53 勝利の行方
サバイバルランナーの競技内容そのものはただの5キロマラソンだ。各組から12名の選手が出場し着順を競う。ただし、他の組の選手と接触した選手は失格というルールが、ただのマラソンをチーム戦へと変えていた。
サバイバルランナーに出場する選手は大きく分けて3つの役割に割り振られる。
ポイントマン……完走してポイントを得ることを目的とするランナー。
アタッカー……他の組のポイントマンに接触して失格させる。
ディフェンダー……他の組のアタッカーと相打ちになり、ポイントマンを護る。
さらに、特殊な役割がふたつある。
デコイ……ポイントマンの振りをしてアタッカーを引き付ける。失敗した場合は完走してポイントを得る。
チェイサー……ポイントマンとして参加。競技の終盤に各組のポイント差、各ランナーの順位などから最終的なポイントを計算し、ポイントマン若しくはアタッカーの役割を果たす。
そして各組にひとつずつ倍付けメダルと呼ばれる表面に「×2」と刻印されたメダルが渡されていて、このメダルを所持しているランナーは通常の倍のポイントを得られる。もちろん誰が持っているかは極秘。アタッカーにとっては最優先撃破対象であり、ディフェンダーにとっては最優先護衛対象となる。
このメダルを持ったランナーをいかに上位でゴールさせるかというのがこの競技のキモだ。そのために、各組とも様々な作戦を考えてくる。作戦会議の盗聴に偽情報のリークなどは、もはや当たり前といえた。
マラソンコースは運動場から出て魔導院内をぐるっと回ってくるコースとなっていて、周回遅れの選手がトップの選手を潰すことはできない。
スタート地点は各組ごとにコースの入口から等距離に離して設置され、競技開始と同時にコースの入口に選手たちが殺到し激しい潰し合いが行われる。アタッカーやディフェンダーが活躍する場面だ。
ポイントマンたちがコースに出て行ったあとは普通のマラソンと変わらない。どこかにチェイサーが潜んでいることを除けば……
「弟子もわざわざこんな荒っぽい競技に出なくってもいいでしょうに」
ドクロワルさんの代わりに診療所で待機しているプロセルピーネ先生がブツクサ文句を垂れている。魔術競技で一番怪我をしやすいのがこのサバイバルランナーだ。潰し合いでタックルされる子もいるからね。
「開幕ダッシュで遅れるでしょうから、潰し合いに巻き込まれることはないんじゃないですか」
ドクロワルさんの足ならポイントマンかデコイってとこだろう。瞬発力はないけど持久走には強いから。
話している間に準備が整ったようだ。スタート地点に集まった選手たちは各組の色で染められたランニングを体操服の上から着けている。相手に触れられると緑色に変わって失格となったことを示す魔導器である。
白組のスタート地点にドクロワルさんがいた。思ったとおりポイントマンのようで、ディフェンダーらしき選手たちに囲まれている。
紅組に目をやればヘルネストとムジヒダネさんの姿が見えた。アタッカーだろうか最前列に位置取っているぞ。
競技開始の大砲が鳴らされるとともに全力ダッシュで一番に飛び出していくのはアタッカーだ。アタッカー同士は潰し合わずにすれ違い、その後ろにいるポイントマンたちへと襲い掛かる。その前にやらせるものかとディフェンダーが立ち塞がった。
アタッカーかと思った脳筋ズは、他の組のアタッカーとすれ違った後、くるりと向きを変えコースの入口へと駆けこんでいく。デコイ?
いや、アタッカーの振りをしたポイントマンか。大胆な作戦に出たようだけど正解だったようだ。ポイントトップの紅組は白組、黒組の両方から狙われて後続は壊滅状態となっている。
白組と黒組のディフェンダーが互いに潰し合い、その隙にポイントマンたちがコースへと突入していく。コースに入れたのは白組と黒組が互いに3人ずつ。紅組はトップを行く脳筋ズのふたりだけのようだ。
ドクロワルさんも無事コースに入っていくのが見えた。
「いや、ウチらは最初っからあのふたりに賭けてたから」
紅薔薇寮の3年生の手当てをしながら話を聞いたところ、ポイントトップで両軍から潰しにかかられるのは目に見えていたので、ポイントマンを飛び出ささせて後続は全部デコイという作戦を取ったらしい。
すると、メダルを持ってるのはムジヒダネさんか……
「ポイントマンがあのふたりでは心配ですわ……」
開幕の潰し合いで怪我をした選手の手当てが一段落付いたところで、なぜかお手伝いをしてくれていた首席がため息を吐く。
紅組にはポイントを計算してレースを動かすチェイサーがいないから、首席の心配もわからないではない。自分が勝つことしか考えていない脳筋ズに、チェイサーの役割なんて期待するだけ無駄だろう。
「どの組もメダルを持ったランナーはコースインしたみたいだしね」
「メダルを所持している人がわかって……またロゥリング族の能力ですの?」
「違うよ。やり遂げたような顔をして手当てを受けに来た選手から、それとなく役割を聞き出したんだ。白組も黒組もディフェンダーだったから……」
白組も黒組もディフェンダーがその役割を果たした。つまり、メダルを持ったランナーを護りきったということだ。
「顔に似合わず抜け目ないんですわね……」
「顔ってなにさ。間抜け面だって言いたいのっ?」
「もちろん、可愛らしいという意味ですわよ」
満面の笑みを湛えた首席が「モロリーヌちゃんはかわいいでちゅね~」とほっぺをツンツンしてくる。ドクロワルさんといい首席といい、どうして僕を年下の女の子扱いしたがるんだ?
