674 パナシャの計画
「ううぅ……ぐるじぃ……」
ドクロワルさんによって脂身いっぱいの牛ロース500グラムを完食させられた僕は、国王陛下や王太子殿下の前だというのにだらしなく長椅子に横たわっていた。お腹がパンパンで動けない。
「臨時で貴族院を開催し、女神様の依代がヴィヴィアナ様の精霊殿へ納められることを告知しましょう。モウヴィヴィアーナで奉納の式典を盛大に執り行い、同時に女神様と同志が製作中の祝詞のお披露目をすることでいかがかと……」
「政治的な思惑も絡んでくるでしょうから、そちらは陛下のご判断に委ねます」
テーブルではエフデナイト陛下たちが食後のお酒をいただきながら、【病魔を払う癒しの手】様お披露目イベントの開催スケジュールを話し合っている。これでいかがかと尋ねられたドクロワルさんは、政治には口を挟まないという立場なので指図はしないと一切をエフデナイト陛下に丸投げした。貴族たちの意見調整や諸外国に対する外交施策として利用しようという動きが出てくることは明らかなので、そんなことに神々は関わらないという意思表示だろう。
「式典の開催にはクレネーダー準爵が前向きな姿勢を示して――ぐえっぷ……」
「オムツ機構の? ディークライがすでにこのことを?」
「誰のものかは伝えず、新しい祝詞を発表するとだけ……」
お披露目イベントはオムツ機構がやる気マンマンだと伝えたところ、陛下より先にディークライ王女殿下へ話を伝えていたのかとジーハネイト王太子が問い質してきた。ドクロ神様のことも依代のことも秘密なまま、新しい祝詞を用意していることだけ話しておいたと説明しておく。
「アーレイが得意とする……いつものやり口だわ……何気ない口調で……一番重要な部分をさらっと省くのよ……」
「騙されたんじゃなくて、思っていたのと話が違うってことに後で気づかされるのっ。もう、詐欺師よりタチが悪いんだからっ」
こいつは昔っからそういういたずらが大好きなのだとしかめっ面を向けてくる次席。嘘じゃないので話の裏を取っても見破るのは容易じゃないし、騙しやがってと文句も言えないからイライラがたまる一方なのだとクセーラ博士がテーブルをペシペシ叩いて不満をぶっちゃける。
「なら、ディークライへの情報開示は貴族院での告知と同時で構わないでしょう。裏事情を明かされていたはずが、一番肝心な部分を秘匿されていたと知ってどんな顔をするのか楽しみで仕方がありません」
「モチカエイル。君はまた……」
「母上。実の娘にそれはいかがかと……」
そして、ならばちょうどよいから裏側まで知り尽くしていると思い込ませておけ。実はのけ者にされていたのだと理解した時のマヌケ面を拝んでやりたいとモチカさんが提案した。それが母親のすることかと国王陛下と王太子殿下がこめかみを引きつらせるものの、もちろんそれで引き下がるような彼女ではない。曰く、父親と兄が妹を甘やかし過ぎるからだそうな。
「あの娘には挫折が足りません。誰からの情報もけっして鵜呑みにしてはいけないのだと思い知らせるのに、アーレイ君はうってつけの相手です」
情報の真偽を見極めるのは己の責任という自覚がまだまだ足りない。ひとつ教訓をくれてやれとモチカさんから言い渡され、ディークライ王女殿下にドクロ神様のことは内緒と決められた。
「急いで領主たちを招集して、貴族院の開催は12日後くらいになるでしょう。客間を用意いたしますので、女神様はこの館でごゆるりと……」
「いいえ。精霊殿へ納められるまで依代はアーレイ君が管理してください。王室が保有していると知れたら、わたしが王権の象徴と誤解されてしまいます」
大筋を打ち合わせて最後にジーハネイト王太子がドクロワルさんを王城へ留めようとしたものの、これはキッパリとした態度で拒絶される。依代を有する者が王様という認識が広まってしまうのは不本意だそうな。今現在、王位の象徴はヴィヴィアナ様から託された盟約の剣。それに代わるものと思われたら内乱の火種になりかねないので、依代の管理を王室に委ねるわけにはいかないという。
「しかし……」
「王権の根拠がいくつも存在しては国が安定しない。ジーハネイト、女神様は王室に配慮してくださっているのだよ」
