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道案内の少女  作者: 小睦 博
第3章 モロリーヌの夏休み

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61 怪しげな領軍

 開け放たれた窓から眩しいほどの朝日が射し込んでくる。さっさと起きなさいと言わんばかりにシルヒメさんが苛立ったような衣擦れの音を立てるけど、ご主人様であるタルトが布団から出られないのでは仕方がない。


「起きるのやだ~。ずっと抱っこしてる~」


 昨晩、使用人の寝室でおやすみしようとした僕たちは、ガリガリと壁を引っ掻く音とすすり泣く女の声が聞こえてくるという怪奇現象に見舞われた。原因となっている悪霊を鎮めるには、誰かが主人用の寝室で休むしかない。

 僕とタルトが主人用の寝室に移ったところ、湯たんぽに魂を奪われた悪霊クセーラさんが3歳児に憑りついて離れなくなってしまったのだ。


「柔らかくてあったかい……ゴレームたんには体温がないんだよ」

「ヒーターを仕込めばいいんじゃない」

「違うんだよっ。ヒーターじゃ心は暖まらないんだよっ」


 こんな精霊と契約しているから、そんな上から目線でものが言えるのだとクセーラさんが僕を糾弾する。体温がないと言うからソリューションを提案してあげたのに、どうして僕は怒られているのだろう?


「放すのです~。朝ご飯の時間なのです~」


 タルトがモゾモゾ脱出しようとするけど、クセーラさんはあとちょっとだけとガッチリ抱きしめて放さない。あとちょっとを繰り返して、すでに半刻は過ぎているというのに……


「……ヘビなのですっ」

「ぎょえわぁぁぁ――――!」


 タルトがどこからともなく取り出したヘビ――のおもちゃ――をクセーラさんの目の前に投下した。竹細工で出来たクネクネ動くヘビのおもちゃなのだけど、ニシキヘビみたいな模様が丁寧に描かれていて本物っぽく見える。出発の前日にヴィヴィアナ様祭りで例の球的屋を見つけたので、再び巻き上げてきたのだ。

 突然、鼻先にヘビを落っことされたクセーラさんは悲鳴を上げながらベッドから転げ落ちた。


「なにっ? どこからきたのっ? 蛇はどこっ?」


 おもちゃだとバレない内に【思い出のがらくた箱】にタネをしまい込んだタルトに、ヘビならベッドの下に逃げ込んだと言われてクセーラさんは寝室から逃げ出した。


「クソビッチは簡単に引っかかるのです。落ち着きが足りないのです」


 シルヒメさんに髪を梳かされながら、してやったりとタルトが満足そうに微笑んでいた。






 看護士講座は明日からなので今日は一日フリーだ。厩にいるイリーガルピッチにエサを与えに行ったところ、挙動不審なおっさんがイリーガルピッチに近寄ろうとして突っつかれていた。


「失礼。これは君の騎獣かい? こんなでっかいニワトリを見るのは初めてだよ」


 見たところ30代後半といったおっさんは、この宿に宿泊している商人なのだそうだ。コケトリスが珍しかったらしいので、森に住む種族が使う騎獣だと教えてあげた。


 おっさんは領軍を相手にお酒を売りに来たらしい。遠征の間、お酒も飲めないとあっては兵士に不満がたまるので、領軍の拠点では商人たちが酒場を開いてお酒や嗜好品、娯楽などを提供している。この街の生産力で遠征軍すべての需要を満たすことはできないから、普段より高値で売れて手堅い商売なのだという。


「じゃあ、ホンマニ領軍の拠点にも?」

「いや、あそこは補給部隊が充実し過ぎていて商人の出番がないんだ」


 ホンマニ領軍では酒場のウェイトレスさんから芸人まで補給部隊で賄ってしまうので、商人が行っても門前払いだそうだ。ハゲマッソーを補給地点にしている領軍は他にも存在し、近くに拠点がいくつかあるのだという。