「あ、戻ってきたよ」
首席に遊ばれていたところで先頭のランナーが運動場に戻ってきた。黒組のランナーだ。脳筋ズは抜かれてしまったようだけど、すぐ後ろに喰らい付いている。その数メートル後ろには白組のランナー。この4人がトップグループのようだ。
運動場に戻って、トラックを半周したところがゴールライン。4人とも負けるものかとラストスパートをかける。
バックストレートを抜けて最終コーナー、ムジヒダネさんが外側から被せるように先頭を行く黒組のランナーに並びかけていく。
ヘルネストはそのすぐ後ろ。白組のランナーも差を詰めてきた。
最終コーナーを回って最後の直線。曲がり切れなかったのか、はたまたふらついたのか、ムジヒダネさんの進路が外側に膨らんだ。並んでいた黒組のランナーとの間が開く。
目の前に空いたスペースにすかさずヘルネストが飛び込んだ。いいぞヘルネストッ!
――ムジヒダネさんにだけは絶対に負けるなっ!
サバイバルランナーはチーム戦だ。各組の順位を決定する運動会の最終種目だ。だけど、忘れてはいけないことがひとつある……
1年間夕飯に一品追加という豪華賞品は、一番多くポイントを稼いだ『寮』のものだ。
組ではない、寮である。僕たちが倒さなくてはいけないのは白組でも黒組でもない。紅百合寮こそ真の敵なのだ。
かくれんぼの結果、紅薔薇寮は紅百合寮を35ポイント上回った。サバイバルランナーのポイントは、1着が100、2着が60、3着が40、4着が30となっている。
ヘルネストがムジヒダネさんより先にゴールすれば、たとえ倍付メダルがあったとしても逆転されることはない。ムジヒダネさんは足が速くて素早いけど、持久走なら体力のあるヘルネストの方が有利だ。
疾れヘルネストッ! 僕たちの夕飯のためにっ!
ヘルネストがトップに並びゴール前横一線。ここから抜けてくるのは――
「うへえっ!」
ヘルネストがトップに並んだ瞬間。ムジヒダネさんが体当たりを敢行した。
同じ組の選手だから、ふたりが接触しても失格にはならない。だけど、不意打ちで体当たりを喰らったヘルネストは最内にいた黒組のランナーに突っ込んだ。両者失格である。
罠だった。スペースを開けたのは、ヘルネストと黒組のランナーをまとめて潰すためにムジヒダネさんが仕掛けた罠だった。
勝利のためならば許嫁すら犠牲にするムジヒダネクォリティ。【ヴァイオレンス公爵】にゴール前の熾烈なデッドヒートなどという展開を期待してはいけなかったのだ。
――ギョエェェェ――――!
紅薔薇寮生たちの絶望に満ちた悲鳴が響いてくる。やっぱりヘルネストは迂闊な男だった。あんな手に引っかかりやがって!
――ギャアァァァ――――!
続いて今度は女の子たちの悲鳴が上がった。なんだ?
いや、ムジヒダネさんのランニングの色が緑色に変わっている。失格となったことを示す色だ。ヘルネストとの接触でではない。白組のランナーが猛ダッシュしてムジヒダネさんに接触していた。
なぜここで両者失格を選んだのだとムジヒダネさんに睨みつけられた白組のランナーは、何も言わず左手の親指で後ろを指し示す。
走ってくるのは単独5位につけていた白組のランナー。ドクロワルさんだった。
失格となったトップグループに軽く会釈しながら通り過ぎ、両手を振りながら1着でゴールラインを通過する。その手には、陽光を反射して煌めくナニカが握られていた。
まさか……
――キャアァァァ――――!
