58 再生鉄とゴーレムバカ
くっそ暑い夏のさなか、園芸サークルの鍛冶場では再生鉄の加工が急ピッチで進められていた。クセーラさんが薄々感づき始めているらしく、ここを嗅ぎつけられるのも時間の問題だという。
「急いでちょうだい……バカがやってくる前に……全部農具にしてしまうのよ……」
壊れた農具を残しておくと欲しがるから、全部新品にしてしまえと次席が作業を急がせているのだ。
「アーレイはよくこんな方法を知っていたな」
「秘密でも何でもないんですけどね……」
炉に壊れた農具を放り込みながらサンダース先輩が口にする。乳母車が完成した暁には、くっつく精霊のご機嫌を取る方法を教えるとタルトが約束していた。
農具に続いていくばくかの銑鉄と石灰を加え、先輩の持っていた雷を撃ち出す『ライトニング』の魔導器と『エアバースト』の魔導器を炉の上部から挿し込み、『ヴィヴィアナロック』で蓋をするように固定する。後は鋼が溶けるまでひたすら『ライトニング』を撃ち込み、充分に溶けたところで『エアバースト』を叩き込んで攪拌すれば溶けた再生鉄の出来上がりだ。
魔力消費が大きいと言われる『ライトニング』だけど、僕とサンダース先輩はひとりでも鋼を溶かしきることができた。次席は半分しか溶かせず魔力切れでダウン。これが相性の差ってヤツだ。
炉の底にはタルトから渡された古びた金属の槍が刺してあって、撃ち込まれた雷を地中に逃がしてくれるから、バックファイヤーを気にせずガンガン雷を撃ち込める。
先輩とふたりでヒャッハーしていたら、猿みたいだと次席に呆れられてしまった。
「これを公表する気はないのかい?」
「次席次第ですね」
サンダース先輩が試作してもらった再生鉄の肩あては、壊れた農具から作られたとは思えない出来だそうだ。ドワーフ鋼とは言えないけど、工師課程の先輩たちが鍛えた鋼より信頼できるという。
先輩たちの鍛えた品質がバラバラな鋼を練り合わせたものは、どうも焼き入れで失敗することが多く、騎士課程には焼きを入れずに使っている先輩もいるらしい。
「もうすぐ遠征実習だ。騎士課程の僕としては、軽くて頑丈で信頼できる防具を誰でも使えるようにして欲しいよ」
今のところ、再生鉄のことは西部派内のごく一部にしか公開されていない。この鍛冶場に立ち入れるのも限られた生徒だけで、他の派閥の先輩にはインゴットを渡して工作棟での加工をお願いしている。
西部派に再生鉄をもたらしたのは次席なので、彼女の意に反して情報をリークさせることは派閥の利益を損なう裏切り行為だ。唯一の例外が情報源で無所属の僕。先輩としては僕に公表して欲しいのだろうけど……
「次席に恨まれたくないですね。いろいろ気を遣ってもらってますから」
次席には園芸サークルに出資した配当もちょっぴり色を付けてもらっているし、ムジヒダネさんとの試合で儲けたお金からファイトマネーも頂戴した。僕を容赦なく利用するけど、一方的ではなくきちんと利益も渡してくれるから次席を敵に回す理由がない。
先輩と話している間に溶けた再生鉄がよい感じになってきたので次席に合図を送る。後の工程は工師課程の先輩たちがやってくれるので、僕の仕事はこれでおしまいだ。
「お疲れ様……暑かったでしょう……スイカを用意してあるわ……」
園芸サークルの休憩室で頂いたスイカは真っ赤に熟して、そしてよく冷えていた。汗もかいたし、喉も乾いているので実にありがたい。タルトは大喜びでスイカに噛り付いている。
「アーレイ……この前渡したお金……残っているわよね……」
ん? ファイトマネーのことかな?