「ヘビなのですっ」


 おっさんとお喋りをしている僕の隣で、タルトがイリーガルピッチにヘビのおもちゃを見せて遊んでいた。残念ながらクセーラさんのようにはいかず見破られてしまったようだ。


「ほぅ、良く出来たおもちゃを持っているけど、扱い方がまだまだだね」

「むぅ。わたくしより上手だと言うのですか?」


 おっさんがチッチッチと人差し指を振りながらヘビ捌きが甘いとタルトの腕を評価する。


「お前、やってみせるのです」

「フッフッフ……いいだろう。貸してみたまえ……」


 おっさんは自信満々にヘビのおもちゃを受け取ると――


「おおうっ。ヘビが逃げるっ。逃げるぞっ!」


 ――慌てたような声を上げながら、どじょうすくいを踊るように中腰になって左右の手の中で交互にヘビを滑らせた。まるで生きている蛇がおっさんの手から逃げようとしているかのような滑らかな動きに、イリーガルピッチは毛を逆立てさすがの3歳児も目を丸くして見入っている。


「見事なのです。お前のことはヘビマスターと呼ぶことにするのです」

「ハッハッハ……このおもちゃの扱いには自信があってね……」


 おっさん改め、ヘビマスターはヘビの口から釣り針のついた細い糸をだして、それを服に引っ掛ければ襲ってくる蛇に見せることもできると教えてくれた。タルトは大喜びだ。


「お礼に良いことを教えてあげるのです。【酒の女神】のお祭りで今の芸を奉納すれば、きっと喜んでヘビマスターに加護をくれるのです」

「芸を奉納?」

「あの女神は今見せたような一発芸が大好きなのです。ですが、同じ芸を繰り返してはいけないのですよ」


 創世の12神の1柱である【酒の女神】様は宴会芸が大好きなのだそうだ。言われてみれば、らしいっちゃぁ、らしい……


「この子はどうしてそんなことを知っているんだい?」

「こう見えても、タルトは精霊なので……」

「精霊っ。この子が精霊なのかっ?」


 人族と区別がつかないような精霊を目にするのは初めてだったらしい。裾を引き摺ったローブに布靴で厩にいるのに、汚れひとつ付いていないと知らされて息を飲んでいる。次席が街に出ましょうと呼びに来たので、ポカンとした顔でフリーズしたままのヘビマスターに商いが上手くいくといいですねと挨拶をして厩を後にした。






 看護士講座の場所を確認しておこうと、次席たちと一緒に浪人ギルドへ向かう。シルヒメさんは行軍中に溜まった洗濯物を片付けるため宿に残り、通りが狭っ苦しいのでイリーガルピッチもお留守番だ。

 この街の浪人ギルドは生徒しか利用しない魔導院正門前支所と違って、いかにも頑丈そうな造りの大きな建物。扉をくぐって中に入ると、いかにもガラの悪そうな浪人たちがたむろして……いなかった。


「人……少ないね……」


 建物の中はガラーンとしていた。8つある受付のカウンターも1カ所しか開いていない。


「看護士講座を申し込んだ者よ……場所を教えていただけると助かるのだけど……」


 カウンターで暇そうにしていた職員らしき髪の毛のないおっさんに、次席がギルドタグを差し出しながら尋ねる。ギルドタグというのは浪人が持つギルドの会員証みたいなものだ。


「よく来た少女よ。階段を2度上がりて辿りつきしフロアーに講習室がある。始まりの半刻前に扉は開かれるであろう」


 受講者名簿に次席の名前を確認した髪の毛のないおっさんが、予言者みたいに仰々しい言葉遣いで教えてくれた。3階の講習室ね。


「ずいぶん……閑散としてるのね……」

「日の最も高くなりし時に新たな依頼は掲示される。今、残りしは引き受ける者なき憐れな依頼のみ」


 依頼が書かれた紙を貼りだしている掲示板があるのだけど、あちこち虫食いになっている。誰も引き受けない仕事だけが残って、新しい依頼はお昼にならないと掲示されないらしい。


「見せてもらっても……かまわないかしら……」

「好きにするが良い」


 どんな依頼があるのだろうかと掲示板を見てみる。臨時の兵員募集に拠点までの物資輸送、前線に向かう商人の護衛が多いようだ。お約束の薬草採取やゴブリン退治といった依頼はなかった。


