第三章 連続通り魔は幼女? inダマ国 後編
「さて、ここでこの幼女を野放しにすれば、また同じような事件が発生することでしょう」
ルウの言うことは、的を射ていた。一連の事件はすべて自分の欲望を満たすためのものだ。怨恨の線であれば、恨みを持つ人間が死ねばそれで事件は収束するが、この手はそうはいかない。人間の欲望は枯渇することはない。
この幼女が再び犯罪に手を染めることがないようにするには、どうすればよいか。ルウには考えがあるようだ。
「ミレイさん。この少女がこれ以上罪を犯すのを止めたいですか?」
「も、もちろんです。これ以上罪なき者に危害を与えるわけにはいきません」
「わかりました・・・」
ルウは自身の鞄から、刃渡り20センチほどあるナイフを取り出した。葉の先にはジグザグの形が2枚刃のようになっている。軍隊などで使われているアーミーナイフのようであった。
「さて、子供だからと言って、私は容赦しませんよ。人間は刃物で切られることが、どれだけ苦しいか、自分の身体で知らしめてあげましょう」
ミレイは寒気がした。
「ま、まさかマーナちゃんを刺す気じゃ」
ルウは薄っすら笑みを浮かべた。この人ならやりかねない。
「これ以上犠牲者を出すことのないよう、お仕置きをしなくてはいけませんね」
「おい、あいつ本気なんじゃ」
ダイトにも事の重大さがわかってきた。
「そ、そんな、嘘よね」
「問答無用」
懇願するマーナを一切無視し、ルウが自身のナイフを振り上げた。
『グチャ!!!』
鈍い音があたりに響いた。
「これ以上の犠牲者を出すことは許されません。ならば、この私の血を見せてあげましょう」
ルウは取り出した刀を、自身のお腹に突き刺していた。
「きゃっ!」
ミレイは、思わず目を背けた。
ナイフを刺したあたりから朱い血がにじみ出てきた。
「ほら、血ですよ。とっても紅い血ですよ。見たかったんでしょ? 興奮してきましたか? 感じてきましたか? それとも、もうオーガズムに達しましたか? といっても、幼女のあなたには、意味がわからないことですね」
「こ、怖い・・・」
ルウの狂った行動に、ミレイは口に手を当てておびえていた。その手は震えていた。
「く、狂ってる・・・」
ミレイの膝は恐怖でがくがくと震えていた。
やがてルウは膝から倒れ堕ちた。
「ルウさん!」
ミレイは心配し駆け寄る。振り向いたルウは、今度は口から血を流していた。ミレイの方を向いた瞬間、またしてもルウは口から血を吐き出した。そして、ルウの血がミレイの頬に当たった。生ぬるい感触が、ミレイの頬を伝っていく。
「ぁ・・・」
ミレイは貧血を起こしたかのように、またしても気絶した。血を見るのもダメなのだろう。ミレイが地面に頭を打ち付ける前に、ダイトがミレイを抱えた。
ルウは、自分の血をマーナの顔に垂らした。ルウの血がマーナの口に入った。まるで、赤ちゃんがミルクを飲むような純粋無垢の表情を浮かべていた。
「おにーさんの血って、おいしー」
ダイトはあまりにグロテスクな場面に耐えられなくなったのか、ミレイを地面に寝かせた後、木陰で嘔吐した。気分は最悪ではあったが、吐いている姿をミレイに見られなくてどこかホッとするダイトであった。
「目薬のように、血を目の中に入れてみますか?」
ルウはマーナの眼に血液を垂らした。
「わぁい、視界が真っ赤だぁ」
「目から血が垂れたら、お決まりの『血の涙』になります。見るものを興奮させるシチュエーションですね」
木陰から戻ってきたダイトは、またしてもグロテスクな饗宴をしている姿を見て気分が悪くなった。結果、またしても木陰で嘔吐した。
マーナはまるで覚せい剤でも使用したかのように、快楽が続いていた。
