47 クセーラの野望
「鋼が欲しいんだよっ!」
春学期の試験も近くなってきたある日の昼下がり、突如としてクセーラさんが口にした。
「そんな高価なもの……またお父様から預かったお金を使い込むつもり……?」
ジト目になった次席が殺気を放ちながら妹を睨みつける。昨年の秋学期に実家から与えられたお金をすべてゴーレムにつぎ込んでしまったクセーラさんは、年を越すのに次席から借金をした挙句、とうとう返済できなくなり次席に泣き付いて債務放棄してもらったのだ。
今年からはお金の管理は次席がしていて、クセーラさんはお小遣い制にされてしまった。お小遣いを超える買い物がしたければ、魔法薬で稼ぐか次席にお願いするしかない。
鋼は同じ重さの銀と取引されるような高級素材だ。次席が殺気を放つのも頷ける。
「ちっ、違うよっ。買うんじゃなくって、精錬したいんだよっ」
「勉強をさせすぎて逆にバカになってしまったかしら……」
次席が呆れたようにため息を吐いた。当然だろう。この国では鋼は精錬するより買った方が安上がりなのだから……
アーカン王国の北側にはドワーフ国がある。そして金属の精錬でドワーフに敵う種族はいない。この国で一般に「鋼」と呼称されて流通しているのは、ドワーフ国で精錬され用途別に成分調整されたドワーフ鋼だ。
人族の鋼は大量生産に向かず値段も高い。さらに、品質がバラバラで同じ物を大量に揃えることが難しいという事情があった。一方、ドワーフ鋼は20種類以上のラインナップから用途に応じた鋼を選んで注文することが可能だ。例えば、三号ドワーフ鋼。通称、ドワサンと呼ばれているのは、前世でのステンレス鋼だったりする。
同じ品質の物を安定して供給できなければ工業製品として流通しない。規格化されたドワーフ鋼によって人族の鋼は市場から締め出され姿を消した。
鋼の供給をすべて外国に頼るわけにはいかないと、いくつかの領が技術の伝承と研究を続けているけど、鋼ではなく鋳物産業で生き残っている状態らしい。
「でも……伯爵は鋼の作り方を知ってるんでしょ……」
「そりゃまあね……」
仮にもドワッ子の僕だし、父の2人目の妻。僕のドワオカンは製鋼を生業としている集落を治める酋長の娘だ。何度も連れて行ってもらったし、鋼を作っているところを説明してもらったこともある。使われている術式や炉の構造、鋼の成分は当然秘密だけど、鋼ができる仕組みなんかは教えてもらえた。
だけど、魔導院で再現するには足りないものがある。転炉とコークスだ。
ドワーフの製鋼法は高炉から得られた銑鉄を転炉で鋼へと転換する方法だ。一方、転炉を持っていない人族は銑鉄をガンガン鍛錬して鋼へと変えている。一応、工師課程の実習でやるので魔導院にも高炉はあるのだけど、もの凄く大変な作業のわりに得られる鋼はちょっぴりらしい。
シュセンドゥ先輩は鍛錬している間もどんどん目減りしていく様子を見て、鋼の代わりに悟りを得たという。ドワーフから買った方が早いと……
そして、大量の木炭を必要とすることも問題だ。転炉による製鋼技術があって、蒸気機関だって作ること自体は可能なのに、この世界で産業革命が起きていないことには理由がある。
圧倒的な燃料の不足。この世界には石油も石炭も天然には存在しない。少なくとも今のところそれらしきものは見つかっていない。
ドワオカンの実家に間違いなく転生者が書いたものと思われる手記が残されていた。製鋼の理論が書かれているのだけど、ところどころ意味不明な部分があるという文書。そこには、まごうことなき日本語でその転生者の考察が綴ってあった。
この世界は創られてから時間がたっていない、まだ若い世界なのではないかと……
化石燃料は数億年前という古い時代に存在した植物の死骸が長い年月をかけて変化したものだ。それらが存在しないのは、この世界が神様の手によって創られた証拠なのかもしれないとその考察は結ばれていた。
ドワーフは魔術によるコークスの生成とその循環サイクルを作り上げることで燃料問題を解決した。高炉や転炉の排ガスからコークスを回収する装置があって、実質的には魔力を燃料にしているのと同じ。使われている術式は超極秘で装置の実物は僕も見たことがない。
木炭に代わる燃料を得られていない人族は、産業が発展するほど森林破壊が進み燃料価格が高騰していくという悪循環から抜け出せずにいる。大量の木炭を必要とする鋼の精錬はむっちゃ高コストで、ドワーフから買った方がよっぽど安くすむ。
さすがに転炉を作るのは無理だし、わざわざお金と手間をかけて鋼を精錬しようなんて次席の言うとおりバカの考えることだった。
「ドワーフと人族では、設備からして違うから……」
