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道案内の少女  作者: 小睦 博
第15章 ロゥリング族の都へ

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468 取り残された魂

 なんでも欲しがる3歳児が、とうとう大怪獣をおねだりしてきやがった。ソフトビニール製の人形じゃあるまいし、あんなデカブツをどうやったら拾えるというのだろう。


「タルト。キモいぬいぐるみが欲しければ、モウヴィヴィアーナに戻ってからドクロワルさんに縫ってもらうから……」

「そんなもの欲しくないのです。アイドルを探すのですよ」


 大怪獣の次はアイドルを探せときたもんだ。こんなところでオーディションを開催するつもりだろうか。もはや正気の沙汰とは思えない。


「メスのオークでもスカウトするの?」

「歌って踊る娘をアイドルなどと呼んでいるのは人族と【光棒の舞手】くらいなのです。祀られていたナニカがあるに決まっているではありませんか」


 虚ろなる神になるほど信仰を溜めるには、たくさんの生き物から長い歳月をかけて祀られる必要がある。祭壇に祀られていた信仰の象徴が、必ずどこかにあるとタルトが教えてくれた。眼下に見える大怪獣は影響力を伴った影にすぎず、アイドルこそが虚ろなる神の本体だという。生き物では寿命が尽きてしまうため、粗末な石像や木像であることがほとんど。たま~に亡くなった聖職者の頭蓋骨だったりするそうな。


「おそらく、ティコアの母親を守り神と崇めていた種族がいたのです」


 どこかティコアに似ているのは、この山を縄張りにしていたドラゴンを崇めていたから。背中から生えているグリフォンとオオカミは恐怖心が具象化したものだという。だけど、僕には3歳児が口にした「いた」という表現が気になった。


「いたってことは……」

「タブン、オークタチニ壊滅サセラレタノダト思ウ」


 ティコアの母親が健在だったころはオークたちも怖れて近づかなかった。いなくなったせいで縄張りを奪われてしまった種族がいたのだろうと、タルトがはっきりとは告げなかった残酷な事実をクッコロちゃんが口にする。なるほど、ドラゴンを殺せば魔物の勢力分布が大きく塗り替えられ、必然的にしわ寄せをくらう種族が出てくるというわけだ。風が吹けば桶屋が儲かる的な理屈ではあるものの、人族は余計なことばかりすると3歳児が言いたくなる気持ちもわからなくはない。


「そもそも、信仰ってそんなに重要なものなの?」


 ついでに、もうひとつ尋ねておく。聖女様やマイン様といった若き神々の役目は信仰を集めることだし、ヴィヴィアナ様にも労役として課せられているという話だったけど、それが何の役に立つのかさっぱりだ。わざわざ危険を冒してまで回収するほどの価値があるのだろうか。


「信仰には途方もない力が秘められているのです。イグドラシルやウロボロスといった仕掛けを動かしているのも信仰の力なのですよ」

「それって……この世界そのものが信仰の上に成り立っているってこと?」

「下僕は理解が速いのです」


 タルトによれば、この世界を成り立たせているいろいろな仕組みのほか、神様がくださる様々なご利益も信仰の力を源としているそうな。信仰が失われれば稔りは乏しくなり、病気が流行し、産まれてくる赤ちゃんの数も減っていく。だから、心を込めて神様をお祀りしろと勧める3歳児。信仰が増えた分だけ世界に幸せが満ちていくという。


「なんだか話が大きすぎてピンとこないよ」

「牧場の牝牛と同じなのです。乳をいっぱい出す牝牛はご馳走を食べさせてもらえるのです」

「その例えはいろいろ不適切な気がする……」


 世界に幸せが満ちるなんて言われても実感がわかないと告げたところ、タルトは当たり前のように僕たちを家畜に例えやがった。こいつは赤ちゃんのためなら平然と人前で子作りさせようとする倫理観の欠如した3歳児だから叱っても効果がないことはわかっている。なにを言ったところで、人族もやっていることではないかと返されるのがオチだ。


