676 ピーネちゃんはチョロかった
なんとコロリーヌは魔導院に入学してきて、そこで知り合ったヒラナルド家の跡取りと結婚したのだそうな。貴族家に嫁いだ娘に期待されるのは実家に利益を引っ張ってくることと、魔力に恵まれた跡継ぎを残すこと。そのどちらにも規格外のバケモノがいやがったせいで、すっかり三流扱いだと首席がヒキガエルのような鳴き声をゲェゲェあげる。
「そういや、生まれは1年とズレていないのか……」
コロリーヌが春に産まれ、お腹を大きくしたヨウクーシャさんが実家に戻っていたというのがその年の秋だったはず。もしかしたら、魔導院では同級生だったのかもしれない。田西宿実が夢見ても叶わなかったイチャラブ学園生活を送っていたなんて、お兄ちゃんは裏切られたような気分だ。
「ペドロリアン領も似たような状況です。ショタリアン家の跡を継いだのはプロセルピーネ先生の息子ですから……」
そして、どこも同じだとアキマヘン嬢が青褪めた顔でため息を吐き出す。ドクロワルさんが卒業し指導する特待生のいなくなったプッピーはコナカケイル氏と結婚し、ショタリアン家が管理するカントリーハウスへ移った。ふたりはそこで3人の子をもうけたのだけど、もちろん全員がペドロリアン家の嫡流を上回る魔力を有していたそうだ。ロゥリング族の王女様と魔力を競っても勝てるわけないのだけど、わかっていても居たたまれない気持ちになるとアキマヘン嬢もすっかり凹んでいる。
「はっ……これはもしや、ロゥリング族による侵略ではございませんことっ?」
「ロゥリング族が農地を欲しがるわけないでしょ」
頭のよく回る首席がおかしなことを考えついたようで、豊富な魔力を餌に人族の支配階級へ血を浸透させ、気がついた時にはすっかり入れ替わっている罠かと勢いよく顔を上げる。そんなことをしてまで農業国家を手に入れて、ロゥリング族になんの得があるというのだろう。猟場を拡げたいならドワーフ国の地上を使わせてもらえば済む。この国を陰から支配することにメリットなんてひとつもないと告げれば、あいつらは肉しか食べない野人だったと首席は再びテーブルへ突っ伏した。
「そういえば、クマネストやオオカミの姿がないね。さすがに寿命を迎えちゃった?」
おぅおぅ……とむせび泣く首席の金髪を見ていたら、ふと黄金色をしたクマのことが思い出された。クマやオオカミはそんなに長生きじゃないから、もうイグドラシルへ還ってしまったのだろうなと思いながらいちおう尋ねてみる。
「私とグラマーデルのオオカミなら、20歳近くまで生きて眠るように息を引き取ったわ。でも、首席のクマはクマドンナとの間に子供を作って孫世代もいるわよ」
アンドレーアの話によれば、オオカミ兄弟やカソリエッタは繁殖相手を見つけられずそのまま寿命を迎えたものの、クマネストの奴はクマドンナを嫁さんにしたらしい。産まれた子供の一頭を今もイモクセイさんが使い魔にしていて、孫世代も引き取ってくれる相手が見つかったという。
「ペドロリアン領ではクマが人気で使い魔にしている士族も珍しくありません。お見合いをさせようという話が普通に社交の場でされています」
領紋にモミジグマが意匠されているせいか、士族にクマ好きが多いのだとアキマヘン嬢が教えてくれた。繁殖させないかって交渉が当たり前に夜会で話されていて、特にクマネストと同じ黄金色をしたオスは珍重されているそうだ。見た目も仕種もとことん可愛らしい赤ちゃんクマはご婦人たちに大人気。毎年、春になると愛でる会へ誘われるのだけど、いたずら好きで精霊の翼が気になるのかしがみついてくると困ったような笑みを浮かべている。
「ああぁっ。赤ちゃんをっ。クマの赤ちゃんを抱っこさせてくださいましっ。トロールでもよろしいですからっ」
クマの話を聞いていたら、唐突に首席が禁断症状の発作を起こした。シャチョナルド領では農作物を荒らす害獣という認識が広まっていて、すっかり嫌われ者と化しているから使い魔にする士族もいない。トロールでもよいから赤ちゃんの相手がしたいのだと泣き喚き、見かねた発芽の精霊にベコーンたんで慰められている。相変わらずかわいい動物の赤ちゃんに目がないようだ。