「ううぅ、伯爵からもらった魔力結晶なら、オール鋼のゴーレムだって作れるかもしれないのに……」
クセーラさんは諦めきれない様子だ。僕のあげた魔力結晶とは、ラトルジラントから採れた素材のひとつ。魔力の豊富な魔物や魔獣を倒すと、魔力結晶と呼ばれる石が得られることがあり、僕の倒したジラントはかなり良質な魔力結晶を残してくれた。
この魔力結晶は魔物をあっけなく倒すほどいいものが得られると言われている。死んだときに残っていた魔力が結晶化するらしく、魔力の豊富な強力な魔物でも、戦いで精も根も尽き果てた状態で倒したのでは質の良いものは手に入らない。
もちろん、チャーリーのように体ごと吹き飛ばしてしまっては入手など論外である。
魔力結晶は魔力を貯めておけるという特性を持っていて、ゴーレム核と呼ばれる魔導器を作るのに欠かせない材料だ。
ゴーレムは操者の魔力で動かしているのだけど、常に魔力を供給していられるわけではない。戦闘中のゴーレムのそばなんて危なっかしくていられたもんじゃないから、あらかじめゴーレム核に蓄えておいた魔力を使って動かしていた。
つまりは、ゴーレム用バッテリーパックである。
生徒が自力入手した素材なので、これを使ったゴーレムもルール上は競技に参加可能なのだけど、他の子たちがゴーレム核に使っている魔力結晶は購買で売られているものであまり質は高くない。それを乾電池に例えるならば、ジラントから採れた魔力結晶は車用のバッテリーだ。
乾電池で動くロボットコンテストに車のバッテリーを使うのは反則だろう……
僕から競技規定を見直した方が良いのではないかと相談されたリアリィ先生は頭を抱えていた。強力すぎる素材を入手したからとその使用を禁止しては、生徒たちのやる気を削いでしまうので簡単にはいかないらしい。
どうして自分で使わずに、よりによってクセーラさんに渡すのだと睨まれたけど、そこまでのゴーレムが作れない僕が持っていてもブタさんに真珠なんだよね。
「オール鋼のゴーレムなんて、専門課程の部でも優勝確実じゃないか……」
クセーラさんの狙いは秋学期の終わりに開催される競技会。そこで行われる『ゴーレムバトル』という競技に反則級のゴーレムで参加しようというのだろう。
彼女は昨年の教養課程の部のチャンピオンだ。僕がいらぬ入れ知恵をしてしまい、12門の大砲を束ねて開幕の全門斉射にすべてをかけるというロマン溢れるゴーレムで優勝してしまった。
僕も参加していたけど、1回戦の相手に試合開始と同時に木っ端微塵にされて終わったよ……
「またバカゴーレムを作る気なの……あんな魔力結晶まで使って……」
昨年のゴーレムバトルでは次席も丹精込めて作ったゴーレムを木っ端微塵にされているから、もの凄く嫌そうな目でクセーラさんを見つめている。
「バカゴーレムじゃないよっ。姉さんのゴーレムが弱いのが悪いんだよっ」
「ロクに身動きも取れない大砲の塊が優勝なんて……アーレイ……恨むわよ……」
次席が苦々し気な視線を僕に送ってくる。ゴーレムバトルに出場するゴーレムの性能は、パワーやスピードだけでなく稼働時間も重要な要素だった。限られた魔力をどう運用するかといった操者同士の駆け引きも競技の見所のはずだった。
クセーラさんのバ火力ゴーレムがすべてをひっくり返すまでは……
今年の競技会はきっと開幕大砲の撃ち合いになるだろう。それを見越して、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない鋼のゴーレムを作ろうというのだ。
「相手の全力砲撃が巻き起こす土煙の中、そびえ立つ鋼のゴーレムというのは確かにカッコイイかもしれない……」
「伯爵はさすがだねっ。わかってるねっ。だから鋼を作りたいんだよっ」
ついつい、「やったかっ……バカなっ!」みたいな展開を期待して口元が緩んでしまう。
「ゴーレム1体分の鋼なんて……どれだけ必要だと思ってるの……」
次席が冷たい声で指摘する。実にそのとおりなのだ。競技に使われるゴーレムはおおよそ僕と同じくらいのサイズがある。
オール鋼のゴーレムを作ろうとするならば最低でも1トンは欲しいけど、シュセンドゥ先輩は材料から銑鉄を得る過程で4分の1に、銑鉄を鍛錬して鋼にする過程でさらに4分の1に減ると覚悟しておけと言っていた。
購買ではドワーフ鋼を取り扱っていないから、競技に参加するなら自分たちで精錬するしかないけど、鋼1トンなんて気が遠くなる。
「青銅か真鍮にしなさい……それなら買ってあげるから……」
青銅も真鍮も購買で売っている素材だ。加工が容易なので、たいていのゴーレムの金属製パーツに使われている。
