677 貴族院、始まる
王国の各地から領主たちが王都へ集まってきて臨時貴族院が開かれる日を迎えた。貴族院には領主だけが入れる機密議場と、準爵や老爵に加えて外国の大使、さらにお供の士族まで傍聴できる公開議場がある。今回使用されるのは公開議場の方で、エウフォリア教国の大使司教を始めとする外国の賓客も招かれているそうだ。
「まぁ、平民の僕には縁のない話で……」
「バカなこと言ってないで、さっさと仕度するんだよっ」
いくら外国の大使まで招かれていると言っても、疑う余地のないど平民な僕が貴族院に足を踏み入れるなんて畏れ多い。別邸でゴロゴロしてお腹が空いたら適当に外食してくるからお気遣いなくと本日の予定を告げたところ、お前が来ないでどうするとクセーラさんにとっ捕まった。自分で仕度できないなら赤ちゃん用礼装を着けて連れていくと脅される。
仕方なく次席が用意してくれた正礼装に身を包んでサソリゴーレムの運転台へ乗り込む。本日、貴族院に向かうのは次席、クセーラさん、クサンディオン氏と僕の4名だ。次席と発芽の精霊に息子のクサンディオン氏はカリューア伯爵家の馬車である。こんなゴーレムで王城へ乗りつけて大丈夫なのかと心配になったものの、王国に1台しか存在しないうえ行動プリセットを使わずに動かせるのがクセーラさんひとりとあって、紋章よりもよっぽど確実な身元証明になると許されているらしい。もっとも、男どもはいくつになってもおもちゃが大好きというのが本当の理由だと次席は語っていた。
「ホンマニ公爵様には……ご挨拶しておかないと……北部派の控室へ向かうわよ……」
王城宮殿区画にある貴族院の議会堂へ到着したところで、公爵様へ挨拶に上がるぞと次席が先に立って歩いていく。議場前広間というロビーのようなところがあって、貴族と思われる紳士やご婦人が立ち話に花を咲かせていた。奥に見えるゲートは公開議場へつながっており、議決権を有する貴族しか通してもらえない。左右に伸びた通路には大小の個室が並んでいて、大部屋は各派閥が秘密の相談をする控室として利用しているそうだ。
「来たか、アーレイ。待っていたぞ」
案内役の紳士に北部派控室はどこか尋ねようとしたところ、痩せっぽちな長身でインテリ風細メガネが妙に似合うおっさんから声をかけられた。連れているのはグルグル瓶底メガネをかけたご婦人だ。なんだか見覚えのある組み合わせである。
「メガーネィ伯爵でしたでしょうか。ご無沙汰しております」
「忘れたからって伯爵家をでっち上げるなよ」
「アーレイは相変わらずアーレイって感じね」
ふたりが【禁書王】とダエコさんだってことはわかるのだけど、どうにも家名が浮かんでこない。たしかこんなだったかなとイチかバチか口にしてみたものの、どうやら大ハズレだったようだ。
「エロスロード伯爵が自らお出迎えなんて……絶対に逃がすなとでも命じられたかしら……」
「ふたりとも壮健なようでなによりだ、カリューア伯爵。アーレイと顔を合わせるのは気が重いが、逃げるわけにはいかないと公爵様がおっしゃられてね」
どうしてかホンマニ公爵様は僕と会いたくないらしいのだと【禁書王】が首を傾げる。なお、モチカさんからの報せを受け取ったリアリィ先生からは、縄で縛り上げてでも連れてくるよう申し付けられているそうな。今はホンマニ領のナンバー2として領主不在時の代理を任されているため、先生自身はモウホンマーニを離れられないらしい。
「じゃあ、ひとつ公爵様の気を楽にして差し上げますかね」
「私にはさっぱりだけど、アーレイには心当たりがあるのね?」
「僕たちは死に損ない仲間なんだ」
タルトがいなくなってから40年も経ったのに、まだ死に損なっていることへ負い目を感じていらっしゃるのだろう。僕と顔を合わせづらいという公爵様の気持ちはわからなくもない。気にする必要はないって伝えてあげようと口にすれば、理由がわかっているのかとダエコさんから尋ねられた。北部派の控室へ向かいながら、死に損ないの同志なのだと教えておく。
「嗤ってくれ、少年。このとおり、未だ死に損なっている私をな……」
案内された大部屋に足を踏み入れれば、奥にある長椅子に人族にはあり得ない透きとおった水色の髪をした女性が腰かけていた。一見したところヴィヴィアナ様のようにも見えるけど、身体の中に魔力の中心みたいなものがあるのを感じる。湖の水を依代にした分体ではない、生き物であることの証だ。ホンマニ公爵様である。ご挨拶しようと近づいたところ、見てくれこのザマだと公爵様は自嘲するような笑みを浮かべた。
「笑いませんよ。死んだくらいじゃ諦められないものを、僕も背負ってしまいましたからね」
僕が最後の下僕なのだ。後を託せるヤツなんてどこにもいない。自分がやらなければという公爵様の気持ちが、今は痛いほどよくわかる。