「それに、あれだけの信仰が手に入るならたいていの神はお願いをきいてくれるのです」


 どうやら、アイドルとやらは神様にとって営業成績を水増しできるアイテムのようだ。ご利益なら望みのままだとタルトが唆してきた。それは、可能であれば確保しておきたい。僕たちが目指すロゥリング族の領域にはポロリーヌがいるし、僕は神様をぶん殴っちゃっている。どんな意地悪をされるか知れたものではないので、ドルオタを牽制する材料は握っておくに越したことはないだろう。


「でも、あんな化け物の中に入って探すの?」


 とはいえ、虚ろなる神に飲み込まれて無事でいられるとは思えない。巨大生物であれば『タルトドリル』で大穴を開けて体内にもぐり込むという手も考えられるものの、あれは例えるなら砂山だ。掘ったそばから周りが崩れてくるので、トンネルを維持できないに決まっている。


「あれは影だと言ったではありませんか。アイドルはたいてい元々あった場所でほったらかしにされているのです。きっと、どこかに洞窟があるのですよ」


 大切な信仰の象徴なのだから、風雨に曝されない場所を用意するのが普通。建築技術を持った種族であれば谷を要塞化してオークの侵略に抵抗していただろうけど、そういった形跡は見当たらないから神殿があったとは考えにくい。そうなれば、残るは洞窟しかないと根拠の乏しさにかけてはオムツ探偵並みな推理をタルトがドヤ顔で披露する。


「木のウロとかってことはないの?」

「下僕は浅はかなのです。そんなおっきな木はこの辺りに生えてないではありませんか」


 洞窟とは限らない。実習から離脱した日に夜を明かした大樹の陰やウロかもしれないと告げたところ、観察力が足りないと3歳児からお叱りを受けてしまった。この辺りは標高が高いこともあって大樹に育たないようだ。僕たちの周りに生えているのも、せいぜい人族の背丈くらいまでの低木ばかり。虚ろなる神が鎮座している谷底にはもうちょっと背の高い木も見えるけど、太いものでも幹の直径が30センチに達していない。木登りをするにも不安な太さなのでお宝を置いておくには向かないだろう。


「信仰には捧げた者の魔力がちょっぴり混じっているのです。一緒に感じることのない感情がゴチャゴチャに混ざっている魔力があったら、それがアイドルなのですよ」


 信仰はロゥリング感覚で捉えられないものの、不純物として混じっている魔力は感じ取れる。そして、祈りに込められた強い感情がずっと残っているらしい。同時に感じるはずのない正反対な感情が雑多に混じり合っている魔力を探せと指示してくるタルト。特定の仕方がわかっているなら、こいつはもう正確な位置までつかんでいるのではあるまいか。


「タルトはもう探し当ててるんじゃないの?」

「わたくしが見つけて拾ったなら、それはわたくしのものに決まっているではありませんか。下僕には使わせてあげないのです」


 どうやら、全部わかったうえで僕に回収するチャンスを譲ってくれているらしい。自分が手に入れたならゴブリンの女神様にバナナと交換してもらう。僕には1本たりともわけてやらんと食べることに目がない3歳児がひとり占めを宣言する。


「モレルンジャーは一心同体じゃなかったの?」

「そ~んな屁理屈が通用すると思ったら大間違いなのです」


 共有物ではないのかと言ってみたものの、自分のものは当然自分のものだとタルトはしたり顔でジャイアン理論を展開しやがった。オーク軍団の中に蹴り落としてしまいたくなる衝動をグッと堪えて、ひとつ心配事を確認しておく。


