675 それぞれの40年
「もちろん。とはいえ、今さらどうこうできる話じゃないしね」
首席の質問がドクロワルさんの一件を指していることは間違いない。今はまだ情報を漏らすわけにはいかないので、起きてしまったことは神様にだってどうしようもないのだとすっとぼけておく。
「ずいぶんと……冷ややかな反応でございますわね」
「下手人はおろか、指示した連中だってもういないんだ。振り上げた拳をヘルネストにでも叩きつけろっていうの?」
予想外に冷淡な反応だと首席の視線が鋭さを増す。なんて冷たい奴だとアキマヘン嬢がブックリと頬を膨らましていたけど、腹を立てたところで復讐する相手は残っちゃいない。国を挙げてけじめをつけさせたのは王国だろうと、自分たちの所業を思い出させてやる。
「同級生のために流す涙の一滴もないとおっしゃいますの?」
「涙は捨てたんだ。タルトがいなくなった、あの日に……」
首席が情に訴えてくるものの、僕はすべてを失った無敵の男。そんな手が通用すると思ったら大間違いだ。涙はとっくの昔に涸れ果て、残っているのは果たすと誓った約束だけと告げれば、この冷血漢めと首席は年齢相応にくすんできた金髪を逆立てた。
「ふ~ん……それで、今度はなにを企んでるの?」
だけど、そんな問答はどうでもいいとシュセンドゥ伯爵はどストレートに質問をぶつけてきた。はっきり言って、嘘を吐きたくない僕はこういうのが一番困る。
「どうして、なにかを企んでいると思うんです?」
「貴族院で重大な告知がされるって時に、40年も顔を見せなかったアーレイが戻ってきてるなんて偶然なわけないでしょ。それに、質問で返してきたってことは確定ね」
自分に残っているのは約束だけなんて奴が理由もなく帰国するはずがない。エフデナイト陛下が自らの退位をおまけ情報にするほどのビッグニュースに、間違いなく僕が関わっている。問われたことに答えず、質問で返してきたのはごまかそうとしている証拠だとシュセンドゥ伯爵が勝ち誇るような笑みを浮かべた。なるほど、そういうことかと逃げ道を塞ぐように首席とアキマヘン嬢が左右から迫ってくる。こいつはヤバイ。
――かくなるうえは……
ポケットを探り、クセイナーさんの治める砦で購入したクソビッチのおならがあることを確認する。事ここに至ってはトンズラするより道はない。イボ汁粉の詰まった煙玉を足元の地面へ力いっぱい叩きつけ――
「ふははは……さらばだ諸君。また会おうっ」
「させませんっ」
――ようとしたものの、アキマヘン嬢が地面との間に羽ばたく精霊の翼を差し込んできた。柔らかい羽根に受け止められてしまう。叩きつけた時の衝撃でイボ汁粉を飛散させる仕組みなので、クッションになるものがあると不発に終わるのだ。そのまま先端にある風切り羽をピンボールのフリッパーのように使ってクソビッチのおならを空中へ跳ね上げたアキマヘン嬢が、ドヤ顔を決めながら空いている左手でキャッチする。
「もう逃がしませんわよっ」
この期に及んでジタバタするな。おとなしく観念いたせと首席が迫ってくる。コケトリスがいなければロゥリング族なんてただの7歳児だ。こういう時はそう、ファミリーの仲間に助けを求めるしかない。
「次席っ、助けてっ」
「もちろん私もアーレイも秘密を知っている……だけど……陛下の口から発表される前に明かすことはできない……わかっているはずよ……」
僕たちトモダチだよねと発芽の精霊を盾にすれば、緘口令が出されているから話せない。あと数日もすれば公表されるのだから、おとなしく待っているようにと次席が迷惑な連中をたしなめてくれる。国王がわざわざ領主たちを呼び寄せて告知することなのだから、下手に動いてメンツを潰したらタダでは済まないぞと告げられ、秘密を探ろうとしていた連中がしょんぼりと肩を落とす。
「お金儲けにつながる話じゃないから……安心してちょうだい……」
「そおねぇ、儲け話であればカリューア伯爵が王室に譲るはずないものねぇ」
「ひとり占めして利益を上げようとするのは……ペドロリアンの得意とするところ……一緒にしないでもらいたいわ……」
あなたたちの大好きなお金になる話ではないと、自領にドクロ神殿を建てようと企んでいた金の亡者が事情を知らない金の亡者たちを諭す。自分のものにしても儲からないと判断したから手放したのだろうとシュセンドゥ伯爵が納得したように頷いて、仕手筋なんかと一緒にすんなと次席が唇を尖らせた。首席とアキマヘン嬢が買い占めによる価格操作なんてしていないと言い張るものの、耳を貸すお人好しはひとりもいない。
「ずいぶんと羽振りがいいそうじゃないか?」
「造れば造っただけドワーフが買ってくれんのよ。おかげで古い借金は返済できたわ」