「君までこちら側へこようというのか。考え直すことを勧めたいものだが……」
「僕が考えを改めると?」
「まったく期待していないよ。私がなにを言ったところで、君は自分を曲げないだろう」
考え直させたいけど、どうせ無理に決まっていると匙を投げる公爵様。魔導院の生徒であったころから、他人に言われたからと考えを変えたことなんて一度としてなかった。僕ほど頑固な奴は見たことがないと力なく笑う。
「鏡を見たことくらいあるでしょう」
「……私はそれなりに柔軟なつもりだが?」
よく磨かれた鏡の前に立てばいつだって会えますよと告げれば、自分は僕ほど頑なではないと公爵様はふて腐れたように唇を尖らせた。
「柔軟な人は死に損なったりしないものです」
「それもそうか。我々は互いに度し難い頑固者というわけだな」
適当な理由を見つけて自分自身を納得させられる要領のよい人間は死に損なったりしない。諦めることができないから、捨てられない想いがあるからこそ300年以上もズルズルと生き続けてきたのだろう。頑なという他に適切な表現があるのかと尋ねれば、公爵様もわかってくださった模様。自分たちは柔軟に生きられない者同士かと肩をすくめる。
「君、公爵様が寛容だからと言葉が過ぎるのではないか?」
ホンマニ公爵様と死に損ない同盟を結成していたところ、死に損ないとか頑固といった言葉を聞きつけたのか、僕よりいくぶん年下と思われるおっさんが声をかけてきた。後ろに控えてるのがアキマヘン嬢ということは、もしかしてペドロリアン侯爵となったペロリアス若様だろうか。40年の間に父親そっくりなクマ男に成長したようだ。
「侯爵。ヴィヴィアナ様は彼のことを神のしもべと表現された。世俗の身分に意味はないよ。それに、私から数少ない理解者を取り上げないでくれ」
北部派に侯爵家はペドロリアンしかない。やはり、ペロリアス若様で間違いなかったようだ。緘口令が敷かれているのか、モロリーヌの正体に関しては伏せられている模様。チラリと視線を向ければ、すっとぼけるようにアキマヘン嬢が目を逸らした。こいつは国を捨てて神々のもとへ行ってしまった問題児だけど、人族社会のはみ出し者同士であるためか自分とは話が合うのだと公爵様が僕を紹介してくれる。
「理解者ですか。しかし……」
「死に損ないに面と向かって死に損ないと言ってくれるのは死に損なった奴だけでね。私にも同志がいると安心させてくれるのだよ」
自分の気持ちをわかってくれるのは僕だけだと公爵様に告げられたものの、ペドロリアン侯爵は理解が追いつかないようだ。どういうこっちゃと便秘のクマみたいに首を傾げている。ここで交わされたのは人の道を踏み外した者同士の会話。真っ当に生きている者が気にすることではないとホンマニ公爵様が笑う。
「話は変わるが、君はもちろん知っている……いや、エフデナイトを唆した張本人なのだろう?」
死に損ない同士の挨拶が済んだところで、重大発表とやらの内容を知っているなと公爵様が目を細めた。国王が臨時で貴族院を招集するほどの何かをもたらしたのは僕に違いないとギロギロ睨みつけてくる。あとちょっとなのだから我慢していただきたい。
「ご想像のとおりですが、サプライズの楽しみを取り上げるほど野暮じゃありません」
約束どおりプロセルピーネ先生は黙っていてくれた模様。ここで僕から聞き出したところで結果は変わらないのだから、ビックリ箱からなにが飛び出してくるか楽しんで欲しいと答えておく。
「公爵様、お時間のようです」
僕と公爵様が睨み合っていると、議会堂の職員であるタキシードの紳士がやってきて何事かアキマヘン嬢へ耳打ちする。どうやら、議場への入場が始まったらしい。時間だと聞いたペロリアス若様の差し出した手を取ってホンマニ公爵様が席を立つ。エスコート役はペドロリアン侯爵の役目のようだ。【禁書王】と次席も後に続いて議場へ向かい、議決権のない僕とアキマヘン嬢、ダエコさんにクセーラさんは議場前広間の隅にある階段でひとつ上のフロアへ上がる。
「先輩が秘密を隠しているというなら、運営側の傍聴席を使わせていただきましょう」
傍聴席の後方にある通路を進みながら、関係する官吏たちの使う傍聴スペースが別に用意されているのだとスタッフオンリーな裏側へ足を踏み入れるアキマヘン嬢。こっちだと案内された先には、あきらかに戦闘訓練を受けていると思われるむくつけきタキシードのおっさんふたりが見張りに立っている扉があった。モロニダス・アーレイを連れてきたと責任者に伝えるようアキマヘン嬢がおっさんのひとりに告げる。取次ぎを頼まれたおっさんが扉の向こうに姿を消したかと思ったら、すぐに「入りなさい」と聞き覚えのある声が響いてきた。
「ご苦労様、気の回る義妹のおかげで手間が省けたわ」
