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道案内の少女  作者: 小睦 博
第2章 アーレイ家の娘
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49 叛逆のクスリナ

 図書室での一件の後、僕は首席のコテージにお呼ばれして昼食をご一緒することになった。僕のせいでお昼ご飯がまだなのだとタルトが首席に訴えたせいだ。

 首席は実家の使用人を連れてきているから、お昼も自前のコックさんが用意してくれる。コテージに戻る前によく本を借りにくるそうで、それで僕たちと出くわしたらしい。


「よかったの? メロンまでご馳走になっちゃって」

「もちろんですわ。タルトさんが来てくださるとヌトリエッタも喜びますから」


 首席はメロンにビワに桃といった果物のてんこ盛りを出してくれた。精霊たちは大喜びで蜜をぶっかけて一心不乱にムシャっている。


「アーレイ君がタルトさんと契約してくださったおかげで、私やクゲナンデス先輩はずいぶんと助かっておりますの」


 なんのこっちゃと思ったら、蜜の精霊やくっつく精霊のご機嫌を伺うのはけっこう難しいのだそうだ。発芽の精霊は片言でも喋ってくれるし、ダカーポや雷鳴の精霊も音で何となく虫の居所を知らせてくれる。

 声も音も発しない蜜の精霊は仕種から読み取るしかなく、くっつく精霊に至っては何を欲しがっているのかさっぱりわからない。赤ちゃんの相手をするみたいに、何かを見せて反応を伺いながら要求を汲み取っていたものの、精霊たちが本当に満足してくれているのか不安に思うこともあったという。


 そこに要求を言葉にして伝えてくれるタルトがやってきた。


 首席はヒヨコさんワンピースを自慢していたタルトに、たまには違うものを着せてあげろと言われた。衣服は精霊の一部だと思っていたのだけど、蜜の精霊に衣服を縫ってあげたところ大喜びされたらしい。

 クゲナンデス先輩もくっつく精霊はタルトの髪がお気に入りだと思っていたのだけど、そうではなくて自分も同じように洗って欲しいのだと教えてもらった。香りのいいシャンプーで良く洗ってちゃんとリンスもしてあげたところ、これまで以上にフワフワモコモコになって喜びを表したという。


 使役者から精霊を取り上げてしまうタルトだけど、精霊の欲しているところを教えてくれるし、一緒にお昼寝させてあげると精霊たちもご機嫌になるそうだ。


「精霊のいないメルエラさんには、ちょっと誤解されてしまったようですけど……」

「誤解?」

「アーレイ君は『魔導院秘密のスポット百選』という書物はご存じではないかしら?」

「なにそれっ?」


 なんでも、こっそりと逢引できる場所をまとめた本が伝えられているらしい。メルエラが薦めてきた本棚の影もそのひとつ。

 そして、タルトがお昼寝に使っている飼育サークルの座敷部屋も載っているのだそうだ。言われてみれば、あの部屋は窓も扉も内から鍵をかけられるようになっているし、タルトがお昼寝部屋にするまではあまり使われることもなかった。


「頻繁にあの部屋に籠るものですから、メルエラさんが焦るのも仕方がないですわね」


 首席がいたずらっぽい笑みを浮かべてクスクスと笑う。


 メルエラが「クゲナンデス家やペドロリアン家に先を越される」と焦っていたのも、クゲナンデス先輩がお昼寝にくるとサンダース先輩がやけに落ち着かなくなるのも、やっぱりその本のせいらしい。

 なんてこった……僕はとっかえひっかえ女の子を逢引場所に連れ込む、種馬もビックリのナンパ野郎だと思われていたのか……


「下僕、下僕、お昼寝をするのですよ。今日はグルグルも一緒なのです」


 果物を食べ終えたらしいタルトがお昼寝を要求してきた。なんか蛇みたいにウネウネと動くロープを手にしている。グルグル?


「あら、見つかってしまいましたのね」

「申し訳ありませんお嬢様。隠していてもわかってしまうようです」


 タルトが持ってきたのは両端にハニワのようなものが付いたロープなのだけど、なんとモチカさんの使役する巻きつく精霊なのだそうだ。伸縮自在で自由に長さを変えられるので、普段は服の下に巻き付けて隠し持っているらしい。


 日向ぼっこできるところが良いと言うので庭に防水布を敷いてあげると、タルトは巻きつく精霊に命じて僕と自分をグルグル巻きにしてしまった。この精霊に巻き付かれると、もう人の力では逃げられないという。

 添い寝をする以外の選択肢を封じられてしまったので、3歳児と蜜の精霊にタルトのローブをかけてあげて僕も寝てしまおうか……


「……君が私の……に縛られて……じゅるり…………様、もう……できま……」

「今は……いけま……私だ……我慢して…………から……」


 何だろう、首席とモチカさんがヒソヒソ話し合っている。ロゥリング感覚が伝えてくる魔力の感じは……これは食欲かな?

