3-世界一の名医
アオイ達が蜜柑達と別行動を始めてから、ほんの数日後。
風に乗って空を飛んでいた彼女達は、無事にユウリを治せると思われる医者がいる町へとやって来ていた。
「ふぅ、意外と近かったですね」
手足のない彼に無理をさせないよう、小さな体でおぶっている彼女が足を下ろすのは、薬草の町――フォミュルだ。
町並みは一般的な洋風建築で、あまり特徴のないものだが、漂うのはスーッとするような薬の特徴的な香り。
いかにも名医がいそうな町である。
スンスンと鼻を動かすユウリは、彼女の背中から降りようとして止められながら、無表情に口を開く。
「それハ、君ガ速いダケデス」
「……まぁ、得意分野ですので」
「デショウネ。シかし、オレニも翼ガありマス。長距離移動ハ仕方ナイとシテ、病院マデなら自分で飛びタイのデスが」
「目立ちますが、いいのですか?」
ユウリは無感情でありながらも、迷惑をかけたくないというような気持ちの欠片は残っているのか、珍しく主張した。
しかし、わざわざ離れた位置に降り立ち、徒歩で町に入ったアオイが聞き返すと、ぼんやりとした目を町に向けて黙り込む。
「……コノまま、オブわレてイルことニシマス」
「よろしい」
少し考えてからそう結論づけるユウリに、アオイは満足げだ。揺らさないように気をつけながらも、深く頷き、病院を目指して歩いていった。
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「さて、到着です。もちろん予約などはできないので、すぐに診てもらえるかはわかりませんが……」
ユウリをおぶって歩くアオイは、神秘であるために高い身体能力に加えて風の補助もあり、あっという間に目的地に辿り着く。
彼女達の目に映るのは、大きいもののやはり他と同じように特別感はなく、赤いレンガ造りで温かい印象の建物。
待合室や診察室、病室など一つ一つも広く明るい暖色であり、かなり落ち着く雰囲気の場所だ。
中に入ったアオイは、ユウリをソファに座らせてから治療を受けさせるために受け付けへ向かう。
「すみません、院長先生はいらっしゃいますか?
重傷者の治療をお願いしたいのですが」
「えっと、まずは診察を……あれ?
もしかして、聖人様でしょうか?」
「そうです」
「重傷者というのは……」
いきなり院長先生を呼び、治療を頼み始めるアオイだったが、看護師は彼女の神秘的な雰囲気を感じ取り、優先的に話を聞き始めた。
看護師が重傷者の確認をしようとすると、アオイはソファで座っているユウリを示す。促された看護師が見るのは、当然四肢が破壊されて存在しないユウリだ。
この薬草の町であってもそう見ることのない大怪我に、彼女は顔を青くしてしまっている。
「ひえっ……!? 重傷というか、どうして生きて……
あれって、元からとか手術とかじゃないんですよね?」
「はい。色々あって吹き飛びました」
「わ、わかりました……院長は聖人を優先して診ているので、すぐにご案内いたします」
「ありがとうございます」
順番を待つことなく、今すぐ院長先生を呼ぶことを了承した看護師に、アオイは礼儀正しく頭を下げる。
アオイが聖人だと思っている看護師は彼女の態度に戸惑っていたが、すぐさま頭を上げさせると奥へと引っ込んでいく。
「……オレ達ハ、聖人ではナク魔人のはずデスガ」
看護師がいなくなったのを見届けると、先程のアオイの発言についてユウリが首を傾げる。
まともな感情がないので、罪悪感を抱いているというよりは、事実として確認しているだけという様子だ。
それを理解しているアオイも、隣に腰を下ろしながら、特に表情を動かすことなく淡々と理由を述べていく。
「普通の人間には違いなどわかりません。どちらも等しく、神秘的な凄い人ですよ。別に暴れる訳でもないのですから、友好的に接してもらえる方が得です」
「ソレも、そうデスネ」
「あっ、院長先生がお会いになるそうです。
ご案内いたしますね」
「ありがとうございます」
ユウリが看護師を騙したことに納得していると、ちょうど奥から彼女が駆け足で戻ってくる。
ソファから立ち上がったアオイ達は、彼女に案内されて診察室へと向かった。
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看護師に案内されたアオイ達は、最も奥にある他よりも厳重な診察室へと連れて行かれる。その中で待っていたのは……
「こんにちは、魔人のお二人。
私はヒュギエイア・クイリナーレ。薬剤師……兼医者よ。
あなた方は……近頃噂になっているマンダリンの子ね?」
小さな蛇を首に巻き付けた、白衣の女医だ。
