《万物名工(マテリアルクラフト)》〜剣と魔法とブービートラップ〜
ーーーーーーーーーよし、逃げよう。
吾妻秀吾は窓の外の激戦を眺めながら誰に言うでもなくそう決意した。
どうやらあのままならファント・ガーフィールドは容易くあの泥の竜に勝利を収めることができるだろう。
しかしファント・ガーフィールドが化け物なように相対しているドラゴンもまた化け物な訳で、もし双方のとばっちりがこの小屋に襲いかかって来たら、一般人程度の耐性しか持たない吾妻秀吾はひとたまりもないだろう。
それに、あんなドラゴンが出現するとわかった以上、こんな森に居ついていたらいつか喰い殺されかねない。
ファント・ガーフィールドには悪いが、話はまた今度という事にして貰おう。
吾妻秀吾はそう確信し、いそいそと小屋の隅に移動して床に手を当てた。
「こういう時の為に、暇な時も《万物名工》の練習をしてたんだ………………役に立つ日がきて欲しくは無かったけど。」
吾妻秀吾はそういうと、床に手を当てたまま自身の心の中に声を掛ける。
「(おい《異界読本》、今から森の外までの地下通路を作って逃げる。一番近くて安全そうな場所までの道案内を頼む。)」
『了解しました。それでしたら此処より南に78km程直線に進んだ先にあるスカイジア王国の宿場町が宜しいと思われます。』
「(う………結構遠いな……………わかった、南だな。)」
『それに、あの『騎士』から逃げるというのは私も賛成です。』
「(…………?)」
何故だろう。確かにあのドラゴンとファント・ガーフィールドとの戦闘に巻き込まれたくないから逃げるつもりでいるのだが、《異界読本》の言い回しは妙におかしく感じた。
まるであのファント・ガーフィールドが、俺に危害を加えるべく現れたのかのようなーーーーーー
吾妻秀吾はそこまで考えて、爆弾が炸裂したかのような外の轟音により現実へと引き戻される。
三日間寝食を共にしたこの小屋も、ギシギシと悲鳴をあげて限界が近いことを告げている。
「急いだ方が良さそうだな………………《万物名工》っ!」
吾妻秀吾がそう言うと彼の触れていた床が一瞬光りを放ち、木製の扉が出現した。
どうやら、地下通路の作成は上手くいった様である。
「(………ごめんなファント・ガーフィールド、俺ここにいたら死んじゃいそうだし………。)」
外の様子を伺う余裕は無いが、きっと今もファント・ガーフィールドとドラゴンとの死闘は続いているのだろう。
しかし吾妻秀吾は、自分がこの場に残っていたとしてできることなど限られるだろうと判断し、地下通路に続く手すりに手をかけた。
と、そこでふと吾妻秀吾は思い付いたように《異界読本》に話し掛ける。
「あ、そうだ。このまま黙って逃げるってのもなんだか心苦しいし、例のあの『最後の罠』使ってから行くか」
ーーーーーーーーーー『最後の罠』
吾妻秀吾が言うそれというのは、彼がこの小屋一帯を丸裸になるほどの木材と地中の岩石を用いて、《異界読本》の指示の元《万物名工》で作り出した『装置』の事である。
その罠は《異界読本》曰く、周囲の空気中の外気魔力を運用し魔物除けの結界に似た効果をも発揮すると聞いて、それならと吾妻秀吾が地中に埋めて設置しておいたのだ。
《異界読本》が、『この罠は本来大型の魔物を捕獲するのに使用するのです』と言っていたのを思い出した吾妻秀吾は、不要になるのならと罠の発動を《異界読本》に相談したのだ。
『了解しました。《万物名工》の効果で安全装置を解除してください、罠を発動できます。』
「あっと、外のガーフィールドさんとか巻き込まれたりしないよな?」
『問題ありません、あの罠は魔物にのみ有効です』
「ならよし」
吾妻秀悟はそう確信を持って告げる《異界読本》を信用し、再び《万物名工》を発動してから地下通路へ降りていった。
「(……………さよならガーフィールドさん。最初に出会えた人間が、あなたみたいな優しそうな人で良かったです。)」
吾妻秀吾はそう思いながら、地下の闇へと消えていった。
ーーーーーーーーーー◯ーーーーーーーーーー
