60 遠征に出かけよう
夏のヴィヴィアナ様祭りが盛大に行われ、街が観光客で溢れかえるこの時期。たくさんの人々に見送られながら、魔導院の生徒たちはモウヴィヴィアーナを後にする。
遠征実習に行く生徒たちのパレードがお祭りの出し物のひとつになっているのだ。
集まった人々は冷やかし半分に激励の言葉を贈り勇者たちを送り出す。普段はあまり目にすることのない、ヒッポグリフなどの騎獣やいろんな使い魔を見られるので、子供たちに人気の出し物であるらしい。
コケトリスに騎乗している僕はパレードのど真ん中。シュセンドゥ先輩の鎧竜が総司令官役であるリアリィ先生の竜車を牽いているのだけど、そのすぐ手前というもの凄く目立つ位置にいた。本来であればプロセルピーネ先生と黒スケがいるはずの場所だ。
僕の前には3騎のヒッポグリフが並び、隣を行くのはハナちゃんに乗ったクゲナンデス先輩。首席は遠征実習には同行しないのだけど、いた方が見栄えが良いという理由でパレードのみの参加である。
次席たちは飼育サークルに1頭だけいるデカい馬に牽かせた荷車で、最後方の辺りにいるはずだ。
リアリィ先生の竜車は二階建ての箱型馬車の屋上に御坐を設えたもので、貴人用の豪華な椅子に腰かけた先生が見物に来た人たちに微笑みながら手を振り返している。御坐のすぐ後には、魔導甲冑に身を包んだワーナビー指導員と特別に貸し出されたシルヒメさんが控えていた。護衛と腰元役である。
「それではアーレイ君。怪我をしないよう、くれぐれもお気をつけて……」
街から出て、少し離れたところで魔導院に引き返す首席が声をかけてきた。
心配性だなぁ……
「看護士講座を受けるだけだから、心配しなくても大丈夫だよ」
「失礼しました。言い直しましょう――」
首席がコホンと咳払いをする。
「――例のふたりが怪我をしないよう、くれぐれも目を離さないでくださいませ」
「オゥ……ソイツは頭が痛い……」
お願いしましたよと言い残して、首席は迎えにきたモチカさんと街へ戻っていった。脳筋ズのお目付け役は【皇帝】の仕事なのに、どうして僕にお願いするかな?
モウヴィヴィアーナから2日かけて南下し、モウホンマーニ郊外へとたどり着く。軍事行動の実習なのだから、もちろん街中で宿など取らず領軍の練兵場を借りて野営だ。昨年も実習に参加している上級生はさすがに慣れていて、手早く野営地を整え夕飯の支度を始める。そして、初めて参加した4年生たちからは怨嗟の声が上がっていた。
靴擦れである。
騎獣や使い魔に騎乗できる一部の例外を除いて、ほとんどの生徒は徒歩なのだ。交代で荷馬車に乗っているものの、行軍を甘く見て対策を怠った人たちが揃ったように足を引き摺っている。どうやら毎年の光景らしく、即席の靴擦れ専用診療所が置かれ、治療の心得のある先輩たちが手当てに当たっていた。
「いだぁ~い。ぼうあるげな~い」
「我慢しろアホ」
両足に靴擦れが出来て歩けなくなってしまったらしい雪だるま先輩が、ブチョナルド先輩に担がれて診療所へと運ばれていく。競技会で大活躍した面影は欠片もない。
「いてて……モロニダス、なんだよあの鶏車は?」
