ブルーの外遊中、整備とかしてた。 参照[足りないのは、]
──「こんにちはー。あの〜……改装して綺麗になった温泉があるって聞いたんですけど〜……」
「あ! はーい! こんにちは! ええ、ありますよ!」
村の景観整備を手伝っていた千聖に、30代ぐらいの女性が声を掛ける。
手前にも何人か人が居たはずなのだが、年齢的に私が一番話しかけやすかったのだろうか。
「ちょ〜っと待っててくださいね〜」
「すみません手ぇ止めちゃって……」
「いいえー、せっかく来てくれたんですもん! これぐらいお安い御用ですよ!」
すっくと立ち上がると、今まさに植えた植物がキラキラと輝いていた。何だか喜んでいるように見えてこちらも嬉しい。
軍手を外し、ワークパンツについた土をパンパンと軽く払う。
今わたしは公爵家の庭師・ジェームズに監督してもらい、景観整備という名の土いじりをしていたのだ。
「えっと、あっちに見える建物がそうなんですけど、案内しますね!」
「わざわざ案内までしてもらって、有難うございます〜」
「いいえ〜、まだまだこの村綺麗になる予定なんで! 気に入っていただけたらまた来てくださいね!」
「はい、是非!」
何処から噂を聞きつけたのかしれっと引き出しつつ、温泉へと案内する。
どうやら改築作業に関わっていた大工の一人から人伝いに聞いたらしい。
うむ。誠に良い仕事をしたようだな。
「あれ……そのシャツ……なんか見たことあるような……」
後ろでポツリ女性が呟く。
厚手のシャツもこのワークパンツもなんなら日除けのための帽子も土いじりの為に街の中心に程近い古着屋で買ったからなぁ。元は量産品なのかも。
(まじ激安だったな……。ベラさんには“公爵夫人ともあろう者が!”って絶対怒られるから内緒なんだよね)
「街の表通りで買ったんでもしかしたらふとした瞬間に見掛けたとかですかね?」
「う〜ん……、う〜〜ん……」
なんだかすごく悩ませてしまった。そんな悩ますほど見覚えがあったのか。
まあ確かに背中の刺繍とか肩のワッペンとか特徴的だもんな。
「おい母さん! 探しちまったよ!」
「あらアナタ。だって坂登るの遅いんだもの。ちょっとくらい運動して痩せてよね」
どうやら旦那さんも一緒だったらしい。
随分と息を切らしている。体格も……すごいな。
(語彙力……!)
「服がどんどん入らなくなっちゃって。アナタのサイズ探すの大変なんだから」
「わぁってるわぁってるっつーの……! コレでも頑張ってんの……! ってあれ!!? それ俺のシャツ……!」
「「へ?」」
奥さんと私が同時に素頓狂な声を上げる。
どうやら私のシャツを指して言っているようだ。
「あらやだ!! 何処かで見た覚えがあると思ったら一年ぐらい前に売ったやつだわ!」
「あはは! そりゃあ見覚えがあるのも納得ですね!」
「いやぁ〜……まさかこんな可愛らしい娘さんが着てくれるとは……」
「アナタが着るのとは違ってすっごくお洒落ね。それにこの身幅のゆとりを見るとアナタってどんだけ太ってるのよ」
「うるせっ!」
先ほどの会話の通り、サイズが合わなくなったようで断捨離されたらしい一着。
スンマセン。有り難く着させてもらってます。
「ふふっ、仲良いですね! あ、そうだ。あそこの家がまだちょっと看板は出してないんですけど宿になってるので。次回、もし良かったらどうぞ!」
「へえ! 風呂に浸かりゃ酒が飲みたくなって、酒飲んじまったらそのまま寝てぇもんな!」
「アナタったらもう……」
「そのうち屋台とか飲み屋街みたいなのもどうかなって考えてる最中なんですよ! ほんとまだまだこの村は発展途中なんで」
「まぁ! 領主様がご結婚されてから色々と変わってるとは噂で聞きましたけど……本当にすごいですね」
「あ、あはは〜〜。いやぁ〜~……」
うん確かに変えた、色々変えた、とは言えず苦笑い。
温泉直すどころか村直しちゃってるもん。
(そりゃまぁやっぱ公爵夫人とはいえ独断は怖いから執事のマルコにも一応確認したし、ブルーにも概要纏めて手紙送っといたけどさっ……!)
「此処です! 着きました!」
「わあ、お洒落だしなんか、シンボルの魔犬が至るとこに……ふふ、可愛いらしいわ!」
「嬢ちゃんありがとな!」
「いいえー! 褒めてくださってこちらが有難うございます、ですよ! じゃあ楽しんでいって、」
──「千聖さまーー!」
「うえ?」
私の名を呼ぶのは風呂屋の長男である大工の男性。
風呂屋を改築してもらったあと、そのまま村の空き家を活用して宿にしてもらったのだ。現在はこだわりの看板を製作中とのこと。
「どうしたんですかそんなに慌てて……。もしやもう看板が?」
「いやそれはまだですッ! まだまだこだわり中なんでッ! そうじゃなくていっこサインが漏れちゃってたんですよ〜……!」
「えええ〜。うんコレで完璧! って言ってたのに〜〜?」
「サーセン!」
「それでどこですって?」
「えーっと、ここと、ここに、あとここ」
「むちゃくちゃある」
「サーセン!」
もー、なんて言いながら無駄に長い『千聖·天宮·ハント』のサインをしていくわたし。その姿を見ながらブツブツと何か言いながら考え込む奥さん。
あら?
そういえばこの夫婦、もうとっくに温泉に行ったかと思ったがまだ居たな。
私のことなんて気にしなくてもいいのに。
「……さと様? どこだったかしら……」
「ハイ、サイン書きましたよー。これで今度こそ完璧ですね?」
「アザッス! スンマセンね、公爵夫人のサインじゃなきゃ手間なもんで」
「んも〜〜」
「公爵夫人……千聖、様……! ああっっ!!」
奥さんが急に大声を出すから思わず体ごと飛び跳ねてしまった。
そのまま跳ね続ける心臓を押さえてなんとか落ち着かせる。どうやらそれは旦那さんも同じようで。
「んだよオメェ大声出しやがってびっくりすんじゃねぇか……!」
「アッ、アナタ……!! この方公爵夫人よ……!!」
「へ?? こーしゃくふじん……??」
「ホラ!! ハント公爵様の!! 奥様ッ!! 異世界からの……!!」
「………。えええッッ!!?」
「いやぁ〜〜……あはは……まぁそうなんですけど」
千聖様また自己紹介しなかったんですか? みたいな顔してる大工の男性。
だって場所聞かれただけなんだもん。
そんなので『あ、ワタクシ一応ハント公爵の妻なんですけどぉ』なんていちいち名乗る方がキモくないか?
「おっ、俺、嬢ちゃんなんて言っちまったよ……!」
「ひいぃ! わ、わたしなんてお仕事の邪魔までしてッ! 案内までさせてッ……!」
「あわわわわ! そッそれに俺のシャツなんか着せちまってよぉ……!!」
「ああああの、数々の無礼をなんとお詫びしたら良いか……!」
「いやいやそんなの全然! 謝るなんて、大丈夫ですから! このシャツも自分で選んだし! いやホントに……! 大丈夫ですって! 頭上げてくださいっ! 頭上げてっ! じゃないと私が下がっちゃいますからね! 貴方達より目線下げちゃうよ!? 良いんですね!?」
──その後、若い平民女性の間でメンズのオーバーサイズの着こなしが謎に流行ったという。
(メグちゃんから流行ってるって聞いたけど、なんで流行ったのかまじ超謎……)




