4-腐った木は
アオイ達が薬草の町――フォミュルでユウリの治療を始めてから、さらに数日後。
彼女達とは違って風ではなく、背中に生えた純白の翼のみで空を飛んでいた蜜柑達は、疲弊しながらもなんとか無事に神の座する国――エリュシオンへとやって来ていた。
「ふわぁ、流石に疲れたわー……」
「お疲れ様、ベラ。少し休む?」
背中から翼を消したガーベラが、疲労によってわずかに体をふらつかせていると、ウィステリアは優しく抱きとめ問いかける。
そんな彼女達の視界に映るのは、全体的に白く神々しい以外は、比較的フラーの都市と同じような洋風の街並みだ。
都の外周にはたくさんの花が咲いているという点も、花の国であるフラーに酷似していると言えるだろう。
しかし、もちろん完全に一致していたり、少し都会に近付いただけというようなことではない。
その不思議と神秘的な街の雰囲気や、街の中央に神々しい山があること、単純な規模で言えば確実にエリュシオンの方が上である。
言うなれば、フラーをより神秘的にした国。
それが、この神の座する国――エリュシオンだった。
「いいえっ! せーっかく世界の中心にある国に、神の都にやってきたんだものっ! 休む前に観光をしたいわっ!」
ウィステリアに受け止められたガーベラは、すぐさま彼から離れるとその提案を否定する。
食事や睡眠時以外はずっと飛び続けていたのだが、それでもこの国を観光したいという欲の方がだいぶ強いようだ。
街は逃げはしないし、休んでからの方が楽しめることは確実ではあるのだが、気がはやるのも無理はない。
フラーと似ているエリュシオンだが、その成り立ちは真逆。
この国から派生してポツポツと集落を増やしていったフラーとは違って、神の座する神殿を中心にして、たった1つの都市が広がることで発展したのがこのエリュシオンなのである。
彼女達の故郷であるフラーとは、規模が違う。
ここには城壁もないのに、世界一人類滅亡とは縁遠い国などと称される大都市なのだから、大人しくなどしていられないのだった。
同じだったのか、ただその気持ちを尊重したのか、彼は興奮気味の彼女を見ると、そっと右手を差し出して見せる。
見た目は美少女ながら、明らかにエスコートをしようという体勢だ。
「そっか。じゃあ、お手をどうぞ、お嬢様」
「……むぅ」
しかし、それを見たガーベラはなぜか不服そうに口を尖らせる。もちろん怒りなどではなく、甘えるような態度であり、ずっと黙って観察している蜜柑は満面の笑みだ。
「あれ、嫌だった? 普通に歩こうか?」
「いいえ、エスコート自体は嫌ではないけれど……
お嬢様っていうのは、対等ではないじゃない」
「じゃあ、お姫様かな? 君とぼくはたしかに対等な関係だけど、ぼくにとって君は特別な存在だから」
前に出していた手を引っ込めて、ただ隣を歩こうとし始めるウィステリアに、ガーベラは残念そうに首を横に振った。
どうやら、彼にお嬢様と呼ばれたことが嫌だったというだけで、エスコート自体は嬉しかったらしい。
その言葉を聞いたウィステリアは、むぅっと頬を膨らませている彼女の機嫌を戻すべく、再び手を差し出す。
タイツ越しとはいえ膝が土で汚れるのも厭わず、スカートをふわりと膨らませながらかしずく。
すると、あからさまに恋人へ向けるような彼の動作、言葉を受けたガーベラは、やはり顔を真っ赤にしてしまう。
それはボシュンと煙が出ているのかと勘違いしてしまう程で、いい意味で精神的に追い詰められた彼女は、恥ずかしさを誤魔化すように彼へまくし立てていった。
「あのっ、あなたそういうのどこで覚えてきたのかしらっ!?
この前の朝もそうだったけれど、恥ずかしいんじゃなかったのっ!? 蜜柑ちゃんもこっち凝視してるんですけどっ!?」
『あ、お構いなく〜』
片膝をついていたウィステリアをぐわんぐわん揺らしていた彼女は、ひとしきり文句を言ったあと、少し離れた位置からニヤニヤと笑う蜜柑に目を向ける。
以前のウィステリア同様、てぇてぇ成分を接種している蜜柑の視線が気になったようだ。
だが、もちろんずっとその光景を見ていたい彼女が気にすることはなく、綺麗な笑顔を向けてひらひらと手を振っていた。
「お構いなくは無理だよ、蜜柑お姉さん……
いや、ぼくがお姉さんのいるとこで、あんなことを言うのが悪いんだけどね? だとしても、存在感がありすぎて……」
『あ、木になろうか? 本体ほどの巨木にはなれないけど、多分小さな木くらいにはなれるよ?』
「そういう問題じゃないわっ!? いることに変わりないじゃないっ!? 普通は居た堪れなくなるものじゃないのっ!?」
余裕のないガーベラを見たウィステリアは、流石にこれ以上追い込むのはまずい……と蜜柑に抗議を始めた。
しかし、その抗議への返答は形だけを変えるというものであり、結局見られ続けることに変わりない。
恥ずかしさで爆発寸前……というか既に爆発しているガーベラは、堪らずまくし立てていく。
ぷるぷると涙目で震えていて、普通に可哀想だ。
『いや、もっとください。私、アニメとかない分、てぇてぇに飢えているのです。あと、照れているのは可愛いぞ〜』
とはいえ、それもまた蜜柑の大好物だ。
可哀想は可愛いという言葉もある通り、彼女はビシッとした姿勢で頭を下げ、どれだけ欲しているかを説明し、とどめにガーベラをイジる。
既に爆発している彼女は、目を白黒させて真っ赤な顔で悲鳴を上げていた。
「やーめーてーっ!? 決して照れてなんていないわっ!?
