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道案内の少女  作者: 小睦 博
第20章 

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661 40年ぶりの帰国

 今はこの砦を任されているクセイナー総督は、エウフォリア教国がアーカン王国に赴任している大使のもとへ向かわせた使者であれば、それは正式な外交使節であるとベコッタ司祭を晩餐へお招きしてくれた。一方、僕のことは知らない人で押し通すことにした模様。それは席順にも表れており、ベコッタ司祭の方がホストである総督様に近い席へ配置されている。


 以前はドングリエルフの大使としてアーカン王国へ駐在していたクセイナーさんだけに、教国から派遣されている司教や司祭たちとも親交を結んでいたようだ。当時はまだ司祭だったヴィクトリウス司教のこともしっかり記憶に残っているそうで、上手いことベコッタ司祭に話題を合わせてくれていた。さすが元大使と感心するしかない。


「このシカは私が仕留めて解体した獲物ですの。その昔、ヴィクトリウス司教に獲物を解体するところを披露したことがあるのですけど、真っ青になっていらっしゃいましたわ」

「司教様はよいところのお坊ちゃんですから、きっと家畜を潰したこともありませんよ」


 お出しされたメニューはパン種を用いて発酵させたフカフカのパンにシカロースのステーキとスネ肉をじっくり煮込んだシチューだ。クセイナーさんが自ら仕留めて処理した獲物らしい。王国であった狩猟会で仕留めた獲物をバラしてやったらヴィクトリウス司教が死にそうな顔になっていたと伝えられ、裕福な家の出身だから生き物の臓物なんて見たこともなかったに違いないとベコッタ司祭がプークスクスと笑っている。


「こちらのデザートは今でこそ珍しくなくなりましたけど、かつては王国でもワロスイーツ家が経営するお店でしか手に入らない貴重品でしたの。おかげでご馳走という印象が拭えなくて……お恥ずかしい限りです」

「美味しいものはみ~んなご馳走です。値段や希少性なんて関係ありませんっ」


 メインディッシュの後に出されたデザートはメロンの果肉が入ったミルクロリヴァだった。培養素が流通するようになった今では平民の間にまで広まっているけれど、出初めのころはワロスイーツ家の独占状態でなかなか手に入らなかったそうな。その時期の印象が強いせいで、今になってもご馳走と感じてしまうのだとクセイナーさんが苦笑する。ご馳走は味こそすべて。値段なんて関係ないと食いしん坊司祭様はふてぶてしくおかわりを要求しやがった。


「発芽の精霊と契約しているカリューア家の娘はご存じですよね。今のカリューア伯爵は彼女で間違いありませんか?」

「ええ、クスリナ様と契約している方です。この砦と街道が作られてからは王国との取引も増えましたから、顔を合わせる機会も多いのですよ」


 ちょうどよい機会なので情報収集しておく。今のカリューア伯爵は次席で間違いないそうだ。クセイナーさんは相変わらず発芽の精霊を神様のように崇めているようで、贈り物を喜んでくださるのだと頬を綻ばせる。きっと、エルフにしてみれば植物の成長をつかさどる精霊は育ての親みたいな存在なのだろう。ぜひ【真紅の茨】を引き取っていただきたい。


「国境付近は静かなものです。都市連合国も藪をつついたらジラントが飛び出てきたなんてことは避けたいのでしょう」


 クセイナーさんはカルハズミーナ公国を攻め滅ぼしたアーカン王国軍がこの砦を放棄して引き揚げたのを契機に大使の職を後任に譲り、総督として赴任したという。それ以降は人族同士の戦乱もなく、国境付近は安定しているとのこと。実のところ、あの国を本気で怒らせたら何をしてくるかわからないと周辺諸国はビビリまくっているそうだ。


「交渉はおろか降伏の機会さえ与えないのは人道に外れていると幾人かの大使がたしなめたのですけど、犬とは会話が成り立たないとエフデナイト陛下は言い切りましたわ」


 魔物の領域を切り開いて公国へ侵攻した王国軍は宣戦布告も降伏勧告もしなかった。事ここに至っては問答など無用と一方的に攻撃を始めたそうだ。たとえ無条件降伏を要求するにせよ、せめて交渉の機会を設けるべきではないかといくつかの国の大使が申し入れたものの、あいつらは犬だからとおっぱい王太子改めおっぱい国王は取り合わなかった。そのあまりにも冷酷な態度に申し入れをした国々は震え上がり、その中にはエウフォリア教国もあったのだとクセイナーさんが教えてくれる。


