688 王都を離れて
「モロニダスさん。匿ってくださいっ」
「手配書に名前でもあがったの?」
首席との長年にわたる因縁にも決着がつき、落ち着いた日常が戻ってきたと安堵したのも束の間、ベコッタ司祭がカリューア伯爵家の別邸へ転がり込んできた。犯罪者を迂闊に匿ったりしたら共犯者にされてしまう。いったい何事かと事情を聞き出せば、大使司教様のお供で奉納の式典に参列した司祭には聖議会で吊るし上げられる運命が待っていることに、勘のよい幾人かが気づいたらしい。
「貧乏くじを他人に押し付けようと、察しのよい司祭たちは長期の出張を計画し始めました。司教様に声をかけられたらお終いなので逃げてきたんです」
重要な式典があるからと本来のお役目を疎かにするのは本末転倒というもの。派手なイベントは同僚に任せて自分は目立たない地方巡業をしてきますと、次は司教に推されても不思議でない上席司祭のひとりが大使館を離れたそうな。スタンドプレー上等で功を積み重ねてきた奴がひっそりと地方を回ってくるだなんて、これは絶対に裏がある。そう察した連中が同じような出張計画を立て始めたので、行方をくらますことにしたのだとベコッタ司祭が状況を説明してくれた。
「姿を消して大丈夫なの?」
「私はヴィクトリウス司教の配下で大使館の所属じゃありません。顔を出さなくなれば帰国の途についたと思ってくれるでしょう」
それは無断欠勤と呼ばれる行為ではないのかと問い質してみたものの、そもそも大使館勤務ではないという答えが返ってきた。あとは帰国してヴィクトリウス司教へ報告すれば任務完了だそうな。
「帰国しなくて大丈夫なの?」
「まだ、この国の美食を食べ尽くしていません。ご馳走してください」
報告に戻らなくてはいけないのではないかと重ねて問い質したところ、もっと美食を堪能したいのだとベコッタ司祭はご馳走を要求してきやがった。始末に負えない食いしん坊は縛り上げて教国大使館へつき出してやりたい。
「伯爵のせいで忙しかったから、私も久しぶりに王都の食事を楽しみたいよ~」
ベコッタ司祭に同調する食いしん坊はクセーラさんだ。ミツバチゴーレムの製作に忙しかったせいで、食事は工房で食べられる軽食で済ませていたとのこと。協力してやったんだからご馳走しろと、約束した覚えのない見返りを要求してきた。美味しいものをよこせと伝えたいのか、ベコーンたんまで僕の脛にゲシゲシ攻撃を仕掛けてくる。
「君たち、僕が王都を訪れるのは40年ぶりだってこと忘れてない?」
もともと何度か訪れたことがあるって程度の場所でしかないし、王国を離れている間にすっかり様変わりしている。評判のよい食事処なんて、僕は一軒も知らないのだ。オムツフリーナちゃんパークにあるフードコートなら奢ってやると告げたところ、食いしん坊どもはふたり揃ってケチ臭いと僕をなじり始めた。そもそも士族や司祭という立派な地位にありながら、職のない流れ者にたかろうとするのはいかがなものかと思う。
お貴族様が貧乏人から搾取するな。僕が文無しなわけがない。隠し財産を持っているに決まってると、道理をわきまえないわからず屋どもと激しく言い争っていたところ、新たな来客があった。馬車なのでムジヒダネ家の王都別邸から脳筋どもが遊びに来たわけではなさそうだ。誰かと出迎えてみればアキマヘン嬢とビークライ王女殿下が馬車から降りてくる。奉納の式典に関してお知らせに参りましたということなので、中庭にある東屋でお茶をいただきながら話を聞くことにした。
「式典の日程が決まりました。事前準備のためホンマニ公爵様は明日、モウホンマーニへ向けて発たれるそうです。先輩方も一緒にいかがかと思いまして……」
僕たちが歌合戦イベントで盛り上がっている間に、おっぱい国王とホンマニ公爵様は精霊殿での式典準備を進めていたらしい。依代と参列者の受け入れ準備をするため、公爵様は急いでお戻りになられるとのこと。モウペドロリアーネまではペドロリアン侯爵とアキマヘン嬢も同行するので、僕たちも一緒にどうかと誘われる。
「なら、僕たちもモウホンマーニへ向かおうか」
「ぞんなあ゛ぁぁぁ……」
王都での用事は済ませた。そろそろホンマニ公爵領へ向かおうと口にしたものの、安全地帯が行っちゃわないでくれとベコッタ司祭がダバダバ涙を流す。ついてくればよいのではなかろうか。
「王都は他の司祭もいて見つかりやすいだろうし、地方に身を隠した方が安全じゃないかな? ワロスイーツ領とかなら美味しいものも多いだろうし」
