28 君に追いつくために
「ワシが魔導院学長、スベリヨール・マジスカである。ラトルジラントという脅威が発見されたにも拘らず、幸い生徒への被害はなく、騎士団と領軍の活躍により街道並びに魔導院周辺の安全は確保された。本日ここに無事始業式を執り行えることを喜ばしく思う。生徒の諸君にあっては、魔物に気を囚われることなく本分たる学業にいそしみ…………そもそもこの魔導院は…………公爵様のご功績により…………栄えある魔導院の生徒として…………」
山狩りから戻って3日明けた今日は新学期の始業式である。学長の挨拶、長っ。もう20分は話してるぞ。そこは最初のひと言で「クワッ!」と締めて終わりにしておくのがお約束のパターンだろう。ギャグのつもりなのか? 名前のとおり、スベッてるよ……
僕たちが帰還した翌日には山狩りに駆り出されたすべての生徒が帰還し、ジラントが生息しているのは北方面と判断されたので街道の封鎖も解かれた。ホンマニ公爵様はプロセルピーネ先生の進言を受け入れてくれたようで、モウヴィヴィアーナの南側、領軍が司令本部を設置していた場所は騎士団の駐屯地と化し、時おりワイバーンが飛び立って行く姿が確認できる。
あの日以降はプロセルピーネ先生にもドクロワルさんにも会えていない。先生がラトルジラントの解剖に着手し、弟子であるドクロワルさんも付き合わされているからだ。
解剖は魔導院の敷地内にある高等研究棟という、卒業後も魔導院で研究を続ける先生とか研究員といった人たちが使う建物で行われており、参加が許されているのは先生、研究員とその弟子である特待生と呼ばれる生徒だけだ。教養課程であるドクロワルさんは正確には特待生ではないのだけど、標本の提供者であるプロセルピーネ先生に文句を言える人はいないだろう。
リアリィ先生情報によると院長である公爵様まで参加されているそうだ。プロセルピーネ先生が傷んでしまう前に解剖すると知らせたところ、「どうせ入学式には顔を出さなければいけないのだ」とその日のうちに空を飛べる騎獣でぶっ飛んできたという。
ちなみに、僕の入学式に院長がいたという記憶はない。
入学式は2日後に予定されており、ここ数日、寮は新入生たちの入寮作業でバタバタしている。今年の入学生には、現国王であるアキマヘン公爵様の娘がいるらしい。第三息女で5番目の子供だし、すでに長子が王太子に立っているので跡継ぎにするつもりはないのだろう。
長い長い学長の挨拶が終わり、生徒たちは一様に疲れた顔をして自分たちの教室へと引き上げていく。今日は午前中に今年の授業や行事の予定が伝達されて終わりだ。魔導院の授業は基本的に午前中のみに行われ、午後は自主訓練や課題をこなすための時間に充てられる。
「オリエンテーションを始めます。皆さん席についてください」
僕がCクラスの教室でヘルネストとお喋りしているとリアリィ先生が教室に入ってきた。でも、オリエンテーションはクラス担任の先生がやるはずだし、リアリィ先生は新学期から教養課程の主任教員になったはず……
「入ってちょうだい」
リアリィ先生が教室の外へ声をかけると。明るい青の女性用スーツを身に着けた……鉄仮面が教室に入ってきた。
「新任のベリノーチ先生です。今年1年間、皆さんのクラスの担任をしていただきます」
「こ、今年から教員となったベリノーチでひゅっ……。今年1年間、皆さ……じゃなくて貴様らの担任をさせて……し、してやるからっ。め、面倒をかけさせるなこのブタどもっ!」
声の様子からするとまだ若い女性のようだけど、何で無理してキャラ作ってんだ? お約束のように噛んでるし……
「きょ、許可されたとき以外はしゃべるなっ。話す時は前と後ろに『サー』をつけてくだ……をつけろっ。わ、わかりましたかこの蛆虫どもっ!」
Cクラス一同、ポカーンである。なんかもう自己紹介だけでテンパってるし……。ここはひとつ僕が小粋なジョークで緊張を解いてあげた方がよさそうだ。
「サー。質問があります。サー」
「何です……きょ、許可するっ。言ってみろっ!」
「サー。先生のおっぱいのサイズとブラのカップを知りたいです。サー」
「うえぇぇぇ……。サ、サイズはきゅうじゅ……」
「ベリノーチ先生っ!」
ちっ……。もう少しのところでリアリィ先生にストップをかけられてしまった。だけど、僕の睨んだとおり90以上ということはわかったぞ。
「ゴブリンには恐怖を感じる知能すらないのか……」
「やっぱりゴブリンはケダモノなのね……」
「アーレイ君……。お話がありますので来てください。今すぐ……」
軽いギャグで場を和ませようとしただけなのに、廊下でリアリィ先生にお説教されるハメになった。
