687 イベントの幕は下り
「のうわぁぁぁ――――っ」
「んどっぴぃぃぃ――――っ」
イベントが幕を閉じた後の控室で、首席とロミーオさんが頭を抱えて奇声発しながら床を転げまわっていた。ここまでは能面のような表情を貼り付けてロボットのようなぎこちない足取りで戻ってきたものの、やせ我慢が限界を迎えてしまったようだ。激しく身体をエビ反らせながらバタバタと脚を暴れさせる。
「してやられたとっ。してやられたと思ってしまいましたわぁぁぁ――――っ」
また僕にしてやられたと首席が喚き声をあげる。帰ってきたロゥリングシスターズのステージを舞台袖から見た時に、客席の熱狂ぶりを感じた時に、自然と悔しくて奥歯を噛みしめていた。心が敗北を悟ってしまった証拠だと涙を流しながらペシペシ床を叩く。
「これはゴブリンの呪いよっ。また悪いゴブリンに呪いをかけられたわっ」
再びゴブリンに呪いをかけられたと絶望的な叫びをあげているのはロミーオさんだ。あんなものを見せられては、ファンたちもこれまでと同じ演出では満足できなくなってしまったに違いない。クセーラさんがいなければ再現できないと知りつつも、大幅に劣化したパチモンとわかっていながらも、これから先はパクリ演出を余儀なくされるだろう。これはゴブリンの呪いだ。誰でもいいから悪いゴブリンを始末して、自分から忌々しい記憶を消し去ってくれと壁をガリガリ引っ掻いている。
「プロセルピーネ先生ならパァプリンを処方できますよね……」
「あれの使用には国王か領主、若しくはその代理人の許可が必要よ。私ひとりの判断で投与することはできないわ」
記憶を消す方法なんて頭がパァになってしまう自白剤くらいしか思いつかない。治療士であればとピーネちゃんに尋ねてみたところ、パァプリンの使用は治療行為じゃないから軍医であっても勝手には投与できない。通常は統治者、若しくは代理人である軍司令官の判断で使用されるものだと断られてしまった。
「王様の代理人ですか……」
「許可できるわけないでしょっ。なに考えてんのよっ」
王室の一員ならとディークライ王女殿下へ視線を向けたものの、実務部門の総責任者を廃人にできるかとオムツ機構の総裁様はまなじりを吊り上げた。苦しんでいる姿を見るのは忍びないのでロミーオさんを楽にしてあげたかったのだけど、許可が下りないのでは仕方がない。引退するまでゴブリンの呪いに苦しみ悶えていただくとしよう。
「お貴族様がいいザマだねっ。これに懲りて、ちょっとは謙虚になるんだよっ」
のたうち回るふたりを見下ろして、ガハハハ……と高笑いを響かせているのはクセーラさんだ。準爵様と言ってもこの程度かと、物語序盤には手も足も出ない強キャラとして描かれるけど最後は無様に命乞いをする悪役みたいな台詞を口にしている。もはや正義なんて欠片も感じられない。
「素晴らしい祭祀でした。【光棒の舞手】様が再びひきつけを起こして、尊みが過ぎるとかうわ言のように漏らしています」
「なにやってんのよ。あいつは……」
抱っこしたベコーンたんの縞々をナデナデしながら、ドルオタ様がま~た倒れてしまったぞとドクロ神様が教えてくれる。ピーネちゃんはすっかり呆れ顔だ。ちなみに、今日のステージは【神々の女王】様や【竈の女神】様を筆頭に結構な数の神様がご覧になっていたのだけど、いつものことと誰ひとりドルオタ神を気にかけていないという。
「なんでそんなに注目されてんの?」
「皆さん、祝詞が羨ましいようでして……」
どうして神々がそんなに興味津々なのかと尋ねてみれば、ここのところ天上ではひと握りだけが新たな祝詞をもらっていると神様たちの間で不公平感が強まっていたのだとドクロ神様が裏事情を明かしてくれた。虚ろなる神の発生を防ぐ祝詞を奏でるようリクエストしたのも、自分だけに向けられた祝詞がない神様たちの不満解消が目的だったそうな。
「オムツ機構のテーマとして人々の間に広まればちょっとは苦情が減るのではないかと、【神々の女王】様も期待しているみたいです」