それはあなたの勘違いというものよっ!?
あ、あー!! あー!! 夢を見ているのね蜜柑ちゃんっ!?」
『あはは、そうかもー。でも、夢ってことは願望が実現してくれるものだよねー? もっとくっつかないかなー?』
「もうっ、無理ですっ!!」
ガーベラの言い分を素直に受け入れたかに見えた蜜柑だったが、彼女は続いてその言い分を使った口撃をしかける。
至極軽い調子で告げられた願望だが、爆発に爆発を重ねていたガーベラは、もうとっくに限界だ。
その言葉を聞くと、湯気を出しながら真っ赤な顔で逃げ出してしまう。
神秘である彼女の勢いは凄まじく、蜜柑達が止める間もない。静止しようと一歩踏み出し、軽く手を伸ばした時点で、彼女の姿は街の中へと消えていた。
「あーあ、逃げちゃった。お姉さんいじめ過ぎだよ」
『大丈夫、これは愛だから!』
「うーん……どういうこと?」
『ウィルとベラの愛……そして、そんな君達を見守る愛!
ということで、ナイト様はお迎えに行ってはいかが?』
結果的にはガーベラに逃げられ、その背中を見送るしかできなかったウィステリアは、すべての元凶である蜜柑に責めるような視線を向けた。
しかし、当然どんな展開も彼女にとっては餌食でしかない。
ガーベラがウィステリアを嫌うこともないため、自信満々に彼に追いかけさせようと促していく。
タイツにスカートと、どう見ても女の子にしか見えない格好をしている彼は、ナイトと言われて戸惑いを隠せないでいた。
「エスコートしようとしててあれだけど、この格好でロールプレイ……? 絶対に騎士じゃないんだけどなぁ」
『大丈夫! 見た目だけでも女の子同士が仲良くしているのはとても美味しい! それで助かる命があるッ!!』
「多分、それはお姉さんだけかな……」
もちろん蜜柑は、彼の戸惑いなど何のそのだ。
実際のところはともかく、騎士ではなく女の子だったとしても良いのだと熱弁していた。
転生しても、内弁慶という腐った鯛のように厄介な性質を有していた彼女だが、それとはまた別の意味で腐っていたらしい。2人を恥ずかしがらせているという実害をもたらす辺り、やはり腐った木は有害である。
女の子同士のやり取りで助かる命があると……まで言われた彼も、完全に引いていた。
『そんなことないよ! ウィルだって、ガーベラがアオイと仲良くしてたら心温まるでしょ? おんなじこと!』
「な、なるほど……」
『まぁ、そんなこと今はどうでもいいや。
とりあえず君はガーベラを追いかけなきゃだ!
私は泣く泣く自重するからさ……およよ』
「あはは、最初から抑えてほしいところなんだけど……
うん、またあとでね、蜜柑お姉さん」
自分の感性を一部認めさせた蜜柑は、今度はあまりふざけずにガーベラを追うように促していく。
少し別行動するだけだというのに、2人のやり取りが見られないからか本気で悲しがっている。
その言葉を聞いたウィステリアは、彼女が同行しないという言質も取ったからか、苦笑しながら街へ歩いていった。
あとに残されるのは、3人グループで1人残った蜜柑のみだ。
しかし、彼女は一人ぼっちになっても笑みを消さない。
それどころか、より笑みを深めながら口を開いていた。
『……ふっふっふ、甘いよウィステリア。
私達は生命の樹で繋がっている! ある程度のやり取りなら、テレパシーで感じ取れるのさー……あれ?』
潔く送り出したかに見えた蜜柑だったが、どうやらテレパシーを使って彼らを覗き見ようとしていたらしい。
直前までの悲しげな表情はなんだったのか……と言いたくなるような、心の底からワクワクとした表情を浮かべている。
だが、その作戦は上手くいかなかったようで、彼女はすぐにあ然としたようにぽかんと口を開け、黙り込んでしまう。
『ごめんね、お姉さん。1人だから寂しいとは思うけど、流石にプライバシーを守らせてもらうよ』
頭に響いてきたのは、申し訳無さそうなウィステリアの声。
テレパシーを遮断され、完全に一人ぼっちになった蜜柑は、街の外でポツンと寂しげに立ち尽くしていた。




