ワカリマスカー。意思疎通デスヨー。
「陛下、お言葉ですが彼女は“出来れば放っておいてほしい”と言いました。それに書類上そうであることは間違いありませんが、堂々と婚約者として振る舞うのは如何なものかと。言葉通り、生まれた世界が違いますから。先ずは彼女が世界を知るところからでしょう」
──ギロリ。まるで余計な事を言いやがってと言いたげな瞳。それとも、だから教えてやってるんだろうとでも言いたいのか。
放っておいてほしい。確かに言いましたとも。好きでもない相手に恋人らしく振る舞われてもウザいだけ。
ただね、私が言いたいのはそういうことではないのだ。
世界を知るところから?
何を馬鹿な。私だってこの歳まで無駄に生きてきた訳じゃない。それなりの教養ぐらい身につけている。
そもそも育む愛もない、私を逃げられないようにする為のただの婚約者のくせに、なぜくだらない教養ばかり身につけているのか。
私が最初に提示した要望はどうなった。これでは話が違うではないか。大臣や神官兼研究者達も全く口出ししてこない。公爵家が恐いのか?
(いやそこは頑張れよ……!)
「公爵様。お言葉ですが、意思疎通、出来ていないと思います」
「なに?」
面倒な女が嫌いそうな公爵だから、かなりハッキリ言ってやらないと解らないだろう。陛下も私と言いたいことが同じなのか、ウンウンと頷いている。
陛下が言った意思疎通の意味を、貴方にも分からせてあげましょう。
「公爵様は先程、婚約者として振る舞うのは如何なものかと仰いましたよね。大人の面倒臭い事情で婚約者になること自体理解しておりますよ。でも実際公爵様の“婚約者”になってから私は何をしていると思いますか?」
「ふん、私が指示したことだ。それぐらいは分かっている。公爵家の婚約者として恥ずかしくない程度の教養とマナー。所謂常識だ。常識ぐらい学んでもらわねば困るからな」
「そうですね。もちろん公爵様の考えも理解しております。ただ……公爵家の婚約者として恥ずかしくない程度の、ねぇ……」
そうだ!言ってやれ!みたいな顔で続きを待っている陛下。お望みでもお望みじゃなくても言わせていただきます。
「じゃあお聞きしますけど。あなたは婚約者にピアノやバイオリンや刺繍などの教養を望んでるんですか?」
「………そんなものは、望んでいないが……」
言葉に勢いが無くなってきた。やっと私の(&陛下の)言いたい事が分かったか。でももう遅いぞ。勢いに任せて溜まったストレス全部吐き出してやるからな。
「そもそも前の世界でピアノの才能が無いことは分かっています。バイオリンだってやりたくないし、手先だって器用じゃないし、刺繍なんてやってると肩は凝るし頭は痛いし、私は身体を動かす方が好きなんです。それに公爵様だってそんな教養望んでないんですよね、やるだけ時間の無駄じゃないですか?」
「なら、」
ならそう言えば良い、って言いたいんでしょうけど。それ二度目ですからね。言わせません。
「でもですね? 公爵家の皆さんは貴方の言うことしか聞かないんですよ。公爵様が一番ご存知かとは思います。貴方の指示通りに、皆さんは動くんですよ。本当に忠犬ですね。お陰様で困ってますけど」
「んん……」
「さらに貴方がちゃんと指示してくれないと使用人の方々は限度ってものが分からないんです。恥ずかしくない程度? それはどの程度ですか?? 私はどこまで教養を身につければ気が済みますか?」
「分かったから……」
「いや、まだです。皆さん一生懸命やってくれてますよ? 私を恥ずかしくない婚約者にする為にね。それに“一応”これでも来訪者ですから? なるたけ早く国に貢献出来るようにと急いでくれてるのでしょう。ええそれはもう庭の散歩さえ許してくれないぐらいに。貴方の婚約者になって2週間、庭に出たのは屋敷を案内されて以来出ていません。ずーーっと、屋敷に籠もったままでした。私がどれほど頑張ってこの城まで辿り着いたとお思いですか?」
「待て、分かったから、」
「まだあります! ミハエルさんが来られると聞いて1日分の“常識”を半日で詰め込み、交渉に交渉を重ねやっと……! 屋敷から出れたんです! 理由が分かりますか? 騎士の一人も付いてない私は庭の散歩さえ許してくれないんですって。いや、は? って感じじゃないですか? 閉じ込めておいて何? って。果たして婚約者を押し付けているのは何方でしょう? どうです? 意思疎通、出来ましたか?」
「……はぁ…………ああ」
「わははは!! さすが千聖殿!! ブルーにお似合いだな!! わはははは!!!」
婚約者と意思疎通出来ているのかと聞かれ、恐らくハント公爵はこう思ったのだろう。
茶を共に飲んだり、他愛ない会話をしながらの食事や、たまには花束なんかを贈ったり、美しいねと言いながら外を散歩したり、街へ出てドレスを一緒に選んだり、大切にしているんだと、貴方の事を常日頃想っていますよ。
なんて。そんな普通の恋人同士の事が出来ているのかと。
そりゃもちろんそうなれば陛下も喜ぶだろう。しかし甥であるハント公爵がどんな性格なのかは知っている筈だし、私にもその気が無い事ぐらい分かっている。
陛下然り、私が言いたいのは、もっと根本的なものだ。
例えば、アレルギーがありますだとか、持病がありますなんて、そんな単純なこと。
されたら嫌なこと、許せないこと、トラウマだったり、そんな単純なことさえも、私達は話し合っていない。同じ屋根の下なのに。
意思疎通なんて、出来るはずも無い。
(嗚呼……今日みたいな日に飲む酒は美味いんだろうなァ……)
「わはは!! わはははは……!! 実に面白い……!! これ程までにブルーに言ってのけるとは!! わはははは……!!」
「はぁ………、陛下、笑い過ぎです……」
愉快に大はしゃぎする一国の王。大粒の涙を流し、大の大人がここまで笑い転げられるのかと感心する。
その姿に対し、いつも通りの目付きの悪さで冷静に対応するハント公爵。
(全く、公爵様のそういうところは私に似てるんだよな。……ほんと、平和な国で助かりましたよ陛下。こういう瞬間が、とても幸せです)




