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道案内の少女  作者: 小睦 博
第2章 アーレイ家の娘

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52 かくれんぼの結末

 運動会2日目の今日も僕は診療所のお手伝いである。タルトとシルヒメさんも昨日に引き続いて迷子の待機所にいる。

 首席やモチカさんが案内してくる迷子やその親たちの対応に忙しく、ベリノーチ先生は子供たちの面倒を見ている暇がなかった。誰かが相手をしてくれなければ手に負えなくなってしまうと先生に泣き付かれたからだ。


 一般競技に比べれば魔術競技で怪我をする子は少ないので、今日は診療所から観戦する余裕がある。たった今、ムカデ競争の決勝戦でクセーラさんが1着になった。


 人型でないゴーレムを滑らかに動かすのは慣れてないと難しい。ギミック満載だったり、人より関節が多いゴーレム腕を普段使いしているクセーラさんだからこそ、ムカデの動きを再現できる。

 本物さながらに障害物をクリアするたび、観客席からは「キモイ」だの「コッチクンナ」だのといった声援が送られていた。


「本物の巨大ムカデみたいです……」

「巨大ムカデの毒腺も欲しいのよね~」


 ドクロワルさんは動きが気持ち悪いと身を震わせている。女の子らしくてかわいい。

 プロセルピーネ先生は、蛇やムカデ型の魔物は頭から潰すのが定石とされているから、騎士たちは毒腺ごと頭を吹き飛ばしてしまうのだとチラチラ視線を送ってくる。

 獲ってきませんよ……期待しないでください……


「まったくっ。あの方はっ」


 昨日と同じチアリーディングの衣装を着た首席が玉入れの結果にプンスカと怒っていた。自信満々で出場した【禁書王】が、去年の次席と同じく全部ホームランしたからだ。寮には入らずコテージ住まいの首席だけど、北部派なので紅百合寮チームに加えられている。僕と同じ紅組なのだ。


「そろそろ借り物競争だよ。準備しなくていいの?」

「このままでもよろしいでしょう」


 首席は全力疾走するような競技ではないからと、チアリーディングの格好のまま集合場所に向かった。迷子を捜しやすくするためって言ってたけど、実のところは視線を浴びるのが好きなんじゃなかろうか……


「オムツが欲しいのですか。持っていくのですよ」


 タルトがローブの袖口から取り出したオムツを蜜の精霊に渡している。今は借り物競争の決勝戦の真っ最中。汚い。さすが首席汚い……


 犬の足で地面に文字を書かせたり、オウムにたどたどしく発声させたり、人ではない使い魔を操って相手に目的のものを理解させるのが借り物競争の醍醐味だ。なのに、ひと言で目的物を正確に理解できる蜜の精霊を、精霊や魔獣と意思疎通できるタルトのところに寄こすなんて反則だろう。


 精霊が会話能力を持つからと出場禁止にされた僕や次席の立場はどうなるんだ……


 借り物競争は目的物の難易度が高、中、低と別れていて、着順によるポイントに難易度ごとの倍率をかけて順位が決定される。難易度高なら3倍。中なら2倍だ。

 首席は難易度高のオムツを手に1着でゴールしガッツリとポイントを稼いだ。紅組応援席の前で手を振って皆から喝采を浴びている。


「あれが……許されるんですか……」

「まさか、こんなことになるなんて……」


 乳幼児を連れている家族を見つけて、赤ちゃんを怖がらせないように交渉しなければならないオムツは、審判長であるリアリィ先生としては最高難易度のものと考えていたらしい。確実にオムツを所持していて居場所も知れている。数秒で蜜の精霊の欲しいものを理解してしまう存在など想定していなかったと先生は頭を抱えてしまった。


 借り物競争の後はお昼の休憩を挟んで、僕の出場するかくれんぼだ。


 かくれんぼは各組からハイドと呼ばれる隠れる生徒が8名。シーカーと呼ばれる探す生徒が2名参加する。ハイドはお昼前にハチマキ型の魔導器を受け取ってお昼の間にどこかに身を隠し、シーカーは競技開始と同時に探し始める。


 シーカーには懐中電灯のような光を発する魔導器が渡されていて、この光に照らされるとハチマキに相手の魔導器と時刻が記録され見つかったものと見做される。シーカーの魔導器には一番近くにいる他の組のハイドとの距離を色で示す表示窓も付いているので、最後まで隠れ続けるのは案外難しい。


 競技時間は1刻。競技エリアは教養課程エリア内で建物の中に入るのは禁止。ハイドはハチマキ型魔導器を頭部に巻いておくのがルールだ。競技中に競技エリアから外に出たり、ハチマキを頭から外すといった禁止行為をすると、それもハチマキに記録されてしまう。


 僕はハイドなのでリアリィ先生からハチマキを受け取る。紅組なので赤い色のハチマキだ。準備を整えた後、タルトとお昼を食べてゆっくりしていたところで競技が始まった。競技開始の合図と同時に、審判席の前に集まっていたシーカーたちが一斉に散ってゆく。