食いしん坊にはワロスイーツ領をオススメしておく。牧畜と果樹栽培が盛んという話だったから、生クリームとかチーズを利用したお菓子には困らないはずだ。秋は果物の生る季節なうえ培養素も自領で生産しているので、新鮮な果肉入りロリヴァが楽しめると思う。
「美食どころなんですか?」
「乳製品と果物、そして培養素の産地です。季節ごとのロリヴァが有名ですけど、お肉とキノコにチーズをふんだんに盛ったパンザーラも人気があります」
さすがに領のひとつひとつまでは把握していないらしく、ワロスイーツ領と言われてもベコッタ司祭はピンとこないご様子。縁の深いペドロリアン家に嫁入りしたアキマヘン嬢が、実はキノコ狩りも盛んなのだと解説してくれる。乳製品ともぎたてフルーツを使った甘味から、ガッツリと食べ応えのあるパン皿料理までより取り見取りだと耳にして、ギュピィーンと食いしん坊の瞳に欲望の光が灯った。
「そっ、それはもう楽園じゃないですかっ」
はるか神話の時代に失われたはずの楽園が、この地上にまだ残っていたなんて信じられないとベコッタ司祭が手をプルプル震わせる。残っていたのではなく、ドクロ式プラントの普及により価値の低い皮から培養素を精製できるようになり、併せて乳製品の生産性が向上した結果、食いしん坊の楽園と化したのだろう。楽園は失われたものじゃない。僕たちの手で実現させていくものだ。
モウペドロリアーネから街道に沿って西に向かえばたどり着けると知って、食いしん坊司祭様は一も二もなく同行することを決めた。匿ってもらうつもりで準備してきたから、荷物を取りに大使館へ戻る必要はないそうだ。ならばいいかと僕たちもホンマニ公爵様と一緒にモウホンマーニへ……いや、たくさんの思い出が詰まった懐かしのモウヴィヴィアーナへ向かうことにした。
急に王都を発つことにしたため、ひと足先にモウヴィヴィアーナへ向かいますとシュセンドゥ伯爵やアンドレーアに大急ぎで挨拶しホンマニ公爵様のご一行に合流する。一緒にきたのはカリューア姉妹に33代目ちゃんとベコッタ司祭、脳筋ズのふたりに加えてコロリーヌだ。僕が逃亡することに備えてついて行くよう首席から指示されたとのこと。確かに追手がコロリひとりならぶっちぎってしまえるものの、騎士と連携されたら逃げ切るのは至難の業だろう。とはいえ、どうして僕が逃亡するなんて考えるのか理解に苦しむ。
モウペドロリアーネにつながる街道を北へと進みながら、なにやらヘルネストとベコッタ司祭にコロリーヌが言い争いをしていた。どうやら、自分のコケトリスが一番出来が良いと互いに言い張っている模様。愛騎自慢がエスカレートし過ぎてしまったようだ。
「君たち、意味のないことで言い争ったって仕方ないよ」
「どいつもバナナンダーには劣るって言いたいのか。そいつは外国産のコケトリスだから枠外だ。これは人族の手で孵されたコケトリスの比較だからな」
コケトリスを比べることに意味はないと諭したものの、なにを勘違いしたのかヘルネストの奴がバナナンダーを仲間外れにする。こいつはけしからん差別主義者に違いない。
「私の【黄昏に輝く暁の星】はモウカッテマッカーの直系ですよ」
全体としては黒っぽいのだけど羽の一枚一枚は先端から4分の1程度が白くなっているため黒地に白が混じったマーブル模様に見える雄鶏を指差して、父親の父親がモウカッテマッカー。その父親は【天を覆う漆黒の翼】だとコロリの奴が父方の血統を自慢する。ネーミングに14歳のセンスが溢れ出てしまうことは仕方ないにしても、せめて時刻を示す表現はどちらか一方にしろとツッコんでやりたい。
「サクラマルにだって黒スケの血は入ってる。こいつの母親はイリーガルピッチから続く母系だしな」
対して、ヘルネストの雄鶏は黒スケとイリーガルピッチの間に産まれた雌鶏から続く血統であるらしい。確かに首から胴体が真っ白で尾羽だけ黒という体色は、僕が育ててタルトそっくりに意地汚くなりドクロワルさんへ譲られたあいつに瓜二つである。とはいえ、そもそも初期のコケトリス部門には一羽しか雄鶏がいなかったのだ。王国産のコケトリスで黒スケの血が入ってない個体なんて探す方が難しいはず。どうしてこいつらは他と差別化できないところで競っているのだろう。もう、考えるだけで頭が痛くなってきた。
「雌鶏だからって、雄鶏に劣ってるわけじゃありませんよっ。だいたい、雌鶏の方が素直で愛嬌があってかわいいじゃないですかっ」