白組の応援席から女の子たちの歓声が沸き上がる。倍付けメダルだ。よりによって、メダルを持ったランナーを1着でゴールさせてしまったのか。
白百合寮に200ポイント。そして、紅薔薇寮も紅百合寮もノーポイントだ。余裕で逆転され、夕飯に一品追加の権利は白百合寮のものとなった。
「あの白組のランナー、チェイサーでしたのね……」
首席が感心したように呟く。ヘルネストかムジヒダネさんの片方を潰しても、ドクロワルさんは3着で80ポイントだ。紅組もポイントを得るから逆転するには足りない。
だけど、ヘルネストと黒組のランナーが失格となれば、ドクロワルさんを1着にして紅組をノーポイントで抑えられる。
ゴール前のあの状況で自分の役割を忘れず、一瞬で後ろに続くランナーを確認して逆転の策を考えついたのか……
「これは白組のチェイサーが見事だったと言う他はないね」
「いいえ。紅組のポイントマンがヴァカだったとも言えますわよ……味方を潰すなんて……」
うおぅ。首席が微笑みながら怒りのオーラを発している。「お仕置きが必要ですわね……」と呟きながら、ノシノシと診療所から出て行った。コテージ住まいの首席に夕飯の一品は関係ないけど、最終競技でポイントを得られなかった紅組は、総合ポイントで白組はおろか黒組にも抜かれて最下位転落だ。首席としては許せないのだろう。
運動場の真ん中ではドクロワルさんと白組のチェイサーだった3年生の胴上げが行われ、同時に戦犯である脳筋ズが怒り狂った紅組の生徒たちに追いかけられていた。
「終わりの時間に申し訳ありませんけど、最後にお願いいたしますわ……」
閉会式が終わり撤収を始めようかと思っていた矢先、首席とカリューア姉妹がボロボロになった脳筋ズを連れてやってきた。こっぴどくお仕置きされたようだ。
「じゃあ、モロリーヌちゃんお願いしますね」
「迷子に手当てなんてやらせてんのか。嬢ちゃん親はどうしたんだ?」
ヘルネストはかくれんぼの結果を見ていなかったのか、僕だとわからないようだ。ドクロワルさんとプロセルピーネ先生が後ろでプークスクスと笑っている。
「ソレ、アーレイ……ヘンソウシテル……」
「モロニダスッ?」
「伯爵なのっ?」
発芽の精霊は気付いていたようで僕の正体を言い当てた。カリューア姉妹と脳筋ズは目を真ん丸にして驚いている。ドッキリの仕掛け人である首席はお腹を押さえて笑っていた。
「化けたわね……迷子の女の子にしか見えないわ……」
「ちょっと、次席っ」
次席が白いタイツに包まれた脚をツンツンしたりスカートの中を覗こうとしている。
「まさか……女の子の下着を身に着けているの……」
「穿いてないっ。穿いてないから見ないでよっ」
「これで伯爵もビッチ仲間だねっ。伯爵はなに? モロビッチ? それともゴブビッチとか?」
クセーラさんがニヤニヤ笑いながらタルトに尋ねている。やばいっ!
「下僕はオムツを穿いているのです。お前たちのようなビッチとは違うのです」
「だあぁぁぁ。いっちゃダメェェェ!」
僕が穿いているのはオムツだった。タルトから女児用パンツとオムツの2択を迫られて、最後の一線を超えてはいけないと男女兼用のオムツを選んだのだ。あくまでも競技のために変装したのであって、変態に身を落とすつもりはこれっぽっちもない。
「モ、モロリーヌちゃんはオムツなんですかっ?」
衝撃の事実にドクロワルさんがプルプル震えている。
ああぁぁぁ……。一番知られたくない人に知られてしまった。
皆、言葉を失ってドン引きしているよ。タルトのバカ……
「はぁ……さっさと手当てしちゃうから、ほら腕出して……」
「お、おぅ……」
知られてしまったものは仕方がない。さっさと手当てを終えてお引き取り願おう。
ヘルネストの腕の手当てを済ませて、続けて脚の傷に軟膏を塗っていく。突如として僕の背後で殺気が膨れ上がるのを感じ反射的に身を躱すと、僕の頭があった場所をムジヒダネさんの本気の蹴りが通り過ぎていった。
「なにっ? いきなり何するのっ?」
「モロリーヌは危険だわ。ヘル君の手当ては私がする……」
僕にはやらせておけないと、ムジヒダネさんがおぼつかない手つきでヘルネストの手当てを始めた。
軟膏は山盛りにするもんじゃないよ……
あーあー、ガーゼからはみ出ちゃって……
その包帯の巻き方じゃすぐに緩んじゃうよ……
なんとも見ていられない素人の手つきなのだけど、手出ししようにもムジヒダネさんが殺気を放って僕を近づけさせない。
「僕の手当てのどこが危険だって言うのさ?」
「姉さんどうしよう……伯爵が天然だよ……」
「確かに危険かもしれないわ……アーレイが……」
なんだろう。僕が毒でも盛ると思っているのだろうか。【魔薬王】じゃあるまいし……
「そうですっ。危険なんです。モロリーヌちゃんは白百合寮で保護しますっ」
「お待ちなさい。女子寮というわけにもいかないでしょう。私のコテージなら部屋が空いていますから……」
「モロリーヌちゃんは夜尿症なんですっ。治療士による治療が必要ですっ!」
こっちではドクロワルさんと首席がなにやら言い争っていた。
ちょっと待って。なんで僕が夜尿症にされているの?
「我が甥よ――」
かつてないほど真剣な表情をしたプロセルピーネ先生が静かに声をかけてきた。
「――夜尿症に悩んでいるのなら新開発の『ユデミミズ君DX』が……」
「いりませんよっ!」
なに皆、おかしなことを口走ってるのさっ。オムツショックで脳みそがやられてしまったのっ?