彼女もまた神秘であるらしく、アオイ達を魔人だと看破すると、故郷や立場までも明らかにしてしまう。
とはいえ、医者である彼女には一切の敵意がなく、アオイも隠すことなく正直にうなずいた。
「はい、その通りです。敵対はしなかったと聞いたのですが、治療はしていただけるでしょうか?」
「えぇ、そうね。どんな子が来たのかと身構えていたけれど、あなた達なら問題ないわ。酷いけがね……」
アオイ達に関してはいくつもの情報が入ってきていたらしく、ヒュギエイアは緊張を解く。
蜜柑が聖花騎士団の魔導騎士長――ミモザと敵対しなかったことも伝わっていたらしく、すぐに診察に入っていた。
「治せますか?」
ユウリを見てすぐに顔をしかめたヒュギエイアに、アオイはかすかに不安そうに問いかける。
まだ見ただけで触診などもしていないのだが、冷静に振る舞いつつもかなり心配しているようだ。
だが、医者であるヒュギエイアが、気休めに不確かなことを言うことはない。相手が神秘であることもあり、何一つ取り繕わずに事実を口にした。
「体なら治せますよ。ただし、彼は中身がだめですね」
「中身……人格は戻りませんか」
「いえ、そう決まった訳ではありませんが……
まず、私の専門は薬学で、精神科医ではありません。
精神科医だからどうこうできるといったものでもないですが、少なくとも私の領分ではないのです」
「なるほど……」
正直に事実を伝えたヒュギエイアだったが、目に見えて狼狽えたアオイを見ると、困ったように補足する。
可能性がないのではなく、専門ではないから安請け合いできないということだ。
表情を引き締めたアオイは、口調だけは変わらず冷静にうんうんと頷いて聞いていた。
「オレトしてハ、体サエ治れバいいデスよ。
全力で戦エさえスレば、役に立テルのデ」
そのやり取りを見ていたユウリは、体は治ると聞いて人格についてはどうでもいいという風に治療を促す。
おそらく、仲間集めは蜜柑達に任せきりになっているため、速く治して速くエリュシオンへ向かいたいのだろう。
「そんなはずないでしょう? 今のあなたは別人格、という訳ではないんですよ? 不調は治すものです」
「……マァ、そうデスが」
しかし、アオイが強く反発すると、彼は大人しく引き下がる。やはりそこまで強い感情はないようだ。
ヒュギエイアに頼む治療は、体のみではなく精神も……という方針に決定された。
「治らないと決まった訳ではないのですよね?
でしたら、精神の治療もお願いします」
「わかりました……やってみましょう。
まず、体については薬で再生させます」
"ミルラ"
治療依頼を受けたヒュギエイアは、どこからか杖を取り出すとそれを床に打ち付ける。
すると、床を割って生えてきたのは小さな木だ。
その木は椅子に座ったユウリの腰辺りにまで伸びると、足の付け根に寄っていく。刺さってしまうのではと思われた頃、木からは泡のような物体が出てきて、彼の足の断面を覆っていった。
「塞ぐ、止めるなどならすぐに終わりますが、骨まで再生させるとなると、流石にある適度時間がかかります。
できるだけ速く再生させますが、気長に待ってください」
「了解しまシタ」
"医神の杖-再生"
続いて、ヒュギエイアは杖を床ではなくユウリの体に向けた。床は先端で打ち付けていたが、体は杖の中ほどを持って持ち手をコツンとぶつける。
すると、彼の体はほんのりと赤くなり蒸気を発していく。
血管がはっきりと浮き上がっており、どうやら血管が激しく脈打っているようだ。
さらには、その変化と連動して、ミルラの泡に包まれた足がよりピクピクと強く痙攣し始める。
ユウリの顔は苦悶に歪むが、どうやらこれも予定通りのことらしい。彼女は彼に構わず精神の治療へと話を変えた。
「足が、痒イ……!!」
「我慢してください、再生はそうなります。
続いて精神の治療ですが……薬で感情抑制、気分を高揚させるなどはできますが、そういうことではないでしょうし……」
「そうですね……彼は先日、人格を壊して戦ったので」
無常にも耐えろと言い放って、治療方法を考え始める彼女だが、体とは違ってやはりすぐには案が出ないようだ。
いくつかの対応を口に出しながらも、自らそれは違うと否定していく。
だが、専門外とはいっても彼女は世界一の名医である。
アオイの相槌も取り入れながら、似たような症例を出しつつ仮説を組み上げていった。
「人格の破壊というのがどういう状態なのかが謎ですね……
ただ、神秘であればよく似たような状態にはなります。
何千年と生きれば精神は摩耗し、人格は剥がれ落ちる。
それと同じであれば治らない気もしますが……」
「……!!」
「しかし、彼は自ら破壊したのですよね?