次席が唐突に尋ねてきた。また出資話だろうか。
「まだあるけど? なんで?」
「浪人ギルドで看護士講座が開かれるの……あなたはプロセルピーネ先生に仕込まれているけど……資格は持っていないでしょう……」
浪人ギルドの認定資格である看護士は、治療士には及ばないけど傷付いた仲間の手当てをする技能を有しているという証だ。領軍が看護兵の募集をするときに、この看護士の資格を持っていることを条件にすることも多い。
この資格があると、お店で中級の魔法薬を購入できるようになる。摂取量に制限があるため、正しい用法を知っている人にしか販売が許されていないのだ。
「受講料は小金貨2枚……14日間の短期集中講座……場所は遠征実習で通過する街の浪人ギルド……」
北部派の西の方に位置する街で、浪人ギルドがあることからわかるように魔物の出没する領にあるのだけど、日程的に行き帰りとも遠征実習の先輩たちに同行できると次席が言う。
「そいつはいいな。実習がなければ僕も参加したいくらいだ」
一緒にスイカを食べていたサンダース先輩が、看護士の知識の中には兵員の健康管理や衛生管理も含まれるから、将来軍務に携わるのなら覚えておいて損はないと教えてくれる。
「それに、あのドクロワルって子に代わる治療士が必要になるだろうしね」
「えっ? どうして?」
「遠征実習では山狩りの時みたいに生徒を治療士として配置するんだが、プロセルピーネ先生はあの子を軍医のポジションに充てる気なんじゃないか」
正式に治療士となったドクロワルさんを治療士として配置するのは一見合理的と思えるけど、彼女への教育を第一に考えるなら軍医の仕事を学ばせた方がいい。弟子が治療士になった程度であのプロセルピーネ先生が満足するはずもなく、軍医をやらせる気でいるのだろうとサンダース先輩は考えているようだ。
「私も同意見……パナシャは軍医として後方に配置され……治療士のポジションに空きができる……」
看護士の資格があれば、遠征実習でも安全な治療士のポジションを確保できるだろうと次席がその狙いを明かす。
「自分だけ安全なところにいようなんて考えてたのかい。アーレイの索敵力は前線指揮官向きだと思うけどね」
「この国にふたりしかいない……ロゥリング族の能力に頼るべきではないわ……騎士が弱くなるわよ……」
「ごもっとも……」
先輩は僕を前線指揮官向きと言ったけど、生徒たちに僕をあてにさせるなと次席に指摘され降参した。
「アーレイ……あなたにお願いするわ……その能力の味を……サクラノーメたちに憶えさせないで……」
卒業して自領に戻ればもう僕はいないのに、ロゥリングレーダーは彼らから警戒心を失わせてしまう。発芽の精霊を連れている次席は、無意識のうちに精霊に護られて安心してしまっている自分に気が付いているそうだ。
前線部隊に配置されれば、僕はロゥリング族の能力を駆使して危険を回避しようとするだろう。脳筋ズが危険察知を他人任せにしてしまうことを次席は懸念しているのか……
「あなたの能力に慣れてしまわないように……アーレイには治療士のポジションにいて欲しいの……モロリーヌとして……」
「ちょっと待って。最後がよくわからない」
僕にレーダー役をしてもらっては困るから、安全な場所に引っ込んでいろというのはわかる。だけど、なんでモロリーヌが出てくるんだ?
「なんだい、モロリーヌって?」
「あんなこととか……こんなこととか……見た者の妄想を掻き立てる……いけない美少女よ……」
興味を惹かれたらしいサンダース先輩に、次席がこれまた想像の翼を羽ばたかせるような答えを返す。
「なにそれっ? いったい何考えてたのっ?」
「そんなこと……とても口にはできないわ……」
口でポッとか言いながら頬を赤く染めて目を逸らす次席。いったい何を妄想していたんだ……
「モロリーヌは死んだの。もう二度と現れないからねっ」
「いいえ……彼女は生きているわ……いつでもあなたのオムツの中に……」
次席がいいこと言ったみたいな顔で、誤解されるようなことを口走る。
「なんだ、アーレイは夜尿症だったのか」
サンダース……お前もか……
先輩がその歳でオムツなのかと、僕の恥ずかしい秘密を知ったかのようにニタニタ笑ってやがる。先輩を仲間外れにしてクゲナンデス先輩たちとお茶に行ったことをまだ根に持っているようだ。サークルの先輩たちに相談していい治療士を紹介してあげようと、救いの手を差し伸べる振りをして言いふらす気マンマンである。
「治療士ならプロセルピーネ先生で間に合ってます」
コケトリスを生み出したことからわかるように、ロゥリング族は生き物を扱うことに精通している。生物学や薬学といった分野では人族より進んでいるので、先生を超える治療士はアーカン王国中を探したって見つかりっこない。
「まあ待つんだ。もしかしたら、いい専門医の先生が見つかるかもしれない」
「夜尿症の専門医って、それ絶対怪しい人でしょう……」
前世と違って医療保険制度なんてないから、治療士に診てもらうにはそれなりのお金が必要だ。夜尿症の治療にお金をかけるもの好きなどおらず、専門医なんて趣味でやってる変態に決まっている。
夜尿症の話題をさっさと打ち切り、次席の提案を考慮する。先輩の言ったとおり悪い話ではない。看護士の知識は有用だし、魔力同調を覚えて治療士になれれば就職に困ることはなくなるだろう。