 黒組のシーカーのひとりはバグジードか……


 シーカーは他の組のハイドをひとり見つけるたびに15ポイントを得て、ハイドは見つからずに隠れていた時間によってポイントを得る。ただし、競技終了まで見つからなければボーナスが付いて100ポイントだ。


 競技が始まってしばらくすると、見つかってしまったハイドがポツポツと戻ってきた。審判席の先生にハチマキ型魔導器を返却しポイントを計算してもらっている。この競技のコツを掴んでいない新入生だろう。

 いかにもな所に隠れて動かないのは下策だ。上手いハイドほどシーカーの動きを把握できるところに潜む。懐中電灯の光は10メートルしか届かないから、近づかれなければどうということはない。


 競技が後半に入ると上級生ハイドたちも見つけられて戻ってきた。ハイドが少なくなってくると、挟み撃ちに会ったりして逃げるのが難しくなってくるのだ。


「あと残ってるのは誰だ?」

「紅組の生徒がひとり残ってますわ……」


 審判の先生たちの話し声が聞こえてくる。終盤になって、僕以外のハイドはすべて見つけられてしまったようだ。紅組のシーカーはもうやることがないので審判席の前でまったりしていた。


 まだひとり残っていると答えたリアリィ先生の視線がこちらに向く。タルトは最初から知っているし、ロゥリングレーダーを持つプロセルピーネ先生には当然バレバレだ。こっちを見てニヤニヤ笑っている。

 魔力による探知なしで僕に気付いたのはリアリィ先生だけだった。こんなに近くにいるというのに……


「おね~ちゃん。お本読んで~」


 近くにいた5歳くらいの女の子が絵本をおねだりしてきたので一緒に読んであげる。お昼ご飯の後で眠くなってきたのか目を擦り出したので、毛布を掛けてそのままお昼寝させてあげた。

 ひとりがお昼寝を始めると、周りの子たちも釣られたのかお昼寝タイムに突入だ。タルトも一緒になってムニャムニャしている。


「モロリーヌちゃんはいいお姉さんですね~」


 ベリノーチ先生……僕ですよ。気付かないんですか……


「モロリーヌ・イレーアさん……王都出身……7歳の女の子ですか……」


 僕の正体に気付いているリアリィ先生が、迷子から聞き出したプロフィールが書かれた紙を手にしながら睨みつけてくる。


 そう、僕は迷子になった7歳の女の子の振りをして、競技開始前からずっと迷子の待機所に潜んでいたのだ。作戦の発案者はタルト。僕ほど小さい生徒はいないから、ひと目で僕だとわかってしまう。だから、僕と同じくらいの子がいてもおかしくないここに隠れろといたずら3歳児は言った。


 タルトが【思い出のがらくた箱】から取り出した栗色の髪のかつらを被り、髪をツインテールにして左側の髪をハチマキ型魔導器で束ねている。右側はよく似た赤いリボンだ。頭部に着けているのだから、ルール違反はしていない。

 衣服はプロセルピーネ先生から赤くてフリルの付いたお出かけ用子供ワンピースと白のタイツに靴もあわせて借りておいた。


 飼育サークルの座敷部屋で変装し、適当にでっち上げたプロフィールで待機所にチェックイン。後は子供たちの相手をしながら競技の様子を眺めていただけである。


 シーカーたちはハイドとの距離を示す魔導器をもっているけど、僕が競技エリアのど真ん中にいるとは思わない。競技の開始前に魔導器の動作確認に使ったハチマキ型魔導器がすぐ目の前の審判席に置いてあるせいで、そちらに反応したのだと勘違いしていることだろう。


 僕を探して駆けずり回っているバグジード君はお疲れ様である。程なくして、競技の終了を告げる花火が打ち上げられた。


「くそっ。まさか、最後まで見つけられないとは……」

「ふんっ。どうせ競技エリア外に出たに決まっている」


 他の組のシーカーたちが戻ってきた。バグジードは僕が競技エリア外に逃げたと思っているようだ。


 競技終了から半刻以内に魔導器を返却しなければポイントは無効となる。リアリィ先生がくいくいっと顎をしゃくってさっさと出て来いと催促するけど、戻ってこないんじゃないかと期待させた方が面白いだろう。


