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道案内の少女  作者: 小睦 博
第20章 

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689 売り払われた王子

 王都を旅立った僕たちはモウペドロリアーネを目指して街道を北へと進む。ホンマニ公爵様とペドロリアン侯爵の一行に囲まれているので、行く手を阻む邪魔者はひとりもいない。快調にノシノシ進んでいったところ、モウペドロリアーネの街を見下ろせる小高い丘の上へ出た。パッと眺めて気がついたのは、東へ向かう街道だけ様子が違うことだ。めっちゃ真っすぐなうえピカピカ輝いて見える。


 ペドロリアン侯爵の話によれば、大雨でお酒の到着が遅れたことを知ったドワーフたちが、人族には任せておけないとタダで街道整備を引き受けてくれたとのこと。荷物を満載してくっそ重たくなった竜車が通っても沈まない頑丈な路盤にもかかわらず水はけも抜群だそうな。不思議なことに、ちょっとした雨だとしみ込んだ水は街道の北側にある側溝へ流れ出てくるのだけど、大雨の時だけは南側にある側溝にも排出されてくる。どうやら、路面の下になにか仕掛けがあるらしい。


 ドワーフが整備したと聞いて、東に向かう街道は酒どころと化したアーレイ子爵領へ通じていたことを思い出す。呑兵衛どもの執念には呆れるしかない。お酒が手に入らなくなろうものなら、あいつらは抗議の爆破テロを始めるのではあるまいか。おそろしやと湧き上がってくる尿意に耐えながらモウペドロリアーネの街へ入る。


「私たちがモウヴィヴィアーナへ到着するのは最後になると思います。コロリーヌさん。それまでの間、先輩を逃がさないようしっかり見張っておいてください」


 ホンマニ公爵様とペドロリアン侯爵が急いで戻ったのは、式典に参列する王様や領主たちがこれからゾロゾロやってくるから。街道の警備に宿泊場所の手配とやらなくてはいけないことが山積みなのでゆっくり逗留している暇はない。ホンマニ公爵様ご一行はモウペドロリアーネを通過してモウホンマーニへ向かうそうな。モウヴィヴィアーナへ向かうのは最後になるからと、別れ際にアキマヘン嬢が僕の見張りをコロリーヌに託す。どうして誰も彼もが僕の逃亡を警戒するのかさっぱり理解できない。


「うっうっ……。モロニダスさんと別れるのはつらいですが、ご馳走が私を待っているのでは致し方ありません……」


 メソメソと嘘泣きをしながら、僕よりご馳走の方が大事とベコッタ司祭が別れの挨拶を告げてきた。ワロスイーツ領へは西に向かう交通量の多い街道を進むことになる。モウホンマーニへ向かう僕たちは北西に伸びる裏街道を行くので、街の西門から出たところでこの食いしん坊司祭様ともお別れだ。まぁ、ここまでの間に流離いのクマハンターが仕留めた獲物でかつ丼にパーコー飯と充分食べさせておいたから満足してくれたと思う。むしろ、害獣を駆除したお礼の農作物で腹を満たしてきたオムレツプリンの方が本気で悲しんでいるように感じる。理由はやっぱり食べ物だけど……


「でも、一生養うと誓ってくださるならご一緒することもやぶさかでは……」

「異なる神様に仕える者同士。道は交わり、そして再び離れていく宿命(さだめ)なのです」

「ううっ、モロニダス料理長は冷たいですっ」

「誰が料理長ですか」


 最後にこの先もずっとご馳走を振舞ってくれるならと調子のよいことを言い出すベコッタ司祭。彼女は聖女様に仕えると誓った司祭であり、僕はタルトの下僕である。ふたりの道は交差しても合流することはないと告げたところ、勝手に他人を料理長に任命していた食いしん坊様は冷たい奴だとふて腐れた。僕と一緒に来たら聖議会で吊るし上げられるのが落ちだけど、ワロスイーツ領ならご馳走に困らない。そう思い出させれば、こうなったら美味しいものを食べ尽くしてくれるとベコッタ司祭はオムレツプリンに跨り意気揚々と楽園へ向かっていった。


