678 今しかない、この時間を……
亡くなった我が国の貴族が神様になって帰還しました。すでに国王自身がお姿を確認しており、偽物などと疑う余地はございません。そう告げられて、この国に神様がいらしたのかと議場は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「アーレイッ。アーレイはどこっ。絶対、あいつが噛んでるわっ」
「傍聴席にいるはずよっ。7歳くらいの男の子っ。誰でもいいから捕まえてっ」
「わわっ、私じゃありませんっ。モロニダスの方ですっ」
騒ぎに混じって、僕の差し金だと言い張るシュセンドゥ伯爵の声と、とっ捕まえろと叫ぶクレネーダー準爵の声が響いてくる。僕と間違われたアンドレーアの悲鳴も届いてきた。一般傍聴席にいなくて幸いだ。アキマヘン嬢にファインプレー賞を贈呈したい。
「やはりこうなりましたか。的確な判断でした、ソナイーナ様」
僕が隠し事をしていると知り、こっちに連れてきておいたのはナイス判断だったとモチカさんがアキマヘン嬢を褒める。ギャハハハ……とクセーラさんは笑い転げ、またこんなサプライズを企んでいたのかとダエコさんはすっかり呆れ顔だ。脚本、演出共にエフデナイト陛下だと言っておく。
「また、精霊殿へ依代を納める式典を私が国王として執り行う最後の国事行為とするつもりだ。以降、私は事実上退位したものとして、戴冠式までの間はジーハネイトに代理を務めさせる」
議場へ注意を戻せば、まだ話は終わってないから落ち着けとおっぱい国王がエキサイトする領主たちをなだめ自らの退位を発表していた。奉納の式典と戴冠式の時期は調整中だけど、式典はできる限り早く、戴冠式は年明けくらいで考えているそうだ。奉納の式典は領主たちを招いて盛大に執り行い、【病魔を払う癒しの手】様と女神様を讃える祝詞を披露したいと耳にしてノリのよい貴族がヒャッハーと歓声を上げる。
「陛下、お尋ねしてもよろしいですかな?」
「申し訳ないが、ひとつひとつの質問にこの場で応答していては時間がいくらあっても足りない。文書にまとめて事務局へ提出してくれれば、できる限り対応させていただく。派閥で集約してくれると助かるのだがね、ドナイデッカ公爵」
議場がざわつく中、ホンマニ公爵様の近くに腰かけていた40代くらいに見える比較的若い領主のひとりが立ち上がって、尋ねておきたいことがあるとおっぱい国王へ声をかける。今ここで質疑応答の時間を取ってしまったら、次から次へと質問が飛んできて収集がつかなくなるなと危惧したものの、それはエフデナイト陛下も予想していたようだ。質問書を提出してくれと回答を避けた。どうやら、当代のドナイデッカ公爵様だった模様。質問は文書でと言われることは想定済みであったのか、あっさりと了解して椅子へ腰かけ直す。
「もしかしてサクラですか?」
「違います。ですが、気を回してくださったのかもしれません」
もしやヤラセかとモチカさんに確認してみたものの、特に依頼したということはないそうだ。ただ、気の回る方なので自発的に他の領主を牽制してくれたのかもしれないという。早急に式典のスケジュールを調整して4日後に再び貴族院を招集するので、明後日中に提出された質問書へはそこで回答する。派閥で集約されたもの優先とおっぱい国王が決めたことで、領主たちの意識は何を聞き出すかということに移ったらしい。議場はざわざわとした喧騒から、ヒソヒソと呟き合う気配が伝わってくる程度にまで鎮まった。
「皆も時間が惜しいでおじゃろうから、本日はこれにて閉会でおじゃる。陛下から告知があったように続きは4日後でおじゃる」
質問書をまとめるという仕事を領主たちにぶん投げたところで麻呂宰相が閉会を宣言する。今すぐにでも派閥内で話し合いを持ちたいと考えているのか、誰ひとり不満を口にする者はいない。おそらく、ここまですべて王室側のシナリオどおりなのだろう。巧妙な議会運営だと感心せざるを得ない。
「おや、イーナ。こちらにいるとは珍しいね」
「察しのよい義妹殿が開会の前にアーレイ君をここへ案内してくださいました」
「皆が手を貸してくれるなんて、私は幸せ者だな」
指令室へ引き揚げてきたおっぱい国王がアキマヘン嬢の姿を確認して、いつもは顔も出さないのにと声をかけた。あらかじめ僕の身柄を確保しておいてくれたのだとモチカさんから伝えられ、誰もが自発的に協力してくれてありがたい限りだと感激している。ドナイデッカ公爵の振舞いも計算されたものだと気づいているのだろう。
今はまだ獰猛な捕食者が僕を探し回っているはず。どこにも行けないなら知恵を貸してくれと、この後の打ち合わせに同席するよう求められる。報酬は王室御用達の高級茶にワロスイーツ領自慢の茶菓子だそうな。食べ物に釣られたわけではなく、同志に対する義侠心から僕は相談役を引き受けることに決めた。
