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道案内の少女  作者: 小睦 博
第20章 

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662 病魔を祓う癒しの手

 ドクロワルさんは20年近く前に亡くなっている。ドクロヘビの繁殖方法を学ぶためにやって来たカルハズミーナ公国の使節団に連れ去られ、遺体は山の中へ棄てられた。警備責任者のホンマニ公爵様を責めるのは酷というものだろう。そういう犯罪工作は足がつかないよう外部の人間に実行させるのが普通で、公国が身元を保証した使節団がそんな軽はずみな行動に出るなんてまともな頭では予想できない。アーカン王国が怒り狂って公国を滅ぼしたのも、この事件が原因だ。


「殺されたんだよっ。伯爵がいれば、あんなことっ」


 どうして肝心な時に居なかったと僕を責めるクセーラさん。たしかに僕がいれば、ドクロワルさんを連れ去ろうとする連中の目を避けて逃げ出すくらいはできただろう。とはいえ、僕は神出鬼没のオムツガールではないのだ。ご都合主義的なタイミングでズバッと現れる正義のヒーローのようにはいかない。それに、殺されたというのは実のところ正確ではなかったりする。


「下手人どもが遺体を運び出した時、ドクロワルさんはもう息をしていなかったんだ。連中に酷いことをされたわけじゃなくって……」

「どうして伯爵がそんなことまで知ってるのっ? 誰に聞いたのっ?」


 連れ去られた時というか、公国の使節団がドクロワルさんを発見した時にはもう息をしていなかった。アホな連中は何を考えたのか重いドワーフの遺体を担いで逃げ、結局運ぶのが嫌になって棄てたのだ。そう事実を説明したところ、クセーラさんは激怒して誰がそんな話をしやがったと髪の毛を逆立てた。


「誰って、本人か――うぎょえぇぇぇ……ぐるじい」

「また、なにか隠し事をしているわね……吐きなさい……全部、吐きなさい……」


 情報源を明かそうとした瞬間、クセーラさんに気を取られている間にこっそり忍び寄ってきた次席に捕まった。素直に白状しろとギリギリ首を絞めてくる。息ができないのでは何も話せないということに早く気づいていただきたい。


「また伯爵だけこっそり何か教えてもらってるのっ。許さないよっ」

「おうげい……ぢゃんとせづめいずるがら……」


 性懲りもなくおかしなところから情報を得ているのかと、左手首を引っこ抜いたクセーラさんがゴーレム腕に仕込まれている砲口を突き付けてくる。今、説明するから放してくれとお願いしてどうにか許してもらい、こんなこともあろうかと持ってきた荷物を引っ張り出す。どうせこうなるだろうと予想はついていたので、必要なものはちゃんと用意しておいた。


「見てくれ。こいつをどう思う?」


 包みを開いて脱皮するジラントの革で作られた貫頭衣エプロンをカリューア姉妹の前に掲げる。これがどうかしたのかと寄り目になるふたり。だけど、次席はすぐ不自然な点に気がついたようだ。


「変ね……アーレイのものにしては……太過ぎるわ……」

「本当だっ。胴回りなんてガバガバだよっ」


 すごくぶっといですと、カリューア姉妹がダブルで地雷を踏みぬく。これではサイズが合わないとふたりが首を傾げた瞬間、貫頭衣エプロンが黄金色の光を放ち始めた。僕の手から離れてふわりと宙に浮くと、中に光が固まってヒト……というか、ドワーフの姿を形づくる。


「そんなっ。まさか依代なんですかっ?」


 聖女様が依代に降りてくるところを見たことがあるのだろう。これは神様が姿を現しになる前兆ではないかとベコッタ司祭が声をあげる。そのとおり。天上にいらっしゃる最も新しい若き神が、黙っていられなくなって生前に愛用していた遺品を依代に地上へ姿を現そうとしているのだ。