「そういえば、生きた心地がしなかったとヴィクトリウス司教が口にされてました」

「宗教国家という立場上、慈悲を求めないわけにはいかなかったのでしょう。他の国々から損な役回りを押し付けられてしまったように、私の目には映りましたね」


 なるほど、慈愛に満ちた聖女様を信仰する教国がこのような非道を見過ごすのかと言われては、形だけでも申し入れをしなければ体裁がつかなかったのだろう。ブチ切れて抜き身の剣を振り上げている相手の前へ、お前なんとかしろと無理やり押し出されたというのがクセイナーさんの見立てだそうな。


「司教様も苦労されてるんですねぇ」


 見ていて痛々しかったというクセイナーさんの話を聞いて、まったく苦労したことのなさそうなベコッタ司祭が呑気なことをぬかす。断食道場に叩き込んで、世の中は不公平で理不尽なものだと思い知らせてやりたい。


 その後もそれとなく僕が王国を去った後のことを聞きだす。知らない人で通すという約束なので根掘り葉掘り尋ねるわけにはいかなかったけど、どうやら同志エフデナイトの奥さんはモチカさんであるようだ。宿敵であった首席はおっぱい王太子へ代替わりする前に5年ほど王妃の職を務め、前国王の退位と同時に準爵の位をいただいてシャチョナルド侯爵家へ嫁いでいったという。


 一方、アンドレーアの奴はお酒で大儲けしているらしい。アーレイ領産のお酒はエルフにしてみればきつ過ぎるものの、ドワーフたちには大人気。商品として出荷される分は残らずドワーフに買い占められているため、超高級酒というわけでもないのに贈答品として貴族の間に出回った分しかお目にかかる機会がないそうな。嫌な思い出でもあるのか、あんなお酒をストレートであおるのはエレガントでないと顔をしかめる。


「オムツフリーナちゃん公式ファンクラブについてご存じではありませんか?」

「オーマイハニー殿下とあの女が後押ししていた組織なら、全国オムツフリーナちゃん普及拡大推進機構として再構成されました。呆れるほどの人気です」


 どうやら、オーマイハニー王女殿下のオムツ甲子園構想は実を結んだ模様。今やオムツフリーナちゃんは国民的アイドルの代名詞だとクセイナーさんは肩をすくめてみせた。あの女というのは王妃に任じられた首席のことに違いない。毎年のように地方を巡るツアーと締めくくりに王都でオムツフリーナちゃんフェスティバルが催されていて、とんでもない動員数を誇る一大イベントになっているという。


 いくつかの情報を聞き出した後、明日の朝までに紹介状を用意しておくとクセイナーさんが請け負ってくれる。今や次席はカリューア領を治める領主様だ。なにかしらないと取り次いでもらうことすら難しいので、口止め料としてありがたく頂戴しておく。門前払いにされましたとスルーしてしまってもよいのだけど、バレた後が怖いのでご機嫌うかがいはしておいた方が賢明だろう。お礼を伝えて用意してもらった客間に下がり、久しぶりのベッドでゆっくりおやすみさせていただいた。






 紹介状を受け取ってクセイナーさんとお別れしたら、次席のお城があるウォールカリュアー目指して王国怒りのロードをかっ飛ばす。半日ほど進んだところに細い川があって、長さ15メートルくらいの頑丈そうな木造の橋が架かっていた。橋を渡った向こう側はアーカン王国の管理する街道になるそうな。橋を渡ってしばらくすると東西に延びる道にぶつかる。ありがたいことに標識が立ててあって、西へ向かえば遠征軍の拠点へ。東へ向かえばウォールカリュアーへ至るようなので東へ向かう。


 遠征軍の拠点へ向かうと思われる荷馬車を連れた兵隊さんたちとすれ違いながら街道を進めば、遠くに石造りの外壁に囲われた城郭都市が見えてきた。標高千メートルくらいの山が背後にあって、そこから突き出た尾根にお城を構えふもとに城下町を作り、それをぐるっと外壁で囲んだような構造をしている。火災を警戒しているのか、森林資源の豊富なアーカン王国では珍しい石造りのお城だ。都市の周辺は平地に田んぼ、斜面に畑や果樹園が配置されていて、きれいに区画整理されていることから灌漑施設の充実っぷりがうかがえる。ただ、魔物が出没することもある地域なせいか見渡す限りの田園風景と呼べるほどの広さはない。


 外壁の周りには灌漑用の水路を兼ねていると思われる水堀があって、橋を渡らなければ街へ入れない構造となっている。渡る前にロゥリングレーダーで橋のたもとにお腹を空かしたワニが潜んでいないかしっかり確認しておく。外壁の門をくぐると目の前に街並みが……ということはなく、四方を建物に囲まれた殺風景な広場に出た。これはアレだ。門を破ったぞと喜び勇んで駆け込んできた敵兵をハリネズミにする仕掛けで間違いない。領民はあっち、他領から訪問した王国民はそっち、外国人はこっちだと案内の兵隊さんに告げられる。僕はいちおう王国民ではあるものの、なにぶん40年も昔のことで税金も納めていないため外国人のところへ向かうことにした。


