27 帰還する者たち
「シャアァァァ!」
霧も晴れ、竜騎士たちが加わったことで形成は逆転しラトルジラントは駆逐された。
プロセルピーネ先生がどうして無傷のジラントをあんなに欲しがったのか、僕はちょっぴり理解できた気がする。安全かつ確実にとどめを刺すことを第一とする騎士たちは過剰攻撃を加えがちで、ジラントたちは見る影もないほど無惨な屍にされてしまったからだ。
頭を吹き飛ばしてしまったら毒腺すら得られないじゃないか……
先輩たちに袋叩きにされたチャーリーは、頭も胴体もバラバラに吹き飛ばされてもはや形を留めてはいなかった。体がピクリとでも動いているうちは「まだ死んでない」と攻撃が続けられたせいだ。
魔導院の山狩り部隊が戦利品として得たものは、チャーリーの尻尾の先に付いていたガラガラの部分だけだった。
「シャアァァァ!」
目の前で大切な標本を吹き飛ばされたプロセルピーネ先生はすっかりへそを曲げてしまい、騎士課程の先輩が近づくだけで威嚇音を立てて追い払うようになってしまった。せっかく抵抗できない状態に捕らえた獲物を、後からやってきた先輩たちが叩き潰してしまったのだから無理もない。
「アーレイ……なんとかしてくれないか……」
「横殴りはノーマナーでしょう。常識的に考えて……」
山を下りる道中、僕の跨るイリーガルピッチにヒッポグリフを寄せてきたサンダース先輩がなんとかしてくれと言うけど、これは先輩たちの自業自得というものだ。僕にどうしろっていうんだ? もう1匹、ジラントを捕まえてこいというのか?
もっとも、サンダース先輩もわかっていて横殴りをしたわけではなく、先輩の目にはシュセンドゥ先輩がジラントに襲われて必死に抵抗しているように映ったのだそうだ。僕の『ヴィヴィアナロック』は透明な水の壁だから、それを知らないサンダース先輩はジラントが枷に嵌められていたことに気が付かなかったらしい。
「シャアァァァ!」
僕と先輩がコソコソ話しをしていると、こっちを振り返った先生が激しい威嚇音を鳴らしてきた。先輩は首をすくめて逃げていく。威嚇するようになってしまったけど、生徒を罵倒するようなことはしなかったから、教師として最低限の理性まで失ってはいない……と思う……
北方面に派遣された魔導院の部隊は、怪我人こそ出たものの、ひとりの犠牲者も出すことなく帰還することができた。
支援部隊の先輩たちの話によると、西方面と南方面は魔物が出たという話もなく、相手にしたのは10匹にも満たない野犬の群れくらいだそうだ。北方面でジラントが出たという話はワーナビー先生に気取られないようこっそり伝えてあるという。
さすがに山狩り部隊を帰還させたことは報告せざるを得ないので、サンダース先輩はため息を吐きながら山狩り連絡本部へと向かっていった。
「こちらの指示を仰がず、勝手に山小屋に向かったとはどういうことですかっ!」
プロセルピーネ先生は治療室で帰還した生徒たちの健康診断を始めた。休む暇のなかったドクロワルさんは寮に帰って休むように言われ、代わりに僕がお手伝いをさせられていたところに先輩から報告を受けたらしいワーナビー先生が怒鳴り込んできた。
「軍医が治療をするのに、何でいちいち指示を仰がなきゃいけないのよ?」
「部隊を勝手に帰還させたことについてはどう説明するつもりですっ」
「帰還することを決めたのは生徒だもの。私から説明することなんてないわ」
ワーナビー先生は顔を真っ赤にして指揮系統がどうとか言っているけど、プロセルピーネ先生は健康診断の手も止めずに「自分は軍医としての仕事をしただけ。部隊への指示など出していない」と取り合わない。そこへここ数日、姿を見せていなかった首席がやってきた。
「ワーナビー先生。プロセルピーネ先生。リアリィ先生が大至急お話を伺いたいと学長室でお待ちです」
「あら? 帰って来てたの?」
「たった今、到着したばかりです。実習は中止。すべての生徒を速やかに魔導院に帰還させるよう指示されました」
「長くなりそうね……先に生徒の診断を終わらせたいから、とりあえず我が甥を連れて行ってちょうだい」
学長室に入ると癖のない亜麻色の髪をした若い女性が学長先生の机に肘をついて待っていた。リアリィ先生だ。マジスカ学長とこのリアリィ先生はともにホンマニ公爵家の分家の出身であり公爵様の信頼が特に厚い。院長なのに魔導院にいられない公爵様の代理を務める人たちでもある。
「騎士課程の生徒による行軍実習と聞いていたのですが、事前に伺っていた内容とずいぶん異なっていますね。この山狩り部隊というのは何をするのですか? どうして教養課程の生徒が含まれているのですか? ご説明をお願いします。ワーナビー先生」