サスペンションのない荷車で2日続けて御者をしていたヘルネストが、お尻を擦りながらタルトの乳母車を睨んでいた。
タルトと発芽の精霊は乳母車で行軍中もお昼寝していたし、シルヒメさんは貸し出されたのをいいことに、ちゃっかり乗り心地のいい竜車でリアリィ先生のお世話係を務めている。荷車に乗っていたはずのカリューア姉妹、ムジヒダネさんに【皇帝】の4人は徒歩と乗車を適度に織り交ぜることでダメージの蓄積を避けたので、お尻を痛くしてしまったのはヘルネストただひとりだ。
「御者に文句があると言うのなら、寮でおとなしくしてくれていても良かったのだよ。ヘルネスト君」
お前がついてきたがったから連れてきてやったのだと、【皇帝】がヘルネストに自分の立場を思い出させる。先輩たちのようにぶっ通しで歩き続けたいのなら変わってやろうと言われ、ヘルネストは御者を続けることを選択した。
モウホンマーニからは西へ向かう。5日ほど行ったところが僕たちの目指すハゲマッソーの街で、さらに2日ほど進んだところにホンマニ領軍が拠点を構えているらしい。
「アーレェェェイ。カッモォォォン!」
行軍6日目に到着した川沿いにある野営地は草ボウボウに荒れ果てていた。それを見たシュセンドゥ先輩が大声で僕を呼びつける。ハイハイわかっていますとも……
山狩りでイカス鎌の威力を目の当たりにした先輩は、次席のと同じような長い柄のついた鎌を用意していたのだ。
「薙ぎ払えっ!」
量産型ガラガラの魔導器を手に掲げたシュセンドゥ先輩が命令を下す。ラトルジラントの威嚇音が野営地に響き渡り、近くにあった気配が一斉に逃げていった。
さすがに僕ひとりで全部ってわけにもいかないので、リアリィ先生の竜車を留める場所を中心にバッサバッサと草を払う。川辺に水汲み場を整えたところでお許しを頂いて次席たちのところに戻ると、なぜか脳筋ズがへばりきってぶっ倒れていた。
「普通はこうなるものなの……草刈りに使い続けるような術式ではないのよ……」
次席のイカス鎌で脳筋ズに草刈りをさせたらしい。それほど広い範囲でもないのに3分の1をヘルネストが、残り3分の2をムジヒダネさんが刈ったところで動けなくなったそうだ。
「伯爵、何ともないのっ?」
「魔力が減った感じはしないから、半分も使ってないと思うよ」
自身の魔力の残量を正確に知ることはできず、魔力が減ったという感覚を覚えるのが半分くらいまで減ったときだと言われている。それまでは自覚できないのだ。脳筋ズのように疲労感を覚えてへばってしまうところで残り6分の1くらい。完全に使い切ってしまうと意識を失うらしい。
「魔力の量だけでなく……相性もいいのでしょうけど……呆れるしかないわね……」
なんて出鱈目な魔力なのだと次席がため息を吐いた。
「下僕、お散歩に行くのです。カブトムシを探しに行くのですよ」
ようやくひと息つけると思ったところに、元気いっぱいのタルトがおんぶしろと背中に圧し掛かってきた。コイツは行軍の間中この調子だ。僕たちがヒィヒィ言いながら行軍している間、自分だけは乳母車でグースカお昼寝していて、休憩や野営で止まると目を覚まして遊べ遊べと催促してきやがる。僕を休ませないつもりか?