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
吾妻秀吾が地下通路を作成していた頃、ファント・ガーフィールドとドラゴンとの戦闘の状況は変わりつつあった。
ファント・ガーフィールドの援護を行っていた兵士の一人が唇を血が出るほどに噛みしめる。
「傷が………塞がっていく…………だと…………!?」
ファント・ガーフィールドと複数の兵士達が目撃したのは、異様なる光景だった。
「グゴゴゴゴ…………グゥオオオオオオォォオオッ!」
ファント・ガーフィールドが放った無数の刺突痕に、外骨格を模っていた泥の鎧がうぞうぞと集まり、傷を塞いでいくのだ。
それだけではない、その傷を塞いだ泥は見る間に硬質化し、ドラゴンの鱗と同質のものへと姿を変えてしまったのだ。
ファント・ガーフィールドが引きちぎった翼も同様に、体を覆っていた泥が新たな翼を形作り、そしてドラゴン自身の肉体と同質のものへと変化した。
ファント・ガーフィールドは驚きで目を見開く。
「……………馬鹿な………!?泥土竜の持つ魔法効果は私のスキル、《天空王之加護》によって阻害されて…………………!?」
と、ここでファント・ガーフィールドは一つの結論に辿り着く。
これならばあのドラゴンが自分の《剣豪領域》に感知されなかった事にも一応の説明がつく。
だが、この結論は余りにも絶望的なものであった。
「…………………『異能』か………………………!!」
『魔物はスキルを使えない』
それは個体差云々がどうとか言う話のレベルではなく、種族的にスキルを取得できるように体が出来ていないのだ。
洞窟に潜むスライムだろうと、我が物顔で大空を飛び回るドラゴンだろうと、そこに例外は存在しない。
使い勝手のいい『魔法』を行使する事を優先し、進化の過程でスキルを発現させる能力が失われていったのだ。
だが例えスキルが使えなくとも、ドラゴンを含めた多くの魔物は、その無数の魔法と、魔力によって高められた強靭な肉体だけで天地に君臨することができる。
いってしまえば、『不要』だったのである。
ここからはファント・ガーフィールド達の知るところでは無いが、現在彼らが相対しているこのドラゴンは、ファント・ガーフィールドの言っていた『泥土竜』では無い。ーーーーー
ーーーーーーーーーー『泥土王竜』
泥土竜が成長し、『領域王』の加護の力を得た最上位存在。
アシストスキル《雄峰王之回帰》の力を有し、土に含まれる外気魔力さえ有れば例え粉微塵に砕かれようとも、無限に肉体を再生出来る効果を獲得していた。
更に、領域王『雄峰王マウンティガ』の加護により、地の上に立つ限り泥土王竜の体内魔力は尽きることがない。
瞬く間に回復していく肉体と魔力を前にして、ファント・ガーフィールドは戦慄した。
彼ですら、『竜種』の更に上位存在など知る由もなかったからだ。
泥土王竜は、まるで嘲笑うかのようにファント・ガーフィールド達を見下す。
ファント・ガーフィールドもまた眼光鋭く得物を構えるが、彼の口からは嗚咽に似た短く早い息が漏れる。
「(……こ………この魔物を…………私は殺し切れるのか……………?)」
まるで巨大な山に向けて攻撃を放っているかにような感覚に襲われていたファント・ガーフィールドは、額に嫌な汗をかいていた。
この魔物は恐らく自分では殺せない、我らが主、勇者級の超越者で無いと不可能。
ファント・ガーフィールドはそう確信し、いかにこの状況をミルシィ・スターライトに伝えるか、と思考を巡らせながら三又槍を構えなおしーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーファント・ガーフィールドは、再び我が目を疑った。
再び始まろうとしていた激戦の予想を、大きく覆す自体が起こったからだ。
槍を構えたファント・ガーフィールドに応えるかのようにゆったりと牙を剥く泥土王竜ーーーーーーーー
ーーーーーーーーその体を、地中から突然現れた木製の巨大トラバサミが押し潰したのだ。
泥土王竜の作成(?)スキル
アシストスキル
《雄峰王之回帰》