カッコイイ騎士、魔導器を作る工師、秘匿術式を編み出す術師といった花形職業に比べると、治療士は地味で人気がないらしく人手不足なのだ。
カリューア姉妹はふたりとも申し込むらしい。カリューア領も治療士が充分とは言えないそうで、正式な治療士には及ばずとも中級の魔法薬と治療術くらい使えるようになっておきたいそうだ。
せっかくだから、僕も併せて申し込んでもらうことにした。手に職をつけておいて損はないとシュセンドゥ先輩も言っていたしね。
「ウチの派閥には治療士になろうって奴がいないからなぁ」
サンダース先輩が脳筋ばっかりだとため息交じりに呟いた。その脳筋筆頭は先輩だと思いますけどね……
看護士講座の申し込みを決めた数日後、次席から緊急呼び出しがあった。
「バカに感付かれたわ……アジトに踏み込まれる前に……全部農具に変えてちょうだい……」
僕が看護士講座に申し込んだことを話したところ、自分の知らないところで僕と何をしていたのだとクセーラさんに迫られたらしい。次席らしからぬ失態だ。簀巻きにして部屋に放り込んできたので、動けないうちに壊れた農具を新品にしてくれという。
急遽集められた工師課程の先輩たちも、園芸サークルの財産をゴーレムなんかにされては堪らんと作業を急ぐ。
「ふんごわぁぁぁ!」
突貫作業で残っていた農具を溶かしていたところ、簀巻きにされたクセーラさんが尺取り虫みたいに這いずって突撃してきた。
「見つけたよっ。こんなところでコソコソ鋼を作っていたなんてっ」
「ここを突き止めたことは褒めてあげるわ……でも……少しばかり遅かったようね……」
すでに再生鉄は農具にされる寸前だ。ゴーレムの材料にできる鋼など残っていないと次席が言い放つ。
「そんなことっ。お天道様が許しても、この私が許さないよっ」
「残念だったわね……もう手遅れよ……そこで鋼が農具にされていくのを……おとなしく見ているといいわ……」
「まだ終わってないっ。諦めてたまるもんかっ」
なんだろうこのやり取りは……
クセーラさんの方が鋼の強奪を企む悪党で間違いないのだけど、その雰囲気と台詞のせいで次席が悪の女幹部に見えてきたぞ。
「やっておしまいなさい……」
「やめろぉぉぉ。私のっ。私のはがねがぁぁぁ!」
目の前で鋼が農具に変えられていく光景を見せられたクセーラさんが簀巻きのまま暴れようとするけど、戦闘員……じゃなくって、園芸サークルの人に押さえられてしまってどうしようもない。身動きを封じられたクセーラさんはどうしてこんな酷いことができるのだ。人の心がないのかと涙を流しながら次席を非難し始めた。
繰り返すけど、クセーラさんが強奪犯で、鋼は園芸サークルの資産である。
「姉さんには聞こえないんだね……農具にされてしまった鋼たちの哀しみの声がっ」
鋼たちの哀しみを背負っているらしいクセーラさんが、押さえていた戦闘員をはねのけて立ち上がった。戦いの道具にされるより農具のほうがマシなんじゃなかろうかと思うけど、クセーラさんの考えは違うようだ。この手で農具にされる宿命から救ってみせると盗人猛々しい。
「今さら何ができるというの……簀巻きにされているあなたに……」
「姉さんがどうしても鋼を農具にするっていうのならっ。お、おっ――」
なんだろう。また乙女ソウルだろうか。この前それで失敗したばかりだというのに……
「――おしっこするよっ。ここでおしっこしちゃうよっ。鍛冶場を汚しちゃうよっ」
なにやらいろいろ吹っ切れたらしいクセーラさんが、おしっこで鍛冶場を汚されたくなかったら鋼を寄越せと脅迫を始めた。これが学期末で12位の成績を修めた優等生なのかと思うと、言葉の代わりに涙が溢れてくる。
成績って何だろうね……
「愚かね……ここがどこだか忘れるなんて……」
次席があごをしゃくると、発芽の精霊が桶を持ってきてクセーラさんの足の間にセットした。
「クスリナッ?」
発芽の精霊が簀巻きの中に手を突っ込んでゴソゴソやり始める。クセーラさんが悲鳴を上げて逃げようとするも、園芸サークルの戦闘員に捕らえられてしまった。
「ここは園芸サークル……肥料の提供なら……ありがたく頂くわ……」
飼育サークルで発生する騎獣の糞を堆肥化するために、専用の施設を持っているくらいだから当然そうなるだろう。
鋼は溶かし終えたので、もう僕の仕事はここにはない。非業の最期を遂げるであろうクセーラさんの行く末を見届けるのも心苦しいので、ひと足先にお暇させてもらうことにする。お腹がタプタプになるまでお茶を飲ませてやれと指示を出している次席に断って鍛冶場を後にしようとすると、欲深き強奪犯が助けを求めてきた。
「はっ、伯爵っ。私を見捨てないでっ」
「クセーラさん――」
僕は笑顔のまま左手でサムズアップしてみせる。
「――グッドラック」
「違うよっ。それは今一番役に立たない言葉だよっ!」
そんなことを言われたってどうしようもない。ここは園芸サークル。次席のお城だ。
「まだオムツにしていなかったのですか。クソビッチは学ぶということを知らないおバカさんなのです」
呆れ果てたようなタルトは、放っておいてお昼ご飯を食べに行くのだと鍛冶場から出て行った。
「伯爵の裏切り者ぉぉぉ――――!」
タルトを追って外に出ると、鍛冶場からクセーラさんの絶叫が響いてきた。
罪人の魂に安らぎあれ……