「薬草採りとか魔物退治はないんだね」

「素材を持ちたれば買取るは必定。時を限らぬゆえ掲示するは無用なり」


 いつの間にか髪の毛のないおっさんが近くに来ていた。内勤が主のギルド職員とは思えない筋骨隆々としたイイガタイをしている。退治ではなく魔物の素材を取ってくればいつでも買い取ってやるということらしい。


「残っている依頼……目的地が同じなのが多いわ……」


 掲示板に目を通していた次席が訝し気になにかあるのかと尋ねた。


「戦時徴発をするとの噂あり。持たざる者のみ応じるが吉」


 目的地となっている拠点で、戦時徴発と称して物資や素材を押収されたと浪人や商人から報告が来ているらしい。


「他領の領内でそんなことして問題にならないの?」

「伯爵、拠点の位置はきっと領外なんだよ。国外での戦時徴発には、ここの領主も文句は言えないんだよっ」


 なるほど、魔物の領域に侵攻してるんだから、軍が国外で行動する場合のルールが適用されるってことか。まさかクセーラさんに教えられる日が来るとは……


「ずいぶんとまた小賢しいことを考えるね。どこの貴族?」


 することがあまりにもセコイので、名前を覚えてやろうと残された依頼書に目を通す。


 『兵員募集…………アーレイ子爵領軍』

 『物資輸送…………アーレイ子爵領軍』

 『至急食料求む……アーレイ子爵領軍』


 …………覚えるまでもなかった。見なかったことにしよう……


「伯爵……」

「違うよっ。僕とは無関係だよっ。メルエラもそう言ってたからっ」


 なにやらかしてくれちゃってんだあの家はっ。僕はただ家名が同じだけって言い逃れできるけど、こんなことが実習に来ている先輩たちに知れたらアンドレーアやメルエラがどんな目で見られることか。僕の成績なんかより、よっぽど家の恥だ。


「サクラノーメに……依頼を請けさせてみようかしら……」

「やめて次席っ。それはマズイよっ」


 次席の考えはわかっている。脳筋ズの荷車も牽いている馬も魔導院からの借り物。つまり、経営者であるホンマニ公爵様の資産だ。浪人や商人は泣き寝入りするしかないけど、魔導院の持ち物を奪われて公爵様が黙っているはずがない。

 すぐ近くにホンマニ領軍が展開している状況で、火種を爆発させてやろうという魂胆だ。


「冗談だけど……すでに請けてしまっていたら手遅れだわ……大丈夫でしょうけど……」


 やばっ。その可能性を考えていなかった。すでに手遅れ……いや、イリーガルピッチなら追いつけるっ。

 だけど、次席は心配いらないと自信ありげだ。


「そのためにエリオヤージュを付けた……こんな不自然に依頼が残っていて……何かあると気付かない彼ではないわ……」


 そうだった。脳筋ズならダボハゼのように残っている依頼に飛びつくだろうけど、常識人の【皇帝】が付いていた。次席の言葉を証明するかのように、脳筋ズと【皇帝】がノコノコと浪人ギルドへやってくる。

 ずいぶんなご重役出勤でございますなぁ。


「なんだモロニダス。早いな」


 君が遅いんだよヘルネスト……


 とりあえず事情を説明して、アーレイ領軍の拠点には絶対に近づくなと念を押しておく。新しい依頼が掲示されるまで建物内にあるカフェで時間を潰していると、お昼に近づくにつれ浪人たちで賑わってきた。

 初めて見る種族もちらほら目につく。キツネ耳にフサフサの尻尾って、あれ本物なのか?


 しばらくすると、職員らしき人が残っていた依頼をひとつの掲示板に纏め、空いた掲示板を転がしていった。きっと、あれに新しい依頼を貼り出してくるのだろう。


 新しい依頼が貼り出されると掲示板の前は浪人たちでごった返す。脳筋ズが突撃しようとしたものの、罠依頼はアーレイ領軍に限らないのだからザリガニみたいに喰い付くなと【皇帝】に荷車の番を申し付けられる。

 そして、罠依頼がまとめられた掲示板の前では、アーレイ家の依頼人と思しき初老の紳士が引き受けてくれる浪人を探していた。


「商品を馬車ごと接収したそうじゃないか?」

「それは無礼を働いたからだ。無礼討ちが当然のところを徴発で許されたというのに、恩知らずが身勝手なことを触れ回っているだけだ」


 噂の真偽を問い質した浪人にバグジードの如き居丈高な態度で答える。アーレイ家ってのはこんなのしかいないのかね。これじゃ誰も引き受けたがらないだろうに……


「下僕、あの男はおかしいのです。魔力を感じてみるのですよ」


 僕の袖を引っ張ったタルトがそっと耳打ちしてきた。おかしい?