「勘弁してよ。昨日捕まえたクワガタムシだって逃がしちゃったじゃないか」
「いつまでも捕まえていたらかわいそうなのです」
容赦のない3歳児におんぶを強要されていたところ、よく気が回るメイド精霊のシルヒメさんが剥いたナシを盛ったお皿を持ってきてくれた。夕ご飯までこれを食べていろと言うことらしい。食いしん坊は僕に乗っかることも忘れてさっそくモシャり始める。
休日のお父さんは皆こんな思いを味わっているのだろうか。シルヒメさんがいてくれて助かったよ。嫁に来てくんないかな……
翌日、ハゲマッソーの街に着いたところで先輩たちと別れ、僕たちは街の中に向かう。先輩たちは街の外にホンマニ領軍の駐屯地があるのでそちらで野営だ。
「子供だけとは珍しいな。領紋を見せてもらえるか?」
街に入るところで警備の兵に領紋を見せろと言われる。領紋というのはその人が所属している領を示す魔術の入れ墨みたいなものだ。アーカン王国では原則左手に刻むように決められていて、魔力を扱えれば自在に消したり浮かび上がらせたりさせることもできる。
前世での身分証やパスポートに当たるものなので、領紋がなかったり、色が黒くなっていると「怪しい奴め」と別室に連れて行かれて取り調べだ。
領紋は領民税という税金と引き換えに刻んでもらえて、領紋の色が納税の状態を表す。青なら納付済み。黄色は納税猶予。赤は滞納。黒は滞納が長期間に渡り領民資格を停止された状態だ。未成人の僕たちは緑で納税義務がないことを示している。
領紋のない人と黒くなっている人は「下人」と呼ばれ、国民や領民とは見做されず、国や領の整備した公共サービスを利用する権利もない。
次席が左手の掌に「クルミと乙女」のカリューア領の紋を浮かび上がらせる。たいていの場合、魔力を扱える人は掌。扱えない人は手の甲に刻む。掌に刻むのは、仕事で手を汚すことがない身分であるという意味らしい。
左腕のないクセーラさんは右手だ。脳筋ズは「烏の牙」というムジヒダネ領の紋を浮かび上がらせた。
烏の牙って……それ卍手裏剣じゃないか?
どうやら、ムジヒダネ家は本当に忍者軍団だったようだ。
皆、掌に領紋を刻んでいたけど、僕は顔の前で半分握った左手の甲に「魔法陣に瞳」の紋を浮かび上がらせる。掌に領紋を刻む意味を知らなかったので、手の甲にしてしまったのだ。
なんかこのほうが左手が燃え上がりそうでカッコイイ感じがしたし……
「見たことない領紋だな。こりゃどこの紋だ?」
「これ魔導院の紋なので……」
兵士の人には見たことないと言われてしまった。魔導院の紋は外国籍の教師や留学生といった国内に所属領のない人しか刻んでいない。僕はこれでも帰国子女なのだ。
「バカッ。先月その紋にケチつけて廃人にされた奴がいただろう。通達したはずだ」
「ゲッ。これがそうですかい」
後ろに構えていた上司らしき兵士に注意され、領紋を改めていた兵士が恐ろしいものを見てしまったかのように後ずさる。先月、ここを通った魔導院紋の持ち主?
それはプロセルピーネ先生で間違いない。いったい兵士に何をしたんだろう……
兵士は荷物を改めたりせず、すんなりと街の中へ通してくれた。僕たちが魔力を持っていることは明らかなので、タルトたちも精霊と言っただけで信じたようだ。
ハゲマッソーは街の外に魔物が出ることもあるせいか、四方を高い外壁に囲まれ、内に建物が密集する雑然とした街並みで道もあまり広くない。観光地であるモウヴィヴィアーナと比べるのが間違っているのかもしれないけど、細くて薄暗い路地がたくさんあって泥棒天国に見えてしまう。
「ここね……」
次席は広い通りに面し、入口に車寄せのある立派な宿に荷車を止めさせた。玄関のところに「はげまし亭」という看板がかかっている。カリューア姉妹と僕の部屋が取れたことを確認すると、脳筋ズと【皇帝】は他に安い宿を探すと言って荷車を出発させた。
「一緒じゃないの?」
「彼らは毎晩泊まるわけじゃないから……」
この宿は上流階級向けではないものの、身なりを気にする必要がある商人なんかが利用する宿で宿泊料もそれなりにかかる。僕たちは2週間以上この街に留まるので、生活の拠点としてこの宿にしたそうだ。
一方、脳筋ズたちは遠征中の領軍が浪人に依頼している仕事を請け負う予定。ほぼ寝るだけなので、高級な宿にする必要はないと次席は言う。
「別じゃないの?」
「この方が良い部屋が取れるから……」
次席は部屋をひとつしか取っていなかった。ふた部屋分の予算を併せてグレードの高い部屋にしてしまったようだ。応接間と居間に寝室がふたつある続き部屋。いわゆるスイートルームである。
大きなベッドがひとつの主人用と、普通のベッドがふたつある使用人用の寝室がついていた。
「アーレイと精霊たちに私で……主人用の寝室を使えばいいわ……クセーラには使用人の寝室を使わせるから……」
「待って姉さん。その分け方はいろいろおかしいよっ」
僕、タルト、シルヒメさんに自分と発芽の精霊で大きなベッドを使えばいいという次席に、使用人の寝室を使えと言われたクセーラさんが抗議の声をあげる。
「どこがおかしいの……クセーラがひとりぼっちなのは……いつものことでしょう……」
「ないよっ。姉さんはどれだけ私を仲間外れにしたいのっ」
不思議そうに首を傾げる次席に、6人もいてどうして自分だけひとりぼっちにされるのかとクセーラさんがベッドをバシバシと叩く。
「大丈夫……クセーラが寂しくないように……ちゃんと考えてきたから……」
次席は妹に微笑みかけながら、荷物の中から取り出した大きなぬいぐるみをクセーラさんに手渡した。
――あれはまさかっ!
