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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策7 幻世に根差す神咒

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202/205

21-戦いの果てに

蜜柑がクリフォトの精神体を殺したことで、まだ本体は無事ではあるものの、彼は仮死状態になる。


直接伐採する必要はあるが、ひとまず意識はなくなり能力も使えない。それに伴って、樹界は少しずつ消えていく。

世界は再び何も無い荒野となり、あるのは少し離れた位置にあるクリフォトの本体と氷樹のみ。


死んだ目をしている蜜柑の眼下では、ずっと逃げ続けていたディアボロスや中空にいるベルゼビュート、最後まで援護をしてくれていたドルチェなどが浮いていた。


もちろん、倒れているからといって必ずしも死んでいる訳では無い。ジエンは相変わらず心神喪失状態で転がっており、寝転がっているエンが浮かべているのは満足そうな笑顔だ。


抜け殻でも死にはせず、嬉々として戦う者も満足げ。

すべては終わり、世界には穏やかな雰囲気が息づいている。


『……クリフォトを、殺さなきゃ』


ジッと彼女達を見つめていた蜜柑だったが、クリフォトはまだ完全に死んだ訳ではない。


精神体が殺され、意識的な活動を完全に停止してはいる。

しかし、数年、数十年、数百年とかかるだろうが、いずれは復活してしまうことは確実だ。


そして目覚めたら、当然彼は再び自らの機能に則って世界を滅ぼそうとすることだろう。死に、眠り、壊れた子ども達が大切にしていた世界を、もう一度。


彼女自身が脅かされずに生きるためにも、子ども達の犠牲を無駄にしないためにも、確実に伐採し殺さなければ。

自らも樹の精霊である蜜柑は、すぐにそのことを理解すると背後を振り返り、遂に露出した邪悪の樹の伐採に向かった。


「ん〜……蜜柑のやつ、余裕ねぇなぁ。随分と壊れてやがる。

カカッ、まだ仕事あんなら俺様を呼べっての」


何も無い地面に寝転がっていたエンも、クリフォトを倒したというのにまったく笑わず消えた蜜柑を見ると起き上がる。

近くにはジエンが転がっているが、気にすることはない。


純白の翼を広げると、少し離れた位置で揉めている声を聞きながら主を追っていった。




~~~~~~~~~~




蜜柑達が飛び去った後。

岩くらいしかない死んだ荒野では、ぐちゃぐちゃに押し潰された少女だったものを抱いているドルチェが、そばに降りてきたピエロを見上げていた。


彼女もまた、蜜柑と同じように無感情だ。

涙1つ流れない顔で、決して揺らぐことのない美少女として、ディアボロスの無事を喜ぶベルゼビュートに声をかける。


「……お疲れ様、ベルゼビュート」

「うん、お疲れさん。いやぁ、お互い無事で良かったなぁ。

ディアボロスを守ってくれて本当にありがとう」


ドルチェに労われたベルゼビュートは、力強く抱きしめていたディアボロスを解放すると、笑顔で言い放つ。


彼女達は生き残っているが、決して全員が無事だった訳では無い。おまけに彼女は、決して彼を守ってなどいない。

すべての感覚を遮断されていたからこその感想なのだろうが、的外れどころか的確に地雷を踏み抜くようなセリフだ。


彼女は優しくタルトだったものを横たえると、仕込み傘を握りしめながらにっこりと笑いかける。

その表情は紛うことなき笑顔だが、明らかに殺気のようなものが流れ出ており、威圧感があった。


「誰が、無事だったって? 誰が、その男を守ったって?」

「君とディアボロス、そして俺だね。

守ってなかったならごめんよ。生きていて嬉しくてさ」

「私の妹とおじさんは死んじゃったよ。

お互いに無事なんかじゃない。全員無事なのはそっちだけ。

