修羅場の予感。+シュラバの小話
「どうですか? 苦しくないですか?」
「はい大丈夫です。パーティーのとき調子に乗っていっぱい食べたらやばいかもですけど」
「やだ〜! 千聖様ったらもう!」
帝国向け異世界人お披露目パーティーで着用するドレスが仕上がった。
今回のドレスはホルターネックで胸元はシースルー。チュールのストレートラインで女性らしいデザイン。背中が大胆に開いているのはなんだか落ち着かないが、逆に姿勢を正さなければと思えるから良しとしよう。
鏡を見て一周するも、本当に自分なのかと疑ってしまう。毎回そうだけどやはりこういう姿は見慣れない。ジーンズとTシャツがいと恋しい。
(それにお手入れしてもらってるからか肌がつやつや……。自分史上最高すぎるんですけど)
痣や細かな傷も消えているし、これなら腕を出しても怖くない。先週はグローブをはめていたが、夏だし人の熱気も相まって結構暑かった。というかそもそも傷ってこんなに消えるものなのか?
風呂やマッサージに投入される謎の薬草のお陰だろうか。あれも誰かの家庭薬だと思うけど、独特な匂いがなかなかキツイ。やはり良薬は口に苦しなのかちゃんと効いてるらしい。
鏡の前でくるくる回る私をチェックするデザイナー。不安そうに、「本当に大丈夫でしょうか……」と呟く。
たぶんこの人が気にしているのはドレスの色。私のドレスはブラックで、メグのドレスはホワイトだから。
わざわざ言わなくても分かる通り、葬儀か? それとも結婚か? おいおいまさか常識が無いんじゃないのか? と叩かれないか心配しているのだ。
ことの発端は、メグが「ホワイトコーデでお願い!」と言ったからである。
こんな感じとメグが見せてきたお気入りの真っ白私服コーディネートは、確かに可愛いと思う。ゆめかわいい感じがメグにとても似合っていた。
しかも気が早い哉。ドレスのために髪色までミルクティーベージュに染め直したという。
なら私も白にすればいいのではと提案したが、来週に結婚式を控えているのにさすがにそれは駄目だと言われ、「なら黒で良いじゃん」ともうヤケクソだ。
前の世界ではドレスなんて普段着ではないし、わたし的にブラックドレスといえばダイアナ妃かオードリーかどちらかのイメージ。というか私たちからすると正直何色でも良かったり。
(“こう有るべき”ってのはもう時代遅れじゃね??)
「まぁ大丈夫じゃないですか? 何とかなりますって。異世界感? 出てません? 逆に、ねぇ?」
「千聖様ったら! テキトーにそんなこと言って! 私だけが叩かれるならまだしも、千聖様やメグ様やこの国だって言われるかもなんですよ!? もう私は胃が痛くて痛くて下血してるんですからぁ……!」
「ええ!? ちょっと〜大丈夫ですから何とかなりますって。だって素敵ですよ? だからほら! 自信を持って!」
「うぅ……そうですよね……。私も先輩みたいにいつかは帝都で活躍したいんだからこれぐらいで弱音を吐いちゃ駄目ですよね……。それにメグ様から異世界のファッションだってお勉強させてもらったのに、こんなことじゃ……、うぅ……」
このデザイナーの子は今年で丁度20歳。同年代だしノリもよくて接しやすい人なのだが、自分に自信が無くて大体いつも胃が痛い。神殿の薬に頼りっぱなしの人。
チェックも済んだし、さてそろそろ脱ぐかとホックを外してもらっていると、「チーちゃん来たよーー!!」とノックもせずメグが登場した。
あと三十分後からメグのフィッティングが始まるが、どうしたのだろう。いつも十五分ぐらい遅れてくるのに、明日は雹でも降るのか?