リアリィ先生によると、ベリノーチ先生は昨年の卒業生で、1年間研究員をしながら研修を受けて今年から教員になったそうだ。まだ17歳である。なんでも、ワーナビー先生が教員から指導員に降格され穴埋めに予定していた先生を取られてしまったので、急遽彼女に白羽の矢が立ったらしい。本人にそれが伝えられたのが昨日だそうだ。
それでパニクってキャラを作っていたのか……
「事情はわかりましたけど、あの鉄仮面はやりすぎじゃ……」
「……あれは在学中からです」
リアリィ先生は僕から目を逸らすように窓の外を眺めながらそう口にした。鉄仮面は素だったようだ。まあ、ドクロワルさんみたいな例もあるし、なにか理由があるのかもしれない。
「購買でなんか買って湖畔の広場で時間を潰そうぜ。寮に戻ってもバタバタうるさいだけだろう。チミッ子も連れて来いよ」
グダグダなオリエンテーションが終わったところでヘルネストが広場に誘ってきた。今はどこの寮も新入生でバタバタしてるし賛成だ。タルトとシルヒメさんを連れて昼食を購入し広場へと向かうと、やっぱり寮がうるさいのだろう、次席と発芽の精霊にクセーラさん、ムジヒダネさんに久しぶりのドクロワルさん、帰省から戻ってきたばかりの【皇帝】と【禁書王】までいた。
「ドクロワルさんは先生のお手伝いはもういいの?」
「今日から新学期ですし、解剖はあらかた終わりました。先生は研究室で内臓組織をいろいろ調べているみたいです」
地面に敷かれた防水布の空いているところに腰を下ろしながら尋ねると、もう終わったという答えが返ってきた。ジラントの皮は大きな1枚の皮になるように丁寧に剥いだので、ちゃんとなめしてから僕にくれるそうだ。
「アーレイ。ラトルジラントを単独で討ち取ったらしいじゃないか。是非とも話を聞かせてもらいたいね」
ビール腹のおっさんみたいな体型をした【皇帝】が話を聞かせろと言ってきた。西部派なのだけど脳筋ズみたいな腕自慢ではなく、作戦とか戦術に詳しい頭脳派のAクラス男子だ。
今日はドクロワルさんがいるから「ヴィヴィアナ様のおかげ」は使えない。仕方なく僕がジラントを偶然倒した状況を説明する。
「おかしいな? 壁を作る術式を相手の身体に重なるように発動した場合、実行不能な術式として不発になるはずなんだが……」
学年3位だけど座学に限れば首席や次席以上の成績を誇る【禁書王】がメガネを直しながら疑問を投げかけてきた。長身痩躯の超インドア派で、『体力』や『武技』の成績が平均以下なため総合順位ではふたりに抜かれてしまっている男だ。北部派なので僕と同じ寮の仲間である。
「え、でも実際にジラントの身体がビューンと飛んで行って、首のところでブラブラ吊り下がっていましたよ」
「あ、見た目が壁を作るように見えるからそう言ったけど、正しくは壁じゃなくって枷の術式なんだって」
「アーレイ……表現は正確にしたまえよ。聞いているこちらが混乱するじゃないか……」
細かいことを気にする男だ。「KABE」も「KASE」も大して違わないだろうに……
「おまっ……この前はヴィヴィアナ様のお力とか言ってたじゃないか?」
「ヘルネストが知ったらマネしようとするから……」
「ぷっ。僕はアーレイの判断を指示するね。話を聞く限り状況と偶然が一致しただけのように思える。一歩間違えれば命がないような狂気の沙汰だよ」
「同感だ。ジラントが一撃で首を折られて死ぬほどの衝撃に微動だにしない枷なんて、ヘルネストの魔力で維持できるとは思えん……」
【皇帝】と【禁書王】がいてくれるとこういう時に助かるよ。僕が言っただけじゃ絶対聞かないんだから。脳筋1に対して常識人3は必要なんだ。次席も加わって脳筋ズをやり込めてくれる。
やれ、やれ、もっとやってまえ……
「アーレイはゴブリ……いえ、ロゥリング族だから……状況も使える術式も限定されている訓練では……力を発揮できないだけ……」
「アーレイがゴブリ……いや、ロゥリング族だから助かったんだ。気配に気付けない君たちではジラントにペロリだったろうね」
「アーレイはロゥリ……いや、ゴブリング族だからな。人族に同じことができると考えるのは早計だ……」
「陛下、新種族作っちゃってるよっ」
おのれ……皆、心の中では僕をゴブリンだと言いたいのか? っていうか、【禁書王】はわざわざ言い直しやがったぞ。何だよゴブリング族って……
「ゴブリング族とは、お前はなかなかセンスがあるのです。はなまるをあげるのですよ」
「フッ……ネーミングには自信がある……」
「ないよっ! センスの欠片も見当たらないよっ!」
3歳児にはなまるをあげると褒められた【禁書王】は右手でメガネを押さえたキメ顔で流し目なんてくれてやがる。【魔薬王】並みのネーミングセンスしかないくせにっ。タルトはゴブリング族を定着させる気か?