人が悲しんでいるんだから、逆撫でしないでほしいな」

「……それはすまない。無神経だったよ」


静かに告げられる言葉に、ドルチェは向けていた仕込み傘を下ろしながら無表情で空を見上げる。

泣いてはいないが、両足がないこともあって悲壮感に溢れていた。


最初は笑っていたベルゼビュートも、泣いていないのに悲しんでいるという状況には理解があるらしい。

つい高くなってしまっていたテンションを抑え、思った以上に大切な人だったのかと思い直して神妙な態度だ。


「涙を流す美少女って、絶対的な価値があると思わない?」

「さぁね。ワタシは絶対的な価値ではなく、愚鈍だ。

君の考えることはよくわからないよ。泣いてもいないし」


目を向けることもなく発せられた問いに、ベルゼビュートは肩を竦める。悲しんでいるという彼女に言うことではないが、実際に泣いていないのだから若干不思議そうだ。


ディアボロスは何事にも興味がないので、当たり前のように蚊帳の外だった。


「うん、泣いてないね。私が泣くとさ、本当にその価値のために泣いているみたいに思っちゃうから、泣かないの。

ドルチェは本当に悲しい時、絶対に泣かない」

「……長く生きた神秘も、そうかもね。俺達の場合は、神秘に成った理由に、強くあるべき心に、縋っているからだけど」

「それは摩耗して、忘れちゃっただけじゃない?」

「さぁ、どうやろな」


穏やかで、だが間違いなく緊迫した空気の中。

彼女達は静かに言葉を交わす。

見上げる空は晴れ渡っているが、何も無い荒野は死の気配をひしひしと感じさせていた。


「あなたは裏切り者なのに、勝者である私達よりも目的達成してるのって、どうなのかな? その人、殺していい?」


視線を下ろしたドルチェは、今度はディアボロスに仕込み傘を向けながら言葉を紡ぐ。


純白の翼で宙に浮かび、ゴスロリチックなスカートを揺らしていることもあって、その姿はあまりにも優雅。

どこか動きを決められた舞いのような雰囲気で、実行されるとしたら容赦なく実現するだろうと思わせる冷徹さだ。


だが、ディアボロスの死……それはベルゼビュートが決して許せないことであり、今度は彼の地雷が踏み抜かれていた。

次の瞬間、狙いを定めていた仕込み傘は弾き飛ばされ、視界の外に消えてしまう。


彼女の首には冷たく殺気を放つ剣。

それを突きつけていたピエロは、さっきまでの彼女と同じように無表情で、壊れかけた表情で宣告する。


「……彼を殺すことは許さない。人に壊されてしまった彼は、誰にも救い出されなかった彼は、俺のすべてだ。

彼を害するというのなら、世界を敵に回しても構わない」

「……あなたに私は殺せないよ。絶対的な価値があるから」

「あぁ、もちろんわかっているさ。俺に君は殺せない。

だけどね……君だって俺には勝てないよ。

それでも彼を殺したいのなら、俺が永遠に相手をしてやる。

価値を奪うことはできないだろうが、君を拘束し続けることならできる。囚われのお姫様になりたいかい?」


殺せないことをわかった上で、彼は優位に話を進める。

能力では勝てないが、実力自体は言うまでもない。

実際に仕込み傘を弾き飛ばされているドルチェは、タルトを殺してもいない相手にこだわる理由もなく、矛を収めた。


「姫は必ず助け出されるもの。それには絶対的な価値があるけれど……私は私個人として、絶対的な価値がある。

そんな下らないことに、時間は無駄にできないな☆」

「では、ここでお別れだ。いつかまた道が重なった時。

向いている場所が同じであることを願うよ」


両手を上げて敵意を消す彼女に、ベルゼビュートも剣を納めて背を向ける。彼からしても、別にこだわる必要のない相手だ。すっかり道化師らしい表情に戻り、人格崩壊者を伴って去っていく。


1人残された美少女は、その背中を見送ってから妹の元に。

泣けない分を行動で補うように、彼女を抱き続けていた。