おっとりとした口調だけど、ワーナビー先生へと向けられた視線は鋭い。下手なことを口にすればその瞬間に斬り捨てるぞといった剣豪のような雰囲気を纏っている。
しどろもどろになって説明しているワーナビー先生と追及の手を緩めないリアリィ先生のやり取りを隣で聞いていると、どうやら騎士課程の生徒に「支援部隊として物資の輸送や野営地の設営を経験させて兵站の重要性を理解させる」というのが元々の実習内容であったらしい。生徒による山狩りはおろか、騎士課程以外の生徒の参加すらワーナビー先生の独断だったようだ。
騎士課程の生徒に山狩りをさせ、支援部隊を他の生徒に任せるなど、明らかに実習の目的から逸脱した采配だとリアリィ先生はピシャリと決めつけた。
僕へと話が移されたので、山狩りに行った先でサンダース先輩がジラントを発見したこと。逃げる途中で追手を返り討ちにしたらそれがラトルジラントであったこと。プロセルピーネ先生のところに持ち込んで解毒薬を作ったこと。プロセルピーネ先生の作戦でジラントを駆逐して帰還してきたことを説明する。
「このとおり。生徒もジラントを討伐できるだけの立派な戦力なのです。周囲に危険があるというのなら、積極的に排除に向かうのが貴族の義務というものではありませんか」
僕がジラントを倒したことを利用して、ワーナビー先生が自分のしたことを正当化しようとしてやがる。あんなのただの偶然だ。実力と勘違いされてもう一度やらされたら、今度は本当に死んでしまう。
「生徒は騎士として誓いを立てたわけでも、兵士として雇用されているわけでもありません。魔導院は『戦力』など有していないのです。先生は何を勘違いされているのですか」
お説教タイムが始まってしまった。
魔導院は授業料の対価として知識と研究の場を提供する教育機関だ。お金を払ってくれた相手を兵士のように働かせるバカがどこにいる。危険な任務に就かせて報酬も払わないなど生徒を奴隷と認識しているのか? 万が一、犠牲者が出た場合の補償金は誰に支払わせるつもりだったのだ? とリアリィ先生に問い詰められワーナビー先生は返答に窮している。
元騎士らしく、武勲を挙げることばかり考えて、学校経営のことなど頭の中になかったようだ。
そこへ健康診断を終えたらしいプロセルピーネ先生がやってきた。「これお願いね」といって何やら2枚の書類をリアリィ先生に渡す。
「こ……これは……いったい何ですか?」
何だろう……。リアリィ先生は顔を引きつらせてプルプル震えている。
「もちろん、治療に使った魔法薬とかの請求書だよ。実習なんだから経費で落ちるでしょ。2枚目は領軍の治療に使った分だから公爵様に立て替えてもらってね」
お金のことで怒られていたワーナビー先生にとっては最悪のタイミングで爆弾が持ち込まれたようだ。リアリィ先生の手元にある書類をのぞき込んで顔色を真っ青にさせている。
「いえ……治療費というのはわかりますけど……この値段はいったい……?」
「そりゃ、普通の解毒薬が効かない相手だもの。特殊な魔法薬も結構使ったし、解毒薬の材料までこっちで用意させられたんだから納得の倍々料金だよ」
特殊解毒薬の製作で倍。材料の自前調達でさらに倍。徹夜の特急料金でもひとつ倍。危険な山小屋への出張治療は3倍付で合計24倍料金だそうだ。
なんだその理屈は……
材料まで用意させられたって、先生は僕におねだりしただけなのに……
リアリィ先生はなんとかまけてくれるように交渉したけど、プロセルピーネ先生はビタ一文たりともまけなかった。今回のラトルジラントの毒に効く解毒薬は量が限られているし、材料を提供してくれるヒメバシリスクも、あとひとつ残っている毒腺もプロセルピーネ先生の手に握られている。
現品、材料、増産手段のすべてを悪徳商人に独占されてしまっては、値引き交渉に使えるカードなんてどこにも残っていないのだ。
ガックリと肩を落としたリアリィ先生は、生徒が全員無事に帰還したことが確認されるまで反省室で謹慎しているようワーナビー先生に命じた。全員無事に帰還しなかったときはわかっているだろうなと脅しておくことも忘れない。
話がジラント対策へと移ると、ラトルジラントの討伐は集められるだけの騎士を一気に投入して、夏までに駆除してしまえとプロセルピーネ先生が主張した。
生まれてから3年目の幼体がまとめて現れたということは、近くの山に繁殖している親が潜んでいるということだ。早急に親と産卵場所を潰して、残りも繁殖を始める前に始末してしまわないと騎士の手が足りなくなる。毒の成分が変わってしまうこともあるし、時間をかけるほどやっかいになっていく相手だそうだ。
リアリィ先生は公爵様にそのように進言すると約束した。
事情聴取を終えた僕たちが治療室に戻ると首席が待っていた。空いているベッドでタルトと蜜の精霊が仲良くお昼寝中である。