どうやらここは議場にいる王様や大臣へ渡す伝令書を用意するための指令室らしく、取り仕切っているのはモチカさんだった。情報が公表された後、僕の身柄をどうやって確保しようか頭を悩ませていたのだと巻きつく精霊を僕の首へ巻きつかせてくる。僕だってエキサイトしている連中に取り囲まれるのはまっぴらなので逃げるわけないのに、物理的にとっ捕まえておかないと安心できないらしい。
「ご無沙汰しております。アキマヘン公爵夫人」
「エロスロード伯爵夫人も一緒なのね。もう話は耳にしているのですか?」
「いいえ。私とダエコ先輩はアーレイ先輩が隠し事をしているとしか知りません」
「ダイアナエリザベスコーネリアです……」
ダエコさんが挨拶すると、依代のことをバラしたのかとモチカさんに確認される。なにかを隠していることだけはホンマニ公爵様が見破ったものの、内容は語られていないとアキマヘン嬢が答えてくれた。ダエコ呼びはやめてくれという悲痛な訴えはもちろん無視だ。ならばよろしい。ここで落ち着いて見ているようにとモチカさんが席を勧めてくれる。
議場へ目を移せばゾロゾロと入場してきた貴族の方々が所定の席へとついているところだった。中央にある演壇を囲むように貴族たちの席が扇状に配置され、演壇の後方に国王や大臣たちが陣取るようだ。貴族席は演壇に近い前方が領主たちで、通路で分けられた後方が領を持たない準爵たちとエリア分けされている模様。領主席が7割くらい埋まったかなというタイミングでおっぱい国王たちが姿を現す。
「開会に先立ち、急な開催となったことを詫びるでおじゃる。しかしながら、定例会まで秘してよい話ではないと判断したがゆえのことであり、皆々には納得していただけるものと確信しているでおじゃる。ではここに、貴族院の開会を宣言するでおじゃる」
議事進行は麻呂でおじゃると、議長席に着いた麻呂宰相が貴族院の開会を宣言する。通常であれば開催は冬だけど、それまで秘密にしておくことの方が問題とされるような話と耳にして領主たちの魔力に不安が混じった。余計なお喋りに興じたり、的外れなヤジを飛ばす不心得者はひとりもいない。
まず先に一般的な告知からとジーハネイト王太子が演壇に立ち、エウフォリア教国の総大司教様が崩御されたとか、次の春にカリューア伯爵が代替わりする予定ですといった当たり障りのないニュースをさくっと紹介する。報せないわけにはいかないけど、領主たちの関心はここにないとわかっているのだろう。長々と解説したりせずタイトルを読み上げるだけといった勢いで済ませ、詳しい内容につきましては事務局が資料を用意していますと締めくくった。そして領主たちが固唾を飲んで見守る中、おっぱい国王がゆっくりとした足取りで登壇してくる。
「諸君。かつて軽はずみな者どもによって引き起こされた痛ましい事件を思い出していただきたい。新式の魔法薬製造装置やドクロヘビを生み出し王国に……いや、人族に多大なる貢献をしてくれたパナシャ・ドクロワル準爵が、カルハズミーナ公国使節団の手にかかって謀殺された事件だ。続く戦争へ参加していた者も、この場にいると思う」
全身から立ち昇るウッキウキした魔力とは裏腹に、重苦しい口調でゆっくりと語り始めるおっぱい国王。どいつもこいつもサプライズが大好きだと呆れる他ない。ドクロ事件の続報をお届けと耳にして、まさか真犯人が別にいたのかと領主たちがザワつき始めた。一方、王様や大臣たちに並ぶ形で配置されたゲスト席に招かれている各国の大使たちは顔色を青褪めさせている。真犯人はお前だっ……と指差されることを恐れているのだろう。身に覚えがなくとも、対応を間違えれば戦争に発展することもあり得るのだ。
「本日ここで伝えたいのは犯人に関する新事実ではなく、ドクロワル準爵のその後についてだ。戦争に関する懸念は無用だと言っておこう」
ここでいったん戦争じゃないよとおっぱい国王が皆を安心させる。ビビリまくっていた大使たちは安堵したけど、亡くなった者のその後なんてと領主たちが首を傾げ始めた。
「落ち着いて聴いてもらいたい。亡くなったドクロワル準爵は神々によって天上へ招かれ、【病魔を払う癒しの手】と神名を授かったそうだ。先日、依代を手にした使者が王城を訪れ、女神様は私の記憶にあるままの姿を現された」
「「なっ、なんだってぇぇぇ――――っ?」」
我らの同胞が神様になりました。すでに依代も確認済みで、そのお姿は自分と面識のあるドクロワル準爵そのままだったと聞かされ議場全体が色めき立つ。
「そして、女神様はゆかりの地であるモウヴィヴィアーナに神殿を建立するよう希望され、それまで依代はヴィヴィアナ様の精霊殿へ安置するようおっしゃられた。私はここに神殿建立事業の開始と、精霊殿において奉納の式典を執り行うことを宣言するっ」