「やっぱり鋼だよっ。は・が・ねっ。威圧感が全然違うよっ」
「クセーラがバカになってしまったわ……アーレイ……恨むわよ……」
「まって。それは僕のせいじゃない……」
乾電池クラスのゴーレム核ではオール金属製のゴーレムなんて重くて動かしていられない。金属は関節などの擦れる部分や武器と装甲板にだけ使用して、残りは木製とするのが普通だ。オール青銅製のゴーレムだって充分に非常識なのに、威圧感のために鋼にこだわれなんて僕は教えてない。
気持ちはわかるけど……
「ドワーフ鋼並の性能にこだわらないなら方法がないわけじゃないんだけど……」
「あるのっ?」
「ドワーフが『再生鉄』って呼んでる物があるんだ。これもいちおう鋼なんだけどね……」
再生鉄というのは、壊れて使い物にならなくなったドワーフ鋼製の道具なんかを溶かして作った鉄。元がドワーフ鋼なので厳密には鋼の一種なんだけど、いろんな種類の鋼が混じってしまった規格外のものなので、鋼とは呼ばれず外国にも売りに出されない。
ヤカンとかバケツとかタライとか、とりあえず鉄であればいいといった日用品に多く使われている。
成分など無視したリサイクル品ではあるものの、溶かす前に不純物をよく取り除いておけば案外立派な鋼に仕上がるのだ。
作り方は実に単純で、材料となる廃材に雷の魔術をぶち込んで溶かすだけ。ただ、雷の精霊にお願いする術式はとにかく魔力の消費が激しいことで知られている。大量の鋼が溶けるまで雷を撃ちこみ続けるとなると僕だけでは心もとない。
クセーラさんの魔力は鋼を成型するのに必要だし……
「問題は材料の入手と、バカみたいに魔力を喰うことなんだけど……」
次席へと視線を移す。できれば次席の魔力もあてにしたい。そして、壊れてしまった農具は最も有望な材料だ。園芸サークルに宝の山が眠っていないだろうか。
「アーレイ……まさか私にも……バカゴーレムを作るのに手を貸せと……」
「でも、姉さんっ。ドワーフの秘密を教えてもらえるかもしれないよっ」
転炉やコークスと違って、これは秘密でもなんでもない。使われている術式は魔導院でも探せば見つかるだろう。大量の魔力を必要とするから普及していないだけなんだけどね。
「次席がダメなら、首席か【禁書王】。若しくはシュセンドゥ先輩あたりにお願いするけど」
「……待ちなさい……ダメとは言ってないわ……」
やっぱり喰い付いてきたな。自分も知らない再生鉄の情報が北部派や東部派に流されるのを黙って見過ごす次席ではないと思っていた。
「ハガネハキライ……ツクルノ?」
「考えるまでもないわ……却下よ……」
「そんなっ。クスリナッ?」
意外なところから伏兵が現れた。次席の隣にいた発芽の精霊がイヤイヤと首を振る。植物に由来する精霊だけあって鋼とは相性が悪いのか?
「ゴーレムなんて土を捏ねたもので充分ではありませんか」
「うえぇぇぇ。タルちゃんまで……」
クセーラさんにはかわいそうだけど、精霊たちに反発されてはどうしようもないな。
「クソビッチなど放っておいてお昼寝をするのです。クスリナも一緒にくるのですよ」
「そうね……バカゴーレムに付き合っている時間はないわ……」
「お昼寝する時間はあるのにっ?」
ゴーレムより昼寝が大事なんて間違っているとクセーラさんが主張するものの、自分の精霊にイヤイヤされてしまった次席は取り合わない。
「精霊よりゴーレムが大切なら……ゴレームたんで遊んでいなさい…………ひとりでね……」
「グサッときたよっ。今のはグサッときたよっ。姉さんには人の心ってものがないのっ?」
わざわざ「ひとり」の部分を強調して次席が冷たく突き放す。精霊が欲しくて欲しくて堪らないクセーラさんに今のひと言は効いたようだ。
「次席に断られたら材料のあてもないし、諦めるしか……」
「伯爵までっ。ひどいよっ。私にここまで期待させておいてっ!」
ここは厚生棟の食堂でお昼時の今は他の生徒たちも多い。激高するクセーラさんに周囲の視線が集まってくる。
「あんまりだよっ。散々私の気持ちを弄んで捨てようだなんてっ!」
「いや……勝手に期待したのはクセーラさんで……」
「私が悪いっていうのっ? 伯爵のひとでなしっ!」
クセーラさんはテーブルに突っ伏して人目も憚らずオイオイと泣き始めた。
「バカは放っておきなさい……クスリナ……お昼寝に行くわよ……」
「今日は暖かいのでお外でお昼寝がしたいのですよ」
同情の余地なしといった態度で次席が席を立つ。それも仕方ないか。オール鋼のゴーレムなんかで秋の競技会にガオー!されたら、他の生徒たちには破壊手段がないのだから。