 僕がいたからお昼を少なめにでもしたのだろうか。そんなやせ我慢しなくてもいいのに…………






 お昼寝を済ませたので首席にお礼を言ってコテージを後にし、試験対策でもしようかと寮に戻る途中、林の中から不穏な気配を感じた。


 何者かが見ているな……林に身を潜めて……

 待ち伏せか……バグジードは謹慎処分中のはず……


 処分中にやらかして期間延長されたら試験が受けられずに落第だ。試験前のこの時期にバカなことを……いや、アイツはそんなこともするバカか。

 残念だけどロゥリング感覚をもつ僕に待ち伏せなんて通用しない。タルトの手を引いて反対側の林の中へと歩を進める。ついてくるようなら、いったん人通りの多いところへ向かえば……


 ――なんだっ!


 いきなりジラントのような殺気が膨れ上がった。チャーリーの怨霊でも出たかっ?


 よし、厚生棟に向かおう。あそこなら人が多いし、チャーリーにとどめを刺した先輩のひとりくらいいる。怨霊ならそっちに向かうはずだ。飼育サークルまで逃げればサンダース先輩もいるだろうから、いざという時は生贄になってもらおう。


 3歳児をよっこいしょと抱っこして速足で厚生棟へと向かったところ、突然足が進まなくなった。足元の草が絡みついてくる。

 こいつは……


「わかっていたわ……あなたはこっちに来るって……」


 木立の中から次席と発芽の精霊が姿を現した。僕の足を捕らえているのは発芽の精霊の力だ。あっちの殺気は囮……いや、追い込み漁を仕掛けられたのか……

 後ろからヘルネストとムジヒダネさんが追い付いてきた。僕がチャーリーの怨霊と思ったのは【ヴァイオレンス公爵】だったようで、未だにムンムンと殺気を放ちながら僕を睨みつけてくる。


「……なんで逃げるの?」

「そんな殺気を撒き散らしながら追いかけられれば誰だって逃げるよ……」

「……わかるの?」

「ジラントが襲ってきたのかと思うくらいにね」


 待ち伏せに失敗して逃げられたムジヒダネさんがぶすっと頬を膨らませる。きっと、次席が網を張っていることは知らされず、ただ捕まえて来いと言われたんだろうな。


「相手の気配……正しくは放たれる魔力を感じ取る……ロゥリング族の特性だそうよ……」

「種族特性とは卑怯だわ……」

「あれほどの魔力を放ったら人族にだってバレバレなのです」

「サクラは不意打ちには向かないな……」


 ヘルネストに少しは気配を隠すことを覚えろと言われ、ムジヒダネさんは拗ねたようにプイッと顔をそむけてしまった。


「ムジヒダネさんに捕縛命令を出すなんて、何かあったの?」

「ずいぶん長いこと首席のコテージにいたわ……何の話をしていたの……鋼のことは……」


 僕を捕まえるように命じるなんて何事かと思ったら……

 発芽の精霊にイヤイヤされたというのに次席はずいぶんと再生鉄にご執心のようだ。


「え~と、『魔導院秘密のスポット百選』とかいう本の話とか……」

「モロニダスッ。おまっ!」


 うわぉ。次席とムジヒダネさんがもの凄いジト目になって僕を睨んでくる。この反応からすると全員本の内容を知っているんだな。そんな有名だったのか?


「首席がアーレイに色仕掛けを……それとも首席を連れ込もうと……」

「違うからっ。タルトのご飯とお昼寝だからっ!」


 ムジヒダネさんが「ゴブリンは魔物。ゴブリンは魔物……」と繰り返し呟きながら指をワキワキと動かしている。


「懐柔されて……鋼の秘密を漏らしては……」

「いないよ。というか発芽の精霊に反対されて諦めたんじゃなかったの?」

「再生鉄という呼び名からすると……壊れてしまった鋼を元に戻せるのでしょう……」


 さすがは次席。呼び名からおおよその見当をつけていたようだ。農具の修理が可能になれば園芸サークルの費用を圧縮できるから、サークルを束ねる者として簡単に諦めるわけにはいかないらしい。

 思ったとおり、園芸サークルに宝の山が眠っていたか……


「壊れた鋼の農具があるんだね?」

「ゴロゴロしているわ……直してはいるのだけど……またすぐに壊れてしまうの……」


 おそらくは折れてしまったところを継ぎ足したりしたのだろう。残念だけどそれは上手くいかない。農具というものはてこの原理を利用しているから、意外に大きな力がかかるものだ。硬さの違う鋼を継ぎ足したのでは耐えられなかったのだろう。