唯一、可愛らしさをアピールしているのはベコッタ司祭だ。そんなものが自慢になるかとヘルネストとコロリーヌのふたりから反論されているものの、実のところ最も正解に近いのがこの食いしん坊司祭様の言い分である。未熟者どもに、それをわからせてやろう。
「勘違いしないでくれ、ヘルネスト。僕が無意味だと言ったのはね――」
「おぅ、まだなんかあるのか?」
外国産コケトリスは除外。それだけで論破した気になっているのか、僕が声をかければまだ言いたいことがあったのかと迂闊なる男は面倒くさそうに振り向いた。伝えたいことをまったく受け取れていないのはお前の方だとパンチくれてやりたい。
「――乗り手が足枷になって全力を出せていないのに、コケトリスの限界を比較してどうすんだって話だよ。引き出す機会のないポテンシャルなんて無いのと同じだろ」
「なっ、なにっ?」
コケトリスの違いが意味を持つのは、崖下り競技で限界まで駆使できるようになってからだ。どんなハイパワーエンジンを積んだスポーツカーでも、幅が4メートルしかない路地では軽自動車にすら差をつけられない。アクセルを全開まで踏み込めないのだから、カタログに載ってる最高出力なんて気にするだけ無駄である。コケトリスを比べる前に己の腕前を競えと言ってやれば、ヘルネストは目を白黒させてしどろもどろになった。
「兄さんは自分がフラッピングスピンを使えるからって……」
「望むなら指南して進ぜよう」
「騙されないわよっ。ポロリ姉さんから、全部聞いてるんだからっ」
ライバルになる奴がいないからって調子に乗ってやがるとコロリーヌが唇を尖らせていたので、いつでも指導してやるぞと崖下り道場への入門を勧めたものの、僕の指導方針がドクロ塾であることをポロリーヌの奴から聞かされていたらしい。崖上から突き落とすのは指導でなく虐待だとコロリがまなじりを吊り上げる。ロゥリング娘の正式メンバーになったポロリは数年おきに休みをもらって帰省しては、逃げ道をひとつ残らず塞いで崖から飛び下りざるを得なくするのが僕のやり方だと不満を訴えていたそうな。
「ポロリもコロリも勘違いしているよ。崖から飛び下りるって逃げ道が、ちゃんと残してあるぢゃないか」
「マイフレンド。それは逃げ道って言わないと思うぞ」
「さすがに非道が過ぎますっ。聖女様がお許しになりませんよっ」
妹たちが気づいていないだけで、ちゃんと逃げ道は残されていた。そう説明したものの、未熟者どもは誰ひとり理解しようとしない。あまつさえ、人の心を捨てた外道の行いだと3人揃って僕を非難してきやがる。聖女様が許さないぞとベコッタ司祭がプンスカ怒っているけど、あの女神様ならタルトのやり方をよくご存じなはず。最後に残された逃げ道へと相手を追い込んでいく手口を否定されるとは思えない。
「兄さんの言葉に耳を傾けるのはやめましょう。騙されます」
「そうだな。身に覚えは……数えきれないほどある」
「教国にも司教様を口先ひとつで丸め込んだって記録が残ってますよ」
さっきまで言い争っていた3人は、いつの間にか仲直りして僕に対抗する同盟を結成しやがった。あいつは他人を騙す詐欺師だとコロリが宣言し、心当たりはいくらでもあるとヘルネストの奴が自らの失敗談をあたかも僕が悪者であるかのように語る。司教様ふたりを丸め込んで謀反を起こさせた張本人なのだと、ベコッタ司祭まで根も葉もないことを言いふらし始めた。あれはケガネイ司教とモッチャール司教の英断であり、外国の諜報員に踊らされた結果とは聖議会だって認めていないはずだ。
大切な妹と親友と食いしん坊から仲間外れにされ、寂しさを覚えながら街道を北へと進む。王都から離れたところで、サクラちゃんを引きずり込んで流離いのクマハンターを再開することにした。僕を仲間と認めてくれるのはグリフォンのヘルスティンガーだけだ。気前よく獲物の肉を食べさせてやれば、もっともっとと愛想を振りまいてくる。嫁さんが黙って狩猟に行ったとふて腐れているヘルネストには、僕の言葉に耳を貸すと騙されるので伝えなかったと言い訳しておく。
「コロリーヌちゃん。お兄さんがお肉をたっぷり用意してくださいましたから、お姉さんが食べさせてあげますね」
「げげっ、ドクロワル先生っ? 兄さん、謀ったわねっ」
そして、大量の肉が手に入れば待ってましたとばかりにドクロ神様が依代へ降りていらっしゃる。僕はもう充分いただきましたと伝えれば、お兄ちゃんを大切にしないけしからん妹の胃袋に肉を詰め込み始めた。