「って、ゴレームたんじゃないっ。なんで姉さんが連れてきてるのっ?」
「これでひとりじゃないでしょう……姉さんはクセーラに……寂しい思いをさせたりはしないわ……」
「寂しいよっ。これが双子の姉のする仕打ちかと思うと、心が凍てつくくらい寂しいよっ!」
これなら寂しくないだろうという次席の心遣いは空振りに終わったようだ。ゴレームたんをジタバタと暴れさせて、自分も主人用の寝室で寝かせろとクセーラさんが駄々をこねる。
「まったく仕方のないクソビッチなのです」
大きなベッドの上でゴロゴロして遊んでいたタルトが、それほど望むならここに寝れば良いと最終決定を下した。
宿の食堂で提供してくれる食事は宿泊料に含まれていて、ルームサービスは別料金となる。高級な宿だけあって食事も美味しかったのだけど、腹持ちの良さそうなこってりとした肉料理は精霊たちに不評で、ルームサービスで焼き菓子を頼むことになった。
お風呂は共同の大浴場だ。寮ではないので、タルトとシルヒメさんには女湯に行ってもらった。
「あんな品質のいい石鹸……始めて使ったわ……」
お風呂から上がって部屋着に着替えた次席が、シルヒメさんの淹れてくれたお茶をすすりながら口にする。タルトの石鹸を借りたのだろう。香りがよく、泡立ちはきめ細か。流した後はスベスベでしっとりとした肌に仕上がるから女の子は喜びそうだ。
本来は変装を落とすのに使う石鹸だそうで、1回洗っただけでモロリーヌのメイクもきれいさっぱり落っこちた。ダブル洗顔は必要ないという。
「早く寝ようよ~」
精霊たちとおやすみしたいクセーラさんが急かしてくる。ゴーレム腕は取り外した状態だ。彼女の左腕は上腕部を3分の1ほど残したところでバッサリと切り落とされていて、そこからゴーレム腕を固定するための金具が突き出している。
この金具はお爺さんである前カリューア伯爵が最高の素材と技術を詰め込んだ魔導器。クセーラさん専用のゴーレムコントローラーで、残っている腕の骨と一体化していて外れることはない。寝るときは木製のキャップを柔らかい布で覆ったおやすみ用カバーを付ける。
「おやすみの時間なのです。クソビッチはおっきいベッドで休ませてあげるのですよ」
タルトはそう言って、シルヒメさんを連れて使用人の寝室へと姿を消した。
「えっ? なんでっ?」
「クスリナ……私たちも休みましょう……」
次席も発芽の精霊を連れて使用人の寝室へと入っていく。
「ちょっ……姉さんっ?」
「おやすみ、クセーラさん。また明日ね」
僕も使用人の寝室へと入り、クセーラさんにおやすみの挨拶をしてドアをパタンと閉める。ふたつあるベッドの片方を僕とタルトとシルヒメさん。もう片方を次席と発芽の精霊が使うようだ。クセーラさんにはお望みどおり主人用の大きなベッドでゴレームたんと休んでもらおう。
ひとりでね……




