幼少期、ラヴィアンローズ!8
「…ふうん。それ、ほかの女の子たちには何も言われなかったの?」
翌日、我が家に遊びに来た冬威に劇のことを話すと、目を丸くしながらそう聞かれた。
「実は、びっくりするくらい何も言われなかったのよ。なんでも、『誰がなるか気にはなるし、自分もなりたいけどクジの結果なら仕方がない』んですって」
「それは、すごいね。大人だ」
「ええ、私も感心しちゃった」
お子様用にぬるめに淹れられた紅茶を飲みながら、二人で頷きあう。やはり、彼女たちはよくしつけられた良家の子女のなかでもかなり賢いのだと思う。幼稚園の教育方針が見事に実を結んでいる、いい例なのではないだろうか。
「それにしても、野菊の白雪姫役か。楽しみだな、僕も観に行けるかな」
冬威がふと思いついた、といった様子で私に聞いてきた。小首をかしげる仕草がかわいらしい。成長した後の憎たらしい上から目線を知ってしまっている身としては、ぜひともこのままでいてほしい。
「残念ながら、父兄しか観に来られないの。でも、お父様がビデオカメラを買っていたからそれを一緒に観ましょう」
「やった。それなら僕も野菊のお姫様姿を見れるんだね、きっと可愛いよ」
「まあ、口が上手いこと。冬威の将来はプレイボーイね」
「手厳しい…」
冬威が真顔で褒めるものだから、思わず茶化して返してしまった。素直な冬威は、人をよく褒める。ちなみに私は美少女だが、自分としてはどちらかといえば女王のほうが似合うと思っているので冬威の言葉はお世辞として受け取ることにしている。慢心は敵なのだ。
そんなこんなで話し込んでいると、あっという間に時間は経ってしまう。冬威は習い事に出かける時間だ。一ノ瀬家の運転手さんが迎えに来て、私達は玄関先で向かい合う。
「じゃあ、またね野菊。今日も楽しかった」
「私もよ。じゃあね、またいつでも遊びにおいでなさいよ」
ばいばい、と手を振ってさようならをする。
冬威はいつも、さようならの瞬間だけ寂しそうな目をする。もっと一緒に居たいという目だ。慕ってくれているのが分かって少しだけくすぐったいが、それ以上に寂しさを拭いきれていないことに不安を感じる。なにか手を打っておいたほうがいいかもしれないが、あいにくいい案が浮かばない。
また後で兄に相談してみようと決意して、なんとなく冬威が来た後の習慣になってしまったピアノの練習に向かった。
〇×
「それなら父さんに相談して、いつでも冬威君に連絡できるように一ノ瀬家と掛け合ってもらえばいいんじゃないかな」
翌日、結局案が浮かばず助力を乞いに行った私に、兄はあっさりと妙案を出してくれた。小学校から帰ってきて、宿題の真っ最中だったのに飛び込んできた私を邪険にするでもなく優しく迎え入れてくれて、その上適切なアドバイスをくれるなんて兄は本当にできすぎた人ではないだろうか。大好き! 率直に申し上げてブラコン一直線な私は、一も二もなく兄の案に乗ることにした。
斯くして。
私と冬威は晴れてこども携帯を持たされることとなった。連絡先に登録していいのは両親と婚約者のみ、使っていいのは夜の九時まで、場所は自分の部屋かリビングという制約付きだが。しかしこれは6歳児に携帯を持たせるなら至極当然の条件なので全く問題はない。
「冬威、おはよう」
『おはよう、野菊。…なんだか夢みたいだ』
「まだ寝ぼけているの? もうすぐ登園時間なのに」
『あっ、違う! 今まで野菊と話せるのは短い時間だけだったから…』
「なるほど。私も同じ気持ちよ。たくさん話せるようになって嬉しい」
電話越しに冬威が声を出さずに笑っているのが感じられる。以前に比べて、かなりリラックスしているようだ。同い年だが、子どもが楽しそうな様子だとなんだか安心してしまう。
原作の通りなら、小学校からはずっと一緒のクラスになるはずなので今から良好な関係が築けるのはとてもラッキーなことだ。ただでさえ私は気が強そうに見えてしまう顔立ちだから、気安い友達がいるというアピールは大切なのだ。
『ああ、そろそろ出発する時間だ。また電話するね』
「ええ、待ってる。ばいばい」
『うん。ばいばい』
ピ。
電話を切り、ディスプレイの時間を見るとこちらも出かける時間が迫ってきている。慌てて部屋を飛び出し、源田さんが待つ車へと駆けて行った。