神様を特定していない祝詞を広め、一部じゃなくて全員がもらったことにする。それが【神々の女王】様や【竈の女神】様の思惑であったらしい。なんか見慣れないドワーフが入り込んでいると思ったら女神様だったとこめかみを引きつらせていたディークライ王女殿下だけど、創世の神々から期待されていると伝えられ顔色を青褪めさせた。プレッシャーで息が止まってしまいそうだとロミーオさんの隣でガリガリ壁を引っ掻き始める。
「向こうが勝手に期待しているだけなんですから、そんな責任を感じなくてもいいと思うんですけど……」
「あなたっ。実際に神様を前にしてもそんなこと言えるのっ?」
別に義務を負わされたわけではなかろうと告げたものの、ディークライ王女殿下は納得できない模様。同じ台詞を神様の前でも吐けるのかと問い質してきた。
「え? もちろん、はっきり言わせてもらいますよ」
「ちょっとは神様を敬いなさいっ。この国に祟りがあったらどうしてくれんのよっ」
ハズレジジイに遠慮する必要を僕はまったく感じない。言うべきことはきっちり主張させてもらうと伝えたところ、お前は畏れることを知らないのかと王女殿下はドシドシ足を踏み鳴らした。なにか誤解されているようだ。
「僕は神様を敬ってます。だから、例の祝詞をタダで譲ったんじゃないですか」
「ハメたのねっ。こうなるってわかってて、私を謀ったのねっ?」
天上の裏事情は知らなかったものの、【竈の女神】様が虚ろなる神の発生を防ぐ祝詞を広めたいと考えていることは薄々感じていた。だから、楽曲使用料を徴収したりせず使わせたのだ。僕は神々の思惑に沿うよう行動している。敬っていないわけがないと告げれば、気前のよいフリに騙されたとディークライ王女殿下が盛大に嘆き始めた。
「態度でなく成果でわからせてくるから文句も言いにくいのだと【虹の鉱脈】様が苦笑されてますよ。そんなところまで【忍び寄るいたずら】様にそっくりだと……」
少し寂しそうな笑みを浮かべながら、マイン様が呆れていらっしゃるぞとドクロ神様が口にする。不遜極まりない態度で恩恵を配り歩く様は、在りし日のタルトそのもの。どこまでもよく似た下僕だと、3歳児と親しかった神様たちが昔を懐かしんでいるらしい。
「ねぇ、男爵。タルちゃんは本当にいなくなっちゃったの?」
「わかりません。創世の神々も手を尽くしているものの、存在を示す兆候はひとつとして見つからないそうです。ただ、アーレイ君の指輪に宿っている精霊だけが……」
乙女の直感に引っかかるところがあるのか、3歳児の話が出たところでクセーラさんがドクロ神様を問い質す。タルトが消滅したということに彼女はずっと疑問を抱いているようだ。もっとも、神々による捜索も40年前からまったく進展していない模様。ペット用の契約を成り立たせている精霊だけがタルトはいると言い張っている状況だという。
「ですが、【神々の女王】様によればエンゲージ……契約の精霊に手を加えられた形跡はありません。別の誰かを誤認するよう仕込まれたりはしていないとおっしゃられています」
だけど、ひとつ新情報が得られた。指輪に宿っている精霊を調べてもおかしなところは見当たらない。認識を狂わせるといった改造が施された痕跡はいっさいなく、何ひとつ特別なところのないありふれた精霊のままだという。タルトの居場所を尋ねればあそこにいると指差してくれるものの、その方向をいくら丹念に捜索したところで何も見つからないそうだ。
「何も見つからない……それは精霊がタルト先生と誤認している……別のナニカも見つからないということね……」
「次席のおっしゃるとおりです。代わりのものが見つかってしまったら、それはそれで残念な結果と言わざるを得ないのですが、それすら発見されていません」
ドクロ神様の説明を耳にして、代わりとなるダミーも見つかっていないのだなと次席が確認する。そのとおり。指輪に宿った精霊の認識しているタルトが偽物である可能性もゼロではない。だけど、本物であることを否定する証拠はひとつとして見つかっていないのだとドクロ神様は頷いた。
「それがわかっただけで充分だよ。あいつを迎えに行くのは僕の役目だからね」
この世界を創造した神様も、元は進んだ文明によって作られた生体兵器なのだ。全知全能であるはずもなく、限界があることは承知している。消滅した魂喰らいがどうなってしまうのか。それはきっと、田西宿実の世界における死後の世界があるかどうかの議論みたいなものだろう。40年かそこらで解明されるわけがない。ダミーなら見つかっていて然るべき。そうでないなら本物である可能性が高いと判明しただけで充分だと言っておく。