「もう充分に楽しんだでしょう。ねぇ、モロリーヌさん……」


 ギリギリまで焦らしてやろうと思っていたのだけど、リアリィ先生に首根っこを掴まれて引き摺り出されてしまった。


「何ですか先生。この子は?」


 白組のシーカーは、まだ僕が競技の参加者だと気付いていないようだ。左側の髪を束ねていたハチマキを解いてリアリィ先生に返却する。


「これですべての魔導器が返却されました。紅組モロリーヌさんに100ポイントです」

「なっ……」

「バカなっ。そいつは競技エリア外にいたはずだっ」


 僕のハチマキを確認したリアリィ先生がポイントを宣言すると、バグジードがおかしいと喰ってかかる。


「モロリーヌさんは最初から迷子の待機所におりました。競技エリア外はおろか、審判の目の届かないところにも行っておりません」

「だけど……こんな生徒、紅百合寮には?」

「僕だよ。バグジード……」


 わかってないようなので、かつらを取って種明かしをしてやった。審判席の方でプロセルピーネ先生が笑い転げているよ。


「アーレイだとっ!」


 座敷部屋で着替えた時にシルヒメさんにメイクまでしてもらったのだけど、そんなにわからないもんなのかね?


「ええっ。アーレイ君なんですかっ?」


 ドクロワルさんもビックリしている。鏡を見てないからわからないけど、シルヒメさんの変装は恐ろしく完成度が高かったようだ。


「か、か――」


 首席が両手を頬に当ててプルプル震えている。なんだろう?

 かわいいとか言われても嬉しくないぞ……


「――かくほぉぉぉっ!」


 なにいっ? 首席の叫び声とともに、これまたチアリーディングの格好をしたモチカさんが飛び出して、僕に向かって巻きつく精霊を伸ばしてくる。ヤバイッ。アレに囚われたらもう僕では逃げられない。

 だけど、僕の目の前に渦を巻く水の壁が出来上がって巻きつく精霊を弾き返した。


「モチカ……私の目の前で生徒をオモチカエリなんて許すと思ったのですか?」

「メル……邪魔立てするとあらば、あなたと言えども容赦はしません……」


 振り向いたら、本のような魔導器を手にしたリアリィ先生が僕の後ろに立っていた。先生が手にしている本は魔導器であり、そして先生の使役する精霊でもある。本の装丁の部分が精霊で、先生の告げた術式の魔法陣が描かれているページを自動で開いてくれるのだ。


 ひとつの魔導器に何十という魔法陣を刻んでも使いこなせない。使いたい魔法陣にだけ魔力を流すことなどできないからだ。だけど、開かれたページの魔法陣にだけ魔力を流すことなら不可能ではない。

 リアリィ先生は50種類以上の術式をこの魔導器ひとつで使い分けるという、実に非常識な魔術の使い手だった。


「あなたが私に容赦したことなんてあったかしら。在学中に一度も勝てなかったというのに……」

「くっ……」


 リアリィ先生が余裕の笑みを浮かべる。次席だったモチカさんがただの一度も勝てなかったという首席卒業生がメルクリア・リアリィ先生だ。


「あんたたち……お痛が過ぎるようなら、脇から大ムカデを生やしてやるわよ」


 一触即発といった雰囲気のところに、あっちで笑い転げていたはずのプロセルピーネ先生が止めに入った。


「やめてくださいっ。死んでしまいますわっ」


 首席もモチカさんも、リアリィ先生まで顔を青くして首を振った。プロセルピーネ先生はマジでそれくらいやってしまうからな。脇から生えた大ムカデに身体を這い廻られるなんて、考えただけでも気が狂いそうになる。


「競技が終わったんなら、さっさと診療所に戻りなさい」

「えぇぇ。モロリーヌちゃんには迷子たちの相手を……」

「ベリノーチ……その舌を引っこ抜いてザリガニの尻尾に変えて欲しいのかしら?」

「ひぃぃぃ……」


 ベリノーチ先生は僕に迷子たちのお世話を続けてもらいたかったようだけど、【魔薬王】のお許しはいただけなかった。


「じゃあ、すぐに着替えて……」

「なに言ってんのよ。もう競技には出ないんだから、そのままでいいじゃない」

「そ、そうですよっ。モロリーヌちゃんのままでいいんですっ」


 プロセルピーネ先生とドクロワルさんによって、僕は変装を解くことが許されないまま診療所に戻らされた。かつらも被り直し、片テールになってしまった髪は解いて、ドクロワルさんに首の後ろで束ねてもらう。


「ふふっ……とっても似合っています。かわいいですよモロリーヌちゃん」

「いや……女装が似合うって言われてもね……」

「わたしには弟しかいませんでしたから、こうやって妹にお洒落させてあげられる子が羨ましかったんです」


 鼻歌交じりに僕の髪を束ねていたドクロワルさんが、上機嫌でかわいい妹が出来たと頭をナデナデしてくる。なんてこった。完全に保護者モードに入ってしまっているじゃないか……


「お姉さんはサバイバルランナーに出てきますので、モロリーヌちゃんはお留守番をしていてくださいね」


 ドクロお姉さんが競技に出場するため診療所を後にする。かくれんぼが終わって紅組がポイントトップになったけど、安心できるほどのリードはない。

 勝敗は運動会の最後を飾るチーム戦種目。サバイバルランナーに持ち越された。


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