや、イーサ・メイテルの討伐は勇者タイラー・スティルハートが請け負ったはずだぞ!?」
どうにも不可解だった。千年前の出来事であれば、間違いなく勇者タイラーが召喚されたはず。ドザエモンなる剣聖の話は少しだって聞いていない。
『ぬぅ? タイラー・スティルハートを知っているのか!?』
急に表情が険しくなるドザエモン。タイラー・スティルハートを知っているということであれば、どうやら本当に千年前の災禍時に生きていたのかもしれない。
「ええ、彼こそがイーサ・メイテルの討伐要員だったと聞いています」
俺の話にドザエモンは嘆息する。どうも彼には特殊な事情があるようだ。
『まあ、その通りだ。儂はタイラー・スティルハートより60年早く召喚されたディーテ教の布教活動員だったからな……』
ここで真相が語られていた。ドザエモンは災禍警報時に召喚されたのではなく、平時に布教活動員として召喚されたらしい。
またその話は天界で聞いた内容とも一致する。女神は五十年に一人しか転生させられない。一度に何人も転生させると世界が歪み、世界はバランスを崩す。最悪の場合は歪みきった末に崩壊してしまうというのだから。
「布教活動員ですか……」
『そうなんだ。ディーテ様は知的な活動員を欲していたらしいが、スーパーインテリジェンスIQ200オーバーガチャで召喚されたのは、どうしてか脳筋刀士である儂だったんだ……』
聞く内容に嘘はないと思う。派手にハズレばかりを引くディーテ様ならば1%もあればピックアップ以外を引いたことだろう。
『儂のジョブは達人刀士だったが、布教に明け暮れた。ディーテ様のために粉骨砕身頑張ったのだ……』
明確にハズレであったけれど、ドザエモンは転生を許可され、主神が望むままに布教活動をしていたようだ。
「剣聖だと話していただろ?」
『剣聖は統合昇格ジョブだな。ジョブ達人刀士とスキル剣客が統合して昇格したものだ。まあ真面目に鍛錬し、布教もサボらなかった儂に対するご褒美だったのかもしれん』
聞く限りドザエモンは本当に強いのだと思う。生粋の前衛職をディーテ様は布教活動員に指名していたらしい。
「転生すれば、そこまで熱心に布教活動しなくても女神様にはどうにもできないと思うけど?」
『馬鹿を言うな! 儂は全てをディーテ様に捧げたのだ! 世直しから信徒の拡大。儂に課せられたものは全てやり遂げなくてはならん!』
力説するドザエモン。握り拳を突き上げ、今もなお敬虔な信徒であることを訴えるかのようだ。
『あの巨乳に抗えるはずがない!』
俺は推し量っていた。この人も同じなのだと。まして転生者である。ディーテ様の胸を間近に見た彼は女神様の虜になったはずだ。
「まあディーテ様の胸は尊いからな……」
『おお、同志よ! 大いなる双丘を持たれるディーテ様こそ最高の女神様なんだよ!』
今頃、天界ではシルアンナがずっこけているだろうと俺は思った。また対照的な胸を持つ彼女の話題は禁句である。
「てことはディーテ様の命令をやり遂げられなかったことが未練なのか?」
『いや、儂は六十歳まで布教活動をし、北大陸だけでなく南大陸の隅々までディーテ教を布教したのだ。剣の腕前も役に立った。魔物や悪党から街を守り、ディーテ様の使徒であると口にしたのだ。信頼を得た儂は容易に信徒を集められた』
どうやら現状のディーテ教団を作り上げたのはドザエモンの功績が大きいらしい。両大陸の九割がディーテ教徒という土台を彼が作ったのだという。
「なら何が問題なんだよ?」
『実はな、儂が六十歳になった頃、ディーテ様から連絡があった。勇者をアストラル世界に送ると。儂の実力を知っておられるディーテ様はタイラー・スティルハートの師匠になってくれと願われたのだ……』
とんでもない話が飛び出している。眼前の冴えない老人幽霊がタイラー・スティルハートの師匠であったなんて。類い希なるステータスを持つタイラー・スティルハートに戦う術を叩き込んだ人であるようだ。
「それなら、お前がタイラーを育てたのか?」
『ディーテ様に願われては断れん。指定された時間に指定場所へ向かうと、そこに赤子がいたのだ……』
懐かしそうに語るドザエモン。親代わりをしていたのだから、当然のことかもしれない。
『タイラーはワシと違ってセンスに溢れておった。流石は勇者だと感心するしかない。何しろ儂が教えられることは僅か10歳にてなくなってしもうたのだ……』
流石にオールSの魂である。剣聖イシカワ・ドザエモンが教えられることは十年でなくなってしまったらしい。
「そこからは別行動だったのでしょうか?」
『まあ、そういうことだな……』
ここでドザエモンは長い息を吐いた。語られた昔話に後悔が入り混じっている。
『儂は死んだからな……』
俺は息を呑む。確かに当時70歳ならば寿命かもしれない。しかし、溜め息を吐く彼を見る限りは違うように思う。
「病気だったのか……?」
俺の問いには首が振られていた。寿命でも病死でもない死因がドザエモンから語られていく。
思いもよらぬ話。俺は知らされていた。
『儂はタイラーに殺されたのだ――――』
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