貴族院が開催されてから2日、今日は質問書の提出期限だ。遅れても後回しにされるだけで回答がいただけないってことはないものの、貴族の方々は派閥の首領のもとで懸命に質問事項を取りまとめている。はずなのだけど、どうしてかコートヴィヴィアーナの広間では僕の帰国記念同窓会と称したパーティーが開かれ、シャチョナルド侯爵にシュセンドゥ伯爵、サンダース伯爵にエロスロード伯爵、アーレイ子爵とクレネーダー準爵に加えホンマニ公爵様と忙しいはずのメンバーが顔を揃えていた。
「質問書の提出は今日までだってのに、パーティーなんかしてていいの?」
「北部派の取りまとめはペロリアス様がされてます。公爵様は昨日、王城に招待されていましたので……」
どいつもこいつも暇なのかと口にしたところ、北部派はペドロリアン侯爵に一任されたとアキマヘン嬢が教えてくれた。精霊殿で式典を行いモウヴィヴィアーナに神殿を建てるなら、その地を治める領主抜きで話を進めるわけにもいかない。そういった事情もあってホンマニ公爵様だけはひと足先に国王から招待され、いろいろ明かされているそうだ。自分が得たのは陛下から伝え聞かされたまた聞き情報。安易に漏らしては間違った先入観を植え付けてしまいかねないと、あえてペロリアス若様に取りまとめ役を任せたという。
「でも、領主様が7人は集まり過ぎじゃない?」
すでに情報を握っているホンマニ公爵様と次席はよいとしても、他に現役の領主が5人も集まってしまっている。東部派に至ってはナンバー2の侯爵と稼ぎ頭の伯爵にドクロワルさんの直弟子だった子爵と主力打者3名がごっそり抜けてしまった格好だ。今ごろドナイデッカ公爵はクソデカため息を漏らしているのではあるまいか。
「皆さん、察しているのでしょう。アーレイ先輩であるならばと……」
アキマヘン嬢が苦笑いを浮かべながら、機嫌よさそうに僕をおめかししているドワッ娘へ視線を移す。今、僕たちがいるのは広間よりひとつ上のフロアにある控室だ。僕の帰国を祝うパーティーへ仕事を放り出してやってくる連中にドクロワルさんと交流のなかった奴なんていない。だから、特別にサプライズゲストとしてお呼びさせていただいた。僕はこの後、魔導院のお披露目パーティーで卒業生がひとりひとり下りていく階段を、ドクロ神様の手を引いて下りる手筈となっている。広間に集まっている連中は、僕がサプライズを仕込まないわけがないと確信しているそうだ。
「あの階段をアーレイ君と下りるなんて、なんだか感慨深いものがありますね」
「皆、僕のことをビックリ箱と勘違いしてない?」
卒業生お披露目パーティーの際、卒業生に付き添うのは多くの場合家族なのだけど、ときには卒業生同士のペアで下りることもある。これには、ふたりの将来を考えてますと公に誇示する意味があるのだ。こんな機会が巡ってくるなんて思っていなかったと、ドクロ神様が僕の上着の裾をピンと伸ばす。
「伯爵っ、そろそろ出番だよっ」
裏方を買って出てくれたクセーラさんが控室へ顔を出して、広間へ向かうよう伝えてきた。主役の登場をみんな待ち構えているという。
「それじゃ、せいぜい期待に応えてあげるとしますか」
ドクロワルさんの手を取って控室を出る。広間を見下ろすバルコニーのような通路へ僕たちが姿を現せば、階下から一斉に息を呑むような気配が伝わってきた。クセーラさんによる魔導楽器の生演奏が流れる中、静まり返った広間へ向けふたりでゆっくりと階段を下りていく。
「パナシャ……本当にパナシャなのですね……」
階段を下りきったところでは、ホンマニ公爵様とかつての同級生たちが言葉もなく呆然と立ちすくんでいた。真ん中に陣取る公爵様の右側に控えているのはシャチョナルド侯爵夫妻だ。蜜の精霊を連れた首席がいるのでひと目でわかる。左側にいるふたりの近くではくっつく精霊を頭に乗っけて白アフロとなったちっちゃい雷様みたいな精霊がフワフワと浮いているから、きっとサンダース伯爵夫妻だろう。信じられないと口元を手で押さえたクゲナンデス先輩の瞳から涙が溢れだす。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。間違いなくわたしです」
「パナシャ……よかった。もう会えないものとばかり……」
おぅおぅと涙を流しながらクゲナンデス先輩が進み出て、若き神となった妹分を抱きしめる。すぐに首席を始めとする女性陣がふたりを取り囲んで、よかった、よかったとハンカチを取り出し始めた。ハンカチじゃなくてオムツが必要になるくらいビックリさせてやりたかったのに、腰を抜かす奴がひとりもいないとは残念で仕方がない。
「ゾルディエッタが予想していたとおりドクロワルを連れてきたか」
「立っている者は神様でもいたずらに利用する。まさに、神をも畏れぬ所業だな」