「さて、マーナさん。あなたはこれで血に満足したでしょう。吸血鬼ならば、お腹いっぱいというところのはずです。血のフルコースを堪能したのですからね。では、欲望が満たされたところで、あなたの経歴を教えてもらいましょうか? 一体どうして人間の血なんか求めているのでしょう。何か事情があったようですが」
これまでのように駄々をこねることはなく、マーナは自身の過去について話を始めた。ミレイとダイトは、話を聞ける状態ではなかったが。
———1か月前
「マーナちゃん、ごはんは冷蔵庫の中に入れていあるから、温めて食べるのよ」
「はぃ・・・」
辺りでは最も広大な敷地を有している館に、マーナという幼女がいた。両親はいつも不在。炊事や洗濯などの、身の回りの面倒を見ているのは、使用人である。マーナ自身は、この使用人も報酬の対価としてしか私を見ていないと、幼いながらも自覚していた。つまり、心を割って話をできる人は、この家にはいない。
生まれつき身体が弱かったマーナは、いつも館の中にいることしかできなかった。時折、館の外の景色を見ると、自身と同じ年くらいの子が外ではしゃいでいた。正直、うらやましい。
館ではいつも本を読んでいた。自分に置かれた境遇と同じく、人生の半数を塔の中で過ごした詩人が書いた詩集をいつも読んでいた。塔の中で過ごしていた時期に創られた詩は、常に外の世界のことで一杯だった。閉じ込められた身では、外の世界へのあこがれがあふれんばかりに強いことが共感できた。内容は子供には難しく、理解はあまりできなかったようであったが。
「どうすれば、お外に出られるの・・・」
マーナは絶望に駆られていた。
「いつもこの使用人のせいで、私はお外に出て遊ぶことができない・・・」
『!!!』
「そうだわ、あの使用人を亡き者にすれば、私は、自由になることができる」
浅はかな考えではあるが、マーナにとっては悪魔のささやきが聞こえた。そして、マーナは幼いながら、悪魔との契約に合意してしまった。純粋な年ごろだからこそ、善悪の区別がつかず、罪悪感も薄いのだろう。
深夜になり、マーナは調理場から包丁を持ち出した。料理をする使用人を横目で見て、包丁という器具は、固いもの突き刺すことができると認識していた。ならば、包丁を使えば、人間を串刺しにすることができると考えた。純粋な思考だけあって、かえってたちが悪い。
寝ている使用人の部屋にマーナは忍び込んだ。包丁を持って。物音で起こしてはまずいと幼いながら認識しており、そろりそろりと歩み寄った。
「えいっ」
か弱い声ながら、マーナの持っている包丁は、使用人の心臓を突き刺した。悲鳴を上げる間も無く、使用人は絶命した。
こうして、マーナは使用人を殺害することに成功した。これで自分は自由だ。館から出ることができる。これでもう、自分を縛り付けるものなど、誰もいない。
だがこの時、思わぬアクシデントが発生した。
「人間の血って、キレイ」
おかしく狂ったフェシズムが覚醒してしまった。
「純粋な紅色。なんてきれいなの。眺めているだけでゾクゾクしちゃうわ」
少女の狂ったスイッチが発動した。保護者のいない幼き子供は、欲望のまま突き進む。
館から抜け出した彼女の消息は、誰もわかってはいないまま時が過ぎていった———
「そうですか、あなたにこんな暗い過去があったのですね」
話の途中で気絶していたミレイが目を覚ました。まだ意識がもうろうとするのか、やや半目になっており、所々ろれつが回っていなかった。自分が吐いたことを悟られぬよう、何度も口を拭いて自分の息の臭いを確認したダイトが、ミレイが気絶しているときに起こった状況を説明した。ミレイも、ルウとマーナが冷静に話をしているのを見て、事件は解決に向かってるのだと判断した。
「やはり、人間は鳥かごの中では生活できないのですね。外の世界に憧れるのですね。お気持ちはよくわかります。自粛ばかり強制されては、いつか反乱が起こりますよね」