でしたら、捨てた、落とした、失った訳ではない。
諦め手放したのではなく、犠牲にして手を伸ばした。
もしかすると、壊れた残骸は彼の中に……」
治らないという単語に肩をビクリと跳ねさせるアオイだが、直後に続いた言葉に可能性を感じ、熱い視線を向ける。
その視線を気にせずに熟考し続けたヒュギエイアは、やがて顔を上げて口を開く。方針は決まったようだが、なぜか彼女の表情は暗く、微妙なものだった。
「そうですね……いくつか薬を処方することはできます。
しかし、治せるかはあなた次第……ですかね」
「私次第……ですか?」
「彼は壊れた人格を手放してはいない。それが正しいとしても、それを正しい形で組み上げるのは薬では無理でしょう。
彼を治すには、彼を知るあなたが、風の神秘であるあなたが脳を直接刺激する必要があるのです」
意表を突かれたアオイがぽかんとして繰り返すと、彼女はより具体的で、残酷な方法を提示する。
アオイが支配した風を……酸素をユウリの頭に送り込み、直接脳を弄るというような、拷問のような非人道的な内容を。
医者の発言とは思えないような提案を聞いた彼女は、流石に不快そうに顔をしかめていた。
「……悪趣味ですね」
「……そうですね。しかし、私の力では他の方法は無理です。
私以外の力を借りられるのであれば、まだ方法はありますが……たとえば、偽装するという形で元に戻せば、いずれその力なしでも自分を取り戻す可能性があるでしょう」
「あの神父ですか? 彼は敵です」
この方法に否定的なアオイに、ヒュギエイアは違う可能性を投げかけた。しかし、それは彼女以外の……敵対する者の力を借りるというものであり、アオイはより強く否定する。
偽装するという呪いは、以前蜜柑を伐採しようとした魔人――プセウドスの力だ。
かつて本気で殺し合った相手に頼み込む……そんな方法、拒否して当然だった。そもそも了承されるはずもない。
自分でもよくわかっていたらしいヒュギエイアは、表情を歪めながらも言葉を紡いでいく。
「わかっています。だから、これしかないのです。
世界には記憶に関する呪いを持つ魔人もいますが、彼女の力がない記憶にまで及ぶかもわかりません。神秘の風で無理やり組み上げる……これが私が示せる唯一の可能性なのです」
「……」
「これは、彼の脳内を好きに書き換えるということではなく、彼の壊れた機能を組み立てる行為です。
人体実験や拷問、尋問とは別物ですよ。
……決して、正当化していいとは思いませんが」
敵に頼る、低い可能性にかける……他の選択肢を提示してなお決めかねているアオイに、ヒュギエイアはそっと付け足す。
事実、人の人格に手を加えるような行為ではあるが、あくまでも変えるのではなく戻すことであるのだ……と。
ユウリがうめいている中、じっと目を閉じて考え込んでいたアオイは、やがてゆっくりと目を開いていった。
そして、歪みが渦巻く瞳を悲痛に輝かせながら口を開く。
「……わかりました。私は、彼を……治します。
彼を巻き込んだ者の責任として、何があろうと彼を……!!」