「メグちゃん早いね」
「めるるんも来たよーー!」
「え、何で??」
ぐい、と腕を引き寄せられるメルヴィン。
この男、さすがラッキースケベ野郎なだけある。私は今着替え中だぞ。
やばい、と目を逸らすメルヴィンにデザイナーの子は「やんっ! メルヴィン様ったらダ・イ・タ・ンっ!」とノリよく突っ込んでいる。他人事だと胃は強いんだから。
「チーちゃん脱いじゃだめっ! 一緒に写真撮りたいの! めるるんに撮り方教えたからちょっと待ってて! メグも着替えるっ!」
「ああ、そういうこと……。じゃあ外で待ってるから終わったら呼んでね」
「うん!」
メルヴィンにはお前も外で待つんですよと離れて指示し、「変なことするんでこっから近づいちゃ駄目ですからね!」と釘を差した。そしたら目を見開いて「そんなこと!」と否定するのだが、思い当たる節があるようで途中で否定を止めた。
「そのドレスを着られるんですね。不思議です……すごく綺麗だと思いますよ」
「(そういうのはサラッと言えるんだよなぁこいつ。勿体ないに限る)有難うございます。デザイナーの子もきっと喜びますよ」
「ええ、後で直接伝えてみます」
「そういえばメルヴィンさん。どうですか? いい女性はいました?」
「えっ、あっ、その、み、皆さん積極的な方ばかりでっ。自分を落ち着かせるので精一杯ですよ、はは……」
何度か(違う意味で)己を抑えるのに必死なメルヴィンを目撃したから、危うく失笑してしまうところだった。
先週の国内向けパーティーだって物凄く囲まれていたし、結構なショック療法だと思う。
(ま、メルヴィンさんには丁度いい…………っ、やば。笑っちゃダメだぞ自分……! 本人は至って真面目、至って真面目……)
メルヴィンと同じく必死に己を抑えていると、「中でも伯爵家次女のレイラさんは可愛らしいんですけど、でも、どこか色気というか、その、惹かれるんですよね」なんて照れながら女子高生みたいな恋愛話をしてくるではないか。
初心で可愛らしいから「うんうん」と黙って聞いてはいるのだが、はて、〈伯爵家のレイラ〉とはどこかで聞いたような気がする。
話半分で脳みその引き出しを開けていると、そうだ、思い出した。いつだったかハント公爵の胸に両手を添え、上目遣いで見上げていたエロそうな女だ。
ハント公爵の執務室の引き出しに仕舞い込んでいた、これまたエロいすけすけのベビードールの持ち主(だと思われる)の女。直接話したことはないが、あざとそうな女だった。
メルヴィンの話しぶりからするに、どうやら虜にされてしまったらしい。
しかし大きな声では言えないけれど、ハント公爵とそのレイラとかいう女はオトナな関係ではなかろうか。公爵だっていい歳なのだからそれぐらいはするはずだ。私は別に気にしないけど。
だって好きな人でもなし、身体を許す気もなし。だけどメルヴィンは違う。レイラとかいう女が好き、なんだと思う。
(あっれーーこれもしかして修羅場ーー?? 修羅場の予感ーー?? えーー、こわーーい)
なんて、どこか他人事の私だった。
「ぎゃあ! 千聖様、蜘蛛です! 蜘蛛ですよぉ! 私、蜘蛛苦手なんです!!」
「は? 知らないですよ。てかメルヴィンさん近寄っちゃ駄目って言ったでしょ。絶対ラッキー起こしますもん」
「な、なに!? 何がですか!? ぎゃああ!! 千聖様! 千聖様ァ!!」
「えっうるさっ。蜘蛛如きに」
「ちょ、ちょお! こっちに来まするですよォ!!」
「なんで侍になるんですか? つか蜘蛛ちっちゃ」
「なななななんとかして下さいぃいい……!」
「侍なんですから自分でなんとかして、やっ、ちょっ、どこ触ってんですか! 近付くなって言ったじゃ、ちょ、メルヴィンさん!?」
「わぁぁあ!! 千聖様ァァアアア!! ぎゃああああ! 登ってきましたァアアァ!!」
「うるっさいな、耳元で叫ばないで! 近いし!! 蹴飛ばしたいけど出来立てのドレス破れるっ! ってか腰持たないで……!? な、は!!? あ、当たってるんですけど!?? ちょっと!!??」
「ッ千聖様っ……! お願いですっ、何とかして下さいっ……! 私、本当に無理なんです……! このままじゃ、このままじゃっ……!!」
「言葉選びおかしくないですかねぇ!!?」
「あぁああっ……! 千聖様っ……! 早くっ、早く……!」
「取り敢えず離れませんか!!? ちょ、む、胸っ! 胸っ! 鷲掴むなコラ!! 腰にも当たってるんですって! メルヴィンさん……!?」
「チーちゃん、終わったよーー! …………めるるん、なにしてるの」
「きゃっ、メルヴィン様ったらこんなところでダイタンっ!」
「ああっ! 二人ともメルヴィンさんを何とかして下さい! 蜘蛛で精神やられてるんですけどッ……!」
「ううぅうう……!! どんどんこっち来てまするよ、私も我慢の限界ですよォオオ!!」
──「廊下で騒ぐな、はしたない。全く、何処のどいつだ。………………は?」
「アッ、公爵様……じゃなくてブルーさん」
「千聖様っ……! お願いです! お願いです……!」
「めるるんのえっちーー」
「やん! シュ・ラ・バっ!」




