守るための力
その後の休憩中――。
焚き火のそばで水筒を手にしながら、リクは先ほどの戦闘を思い返していた。
(――俺、よくあんなところに飛び出せたな)
すると、そんなリクの前に、モニカが静かに歩み寄ってきた。そして珍しく、深く頭を下げる。
「助かった。あの場面、私が庇われる側になるとは思わなかった」
いつものぶっきらぼうな口調とは、少しだけ違っていた。そこには確かな感情が滲んでいる。
「モニカさんが引きつけてくれてなかったら、もっと危なかった。お互い様だよ」
リクがそう言うと、モニカはしばらく黙り込んだ。焚き火の炎が、彼女の無表情な横顔を揺らめかせる。三つ編みにまとめた黒髪が、炎の光を受けて赤く照り返していた。
やがて、モニカは意を決したように口を開く。
「……なあ。良かったら、その結晶で、私にも儀式を頼めないか」
珍しく歯切れの悪い物言いに、リクは思わず瞬きをした。モニカが、自分から儀式を願い出るとは。これまで、彼女はどちらかといえば儀式に対して関心が薄いように見えた。それどころか、リクたちが儀式の話をしていても、黙って聞き流しているだけのことが多かった。
「タンク役の私が強化されれば、パーティ全体が楽になる。そうなれば……今日みたいなことが、もう少し減る気がする」
モニカはそう言って、少しだけ目を伏せた。その仕草が、リクには新鮮に映った。普段は無口で、感情をほとんど表に出さない彼女が、こんなことを言うとは。
「もちろん、いいけど」
リクがそう言うと、周囲の面々も異論なく頷く。エミリアは温かな笑みを浮かべている。ブレンダは「モニカさん、心強いです!」と嬉しそうに言った。ロレッタは腕を組んだままだったが、その表情は穏やかだった。
「ありがとう」
モニカは短く礼を言い、その場を離れていった。その足取りは、いつもより少しだけ軽いように、リクには見えた。
*
その夜、リクたちは野営地に小さな天幕を張り、その中で儀式を行うことになった。焚き火の明かりが天幕の外で揺れ、夜の森の静寂が周囲を包んでいる。
天幕の中にはリクとモニカの二人きり。中央には、あの緑核のかけらが布の上に置かれている。淡い緑色の光が、天幕の中をほのかに照らしていた。
「……始めよう」
リクが静かに言うと、モニカは小さく頷いた。そして、珍しく自分から口を開いた。
「やり方はエミリアから聞いた。私は……あまり、こういうのは得意じゃないんだ」
その言葉に、リクは少しだけ笑みをこぼす。
「俺も、得意な方じゃないよ。でも……何とかなるから」
「ありがとう」
モニカは、ほんの僅かに口元を緩めたように見えた。それは、リクが初めて見る柔らかな表情だった。
リクはモニカをまっすぐ見つめて、言葉を紡ぐ。
「今のところ、俺にとっては唯一の『パーティを組んでくれたことがある魔法剣士』がモニカさんだ。忙しい中、ブレンダとの練習にまで付き合ってくれて、とても感謝しているよ。俺たちが後衛で安心していられるのは、頼もしいモニカさんがいるからこそだ」
(毎回、これ恥ずかしいんだよなあ――。でも失敗すると、聖遺物が無駄になって最悪なことになるし、恥ずかしくてもちゃんと言うしかない)
「今日は庇ってもらって、助かった。私なりに、リクのことを信頼しているつもりだ」
リクは目を丸くする。
(名前で呼ばれたの、初めてのような気がする。照れ臭いけど、成功のため、ここは我慢だ)
モニカがおもむろに右手を伸ばし、緑核のかけらの上にかざす。リクも、そっと自分の右手を重ねた。モニカの手は、これまでに儀式を共にした誰よりも硬く、そして大きかった。長年にわたり、盾と剣を握り続けてきた、戦士の手だ。
二人が同時に目を閉じる。リクは、モニカのことを思い浮かべる。初めて会った時のこと。あの闘技場での、無表情な立ち居振る舞い。それから、幾度となく共に戦った日々。彼女が盾で敵の攻撃を受け止め、そのたびにリクたちを守ってくれたこと。言葉は少ないけれど、その背中はいつも信頼に足るものだった。
(モニカさんは、ずっと俺たちを守ってくれてきた。今こそ、俺が彼女に何かを返す番だ)
そう心の中で唱えた瞬間、温かな感情が胸の奥へと流れ込んでくるのを感じた。エミリアの時、ブレンダの時と同じ不思議な感覚。だが、モニカのそれはどこか質が違う。言葉にできない、けれど確かな「責任感」の重み。モニカの「役に立たねば」「強くあり続けなければ」という、自分を追い込むストイックな思い。それらが、静かな波となって、リクの中へと染み込んでくる。
(これが、モニカさんの想いか――)
やがて、かすかなシューという音が聞こえた。例によって、聖遺物が消滅する時の音だろう。それと同時に、目の前がふっと明るくなる。
「あ……」
モニカの短い声が聞こえ、リクは目を開けた。布の上から姿を消した「緑核のかけら」の代わりに、モニカの手の甲に眩い光を放つ紋章が出現していた。純白の輝きを放ち、複雑な幾何学模様を描く。エミリアの花びらの重なりとも、ブレンダの渦巻く光の粒とも違う、直線的などこか盾のような形をした紋章だった。
「成功……したんだな」
モニカが、自分の手の甲を見つめながら静かに呟く。その声は、いつもの抑揚のない口調ではあったが、不思議とどこか感慨深げに響いた。
「ああ。おめでとう、モニカさん」
リクが言うと、モニカは小さく頷いた。そして、紋章の光がゆっくりと収まっていき、やがて完全に消え去った。
「これで、私は……」
モニカが顔を上げ、まっすぐにリクを見る。その瞳は、これまでリクに向けられたことのない、柔らかな光を帯びていた。
「もっと、皆を守れるようになる。……ありがとう、リク」
その言葉に、リクは少しだけ照れくさくなって、頭をかいた。
「どういたしまして。……それで、どんな魔法が使えるようになったんだ?」
モニカは少し考えてから、答えた。
「斬撃に聖属性オーラを纏わせるスキルを得られる……とエミリアからは聞いている。まだ詳しいことは分からないが」
「それは心強いな。モニカさんが攻撃でも聖属性を使えるようになるなら、前衛としてますます頼りになる」
リクがそう言うと、モニカは小さく頷いた。その表情は、いつもの無表情に戻っていたが、どこか満足げに見えた。
天幕の外では、焚き火の炎がまだ静かに燃え続けている。夜の森の空気が、天幕の隙間からひんやりと流れ込んできた。リクは、ふと外の気配を感じて少しだけ身を引き締める。まだ、この森での任務は、完全には終わっていない。だが、モニカという新たな力が加わったことで、パーティ全体の結束は確かに強くなった。
そう確信しながら、リクは静かに深呼吸をした。