「や~、助かったよ~。計ったようなタイミングで帰ってくるなんて、もしかして出待ちしてた?」
「してません。これでもできるだけ急いだのですよ」
プロセルピーネ先生に出待ちと言われた首席がふくれっ面で否定する。
首席は僕たちが山狩りに出発した日にモチカさんを連れてモウホンマーニへと発ったそうだ。リアリィ先生を見つけて状況を説明し、先生の代わりにモチカさんを足止めされている新入生への対応に回して一足先に戻ってもらった。昨日のうちに戻りたかったのだけど、雨のせいで道が悪くなってしまい今日になってしまったらしい。
山狩りはダメと言われたらすかさず伝令に走るあたり、首席は自分にできることを冷静に把握している。無鉄砲な脳筋ズに爪の垢を直接ねじ込んでやりたいよ……
「結果論ではありますけど、ワーナビー先生がドクロワルさんを参加させたから犠牲者が出なかったとも言えますわね……その判断が正しかったとは思いませんが……」
僕たちから山狩りの一部始終を聞いた首席はため息を吐きながら呟いた。
「あんた、あの騎士くずれに味方すんの? 尻から猿の手を生やしてやるわよ」
「味方する気などございません。誤解なさらないでください」
【魔薬王】に尻から猿の手を生やすと脅された首席は焦ったように首を振る。
ただ、ドクロワルさんが行かなければ僕も行かなかった。ラトルジラントの毒腺は入手できず解毒薬は作れなかった。山小屋に残してきた時間稼ぎ薬がなければ、サンダース先輩を含めた5名の生徒は助からなかった。結果的にドクロワルさんの参加は全部いい方に転がったと言うのだ。風が吹けば桶屋が儲かる理論ではあるけれど……
「はっ。最初っから山狩りなんて騎士と領軍に任せとけばよかったのよっ」
「そういう先生が一番利益を上げていらっしゃいますよね……ラトルジラントを丸々1匹手に入れられて……」
「そういえば、治療費の請求も酷いぼったくり料金なんだよ。リアリィ先生が顔を引きつらせるくらい……」
首席に言われて気が付いたけど、今回の山狩りはジラントの死骸を自分の物にしてバカみたいな治療費を請求しているプロセルピーネ先生の独り勝ち状態だ。
命懸けでジラントと戦った騎士課程の先輩たちが得たものはチャーリーのガラガラだけで、支援部隊に参加した生徒に分配される素材なんてなにもない。ワーナビー先生は反省室に送られ、リアリィ先生は高額な治療費に頭を悩ませている。
「な、なにその目はっ? 利益を独り占めなんてしないわよっ。ちゃんとあんたとパナシャと、シュセンドゥにも分配するわよっ」
危なかった。首席が気付かせてくれなければ、きっとひとりだけ大儲けしていたに違いない。チャーリーを吹き飛ばしてしまったサンダース先輩たちはともかく、危険を承知で治療班に加わったシュセンドゥ先輩には分け前があって然るべきだろう。
いつの間にか日も落ちて夕飯の時間になってしまったので治療室を後にする。寮に戻る前にイカス鎌を返さないといけないので、暗くなってから女子寮に行くのもどうかと思いながら紅百合寮へと向かう。
「あ、伯爵だっ。こ~んな時間に女子寮に何の用かなっ?」
「アーレイ、ちょうどよかったわ。ジラントの話を……」
「簀巻き……」
ムジヒダネさんはジラントの話を聞きたがったけど、後ろから現れた次席がひと言漏らすと軍人のように背筋を立てて場所を開けた。【ヴァイオレンス公爵】も首席や次席とは相性が悪い。というかふたりの使役する精霊と相性が悪いから、簀巻きにされてよほど恐ろしい目にあわされたのだろうか……
「役に立ったかしら……?」
鎌を返すときに次席に聞かれたので、あんまりよく切れるので道中の枝を切り落とすのにも、水場の草刈りをするのにも酷使されたことを話したら、カリューア姉妹がなんだか目を丸くしていた。
「姉さんの鎌は切れ味だけを追究してるから、かなり魔力を使うんだよ……」
「いざという時のために渡したのだけど……ロゥリング族の魔力は底なしね……」
全然気にならなかったけど、このイカス鎌に刻まれた魔法陣はかなり魔力を使うらしい。いや、確かに凄い切れ味してたけどさ……
「役に立ったのならいいわ……行軍の際に使えるということもわかったし……」
次席にも何かお礼を考えておこう。ムジヒダネさんを抑えてくれる人とは仲良くしておきたい。腰巾着のヘルネストは役に立たないからね。
寮に戻ってお風呂に浸かると一気に疲れが襲ってきた。もうブタさんを眺める元気もない。何もかもあのワーナビー先生のせいだ。山狩りなんて疲れることさせやがって……
「シルヒメ、下僕が溺れないように抱っこしてあげるのです」
タルトの声が遠く感じる……何だろう、このあったかくて柔らかい感触は……