依代をひとりの国民に持たせておくなんてと王太子殿下は納得できない様子だったものの、これは建国王の末裔である公爵のひとりが王位に就くという王国の伝統を残そうとする心遣いだとおっぱい国王に黙らされた。モチカさんも同意見のようで、血統によって王位を継ごうとする者が神様の後ろ盾を欲するなんて、自らの正統性に疑問を感じているのかと息子を問い詰める。
「いえ、王室の正統性を疑ったことなどございません」
「ならば、後ろ盾を求めていると勘違いされるような言動は慎みなさい。ドクロ……女神様の支持がなくとも、あなたはこの国の正統な王太子です」
すっかり教育ママゴンと化したモチカさんが、ドクロ神様の依代は王室にとって諸刃の剣。扱い方を間違えれば王位を揺るがしかねないから、餌を掴んだザリガニみたいに欲張るなとジーハネイト王太子に言い渡す。迂闊な振る舞いは政治権力を求める聖職者どもの思う壺だそうな。
「ねぇ、男爵。礼拝殿の聖職者たちの立場はどうなるの? 男爵に仕える司祭ってことになるの?」
聖職者の話が出たところでピンときたのか、あいつらをドクロ神殿で引き取るのかとクセーラさんが尋ねた。王室の方々とドクロ神様の会話に割り込む形になったものの、タイムリーな質問であったためか誰も無礼だと咎めたりはしない。けっして聞き漏らすまいと黙ってドクロワルさんの解答を待つ。
「いいえ。彼らは国王陛下が任命した統合礼拝殿に所属する聖職者のままです。わたしを祀ってくれる司祭は、とりあえずプロセルピーネ先生にお願いしようかと……」
今現在、各地にある礼拝殿をどうするかはすでに決めてあったようで、ドクロ神様は迷うことなく彼らはそのままと口にする。一から人を集めてドクロ教団を立ち上げるつもりらしく、まず最初にプロセルピーネ先生をスカウトする予定でいるという。順当な人選であるものの、それにはひとつ問題がある。
「ピーネちゃんはロゥリング娘だよ。【光棒の舞手】様に話は通してあるの?」
「もう一度、先生をステージに立たせてくれるならロゥリングシスターズの移籍を認めると、涙を流しながらでしたけど承服してくださいました」
「待ってっ。あいつ、僕まで売りやがった――ぐぷぅ……」
ドルオタ神が黙っているはずないぞと問い質してみたところ、どうやらピーネちゃんを現役アイドルに復帰させる条件で譲ってもらえたらしい。それはいい。聞き捨てならないのは、移籍の対象がロゥリングシスターズである点だ。そんな話は聞いてないぞと抗議しようとしたものの、パンパンのお腹がつっかえて身を起こすことは叶わなかった。懸命に脚をバタバタ動かして不満の意を表す。
「安心してください。アーレイ君を【忍び寄るいたずら】様から取り上げることは創世の神々が許してくださいません」
イヤイヤする3歳児のごとく暴れる姿を見かねたのか、僕がタルトの下僕であることは創世の神々公認だからどの神様もしもべにできないとドクロ神様がお腹をさすってくれる。いく柱かの神様がしもべにしたがったのだけど、絶対に許さないと【神々の女王】様に突っぱねられたそうな。
「そうなの?」
「最も大切な神のしもべ。創世の神々はアーレイ君のことをそう呼んでいます」
天上世界では超重要人物のように扱われているらしい。若き神となった自分ですらモロリーヌには手が届かないとドクロ神様は寂しそうに微笑んだ。そもそもが存在しない架空の人物なのだからスッパリ諦めていただきたい。
「ですので、最高司祭にプロセルピーネ先生をお迎えした後は、かつての教え子たちを司祭兼研究員として加えていこうかと考えてます」
卒業した後もドクロワルさんは魔導院に残り、コナカケイル氏と結婚して寿退職したプッピーの後を継ぐ形で専門課程の教員に採用された。なので、今でも研究を続けている教え子たちが残っている。ドクロ神殿が建立され組織が大きくなったらまた考えるけど、最初のうちは研究者の集まりでよいとドクロ神様は考えているそうだ。
「神殿というより……魔導院にあったパナシャの研究所を引き取るか……再建しようとしているように聞こえるわ……」
「その印象は正しいです。わたしを祀るだけの神殿ではなく、研究と知識の保存を役目とする施設にしたいですから……」