オオカミ兄弟とカソリエッタは子孫を残せなかったけど、最後まで大切にしてもらえたことはなにより。幸せな生涯であったと満足してイグドラシルへ還ったのだと信じよう。引き取った幼女を自分好みに養育して嫁にしたクマネストに慈悲はいらない。ゲスグマは地獄へ落ちればいいと思う。
どうして赤ちゃんを作らせなかったのかとタルトが知ったら頬を膨らませるかもしれないけど、そもそも子孫を残せるのは限られた一部だけなのが大自然の掟だ。全員がってわけにはいかない。というか、実現したら生態系が崩壊する。
――君が拾ってきた子供たちは幸せな生涯を送ったよ。それで満足してくれ……
空を見上げて、どこかに存在しているはずのタルトへと念を送る。赤ちゃん大好き3歳児がかき集めた生き物たちも、残っているのはティコアだけになってしまった。ドラゴンは繁殖できるようになるまで100年かかる生き物らしいので、あいつが子供を作るころには僕の方がいなくなっているだろう。彼らのお世話はブンザイモンさんの一族が受け継いでいくに違いない。
「モロニダスが捕まったと報せを受け取ったので私は先行しましたけど、後からヘカテリーナも来る手筈になっていますから……」
ブンザイモンさんの生まれ故郷は、この大陸から南東に伸びる長~い半島の先からさらに東へと航海していった先にある竜大陸だ。ドラゴンの他に亜竜種もウヨウヨしている危険な土地だけど、ロゥリングレーダーがあれば上手いことやっていけるだろう。ティコアの奴も、もうワイバーンと取っ組み合いしても勝てるくらいまで成長しただろうかと思いを馳せる僕の隣で、クマちゃんが恋しいのだと涙する首席をアンドレーアが慰めている。
「くまぁぁぁ――――っ?」
もうすぐクマがやってくると耳にした首席は椅子から立ち上がってバンザイをすると、ようやく晴れやかな笑顔を見せてくれた。
続々と貴族たちが王都へとやってくる中、ホンマニ公爵様の一行が超高級ホテル、コートヴィヴィアーナの敷地内に併設されている王都別邸へ到着したという報せを受けた。日が暮れて辺りが暗くなるのを待って接近し、滞在している者の魔力を慎重に探っていけば、思ったとおり見えないはずの僕に突き刺すような魔力を返してくる奴が見つかる。十中八九、プロセルピーネ先生で間違いないだろう。
警備の目を盗みヴィヴィアナロックを足場にした大ジャンプで柵を超え、バナナンダーごと王都別邸を囲む人工の林へと身を潜める。オラァ……とバシバシ殺気をぶち当ててやれば、これはロゥリング族にしか感じ取れない呼び出し方だと察してくれた模様。プッピーの魔力がひとりでこちらへと向かってきた。
「やっぱりモロニダスだったのね。こっそり忍び込むなんて、いったいなんのつもりよ?」
「まだホンマニ公爵様にも秘密ですけど、先生にだけは伝えておきます」
バナナンダーのつけている鞍に縛り付けておいた荷物入れからドクロワルさんの貫頭衣エプロンを取り出す。ドクロ神様と話し合って、最高司祭に就任してくれるかあらかじめ確認しておくことに決めたのだ。断られてしまった場合、別の誰かを手当てしておかなければ礼拝殿にいる聖職者たちに入り込まれてしまう。
「それって、パナシャのじゃない。さんざん探したのに見つからなかったもんを、なんであんたが持ってんのよっ?」
さすが師匠だけあって迂闊に地雷を踏み抜いてはくれない。僕が手にしているのはドクロワルさんのものであるとひと目で見抜いてきた。手を尽くして探し回ったものの見つからず、野生動物に持ち去られ巣の材料にされてしまったものと諦めていたそうだ。どうして僕が回収しているとまなじりを吊り上げて問い質してくる。
「回収したのは僕じゃありません。エウフォリア教の聖女様ですよ」
「えっ? どういうことっ?」
回収したのは神様ですと告げたところ、なんだそれはとプッピーが目を真ん丸に見開く。ワルキューが聖女様の眷属であることは知っているはずなのに、歳のせいか頭が回らないようだ。もっとも、僕が詳しく説明する前に依代が黄金色の光を放ち始めた。
「心配をおかけして申し訳ありません。わたしなら天上にいまして、【光棒の舞手】様も一緒ですよ」
「パパ、パッ……パナシャッ?」
魔導院の生徒だったころの姿をした弟子の出現に、ウパーとおかしな声をあげるプロセルピーネ先生。プルプルと震える手を差し出してドクロ神様にしがみついてくる。
「弟子が師をおいでいぐなんでっで……でぼ、無事でいでくれでよがっだわぁ……」