 周囲に人が多いので、僕では触れられるくらい近づかないと相手の魔力だけを感じることができない。人ごみに紛れて視界に入らない位置からこっそりと近寄り魔力を感じ取る。


 ……なんだこいつ?


 誰も依頼を請けてくれず、困った困ったと口にしている割に、その魔力からはまったく困っている感じが伝わってこなかった。むしろ、嬉々としているような感じすらある。

 タルトの言ったとおりだ。これはおかしい。ドMなのか?


 カリューア姉妹と一緒に荷車の番をしている脳筋ズのところに行き、あのアーレイ家の依頼人が言うことには一切耳を貸すなといい含めておく。目的はさっぱりわからないけど、なんらかの企みがあってあんなことをしているのだ。


「上層部に不和があるのかも……拠点の司令官と……補給の責任者との間に……」

「わざと味方の足を引っ張ってるってか?」


 次席が言うには、東部派はそういった状態に陥りやすい。西部派と北部派の一部は魔物の領域に接していて、魔物という目に見える脅威がある。南部派は南の国境線が他国と接していて、今のところ互いに友好的な態度を保っているけど油断はできない状況だ。

 東部派は北の国境線がドワーフ国に接しているけど、ドワーフが太陽の照り付ける明るい農村に攻め込んでくるはずもない。外敵がいないから内に目が向きやすいのだという。


「君たちも依頼を探しているのかね。このような立派な馬に荷車を持っているのなら、是非依頼を請けてもらいたいのだが……」


 【皇帝】が依頼を請けてくるよりも先に、馬と荷車に目を付けたアーレイ家の依頼人がきやがった。このデカ馬は鎧竜には負けるけど、普通の馬の倍以上の荷を牽けるからな。


「クセーラ……伯爵と下がっていなさい……」


 次席が相手の目に留まらないように僕とクセーラさんを引っ込ませる。僕のことを伯爵と呼んだのは、相手に僕がアーレイであることを悟らせないためだろう。


「おいモロニダス。お前もいちおうアーレイだろう。追っ払っえないのか?」

「ヘル君ダメッ!」


 残念ながら、迂闊なる男ヘルネストにそんな腹芸は通用しなかった。ムジヒダネさんが止める間もなく僕の家名を盛大にバラす。


「モロニダス? アーレイ……ご子息かっ?」


 ――僕の素性を知っている?


 迷っている暇はない。腰袋から『ヴィヴィアナロック』の魔導器を抜き出してアーレイ家の依頼人に向ける。


「これはっ? 拘束術式なのかっ!」


 服か装飾品のどれかに防御の術式を仕込んでおいたのだろう。渦巻く風の盾のようなものを発生させながら依頼人が飛び退いたけど、体に重なるように発生した水の壁からは逃れきれず腰と左腕をガッチリと拘束された。

 この初老の紳士はそれなりの地位にあって、アーレイ子爵が父や僕を疎んじていることを知っているに違いない。仲間を呼ばれる前にトンズラだ。


「サクラノーメッ出しなさいっ!」

「まっ、待ちたまえっ」


 状況を察したのか次席がムジヒダネさんに荷車を出すように命じる。動けなくなった依頼人が制止するけど、待てと言われて待つ奴などいない。クセーラさんがタルトを抱えて荷車に乗り込み、僕と次席に発芽の精霊が飛び乗ったところで荷車が動き出す。


「ぐわっ!」

「ウカツはエリオヤージュと駐屯地っ」


 動き出した荷車に飛び乗ろうとしたヘルネストを次席が蹴り落とした。ホンマニ領軍の駐屯地にはまだ魔導院の部隊がいる。先発隊はすでに出発しただろうけど、本隊は補給を整えてから出発の予定だ。


 ムジヒダネさんが荷車を人の流れに紛れ込ませると、拘束された依頼人の姿はすぐに見えなくなった。


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