話を聞いていた次席が、それは神殿じゃなくて研究所ではないのかと疑問を口にする。ドクロ神様はそれを否定せず、そのとおり研究機関にしたいのだと答えた。病気の治療や予防に関してなら、【知の女神】様の神殿に併設されている総合学術機関にも引けを取らない研究所にするのだと拳を握り締める。そこまでの構想をお持ちなら、礼拝殿にいる専門知識のない聖職者なんてお呼びではないとおっぱい国王たちも納得してくれた模様。神様の代理人を自称する不届き者には己の立場ってものをわからせてくれると、互いに顔を見合わせニヤニヤ笑う。
「それでは、貴族院の開催を急がせることにしよう。併せて私の退位も発表すると伝えれば、別の大事が持ち上がったのだと察してくれるはずだ」
「よろしいのですか?」
領主たちに収集をかける際、一緒に退位時期に関して発表することも添えておこうと口にするエフデナイト陛下。勘のよい貴族なら王位継承よりも重大な告知がされるのだと察して、大急ぎで王都へ集まってくれるはずだという。自分の退位をそんなことのために利用するのかとジーハネイト王太子が目を剥く。
「潮時だ。神殿建立の発表と奉納の式典で最後の花道を飾らせてもらうよ」
だけど、自分が王位に就いている間にこれほどの機会はもう巡ってこないだろうとおっぱい国王は肩をすくめた。最高におめでたい式典で治世の最後を締めくくらせてもらうと笑いかけられた王太子殿下が諦めたように大きなため息を吐き出す。
「どうせなら、私の治世の最初に譲っていただきたいのですが?」
「断る。君も最後にいい目が見られるよう、おっぱいの女神様にお祈りしておくことだね」
王城での晩餐に招かれた翌日。重大なお知らせがありますとのお触書を持ったヒッポグリフ便が放たれ、公爵家などには通信の魔導器を利用して貴族院の開催が伝えられた。王位継承を超えるビッグニュースと察したようで、数日後には各地の領主たちが続々と王都へ到着する。そして、カリューア伯爵家の別邸は招かれてもいないのに押しかけた迷惑な連中で溢れていた。シャチョナルド侯爵夫人ペドロリアン準爵、シュセンドゥ伯爵、アーレイ子爵に伝説の初代オムツフリーナちゃんといった錚々たるメンバーが僕を糾弾するべく集合したのである。
「君たち、高貴なご身分にありながら相手の迷惑ってもんを考えられないの?」
「ふざけるんじゃございませんわよっ」
こんな面子が先ぶれもなくやってくるなんて、いくら伯爵様でも相手しきれないぞと言ってやったものの、知ったことかと声を荒げる首席。一方、蜜の精霊は僕の頭にドッキングしておねだりするようにユサユサ揺すぶってくる。相変わらず可愛らしい。ちなみに、シャチョナルドの侯爵位は結局バグジードが継いだそうだ。代わりとして育成された弟は、東部派貴族の信頼を得られず総スカンをくらってしまったのだという。
「気を遣うような相手じゃないもの。対処に困るようなカリューア伯爵じゃないでしょ」
庭に出されたテーブルにダカーポをセットしながら、挑発ともとれる台詞を口にしているのは伯爵位を継いだシュセンドゥ先輩だ。この程度で対処能力をオーバーすんのかと言われた次席の魔力にイラッとした感情が一瞬だけ混じる。
「これ、手土産のお酒です」
「感謝するわ……いつも悪いわね……」
お酒で大儲けしているというアンドレーアが、お土産ですと凝った装飾のボトル酒2本を次席に手渡す。種類が違うようで、片方は琥珀色、もう片方は無色透明なお酒だ。アーレイ領産のお酒は市場に流通しないから助かると次席が受け取っていた。
「お姉様に余計な入れ知恵をして自分はいなくなるなんて、先輩は無責任すぎますっ」
そして、伝説の初代オムツフリーナちゃんことアキマヘン嬢が威嚇するようにバサバサと羽ばたく精霊の翼を広げる。彼女はモチカさんとトレードされる形でペロリアス若様のところへ嫁いで、今はペドロリアン侯爵夫人だそうな。僕がいない間にとんでもない事件が起きてしまったのだぞとドスドス足を踏み鳴らす。
「クサンサさんのことですから、もう伝えられておりますのでしょう?」
アンドレーアが持ってきたお酒をクセーラさんが果汁で割って出してくれる。受け取ったグラスに軽く口をつけた首席が、聞いているのだろうと鋭い視線を向けてきた。