「そんなに太い、太い言わなくったっていいじゃないですかぁぁぁ――――っ」


 記憶に残っている姿そのままの【病魔を祓う癒しの手】様が、ロゥリング族が細すぎるのであって自分が太いわけではないと嘆きの咆哮を放つ。神様になって明るいところでも大丈夫になったのか、トレードマークのお面は頭の上に乗っけるようにつけていた。生前、見かけることのなかった両腕に巻きつけている蛇を模した黄金の装飾品は、きっとドクロヘビを象徴しているのだろう。


「パッ、パナシャッ?」

「ええっ? 男爵、生きてたのっ?」


 亡くなったはずの同級生が生徒だったころの姿で突然目の前に現れたものだから、さすがの次席も驚きに目を見開いている。生きていたのかと、そんなはずないことを口にしているのはクセーラさんだ。


「いえ、とっくに死んじゃってますけど……」

「そうなんだろうけど、私が訊きたいのはそういうことじゃないんだよっ」


 死んだはずのドクロワルさんから間違いなく亡くなってるから安心して欲しいと告げられて、そうなんだけどそうじゃないとクセーラさんがドシドシ足を踏み鳴らす。相変わらず何を言っているのかわからない。


「クソビッチは無視してくれて構わないわ……それより……カルハズミーナ公国の使節以外に……真犯人が存在するの?」

「教え子たちなら気づいてくれるだろうと、わたしは自分に状態を保存する魔法薬を使ったんです。まさか、動かないわたしの身体を運び出すとは思わなくって……」


 会話の通じない輩は放っておいて、ドクロワルさんを手にかけたのはカルハズミーナ公国使節団ではなかったのかと次席が尋ねる。強いて真犯人を挙げるなら自分なのだと恥ずかし気に告白するドクロワルさん。狙われているのは自分だと察した彼女は、発見された時点ですでに亡くなっていれば不埒者も諦めるしかないと考えた。そこで教え子が見れば気づくよう魔法薬の瓶を不自然な形で机の上に出しっぱなしにし、仮死状態になる時間稼ぎ薬を自らに投薬したそうだ。


 ところが、いったい何をどう考えたのかカルハズミーナ公国使節団の連中は息をしていないドクロワルさんの身体を担いで山中へ逃走したらしい。ホンマニ領軍だけでなく、ペドロリアン領を始めとする北部派領の総力を挙げた包囲と山狩りの末、5日後に下手人どもは捕えられ棄てられていたドクロワルさんの身体も見つかったものの、仮死状態でいられる時間内に目を覚ます薬を使われなかった彼女はすでに亡くなっていた。ホンマニ領軍が遺体を発見したのは、聖女様が魂と依代にちょうどいいジラント革の貫頭衣エプロンをこっそり回収した後だったという。


「バカの考えることは……常軌を逸しているわね……滅ぼして正解だったわ……」


 話を聞いた次席は、ターゲットが息をしていないと判明した時点で作戦は失敗という判断がどうしてできなかったのかとプンスカ怒り始めた。まったくもって同感と呆れざるを得ない。なお、天上の神々はとっくにドクロワルさんへ目をつけており、聖女様は眷属であるワルキューを通じてことの一部始終をリアルタイムで監視していたそうな。


「モロニダスさん。この女神様は聖女様と関係が深いのですか?」


 話の中にちょこちょこ聖女様が登場することを疑問に思ったようで、もしかして親しい仲なのかとベコッタ司祭が小声で尋ねてくる。


「【病魔を祓う癒しの手】様は、まだ生きていたころに魂を運び去る精霊と契約してね。おかげで聖女様から気に入られていたんだ。例のご馳走を食べたのも彼女だと思う」

「とっても美味しかったですよ。【安らかなる終焉】様も喜んでおられました」

「なんですとっ?」


 聖女様がかつ丼を2人前所望されたのはドクロワルさんのためだろう。思ったとおり、気の回る司祭が僕の作ったご馳走を捧げてくれたからと誘われて一緒に食べていたらしい。神様も喜ぶようなご馳走だったと聞かされたベコッタ司祭は肩をプルプル震わせて瞳から涙をあふれさせた。