「どこかにタルトちゃんがいるのだとしても、創世の神々でさえ知覚できない場所です。生き物がたどり着けるとは……」
とはいえ、神々にも見つけられないような場所、若しくは状態にあることは間違いない。迎えに行くなんて口で言うほど容易くないものの、不可能と断言はしたくないのかドクロ神様は言葉を濁した。もちろん、そんなことは承知の上だ。
「わからないってことは、たどり着けないと決まったわけじゃないってことでもある。諦める理由にはならないさ」
わからないことは試してみるまで。期待外れな結果を恐れてやる前から尻込みするのは負け犬のすることだ。「窮鼠、猫を噛む。勝てるとは言ってない」ということわざのとおり、最後まで無様にあがくのがドブネズミの生き様である。
「そうおっしゃると思っていました。約束どおり、わたしはアーレイ君を止めません……」
僕を止めることはしない。魔導院を去る前にした話をドクロワルさんは今でも憶えてくれていたようだ。若干の悲しさが混じったため息を漏らすと、ナデナデしていたベコーンたんをクセーラさんに渡して依代から離れていった。見込みが薄いことはわかってる。すべての希望が絶たれる前に諦めておけば傷つかなくて済むと、止めたいのを我慢してくれているのだろう。最後まで僕のやりたいようにやらせてくれる彼女の心遣いに感謝しておく。
「伯爵っ。タルちゃんの居場所に心当たりはあるのっ?」
「まったくないよ。はっきり言って想像もつかない」
「全然、ダメじゃないっ。どうするつもりなのっ?」
「それをこれから考えるんだけど、その前に済ませておきたいことがある」
回収した依代を荷物入れへしまっていたところ、タルトの居場所に見当はついているのかとクセーラさんが尋ねてきた。さっぱりだと正直に白状しておく。そんなことでどうするつもりだとクソビッチは相変わらずせっかちだ。それよりも今は、他にやっておかなくてはならないことがある。
「驚いたよ、首席。まさか、あれほど見事な祝詞を仕上げてくるなんてね」
「……私とて40年もの間、遊んでいたわけではございませんわ」
床に転がったままオィオィ嘆いている首席に声をかける。リスニングはまだまだでも、最初の言語をあそこまで扱えるようになっていたなんてビックリだ。祝詞の出来は悪くなかったと慰めれば、40年にわたる研究の成果だとデカ女が顔を上げた。
「僕の予想は完全に裏切られたと認めざるを得ない。正直、感服したよ。だから、聞いておきたくてね」
「なんでございますの?」
ロミーオさんの演出は読みどおりだったけど、首席の祝詞に関しては間違いなく予想の上をいかれていた。「ポチャしゅきカーニバル」には自信があったのだ。首席の祝詞に劣っているとは思わないものの、圧倒的な差を見せつけたとは言い難い。
「今、どんな気持ち?」
「うあ゛ぁぁぁ――――っ」
肩にポンと手を置いて、ねぇ今どんな気持ちと尋ねてやる。再戦など挑まれては面倒なので、首席にはきっちりとどめを刺しておきたい。決着をつけようと挑んで惨敗した今の気持ちを教えてくれと問い質せば、デカ女は再び頭を抱え床をのたうち回り始めた。ちゃんと答えていただけないだろうか。
「鬼畜だよっ。負け犬を棒で打つなんて人の心を捨てた鬼畜の所業だよっ」
「まげいぬ゛っ?」
打ちひしがれている敗北者に追い打ちをかけるなと、慈悲深いクセーラさんが悪意のない言葉の大槍を突き立てる。負け犬という表現がグサリときたのか、ロミーオさんも一緒になって床を転がり始めた。敗者ふたりが肩を抱き合ってオィオィと泣き声をあげる。
「クセーラ。あんたには人の心ってものがないわけ?」
「なんで、私っ? 人の心がないのは伯爵だよっ」
「とどめを刺したのは……間違いなくクセーラ……異論の余地はない……」
見かねたイモクセイさんがかわいそうなことをするなとクセーラさんを止める。己の行いに自覚のない正義の貴婦人が僕を犯人に仕立て上げようとしたものの、次席によって実行犯はクセーラさんであると認定された。