~~~~~~~~~~




「よう、蜜柑」


ベルゼビュート達が去っていった頃。

無防備な邪悪の樹の前では、遅れて到着したエンが場違いにも朗らかな態度で声をかけていた。


振り返った蜜柑は警戒したり身構えたりはしないが、やはり壊れたように無表情だ。なんの感情もない瞳で、淡々と問いかける。


『何か用、エン?』

「別に? トドメが残ってるみてぇだったかから、ちょっとついて来ただけだぜ? 俺様が1番元気だからな」


言葉通り、心身共に健康そのものであるエンは、人を食ったような態度で舌を出す。バカにしていたり、死んでいった者達を軽んじている様子ではないが、無駄に挑発的だ。


しかし、今の蜜柑にはそれに文句をいう気力などない。

華麗にスルーすると、そのまま邪悪の樹に向き合って静かに手を伸ばしていく。


「お前はこれからどうすんだ? あの村に戻るのか?」

『さぁね。とりあえず、私はこれを伐採するよ。

たとえ未来でも、地球は地球。範囲は広いけど、私の故郷だから。滅ぼされたくなんかはないし、あの子達も嫌がる』


手の先に現れるのは、金色の炎で形作られた剣。

邪悪の樹は直径数十メートルあるが、自由に大きさを変えられる炎剣も軽々切り倒せる大きさになっている。


さらに、周囲は炎で溶けない氷でより強固な刃として固められ、風が勢いを強めるように渦巻いていた。

樹の表面そのものにも、既に簡単に切り倒せるようにひび割れが走っている。伐採失敗などあり得ない程の丁寧さだ。


「俺様はタイレンに戻るぜ。ユウリが守り人をやるんなら、俺様がやることなんてねぇからな。鬼哭衆の首領に戻る」

『そう』

「だけど、お前のことは忘れねぇぜ。いつか必要になった時、好きに俺様を呼ぶといい。今回は気が向いたら、なんて言わねぇ。何があっても駆けつけてやる」


適当な岩に座って片膝をついているエンは、邪悪の樹が簡単に切り倒されるのを見ながら、真っ直ぐ思いを伝える。

樹が倒れるように、錫杖を揺らしながら。


その鈴の音に耳を傾ける蜜柑は、あっという間に樹を切り倒し、燃やし尽くしてから穏やかな表情で振り返った。


『私は、ガーベラと同じように眠りにつこうと思うよ。

アークレイ達みたいには、なりたくないからね。

もう狂っているのかもしれない、壊れているのかもしれない。……願いを守ることしか、できないのかもしれない。

それでも、暴走したくはないから。神でさえ狂うのだから、みんなを失った私だってもう手遅れ。後はもう未来に託す』

「次に起きた時、お前はちゃんとお前だと言えるか?」

『暴走するようなら、あなたが殺してよ』

「なっはっは!! 守り手がいんのに無茶言うな」

『大丈夫、彼はすべての責任を引き受けたんだから。

いつかの未来、世界に危機が訪れた時。彼は必ず正しい判断をする。心配なら、話し合っておいて。私達の扱い』

「りょーかい。んじゃ、もう安心して眠んな。俺様は英雄を尊重する。地獄の審判も、お前に有罪は下さねぇよ」


いつになく優しげに笑うエンに、蜜柑も薄っすらと微笑みを返す。広げられた手には神秘的な光。

くるりと回る彼女の前には、燃え尽きた邪悪の樹を封印するかのような大樹が生えてくる。


『マンダリンはみんなの故郷で、今世の私が生まれた地。

だけど、今の丘は騒がしいし、よりみんなの神秘が染み付いているのはこの場所だから……私もここで眠る。

ばいばい、エン・フィールド。また、未来で』

「おう、またな。お休み蜜柑」


あっという間に世界を書き換えた大樹は、生命の樹。

新たに生み出された、蜜柑の本体となるべき大樹。

その前に浮かんだ彼女の精神体はゆっくりと溶けていき、神々しい大樹の中に吸い込まれて消えた。


彼女の最後を見届けたエンは、手を合わせて軽く黙祷してから立ち上がる。揺れる錫杖は彼女の眠りを誘うように。

世界を優しく包んでいた。



蜜柑の対策はこれで完結です。2以降は化心につなげるための物語だったので、もしかしたら読者の皆様からすると求めていたものではなかったり、後味が悪い話だったかもしれません。


ですが、蜜柑の対策より群像劇味が増した物語として、多くのキャラ達の覚悟や死に様を描くことができたので、私的には綺麗な終わりだと思っています。


蜜柑の対策はここで終わりますが、もしもまだ彼女達の未来に興味を持っていただけたのなら、化心の終盤に再び花は咲くでしょう。


それから、蜜柑の対策-seed的な感じで、蜜柑の過去話を少し書きたいという気持ち、クリフォト側の物語をやはり少しだけ書いておきたい気持ちがあります。

シリーズが長いのでどうなるかわかりませんが、もし書いた場合はぜひ読んでいただけると嬉しいです。


そして、あと2話だけ続きますが、これは眷属達の結末であると同時に、物語自体は化心の話です。

1つ目はともかく、2つ目は化心を読まない場合はもしかしたら読まない方がいいかもしれません。

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