「ぜいぢょざまが喜んでぐだずったのな゛ら……でも……でもぉぉぉ……」


 聖女様の喜びは自分の喜びであると食いしん坊司祭様が聖職者らしいことを口にするものの、無理していることは誰の目にも明らかだ。いったい何があったのかと次席に尋ねられたので、これは聖女様に捧げる晩餐であると言い張って匂いに釣られ寄ってきた卑しん坊を追い払ったところ、本当に聖女様がいらっしゃってご馳走を持っていかれてしまったのだと説明しておく。


「なるほど……まさしくクソビッチの正義というわけね……」

「おかしな慣用句を使うんじゃないよっ。まったく、ロミーオが流行らせるからっ」


 つまりはクソビッチの正義かと次席が納得してくれる一方、慣用句をでっち上げるなとクセーラさんは抗議の声を上げた。どうやら、流行の仕掛け人ロミーオさんに採用されたせいで広まってしまったようだ。


「まぁ……それはそれとして……アーレイがパナシャの依代を持っていたと……クスリナ、どうかして?」


 次席が話を戻そうとしたものの、何か伝えたいことがあるのか発芽の精霊に袖を引かれる。どうかしたのかと尋ねられた発芽の精霊は、僕へ視線を向けると抱っこしていたベコーンたんを差し出してきた。


「アーレイノゴチソウニキョウミガアル。ドスコーイモタベタイトイッテル」


 この場にいる食いしん坊はベコッタ司祭ひとりではなかったようだ。うり坊の姿をした押しのける精霊がキュウキュウと可愛らしい鳴き声を上げると同時に、僕は後頭部へ固いものが押し当てられるのを感じた。クセーラさんがゴーレム腕に仕込まれた魔導砲の砲口を向けてきたのである。


「今すぐベコーンたんにご馳走するんだよっ。意地悪を言ったら許さないよっ」


 いかなる手段を用いてでも僕にご馳走を作らせる覚悟だとかつ丼を要求してくるクソビッチ。そもそも材料が揃わなければ料理は作れないのだから、僕を脅す前に下準備を整えようという発想はないのだろうか。暴れん坊の妹をどうにかしてくれと助けを求めたものの、もちろん次席は発芽の精霊の言いなりだ。しかめっ面を作って無言の圧力をかけてきやがった。


「君たち、材料と調理器具の提供をしようって気持ちはないの?」

「もちろん用意するわ……話の続きは晩餐の席でしましょう……」


 全部、僕に準備させるつもりかと問い質してやれば、お城にある食材と厨房は自由に使って構わないと勝手に了承したことにされてしまった。何はともあれご馳走が先決だと次席が席を立って厨房へ案内してくれる。食べ損ねたご馳走にありつけると知ったベコッタ司祭は、話のわかる伯爵様でよかったと大喜びだ。


 厨房にはもちろんコックさんたちがいたのだけど、僕の好きにさせるようにと鶴の一声で次席が黙らせる。お手伝いはドクロワルさんと発芽の精霊だ。ベコーンたんは立ち入り禁止ということで、カリューア姉妹とベコッタ司祭がどこかへ連れていった。美味しいものが食べたければ自分で作れるようになれと食いしん坊司祭のおっぱいに超振動を叩き込んでやりたい。一方、ドクロワルさんはレシピを憶えるつもりな模様。割下を作る際に混ぜる調味料の割合などをきっちりチェックしている。プロセルピーネ先生の弟子だけに、ちょっとでも味が変わったら失敗作と言い渡されそうで怖い。


 なんか見たことのない料理を作ってやがるぞとコックさんたちの視線を浴びながら7人分のかつ丼を作り、発芽の精霊の案内され次席たちの待つ伯爵様用の食堂へワゴンを押していく。後ろからは給仕にあたるメイドさんたちがデザートの果物やお酒なんかを持ってついてきた。