 ――短い間だったけど、楽しかったですよ……


 小さくなっていく食いしん坊司祭様の背を見送りながら心の中で感謝を伝えておく。どこまでも食い意地の張ったベコッタ司祭との旅は、かつてタルトを迎えに大陸の西方を目指していたころを思い出させてくれた。もしかしたら、美味しいものをいっぱい食べたいからとイグドラシルへ還ってしまった剣聖様の魂が本当に宿っているのかもしれない。


 ――でも、前世は前世。今生は今生だ……


 とはいえ、それを確かめる術はないし、イグドラシルで真新しくされた魂に過去など無用のもの。生き物がそう望んで、神様が実現してくださったのだから、憶えてもいない前世の縁を口にするのは無粋ってもんだ。仮に同じ魂であったとしても、モーマンタインさんとベコッタ司祭は完全に別人である。異論の余地はないというか、異論を挟んではいけないのだ。そんなことをしたら、一度失敗に終わっている黄金時代へ逆戻りしてしまう。


 いくつもの出会いと別れをくり返す中、変わらず隣にいてくれたかつての相棒を思い出し、後ろ髪を引かれるような思いに囚われる。だけど、もしそこに剣聖様の魂が宿っているのだとしたら、今度こそ己を犠牲になどせず幸せになってもらいたい。どうか彼女が満足するまでご馳走を食べられますようにとおっぱいの女神様に祈りを捧げ、バナナンダーの脚をモウホンマーニへつながる裏街道へと向けた。






 食いしん坊司祭様と別れた僕たちはホンマニ公爵領を目指して裏街道をノソノソ進む。今はちょうどお米の収穫時期とあって、街道の左右に広がる農地では黄金色に実った稲穂が重そうに頭を垂れていた。集落総出の稲刈り作業を眺めながらバナナンダーの手綱をガッチリ絞り、つまみ食いに走ろうとする食いしん坊を抑える。不満そうにグゥグゥ喉を鳴らすものの、ここで甘い顔を見せたら負けだ。飼料に白米を混ぜてやるから我慢するよう厳しく言い聞かせておく。


 モウホンマーニに近づくにつれ、なんとなく見覚えのある景色が増えてきた。街道沿いにある集落はすっかり様変わりしていて、クマネストの奴をとっ捕まえたのがどの辺りだったのかも思い出せない。だけど、山は40年くらいじゃ変わらないから、どこか懐かしさを覚える。これといった思い出があるわけでもないのに憶えているもんだなと感心しながら街道を進んでいくうちに、ホンマニ公爵様のお城があるモウホンマーニへ到着した。


「よう、ダチ公。呆れるくらい変わってねぇな」


 お城の門をくぐったところでは、ホンマニ家の家臣たちがズラリと並んで公爵様を出迎えていた。中央にいる老婦人の魔力には覚えがある。領のナンバー2として公爵様の留守を任されていたリアリィ先生だろう。そのすぐ後ろに控えていたおっさんが、ダチ公と僕に馴れ馴れしく声をかけてきやがった。その肩にはパイナップル頭の日焼けしたマッチョが腰かけている。しょっぱい精霊ってことは、このおっさんが……


「なんでバカな王子がいるのさ?」

「そりゃ、リアリィ家に婿入りしたからに決まってる」

「なん……だと……」


 こいつはゴウティン海洋王国のバカな王子で間違いない。どうしてモウホンマーニにいるのだと問い質したところ、リアリィ家当主と結婚したという答えが返ってきた。リアリィ家の跡取りは準爵であるリアリィ先生しかいなかったはずだ。