それじゃ【ニューゴブリン】と変わらないじゃないかっ!
「タルちゃんのお墨付きが出ちゃったねっ」
「主である精霊が認めたわ……」
「諦めろモロニダス。お前はもう……ゴブリング族だ……」
クセーラさんも脳筋ズも賛成派かっ……頼みの綱はドクロワルさんだけだっ!
「アーレイ君がゴブリング族なら、わたしはドワリング族ですか?」
ドクロワルさんは発想もかわいいなぁ……でも、援護射撃の方向がちょっとズレてるよ……
「男爵……それはないよ……」
「センス最低……」
「お面を着け替えて出直してくるのですよ」
カリューア姉妹とタルトにズタボロにされてしまったドクロワルさんは「酷いです……」と呟いていじけてしまった。ここは僕がイカした名前を付けて慰めてあげよう。
「ドクロワルさんなら、ポチャリング族なんてかわいくて似合ってるんじゃない――かなあぁぁぁぁっ!」
「どこからその名前が出てきたのか、ゆっくりと聴かせてくださいね。悲鳴と一緒に……」
どんくさいはずなのに、カマキリが獲物を捕らえるような素早さでドクロワルさんの手が僕の足首を捕らえた。マジで動きが見えなかったぞ。そのまま足首をギリギリと締め上げながら、ズルズルと僕の身体を引き寄せる。
まってよっ。ポチャはかわいいの代名詞だよっ!
「バカが……。ドワーフとのハーフなど小柄な人族とそう変わらんのだから、人族のままでいいだろうに……」
「さすがアーレイ。ゴブリング族の勇者の名に違わぬ勇敢さだ……」
足を捻じりあげられて逆エビ固めの体制に持ち込まれていく僕を前に【禁書王】と【皇帝】は呆れ顔だ。小学生のプロレスごっこは危ないから禁止だよっ。見てないでドクロワルさんを止めてよっ!
「ぐげはぁっ――!」
…………僕はどうしてしまったんだろう……ああそうか……ドクロワルさんの体重を背中に落とされて気を失ってしまったんだった。
僕は皆から少し離れた場所に寝かされていたようだ。隣では僕にしがみつく様にしてタルトが寝息をたてていた。何かいい夢でも見ているのか、3歳児らしいあどけなく幸せそうな寝顔だ。シルヒメさんは起こしてしまわないようにそばで静かに控えている。
頼らないと決めたはずなのに、結局タルトがいなければ何もできなかった。『ヴィヴィアナロック』も、ジラントの死体を運んだのも、解毒薬を使えるようにしたのも全部タルトのしたことだ。
皆、ラトルジラントを討伐したという華々しい活躍ばかりに目が囚われているけど、今回のMVPは相手の正体を見抜いてその後の対処を決定づけたドクロワルさんだろう。幼いころから治療士になることを目指していた彼女は、誰に頼ることもなく一人前の治療士としての実力を見せつけた。
僕のはただの偶然……
彼女のそれは確かな実力に支えられている……
母親から受け継いだ魔力があるからと、ただ漫然と魔導院に在籍しているだけの僕とは違う。ドクロワルさんには思い描く未来があって、しっかりと自分の選んだ道を歩き始めた。
それなのに……僕の足は止まったままだ……
皆とお喋りに興じている彼女と離れて寝かされていた僕……
それが……今の僕たちの距離なのだろう……
でも、タルトが教えてくれた。僕には人族にはない感覚があると。プロセルピーネ先生は山小屋でその使い方を示してくれた。ロゥリング族は決して小さくて弱っちいだけの魔力タンクではないのだと……
僕の進む道はまだ見つからないけど、いつまでも立ち止まっていたらドクロワルさんに置いて行かれてしまう。
すでに点差は開いてしまった。だけど……田西宿実の最後の試合を思い出す。3回までに15点差も付けられたのに、それでも誰ひとり諦めずに最後まで追い上げた。この世界に来てからの僕は、この国のことを知らないとか、身体が小さいとか言い訳ばかりしていたような気がする。
――僕は……そんな諦めのいい人間ではなかったはずだ……
まだ試合は始まったばかり。追いつくチャンスはいくらでも残っている。まずは今年1年で成績を上げて、来年のクラス振り分けでは彼女と同じAクラスになってやろうじゃないか。
「むぅ~。無駄なて~こ~は諦めてわたくしの抱っこ係になるのです~」
何の夢を見てるんだかわからないタルトの寝言は聞こえないことにした。