「んほぉぉぉ――――っ。これですよっ、これっ」


 ホカホカと湯気を立てているかつ丼を前にして、あの日食べ損ねたご馳走に相違ないとベコッタ司祭が歓声を上げる。メイドさんたちに配膳してもらい席に着こうとしたものの、僕はこっちだとドクロワルさんに膝の上へ抱き上げられた。ジラント革のエプロンをしているためおっぱいが感じられないのが寂しい。分体は依代から離れられないため、脱ぐことができないのだ。


「衣揚げなのに……油っこさがなくて食べやすいわね……甘みがあるから……クスリナも気に入ったみたい……」

「タレで煮てあるせいか柔らかくて美味しいねっ。ベコーンたんが夢中で食べてるよっ」


 ふっくらジューシーなかつ丼はこの世界でも好評な模様。モグモグとひと口食べた次席が、油っこいのを覚悟していたのにあまり感じないぞと目を見開いた。発芽の精霊とベコーンたんも気に入ってくれたようで、モッシャモッシャと一心不乱に平らげていく。


「はあぁぁぁ……予想していたとおりのご馳走でした。これが美食の国……」


 アーカン王国では毎日こんなご馳走が食べられるのかと、ベコッタ司祭が恍惚とした表情でわけのわからんことをぬかす。そんな約束は誰もしていないとキッパリ言い渡しておきたかったのだけど、あ~んしろとドクロワルさんがかつを僕の口に押し込んでくるので食べるのに忙しい。とりあえず、かつばかりじゃなくてタレの染みたご飯も食べさせてもらえないだろうか。ロゥリング族には肉だけ食べさせておけばよいという思想は相変わらずなようだ。


「それで、アーレイの役目は……パナシャの依代を運ぶことかしら……目的地は決まっているの?」

「モウヴィヴィアーナの精霊殿へ納めるよう私からお願いしました。ヴィヴィアナ様のところへ間借りさせていただくことで話はついています」


 かつ丼を平らげたところで、僕が依代を持ってカリューア領を訪れた理由を次席に問い質される。そのとおり。ゴブリン谷でドクロワルさんから受けた依頼が、依代であるジラント革の貫頭衣エプロンをモウヴィヴィアーナまで運ぶことだ。自分がお願いしたのだとドクロワルさんが答えてくれる。すでにヴィヴィアナ様の了承も得られていると聞かされて、次席の魔力にガッカリしたような感情が混じった。


「姉さん。さては依代を自分のものにしようと考えてたねっ」

「王国のどこかということなら……ここに神殿を建立するのも悪くないと……考えていただけよ……私物化するつもりはないわ……」


 アーカン王国のどこでもよいならカリューア領にドクロ神殿を建てたいと次席は考えていたらしい。ひとり占めするつもりだったなと妹にツッコまれ、参拝客がお金を落としてくれるよう立派な神殿に参道と宿場町の整備も万全にするつもりだった。宝物庫にしまい込む意味はないとクセーラさんを睨みつける。


「はっ……それってまさか、アーカン王国が依代を手に入れたってことですかっ?」


 そして、話を聞いてベコッタ司祭がひとり焦り始めた。東方諸国で唯一依代を有している宗教国家という立場を失うことになるのだから、気持ちはわからなくもない。


「聖女様はそういうこと気になさらないと思うよ」

「そんなことはわかってますっ。問題は聖議会の方ですよっ。司教様方っていうのは、誰かが責任を負わないと納得しない人たちなんですからっ」


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― 新着の感想 ―
もはや減らない永遠のポチャリングになってしまったけど、もうモロ氏の理想体型にはできなくなってしまったともいえるのか わき腹活性化エネルギーの主な供給源が旅に出ていたので亡くなった頃は多少は痩せていたか…
モウヴィヴィアーナへ依代を届けたら、RPGの定番では神様からの報酬があって、 そこでドクロワルさんからタルトに関するヒントがもらえたらいいなあ~♪
巡礼地としては要所オブ要所になりましたねぇ カツ丼も名物にできますし 市場で揃えて消えたあの時のカツ丼と畜産農産に明るすぎる領主の館で食べたカツ丼 本当に心に残るのはどっちでしょうね
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