「本体のアイドルをかっぱらって、あのデカイのが追っかけてきたりしない?」

「せっかくの信仰が漏れないよう、わたくしがアイドルに封じ込めてあげるのです」


 タルトは信仰とやらを封じ込めておく方法を知っているそうで、アイドルに触れることができれば虚ろなる神を消してしまえるそうだ。ど~んと任せておけと、ふんぞり返って鼻の穴を大きく膨らませてやがる。まぁ、労役で信仰を集めているヴィヴィアナ様にもできそうだし、こいつがやり方を知っていても不思議ではない。とりあえず、決行するかどうかの最終判断はアイドルの位置をつかんでから考えればいいとロゥリングレーダーでそれらしい魔力を探す。


「あれかな? けっこう谷底に近いね……」


 今、僕たちがいるのは東側斜面の尾根だけど、谷を越えた向う側。西側斜面の中腹に喜怒哀楽がごちゃ混ぜになっている魔力を感じた。対岸にあたるこちら側からよくよく観察してみれば、その辺りに続く獣道も見て取れる。頻繁に生き物が通行していたのか、樹木の生えていない場所が帯状に存在しているのだ。問題は、その獣道が虚ろなる神を西側から包囲するオーク軍団のいる辺りに続いていること。姿を見られたらオークどもが追いかけてくるかもしれない。


「夜のうちに盗み出すしかないか……」


 黒スケかイリーガルピッチであればオークどもの注意をこちら側に引きつけた後、一気に崖を下って谷を渡り、陽動に引っかかったマヌケどもが引き返してくる前にブツをいただいて逃げるという強硬策もとれるものの、崖下り訓練が充分でないバナナンテにやらせるには不安が残る。となれば、夜陰に乗じてこっそりかっぱらうしかないだろう。コケトリスは使えないけど、ドワーフの洞窟で育った僕だ。暗闇の中で行動するのには慣れている。今夜、ブツを頂戴にあがることに決め、尾根道を進んで西側の尾根まで移動し日が暮れるのを待つ。


「それじゃ、タルト。バナナンテとクマネストの面倒は頼んだよ」

「わたくしにど~んと任せるのです」


 日が沈んでもしばらく西の空は明るい。夜のとばりが完全に下りるのを待ってミッションを開始する。アイドルの回収に向かうのは僕とクッコロちゃんのふたりだ。ドラゴンから食べ物と見做されない体格の種族が作ったものだから、持ち出せないほど重いことはないという話。ブツを入れられるよう、クッコロちゃんの背負い袋は空っぽにしておいてもらう。照明が必要になった時に備えて、三輪車に取り付けられている灯りの魔導器を外して持っていくことにした。


 タイムリミットは夜明けだ。時間はたっぷりあるので、落石なんかで気づかれないよう慎重に斜面を降りていく。途中で見つけたつかまれそうな木の蔓なんかは体重をかけても大丈夫なことを確認し、ロープの代わりに垂らしておいた。急いで登らなければならなくなった時は役に立ってくれるだろう。冒険野郎モロディアナ・ジョーンズは用意周到にしてオムツなのだ。


 刺激しなければ何もしてこないというタルトの話どおり、虚ろなる神はじっとしたまま動かない。オーク軍団の野営地にはかがり火が灯されているものの、夜襲を仕掛けるつもりはないようで静まり返っている。夜だからどうなるってものでもないと、もうわかっているのだろう。有効な攻撃手段を模索して参謀オークたちが頭をかきむしっているかもしれない。


 ソロソロと斜面を下って目的地へ通じる獣道にたどり着く。道なりに進んでいけば、タルトの言葉どおり洞窟があった。元々この谷を棲家としていた種族が立てこもっていたのか、入口付近に丸太を組んで作ったようなバリゲードが置いてある。


「いや、違うな。この洞窟を煙で攻めやがったか……」


 立てこもったことには違いないけど、バリゲードは中にいる者が外に出てくるのを防ぐために置かれているように見えた。入口付近で火を焚いて、立てこもっている相手を煙で燻し殺したに違いない。バリゲードがそのままってことは、中もそのままなのだろう。きっと、亡骸がゴロゴロしているはずだ。引き返したくなってきた。