「無事ではないんですけど……」
死んじゃったかと思っていたとプッピーがおぃおぃ泣き声を上げる。間違いなく死んでいるのだけどと苦笑いしたドクロワルさんが、ちっちゃな師匠を抱き上げてヨチヨチとあやし始めた。
「……そういうわけで、先生にわたしを祀る最高司祭をお願いしたいんです」
しばらくグズグズと鼻をすすっていたプロセルピーネ先生も落ち着いてきた。話ができる状態になったと判断したドクロ神様が、モウヴィヴィアーナのドクロ神殿に研究機関を置きたいのだと構想を打ち明ける。そいつは研究がはかどりそうだと笑顔を見せるプッピー。どうやら好感触な様子だ。
「あいつも一緒って言ってたわね。あたしは構わないけど、そっちはどうなのよ?」
「【光棒の舞手】様からはすでに承諾が得られています」
ドクロ神殿の最高司祭になるよう求められたプッピーは、すぐに僕と同じ問題点に気がついたようだ。そんな話をドルオータ様が許すとは思えないと尋ねられたドクロワルさんは、ピーネちゃんをステージへ復帰させるという条件に触れないまま承諾済みであることを伝える。
「言っとくけど、あたしゃ人族やドワーフの祭祀には詳しくないわよ」
「先生の知っているやり方で構いません。人々が考えるほど神々は形式を重視しているわけではないんです」
儀式の手順とか祭壇の配置といった細かいルールなんて知らないぞとプロセルピーネ先生が告げたものの、形式にはこだわらないとドクロ神様がしれっと答える。ピーネちゃんの知っているやり方とは、すなわちロゥリング娘のステージだ。大事なことを直接言い表すことなく、まったく関心がないかのように語るやり口には覚えがある。こいつはタルトがいつも使っていた手口で間違いない。
「まぁ、ドルオータ様が許してくれたってんなら引き受けるわ。祭祀をして、研究を続けたがっている連中を集めりゃいいのね?」
「はい。祭祀を専門とする方は、規模が大きくなって研究に差し障りが出てきた時に雇い入れればよいかと……」
「まだ神殿もないんだし、それもそうね」
いつの間に3歳児流いたずら術を身につけたのかと僕が呆れている間に、裏事情を知らないピーネちゃんは現役アイドルへの復帰を引き受けてしまった。チョロい。チョロ過ぎる。天上にいらっしゃる【病魔を払う癒しの手】様本体の隣で狂喜乱舞するドルオタ神の姿が目に浮かぶようだ。本当に大喜びしているのか、分体のこめかみが心なし引きつっているように感じられる。
「貴族院でエフデナイト陛下から発表されるまで、わたしのことはホンマニ公爵様にも話さないでください」
「王様の顔を潰すわけにはいかないものね。了解よ」
詳しい打ち合わせは話が公表されてから。秘密にする約束だから今はホンマニ公爵様にもバラさないよう告げられたプロセルピーネ先生が、任せておけと拳で胸を叩く。緊急に連絡を取りたい時はカリューア伯爵家の別邸にいる僕へ報せるよう伝えて、ドクロ神様は依代から離れていった。
「我が甥はどこで弟子と会ったのよ?」
「ゴブリン谷に立ち寄ったら天上から本体がいらっしゃって、依代を持っていくよう頼まれたんです。一度くらい帰国させたかったんでしょうね」
大切な依代を荷物入れにしまっていたら、背後からプロセルピーネ先生が声をかけてきた。帰国せざるを得なくなるようドクロワルさんが企んだのだろうと答えておく。
「あんたは司祭になるよう誘われなかったの?」
「僕はタルトの下僕ですからね。ドルオータ様と違って交渉相手が見つかりません」
依代を僕に託したにもかかわらず、自分を最高司祭にスカウトしたことに疑問を覚えたのだろう。僕でもよかったのではないかとアイドル業へ復帰すると決まったピーネちゃんが問い質してきた。譲ってもらおうにもタルトは見つからないし、創世の神々が許してくれないから無理なのだと神様事情を明かす。
「もしかして、ずっと捜してるわけ?」
「もちろんですよ。タルトはいるって、こいつが言ってる間は諦めるつもりありません」
40年も捜し続けているのかとプッピーに尋ねられる。そのとおりだ。左手の中指にはめられた指輪を示し、タルトが今もどこかに存在していることは間違いないのだから諦める理由はひとつもない。どんな手を使ってでも捜し出すまでと告げて、バレないうちに脱出すべく僕はバナナンダーに跨った。