ルウの言葉に同調するように、ミレイとダイトは思った。
「あなたにチャンスを与えましょう。そんなに人間の血を見たいのなら、将来は医者か看護師か献血職員にでも憑りつけばいいのではないでしょうか。医療の現場では血が見放題です」
なんという弁証論なのだろうか。わざわざ犯罪を犯さなくとも、人間の血がこれでもかと見ることができる。いきなり現実論を突きつけてきたルウに対し、マーナを含めた三人はキツネにつままれたような表情を見せた。
「どうです? 犯罪を犯さなくても、人間の血がたっぷり見れます。それも、起きている時間ずっと血を見ることができる。ずっと血のことばかり考えていれば、そのうち普通の人間では考えもつかない研究成果を見つけることだって可能です」
なおも続くルウの弁論。反論をできるものなど、誰もいなかった。
「マーナさん。あなたはもう罪を犯す必要はありませんよ」
「わかったぁ、将来は献血屋さんか看護師さんになるぅ」
こんなにあっさり解決しちゃったと言わんばかりの結末であった。
「さて、これで連続通り魔事件はもう起こらないでしょう。警察には、届け出ますか?」
ミレイとダイトは悩んだ。この少女はもう罪を犯すことはないだろう。だが、これまで犯してきた罪に変わりはない。現に、家の使用人をはじめ数名を殺害したのは事実である。その間も、ルウは二人の議論に対してルウは口をはさむことはなく、子猫の相手をしていた。ルウは自分の血を子猫に与えようとしたが、あまりにまずいのか鍔を吐き出し、前足をばたつかせていた。
数分後、ミレイは一つの決断をした。
「あなたはこれまで犯してきた罪を償わなくてはなりません。あなたはまだ子供です。やり直す時間は十分にあります」
ミレイはマーナに自首を促した。マーナに置かれた境遇を考慮すると、情状酌量の余地は理解できる。気持ちは分かるが、殺された人たちの気持ちを考えれば同情はできない。
やがて、マーナは自首を受け入れた。ミレイが自首の意味を濁したことで、マーナは意味は分かっているのかは知らないが。
「ところでルウさん、大丈夫ですか?」
「何か、ありましたか? そんなに慌てまして」
一体何があったのか、ルウが逆に驚いていた。記憶を振り返ると、自分の腹を切っていたことを思い出した。
「あぁ、刺し傷のことですね」
ルウは自分のお腹を出した。そこには血はおろか、刺し傷一つすらなかった。
「ご安心を。さっきの血は、血のりですよ」
ミレイたちは呆然としていた。
「そんなもの、常に持ち歩いているのか?」
ダイトは疑問に思い、ルウに問いかけた。
「相手が攻撃に成功したと油断させるためですよ。そこそこの血が流れれば、致命傷だと勘違いすることを見越して、常に持ち歩いているのです」
「な、なんだぁ、そうだったのですね。安心しました」
ほほ笑むミレイを、ルウは見ていた。ダイトは、常にそんなものを持っていなければいけない事情が、この男にはあるのかと懐疑的な目で見ていた。
「逆にミレイさんこそ大丈夫ですか。短時間で2回も失神しては、体力がもたないでしょう」
「えぇ、少しめまいはしますが、だんだん気分が落ち着いてきたので大丈夫です」
「そうですか。ですが、無理は禁物ですよ」
その後、マーナはミレイとダイトに連れられて、警察に出頭した。保護者として、ミレイの名前を使った。ルウはついてはいかなかった。
出頭したマーナの姿を見て、警察署員は驚きの顔を見せた。
「ま、まさか、本当に幼女が連続殺人犯だったとは」
警察署長が驚きの顔をあげていた。
ミレイたちはマーナを連れて、目的通り警察署にいた。