 修理したければいったん溶かして、均一な強度を持った鋼で作り直したほうがいい。


「でも、そうなるとクセーラさんのゴーレムは?」

「クセーラには内緒……大事な農具を……バカゴーレムにされては堪らないわ……」


 なるほど、それでこの場にはクセーラさんがいないのか。お姉さんにハブられたと知ったら、きっとまた泣くな……


「私……いえ……クスリナを説得する手段があると言っていたわね……」

「いや、次席の精霊なんだから次席が説得して……」

「サクラノーメ……おやり……」

「なにも言わずに僕に任せてくれないかな」


 自分が使役している精霊を僕に丸め込ませようだなんて、しかも失敗したら【ヴァイオレンス公爵】の拷問フルコースが待っている。なんて酷い話だろう。

 面倒だからこの手は使いたくなかったんだけど……


「タルト。発芽の精霊を説得してもらいたいんだけど……」

「そんなことはお断りなのです」


 3歳児は全力でイーッしてくる。やっぱりそうくるか……


「いい鋼がないと、いいバネは作ることができないんだよ」

「バネくらい知っているのです。そんなもの別に欲しくないのです」


 ほう……いらないと言うか……


「魔導院の道はどこもガタガタの石畳だよ。いいバネがないと乳母車なんて乗っていられないよ」

「わたくしにど~んと任せるのです」


 任せておけとふんぞり返ってドヤ顔で胸を叩く3歳児。この世界の人も精霊も現金な奴ばっかりだ。己の意地を貫き通さんとする漢は僕だけだな……


「【萌え出づる生命いのち】、【忍び寄るいたずら】が命じるのです。今すぐこの者たちにわたくしの乳母車を作らせるのですよ」

「ギョイッサー!」


 うおぅ。3歳児はいきなり権力に訴えやがった。ヴィヴィアナ様すらパシリ扱いするタルトの命令に、発芽の精霊は踵をピタリと揃え左手を腰の後ろにまわし、右手を前方斜め上にズビシッ!と突き出したポーズで軍人のように返答する。

 ギョイッサーって……御意ってことか?


「【萌え出づる生命】……それがクスリナの……精霊としての本当の名なの……」

「今はまだ違うのです。使命を果たした時に、その名がクスリナへ贈られるのです」


 ご褒美と言うことか。タルトに二つ名を贈られたシルヒメさんは涙を流して喜んでいたし、発芽の精霊もガッツリやる気になってくれたようだ。


「さっそく取り掛かるのです」

「ギョイッサー」


 はて……なぜ僕と次席に草が絡みついてくるのかな?


「イマスグハジメル……ハケ……」

「今すぐって、まだ準備も何も……」

「そうね……夏の課題でやることに……クスリナ……?」


 おおぉ……草がギリギリと体を締め上げてくるぞ……


「イマスグトイッタ……」

「ちょっと、次席っ。何とかしてよっ」

「クスリナ……鋼は夏の間に……むぐぐっ……」


 ヤバイッ。次席は頭のてっぺんまで草に覆い尽くされてしまった。使役者の言うことを聞いてない。暴走状態だ……


「わっ、私たちまでっ……」

「おい、モロニダスッ。何とかしてくれっ!」

「ニガサナイ……」


 雲行きが怪しくなってきたのを感じて、こっそり逃げ出そうとしていた脳筋ズが伸びてきた草に捕まった。周囲の植物を操る発芽の精霊は、自分の力の及ぶテリトリー内ではめっぽう強い。何十本何百本という草が相手では【ヴァイオレンス公爵】すら手も足も出ないのだ。

 接近戦を得意とするムジヒダネさんにとっては天敵のような精霊である。


 次席はもう「ムー、ムー」と唸っているだけで役に立ちそうもない。状況を打開できるのは……タルトだけだっ。


「タルトッ。見てないで助けてよっ。ご褒美が効きすぎてるよっ」

「さっさとわたくしの乳母車を作れば良いのです」

「まだ大きさも何も決めてないじゃないかっ。鋼を作るのはその後だよっ!」

「むぅ……それなら仕方ないのです」


 まずはどんな乳母車にするか決めるのだとタルトに言われ、ようやく発芽の精霊は拘束を解いてくれた。


「酷い目に遭ったわ……アーレイ……恨むわよ……」

「僕にやらせたのは次席じゃないか……」


 次席のおすまし顔が疲れたようになって髪も乱れてしまっている。


「デキナカッタラ……ミズウミニシズメル……」

「クスリナ、わかったから。一番よく出来た鋼で乳母車を作るから……」

「ヤクソク……」

「約束するわ。だから落ち着いて……」


 ふくれっ面で死刑宣告をしてくる発芽の精霊を次席が慌ててなだめにかかった。常に冷静で何事も想定の範囲内といった次席が感情を顔に表すのは珍しい。さすがに自分の精霊に叛逆されるとは思っていなかったのだろう。


「試験の前だというのに、なんてことをしてくれるの。アーレイ、覚悟はできていて?」


 おすまし顔を取り繕うことを諦めた次席が目を三角にして僕を睨んでくる。


「どう考えても次席が先走ったせいだよっ。僕を攻めるのはおかしいよっ」

「私は手段を聞き出したかっただけ、この場で説得しろなんてひと言も言ってない」

「ムジヒダネさんまでけしかけておいてそれはないよっ」


 酷いもんだ。プーと頬を膨らませながら、次席はすべて僕のせいだと言い張った。


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[一言] 次席ってゴーレム腕の子だっけ? 名前、あだ名、愛称、爵位と呼び方が入り乱れてるからガチで分かりにくい。 タルトとシルヒメ以外、曖昧
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