 この洞窟が煙攻めにされたのは1年以上前のはず。もう空気は入れ替わっていると思うけど、一酸化炭素中毒にはなりたくないので『エアバースト』をバシバシ打ち込んで換気する。灯りの魔導器で照らしながら洞窟の中を20メートルほど進めば、さっそく最初の亡骸が転がっていた。体格的にはロゥリング族と同じかやや小さく、全身を体毛に覆われたサルみたいな種族であったようだ。道具を使う知恵はあったようで、削った石を棒にくくりつけた手斧のような武器を手にしている。


「コレハ、サルコール。洞窟ニ棲ンデ、潰シタ果実カラ酒ヲ造ルノガ得意ナ種族」


 なんでも、果実からお酒を造る種族だそうな。取り引きにも応じてくれる話の通じる連中で、飛び抜けた酒造技術を誇る人族と交易できないゴブリンにとっては貴重なお酒の入手先であるらしい。互いに洞窟を利用するため、オークとは棲家の奪い合いになることもしばしば。この洞窟が手つかずなのは、今のところ他の洞窟で間に合っているからだろうとクッコロちゃんが先へ進んでいく。洞窟の奥は広間のようになっていて、予想していたとおり30体を超えるサルコールの亡骸が互いに折り重なるように倒れていた。


「酷いもんだね。オークを責めることもできないけど……」


 この惨状を生み出したのはオークに違いないものの、彼らにしたってメスと子供を守る場所が欲しかっただけだ。それを悪と断じることはできないだろう。人族が遠征と称して毎年のように魔物を間引いているのも、やっぱり自分たちの土地を守るためにしていること。生き残りをかけた縄張り争いに善も悪もない。


「この角……いや、牙かな。さっさと回収して戻ろう」


 ここは多くの命が失われた戦場跡。それは最初からわかっていたはずなのに、神様との交渉材料欲しさに迂闊な判断をしてしまった。3歳児のニヤニヤ笑う顔が脳裏に浮かぶ。幸いなことに、祭壇のような場所はすぐに見つかった。おそらくはティコアの母親から抜け落ちた牙の1本なのだろう。サイの角みたいなのが台の上に飾られている。魔力はそれほど強くないのに、手で触れようとしたらヌメッとした抵抗を感じた。これが信仰ってヤツなのかもしれない。


「この魔力、生き残りがいる? いや……まさか……」


 目的のブツをクッコロちゃんの背負い袋に収めたところで、とても弱々しい魔力があることに気がついた。こんな食べ物も満足にないところで1年以上も生きていられるとは思えない。考えられる可能性はひとつしかないけど、次の機会が巡ってくるまで何百年、何千年とほったらかしにされるのはあまりにもかわいそうだ。襲われても身を守れるよう警戒しながら亡骸のひとつに近づく。


「間違いなく死んでるよね……あっ?」


 ゾンビと化しているであろう亡骸をユサユサしてみたものの、ピクリとも動かない。だけど、その腕に抱きしめられるようにして、まだ産まれて間もなかったと思われる赤ちゃんサルコールがいた。もちろん生きてはいない。目は腐り落ち、左腕も途中からちぎれて骨が露出しているのに、助けを求めるように残った右手を僕に向かって伸ばしてくる。


「ア゛アァァァ……」


 なにが起きているのか理解できないまま亡くなって、苦しくても、寂しくてもここから離れることができす、ロクに身動きも取れない状態のままずっとひとりでもがいていたのだろう。その幼い魂があまりにも不憫で涙が溢れてくる。気づけば、僕は赤ちゃんゾンビをそっと抱き上げていた。


「もう泣かなくていいよ。すぐにお母さんのところへ送ってあげるから……」


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― 新着の感想 ―
[一言] タルトの本命はこっちだったか
[一言] 命の還るところへ還れなかったのか…三歳児の事だからこれも解ってたんだろうなぁ
[一言] 生存競争故に致し方ないが、無情だねぇ…
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