パーティーの主役は僕のはずなのだけど、すっかりドクロ神様に奪われてしまった。まぁ、みんなが喜んでくれたのならそれでいいかと昔話に花を咲かせるご婦人たちを眺めていたら、バグジードと【禁書王】がこっちへやってきた。ここで出し惜しみする僕ではないと首席は予想していたそうだ。お前は畏れることを知らないのかと、ふたりして呆れたように鼻を鳴らす。
「ビックリさせてやりたかったのは事実だけど、それだけじゃないさ。魔導院にいたころのように、同級生たちと楽しくすごせる時間はもう長くない。みんながドクロワルさんを置いて去った後も、彼女は神様として存在し続けるんだ」
いたずらのためだけに連れてきたわけじゃないと、神様になるということの意味をわかっていない連中に告げておく。大切な家族も友人も、憎たらしいはずの敵すらも自分を置いてイグドラシルへ還ってしまうのだ。生きていたころの自分を知る者がひとり残らずいなくなった後も、彼女は気の遠くなるような時間をすごしていかなければならない。
「……そうだな。永遠の命を手に入れても、永遠の幸福が保証されるわけじゃない」
田西宿実と同じ世界から転生してきただけあってバグジードは理解が早い。永遠に生き永らえることと、幸せを手に入れることはまったく別。皆に先立たれてしまう寂しさを抱え続けていくなんて、相当な覚悟がなければ耐えられないと嘆息する。
「ドクロワルが生徒だったころの姿をしているのは、それが一番大切な時間だからかもしれんな。アーレイにしては粋な計らいだと認めざるを得ん」
亡くなった時点では30代だったのに、ドクロ神様は魔導院の生徒だったころの外見をしている。それが彼女にとって最も大切な思い出の詰まった時間であったのなら、女神でも準爵でもないただのパナシャに戻れるこのパーティーへ連れてきたのは正解だと【禁書王】も認めてくれた。僕にしてはというひと言は余計だと思う。
「なぁ、マイフレンド。次席とクセーラは知ってたのに、どうして俺には黙ってたんだ?」
僕たちが立ち話をしているところにヘルネストの奴もやってきて、親友に隠し事をしていたなんてと恨み言をこぼす。
「そんなの、迂闊だからに決まってるぢゃないか」
「ひでぇ。それが親友にかける言葉なのか……」
秘密を守れない迂闊には情報を与えないのが一番だ。親友を信じていないのかとヘルネストの奴が唇を尖らせるものの、もちろん僕はこいつが迂闊であることを信じている。絶対に余計なところで口を滑らせると確信しているから伝えなかったのだと告げれば、迂闊なる男は僕が友情を捨てたなどとなじり始めた。機密情報に関わることの危険性を理解できないらしい。
「次席の判断だろう。話が話だけに、おかしなところから情報が漏れたりしたらそいつを処断しろと貴族院で要求されかねない。正解だな」
「万が一にでもお前がやらかしたら、伯爵ひとりでは庇いきれない。ウカツダネはカリューア伯爵に感謝すべきだと思うぞ」
だけど、【禁書王】とバグジードの奴が揃って次席を擁護してくれた。僕じゃなくて次席かよとツッコミたいところではあるものの、迂闊がやらかさないよう情報に触れさせなかったのだとダブルでヘルネストを黙らせてくれたので特別に見逃してやる。
「まったく……貴様という奴は毎回のように途方もない話を持ち込んでくれる」
「ご迷惑でしたか?」
「はっきり言って迷惑極まりないが、絶対に手放せない話ばかりなのが腹立たしい」
こうなったら肉をやけ食いしてやると肩を落としたヘルネストが食べ物を提供しているテーブルへ向かったところで、今度はホンマニ公爵様から声をかけられる。すでにドクロ神殿へ研究機関を設置する構想は耳にされているようで、断るのは自らの信念と魔導院の存在意義を否定するも同然の愚行。よろこんで協力する以外の選択肢なんてありはしないのだけど、僕の思いどおりに踊らされているみたいで腹の虫が治まらないとご尊顔をしかめさせた。考えたのはドクロ神様ですと言っておく。
ドクロワルさんの方へ視線を戻せば、シュセンドゥ先輩にクゲナンデス先輩、首席とロミーオさんにアキマヘン嬢、直弟子であるアンドレーアとイモクセイさんといった懐かしいメンバーに囲まれて楽しそうにお喋りしていた。いつか、彼女たちがイグドラシルへ還るのを見送らなければならない日が訪れる。それはドクロワルさんも覚悟のうえだろう。今は楽しい思い出をいっぱい残しておいていただきたい。
「もうっ、どうしてお肉をひとりで食べちゃったんですかっ」
「許してくれっ。ドクロワルッ」
今日は女神様でも準爵様でもない。生徒だったころのドクロワルさん。遠からず過ぎ去って、二度と戻らない時間を堪能してもらおうとホンマニ公爵様にシャチョナルド侯爵、エロスロード伯爵という超豪華メンバーとお酒をチビチビいただいていたところ、どうしてかヘルネストの悲鳴が響いてくる。何事かと振り向いてみれば、ロゥリング族に食べさせる肉まで平らげやがってとドクロ神様にとっ捕まった迂闊なる男がお仕置きされていた。