「先生、まさか王国の至宝であるリアリィ山脈を外国へ売り渡したんですか?」

「なにバカなことを言っているのですか。むしろ、海洋王国の王子を買い取ったのです」


 大切な領土を売り渡すなんてどうかしていると抗議したものの、買い取ったのはこっちだとリアリィ先生に言い返されてしまう。間違いなく王子様ではあるものの、しょせん人質として差し出される程度の立場。王位継承レースの大本命なわけがない。母国にノコノコ帰還しても煙たがられるだけなのでお買い得だったのだと先生が事情を説明してくれる。


「兄貴どもも厄介者が外国へ片付いてくれたって、喜んで祝いの品を送ってきたぜ」


 国内にいられると国王へ不満を持った勢力に取り込まれて担ぎ上げられるおそれがあるから、リアリィ家への婿入り話は海洋王国としても渡りに船だったのだとバカな王子が口にする。海洋王国は国内で消費される穀物のほとんどをアーカン王国から買い入れているし、主力産業である海運業も積荷は王国から輸出される穀物とドワーフ鋼がメイン。経済的にアーカン王国へ依存していると言っても過言ではなく、両国の結びつきが深まるに越したことはないとあっさり売り払われたそうな。


「ご苦労だった、メルクリア。話は聞いているな?」


 王子様に生まれつけば厄介払いされてリアリィ山脈を手に入れることができる。そんな理不尽かつ不公平なことを許しておけるわけがない。然るべき天誅を下さなければと考えていたら、竜車からホンマニ公爵様が降りていらっしゃった。事情は承知しているなとリアリィ先生に問いかける。


「ドクロワル準爵が天上の神々に迎えられ、モウヴィヴィアーナに神殿を建立すると国王陛下が発表されたことは耳にしております。アーレイ君が帰国したとモチカから報せが届き、それから間を置かずの発表ということはやはり……」


 すでに公表済みの情報は得ていた模様。退学者が帰国したとモチカさんから報せが届いたと思ったら、すぐに臨時の貴族院が開催されると通告があり、唐突に神様がいらっしゃったので神殿を建立しますという話が湧いてきた。僕が戻ってきた途端、こんな突拍子もない話が持ち上がってくるなんて偶然であるはずがない。お前が裏で糸を引いているのだなとリアリィ先生がギロギロ睨みつけてきた。


「僕はドクロ神様から託された使命を遂行しているだけです」

「のらりくらりと理由を見つけては帰国を先延ばしにしようとするアーレイ君にしびれを切らしたドクロワルさんが、戻らざるを得ないよう使命を言い渡したのではないですか?」

「ぎくっ……」


 裏で糸を引いているのは僕じゃなくて神々ですと説明したものの、流れ者がいつまでも帰国しないせいとリアリィ先生に見破られてしまった。依代を託すなら、直接ヴィヴィアナ様へお渡しすれば済む話。わざわざ国外にいる僕へ使命を与えたのは、別の目的があったに違いない。とうとう神様の手を煩わせやがったかと僕のほっぺをつまんでグニグニ引き延ばしてくる。


「神々の裏事情はさておき、精霊殿へ依代を納める奉納の式典を執り行う。主催はエフデナイトで事務局はオムツ機構だが、段取りはこちらに一任させてもらった。国中の領主に外国の賓客も招待する予定だから、下準備を急がねばならん」

「承知いたしました。本日中に実行委員会を編制いたしましょう」


 神様にまで心配をかけるなんてけしからん奴だとため息を吐いた公爵様が、今は式典の準備を急ぐよう指示を出す。今日中に実働部隊のメンバーを選抜して、明日の午前中に第1回目の会合を開きましょうとリアリィ先生が請け負った。


「頼む。それはそれとして情報を共有しておきたいから、本日の晩餐にはプッピーとメルクリアも同席してくれ」


 実行委員会の件を了承したホンマニ公爵様が、伝えておきたいことがあるからと僕たちを晩餐に招き、プロセルピーネ先生とリアリィ先生に同席するよう告げる。招待者は僕とコロリーヌにカリューア姉妹と33代目ちゃん。おまけに脳筋ズだそうな。機密事項もあるので他はシャットアウトすると口にしながら、公爵様が意味ありげな視線を向けてきた。もうひとり招待したいということなのだろう。無言で小さく頷いておく。