マーナに襲われた警察官が、マーナの顔を見た途端『ひええぇぇぇぇぇ』と情けない声を上げて逃げ出した。この出来事で、マーナが連続通り魔の犯人であることが立証された。それにしても、この逃げ出した警官はこれから警察の職務を全うできるのだろうか。なにせ、犯人を前にして逃げてしまうのだから。それも、幼女相手に。
「それじゃあ、マーナちゃん。あなたがこれまで犯してしまった罪をしっかり償うのよ。そして、罪を償ったら、大好きな血を見ることで他人を救える社会貢献をすること。それは、ルウさんが言った通り、献血屋さんか看護師になることよ。マーナちゃんがここから出るときには、お姉さんが迎えに来るからね」
所々おかしな言葉だと、ミレイは振り返った。だが、マーナはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「うん、わかった。またあおーねー」
幼女が刑務所に行く光景が、何とも違和感でたまらない。むしろ、マーナはこれから自分がどんな境遇に置かれるのかわかっているのだろうか。またかつての軟禁されていた館の生活が待っているのだ。自由を得たくて飛び出したはずが、また自由を拘束されることを理解しているのだろうか。
マーナは警察署員に連れられて行った。
「しっかし不思議だよな。今でもあんな幼女が連続通り魔だなんて思えないな」
「えぇ」
二人は、マーナが連れられた後も、警察署の前に立ち尽くしていた。
ミレイたちを見送った後、連続通り魔の事件で話題が持ちきりの町から抜け出したルウは、子猫を撫でながら過去の出来事を振り返っていた。
「彼らには秘密してましたが、ミレイさんに向けて放った血は、実は私の本物の血ですがね。この事実を伝えれば、またミレイさんは気絶することでしょう。それに、人間の血ね・・・」
———「ルウ様。また人間の血を使ってお風呂に入っているのですか?」
「固いこと言うなよ。これが俺の楽しみなんだから」
「一体、これだけの人間を殺して、世間にはどう説明をするのですか?」
「そんなものは、新種の感染症なり魔女狩りなりの歴史を適当に作って、合法的に人間が死亡した事実を作ればいいのさ。歴史は真実とは限らない。病気が蔓延したと、あちこちで文書をばらまけば、物好きな歴史学者が勝手に考察をしてくれるはず。どうせ、俺たちが教わった歴史も、文献となるものは伝記でしかない。ねつ造なんか簡単さ」
「は、はい・・・」
召使のような老婆は、ルウの狂気に後ずさりした。
「やはり、あのお方は悪魔そのもの。人間とは思えないわ」
「なにか言ったか? そういえば、今日はいつもよりお風呂の血が少ないな・・・」
じろりと見るルウの目つきに、老婆は震えあがった。
「さて、シャワーを帯びるか」
ルウは天井に吊るしてある若い女性の頸動脈を切った。切った先から、おびただしい量の血が勢いよく噴出した。勢いの強いシャワーのように。
———ミレイが宝を持って帰れば、このワシの物になる。それだけではない、ミレイの口からどうやってあの気難しい部族と交渉できたか、吐かせるのだ。そうすればより永遠の富が手に入る。
お金で命は買えないと言っている愚かな連中がいるが、単なる知識不足じゃ。今の時代お金さえ出せば、自分の身体の具合が悪くなったパーツと取り換えることができる。臓器移植というやつじゃ。
ボルドウでは臓器移植は法律で禁止されているが、法律上問題ない国もある。その国へ移住すれば、半永久的な命が手に入る。まさに、自分が思い描くこの世の理想郷じゃ。
『コンコン』
おっと、今の会話を聞かれたか? いや、口にしてはいない。いつも通りに振舞えばいいだけじゃ。
「失礼します。間もなく会議が始まります。お集まりをお願いします」
全く、また無駄な会議か。会議ほど無駄な仕事はないというのに———
会議の場には、ボルドウ国王、大臣、秘書、執事など、国営の幹部が揃っていた。