金の亡者から解放されたところで、お酒を売って大儲けしているというアンドレーアから現状を聞き出す。なんでも、ヘビマスターが集めてくれた酒造り職人のひとりが製造年の異なるお酒をブレンドすることを思いついたらしい。お酒というものはその年の気候や原料となる作物の出来に品質が左右されるけど、混ぜることにより平均的で変わらぬ味わいを実現させた。これがドワーフたちにバカウケしたそうだ。領地経営が上手くいってなかったころにした借金には高い金利が設定されているものも多かったのだけど、今はもう低金利なものしか残っていないという。
「カネアマールがその酒造り職人と結婚して、ケティンボゥ商会はケティンボゥ酒造に変わったわ。おっきな蒸留所をふたつ持ってるウチの稼ぎ頭よ」
今や姫ガールは大規模酒造会社の社長様だそうな。ニルヴァーナだのアストラルリンクだのと意味不明な根拠で投資判断をしているとしか思えないのに、まるで結果が約束されていたかのように上手くいくらしい。あんなオカルト経営で利益が出せるなんて世界は不公平だとアンドレーアが疲れたようにため息を吐き出す。
「彼女は宿命に導かれているんだ。魂の記憶を覚醒させればアンドレーアも……」
「思い出させんじゃないわよ」
従姉殿は知らないはずだけど、アーレイ子爵領にはクーデター派への対応やデロリ叔父さんを隠居させるのにさんざん手間をかけさせられている。14歳仲間に引きずり込んで【他人任せなくせして成功者を羨む底辺領主】と魂に刻まれた真名を授けてやろうとしたものの、頭が痛くなるから思い出させるなと断られた。とっても残念だ。
「まさかアーレイ領があんなに利益を上げてくれるなんて、兄さんを婿入りさせた甲斐があったってもんよ。ペドロリアンに先を越されなくてよかったわぁ」
資金管理なんかを担うプロジェクトマネージャーとしてアーレイ領へ派遣されたバクガイ先生は、そのままアンドレーアのところへ婿入りしたらしい。培養素の件でワロスイーツ領と手を組んだアンドレーア&イモクセイコンビは、お酒に続いて乳製品の加工に用いられるドクロ式プラントの開発に成功。実証プラントや試作プラントで得られた知見やノウハウは、ひとつ残らず工房建設を請け負うシュセンドゥ領へフィードバックされたそうだ。そこには魔法薬プラントへ応用できる発見も含まれており、こんな義妹が手に入るなんて結婚には幸せが詰まっているとシュセンドゥ伯爵が機嫌よさそうにグラスを傾ける。
「「ぐぬぬ……」」
一方、悔しそうに唇を噛みしめているのは首席とアキマヘン嬢だ。アーレイ領とシュセンドゥ領が発展していくのを、指をくわえて眺めていることしかできなかったらしい。ドワーフとの交易が活発になれば中継地点を抑えているペドロリアン領の税収も当然増えるのだけど、許されたのはおこぼれにあずかることだけ。自らが主体となって事業を展開できなかったせいで、すっかり東部派に水をあけられてしまったという。
「首席はいちおう東部派じゃないの?」
「ですから、問題なのでございますっ」
シャチョナルド侯爵家に嫁入りしたのだから東部派が発展するのはよいことではないのかと尋ねてみたものの、そんな簡単な話ではないのだと首席はグラスをテーブルに叩きつけた。貴族家の結婚とは実家に利益をもたらすためにするもの。莫大な利益を上げるシュセンドゥ領との事業に絡めなかったせいで、実は体のよい厄介払いだったのではと陰口を叩かれる始末だそうな。
「シャチョナルドの奴とも共同開発はしてたんだけどね」
「新式の魔導推進器の話では、私が口を挟める余地などございませんわ」
もっとも、シュセンドゥ伯爵の話によればシャチョナルド領とは共同で直噴型魔導推進器の開発を進めていたそうだ。テーマは整備性を考慮した魔導推進器の設計。どういうタイミングでどの部分の整備を行うかっていうのを設計に反映させることにより整備にかかる工数を減らした魔導推進器を実現しようという計画で、嫡子の座に返り咲いたバグジードとシュセンドゥ先輩のところへ婿入りしたゴッツモーリ先輩が再びタッグを組んだ大型プロジェクトだったらしい。そのふたりを相手に嘴を突っ込むことはさすがに憚られ、結局ペドロリアン領は儲け話から締め出されてしまったと首席がしょんぼり項垂れる。
「あれも売れたよねぇ。機能をモジュール化して推進器本体とは別に整備するなんて、よく考えついたと感心するよ。バグジードのアイデアなんでしょ?」