 用意していただいた客間でひと息ついて、晩御飯の時刻になったので晩餐の会場へ案内してもらう。場所は建物の外壁に面していないため四方を壁に囲まれ窓のひとつもない部屋だ。いかにも密談をするための場所って感じがする。出来上がった食事をメイドさんたちが運び込んできて、隅にあるテーブルへ並べたらそのまま部屋を後にしていった。ひとりひとりに給仕するのは公爵様と契約しているメイド精霊のシルビアさんのようだ。


「女神様はいらしてくださるだろうか?」

「心配いりません。ここにはロゥリング族が3人もいますから」


 公爵様がもうひとりと僕にリクエストしたのは、もちろんドクロ神様である。肉を食べさせなければいけない相手が揃っているから問題ないと告げて依代を取り出せば、思ったとおり黄金色の光を放ち始めた。


「本当にドクロワル準爵なのですね。お元気そうで……と申すのもおかしな話かもしれませんけれど、またお会いできてうれしく存じます」

「その節はご迷惑をおかけしました。どうかご自身を責めないでください」


 ドクロ神様が姿を現されれば、記憶にあるドクロワルさんのままだとリアリィ先生はポロポロと涙を零しながら再会できたことを喜んだ。先生はどうやらドクロ事件の責任を感じていたらしく、自分を責めなくてもよいのだとドクロ神様に慰められている。


「シルビアさん。ロゥリング族にはまずお肉からです」


 挨拶を済ませたドクロ神様はさっそくシルビアさんからお皿を奪うと、お前たちはこれでも食べていろとゴッテリした肉の塊をプッピーとコロリーヌ、そして僕の席へ配膳した。おやつに手を出してよいのは食事を済ませた者だけだと言い渡されてしまう。


「さっさとモウヴィヴィアーナに移動して現地で打ち合わせた方がいいと思うのよね。想像でアレコレ議論してる余裕はないでしょ」


 むぐむぐとお肉を頬張りながら、わからないことは次回までに確認しておきますなんて悠長なことはしていられないから、とりあえず見ればわかる現地でした方が打ち合わせは捗るとプッピーが提案する。リアリィ先生も賛成のようで、初回会合は公爵様の考えているイメージをメンバーに共有させるためお城で開催するものの、2回目以降はホンマニ宗家か魔導院に場所を貸してもらおうと考えているそうだ。


「なら、明日にでもアンビリーの奴に連絡しておくか。場所ならほとんど使うことのない理事長室が空いているはずだからな」


 今の学長先生はマジスカ君である模様。場所がないなら自分の執務室を使えと公爵様が理事長室の使用を許可してくれた。


「そういえば、今はヤーブナルの息子が魔導院にいるんじゃなかったか?」

「今年がサバイバル実習で、来年から専門課程のはずよ」


 なら、明日の初回会合が終わったらモウヴィヴィアーナへ出発しようと話が決まったところで、ヘルネストの奴がヤーブナルの息子とやらのことを口にした。今は教養課程の最終学年にいるはずだとサクラちゃんが答えている。


「誰なのそれ? 話題に挙げるほどの重要人物なの?」


 真面目な話をしている時に脈絡もなく何を言いだすのだと迂闊なる男を問い詰めたものの、返ってきたのは冷たい視線だった。それもひとりではない。まるで僕がおかしなことを口走ってしまったかのように全員からぶっ刺さってくる。これはいったいどうしたことだ。


「マイフレンド。お前、自分の孫に興味ないのか?」

「ふぁっ?」


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― 新着の感想 ―
見たこともない子供の見たこともない孫だから実感がないのはしょうがない気もする でも責任はとるべき
キターどんなクソガキが出てくるかな?
種を残した以上その系譜が続いてる可能性はね。 そしておそらく母方からの思いが込められたヤブの文脈。
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