「エウフォリア教の司祭様と従者の子ですね。紹介状は城の正門におります担当官へお渡しください」


 紹介状のおかげかベコッタ司祭のお供と判断されたようで、身元を問い質されることもなく入国審査をパスすることができた。建物を出ると石畳のメインストリートに石造りの街並みが広がっている。もっとも木造の建物や樹木がまったくないわけではなく、表通りに面した母屋を石造りで統一しているようだ。おそらく、防火区画という考え方を取り入れた都市設計なのだろう。これなら火災が発生しても、広い通りで隔てられたエリアを越えて燃え広がることはない。


 お城の正門に到着して紹介状を渡すと、どうぞこちらでおくつろぎくださいとすぐわきにある待合所っぽい建物へ案内される。応接間のようなところへ通されてお茶と茶菓子を出してもらえた。こいつは特別なおもてなしが期待できそうだとベコッタ司祭の表情はもうユルユルだ。クッキーをポリポリやりながら待っていたら、立派な身なりをした30代半ばのおっさんが部屋に入ってきた。間違いなく士族の身分にある次席の側近だろう。


「司祭様と……あなたがモロリーヌ様ですね。ご高名はかねがね承っております」

「違います。次席……伯爵の悪ふざけを真に受けないでください」


 僕に向かってモロリーヌと呼びかけるおっさん。そいつは領主様の悪ふざけだと告げておく。どうしてひと目でわかったのか尋ねてみたところ、このおっさんは魔導院の卒業生でプロセルピーネ先生にも会ったこともあるそうな。ロゥリング族の特性は承知しているらしい。今すぐご案内するよう申し付かっているのだとおっさんに促され建物から出ると、初めて見る雄鶏がバナナンダーに睨みつけられ震えていた。弱いものイジメはやめなさいと叱りつける。なんでも、おっさんは在学中コケトリス部門に所属していたそうだ。領主様を待たせるわけにはいかないと城内をコケトリスに跨ってトコトコ進む。


「応接間ではなく、伯爵様が自ら手入れされている小さな庭へ案内するよう申し付けられております。そちらにお招きされるのは親しい友人や家族に限られておりまして……」

「それはクスリナが能力を存分に発揮できる場所ということですね」

「さすが、よくおわかりで……」


 次席がいるのは伯爵様専用の庭だそうな。招かれるのはとても名誉なことなのだとおっさんが口にするけれど、僕は騙されない。そこは発芽の精霊がフルパワーを発揮できるように作られたテリトリーに違いないのだ。絶対に逃がさないという意志を感じると伝えたところ、同級生にハッタリは通用しなかったかとおっさんが苦笑する。


「モロニダスさんは伯爵様をご存じなんですか?」

「魔導院に在学していたころの同級生です。僕は途中で退学してしまいましたが……」


 どうしてそんなに詳しいのかとベコッタ司祭から尋ねられたので、学友であったのだと答えておく。お城の真ん中にある館へ入り通路をテクテク歩いて向かう先から人族にしては強力な魔力がふたつと、寄り添うように存在するふたつの魔力が感じられる。どうやら、姉妹で待ち構えているようだ。周囲を樹木で覆われ、森の中にポツンと開けた広場のような庭に到着してみれば、中央に建てられた東屋でふたりのご婦人と2体の精霊がお茶をいただいていた。


「やあ、久しぶり。ふたりとも元気してた?」

「よくもぬけぬけと顔を出せたもんだねっ」


 覚悟を決めてハーイと挨拶すれば、今ごろノコノコ戻ってきやがってと左腕にゴーレム腕を装着しているご婦人がまなじりを吊り上げた。クソビッチ……もとい、クセーラさんだ。クルミエルフの特性が現れたのか外見は30代後半くらいで若々しい。歳相応に老けた次席もギロギロと殺気を突き刺してきて、同時に僕の背後でナニカが動く気配を感じた。おそらく、発芽の精霊が植物を操って入ってきた扉を封鎖したのだろう。ここから逃げるには、もう空を飛ぶしかない。


「知らないかもしれないから……伝えておくわ……パナシャは……」

「聞いたよ。亡くなったってね」


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― 新着の感想 ―
もし予想通りなのであれば、おっぱい同志にとっては国家的にも私的にも大事な至宝に対しての行いに、作中を見た限り割とクレバーな彼が族滅の勢いでガチギレしたのもわかるってものです はたして「最終的に結婚の…
>シャチョナルド侯爵家へ嫁いでいった これ、首席がバグジードに嫁いだって事なんでしょうか…?
あの子の分… そういうことだったのか…
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