バグジードとゴッツモーリ先輩が開発した魔導推進器は爆売れした模様。クセーラさんの話によれば、取り込んだ空気を圧縮する部分とか燃料を霧化させて混合気を作る部分といった感じで機能ごとにモジュール化して丸ごと交換できるようにしたそうだ。これによって、魔導推進器本体の整備はあらかじめ用意しておいたモジュールを交換するだけ。取り外したモジュールは次の魔導推進器が運び込まれてくるまでの間に整備を済ませ交換用にストックしておくといった運用が可能になった。整備に要する時間が短縮されて魔導甲冑の稼働率を上げられると評判になり、王国魔導騎士団の他、ほとんどの領に採用されたという。考えついたのはバグジードという話だけど、田西宿実の世界にあったナニカを参考としたに違いない。
「設計思想は今でも受け継がれてるものねぇ。まぁ、あんときゃシュセンドゥがアーレイを隠してるって誰かさんが怒鳴り込んできたせいで大変だった記憶しかないけど……」
「あはは……あれは絶対、モロリン伯爵のアイデアだと思ったから……」
ちなみに、バグ&ゴッツモデルが発表されて間もなく、こんなものを考えつくのは僕しかいないとクセーラさんがモウシュセンドゥのお城へ殴り込みをかけてきたらしい。新製品の売り込みで忙しい時期に余計な対応をさせられてめっちゃ迷惑だったとシュセンドゥ先輩がしかめっ面を作り、そそっかしいクソビッチが懸命に笑ってごまかす。
「新式の魔法薬製造装置や魔導推進器の開発に加われなかった先輩と私は、仕方なく演奏家の養成やコケトリスの生産で手を組むことにしました。充分な成果をあげられたと自負しておりますが、バクガイ先生と比較されては見劣りすると評価せざるを得ません」
ペロリアス若様のところへ嫁いだアキマヘン嬢は義姉となった首席と組んで、オムツフリーナちゃんの普及やコケトリス生産の拡大といった事業に手を尽くしたらしい。想定していた以上の成果が得られたものの、ドクロ式や直噴型はもう動くお金の桁が違う。自分たちはしょせんビッグマニーが蠢く市場から締め出されたハブられ者だと互いに顔を見合わせる首席とアキマヘン嬢。ふたりして飲まなきゃやってらんねぇと言わんばかりにお酒の注がれたグラスを傾けた。
「まぁ、みんな上手いことやってるようで安心したよ。バグジードの奴が侯爵様ってのは気に入らないけどさ。ヒラナルド家はどうなったの?」
やらかしてしまったのはドクロワルさんだけで、他の同級生は充実した人生を歩んできたようだ。それは喜ばしいものの、この手で葬ったはずのバグジードが復権してやがんのはいただけない。モモベェにビビらされてオムツを汚した僕の苦労はなんだったのか、納得のいく回答をよこせと要求する。
「婚姻前にもかかわらず子宝を授かっておいたヨウクーシャさんには先見の明がございましたわね。今、シャチョナルド領で一番魔力に恵まれているのはヒラナルド家で間違いございません」
ところが、ヒラナルド家の話題を口にした途端、それまで重かった首席の雰囲気が輪をかけて激重になった。なんというか、底なし沼がブラックホールにレボリューションしたような感じだ。はぁぁぁ……と、もう魂が抜け出てしまいそうな重苦しいため息を吐き出す。
「なんで? バグジードと喧嘩でもしたの?」
「そういう理由がないから致命的でございますのよ。息子は夫や私にも劣らない魔力を有しているにもかかわらず、ヒラナルド家に嫁いできた娘の産んだ子があっさりと……」
首席とバグジードの間に生まれたシャチョナルド家の嫡子はしっかりと両親から魔力を受け継いだらしい。だけど、ヨウクーシャさんとバグジードの息子がもらった嫁はあっさりと嫡流を上回る魔力量を子供に授けたそうだ。悪影響を及ぼす要因がないということは、すなわち母体の差であるとテーブルに頬をつけた首席が恨めし気な視線を向けてくる。
「首席を超える魔力だなんて、外国から王族の娘でも嫁いできたの? ヒラナルド家に?」
「……たしかに、王族の血は引いてございますわね」
ヒラナルド家が外国の王女様をもらったのかと口にしたところ、んげぇぇぇ……とヒキガエルのように喉を鳴らしていた首席がピタリと鳴くのをやめる。なんと、王族の血筋であることは間違いないそうな。そりゃまぁ、世界で一番ってわけじゃないかぎり上はいるよねと告げたところ、どうしてか他のみんなまで呆れたような冷たい視線を突き刺してきた。
「これだから自覚のない輩は……」
「罪だよっ。自分が恵まれてることに無自覚なのは罪なんだよっ」
「シャチョナルドの息子には同情しかないわ」
こいつ、なんにもわかっちゃいねぇと次席がため息を吐き出す。己の罪を自覚せよとクセーラさんが騒ぎ立て、他人事とは思えないとアンドレーアまで口にする。いったいどういうことだろう。僕にはさっぱり理解できない。
「……コロリーヌさんでございますわよ」




