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道案内の少女  作者: 小睦 博
第1章 掟破りの3歳児

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26 山小屋に響く哀しき叫び

 徹夜の作業により、明け方には解毒薬は完成した。ただ、魔力がまだ馴染んでいない。プロセルピーネ先生のものでも3日、ドクロワルさんのものなら5日は寝かせないと効果が安定しないそうだ。魔力が馴染むまでの時間の違いは調合の腕の差であるらしい。

 だけど、すでにラトルジラントの毒にやられた生徒が出てしまっていた。


 昨日、日が暮れてから伝令が来て、ブチョナルド先輩の部隊がいた二次拠点がジラントに襲われて、2名の生徒が毒で倒れてしまったと報告があったらしい。サンダース先輩が空から魔術で攻撃して追い払った隙に山小屋まで撤退し、解毒薬が効かないことに気付いた治療士の先輩はドクロワルさんの残してきた時間稼ぎ薬を使うことに決めたそうだ。

 動けない生徒を抱えての夜の行軍などジラントには格好のエサでしかない。伝令だけ駆けさせて山小屋で防戦し、陽が昇ってから領軍と山を下りる計画だったのだけど……


 天はジラントに味方した。


 昨日に続いて霧がかかってしまったのだ。魔導院の辺りはそれほどでもないけど、山小屋の辺りは数メートル先もわからないような濃霧だろう。ジラントの独壇場だ。


「公爵様に連絡してきたわ。騎士たちを護衛にあてて、生徒たちを引き上げさせて欲しいという話なんだけど……」


 通信の魔導器でホンマニ公爵様に連絡を取っていたプロセルピーネ先生がジラント対策本部と化した治療室に戻ってきた。山狩り連絡本部にはもちろん秘密だ。ワーナビー先生に「ジラントを生徒の手で討伐しろ」なんて指示を出されては堪らない。


 ただ、騎士を使えと言われても、濃霧の中をワイバーンで飛行するわけにもいかないから6名いる竜騎士は役に立たない。騎獣に頼らず単独で飛行できる魔導騎士が2名いるけど、視界の効かない中で生徒を護って撤退させるには手が足りない。ジラントは隙をついて毒牙を喰らわせ、後は毒が効いてくるのを隠れて待てばいいのだから。

 毒で動けなくなった生徒が2名というのも昨日の夕方での話で、一晩たった今、他の生徒が無事とも限らないのだ。最悪、動けなくなった生徒を担いで撤退するだけの人数すら残されていないかもしれない。


 プロセルピーネ先生は魔導騎士の護衛で最小限の治療班を送り込み、霧が晴れたところで竜騎士を投入して周囲のジラントを駆逐するという作戦を立てた。とにかく、霧が晴れるまでもたせれば、後は騎士たち力でなんとでもできる。


「山小屋には私が向かうとして、問題は魔法薬の運搬だわ……」


 魔導騎士の負担を少なくするために治療班は最小限にしたいけど、黒スケだけでは積載量が全然足りない。自分たちで山を下りるには、最低でも半数の生徒を治療しきるだけの魔法薬を持ち込みたいところだ。生徒たちより被害が大きいであろう領軍はあてにできない。


「私が鎧竜で牽いていきます。御者台に板を打ち付けて壁にすれば攻撃は防げるでしょう」

「それしかないわね。急いで御者台に壁を付けてちょうだい。荷物の用意をするわ」


 シュセンドゥ先輩が鎧竜を牽いていくことになった。御者台の左右に壁を付けておけば不意打ちされることはない。最初の一撃さえ防げれば、すぐに護衛の魔導騎士がやっつけてくれるだろう。


「弟子にはここの治療室を任せます。我が甥、あんたにはついてきてもらうわよ」

「えっ? なんで僕まで?」

「あんたもロゥリング族なんだから、霧の中でも相手の位置がわかるでしょ」


 そうか……確かにコケトリスたちさえ気付かなかった気配を隠しているジラントの殺気を僕は感じ取ることができた。魔導騎士たちは視界が効かないけど、ロゥリングレーダーを持つ僕と先生がいればその不利は解消される。

 位置さえ特定できてしまえば、ジラントなど魔導騎士の敵じゃない。


「この薬も持っていくと良いのですよ」


 鎧竜の牽くソリに荷物を積み込んでいると、タルトがドクロワルさんの作った解毒薬を持っていけと言い出した。またなにかやらかす気か?


「それはまだ使え……るようになってるじゃないっ!」


 やらかした後だったようだ。解毒薬の魔力を馴染ませて使えるようにしたらしい。見ただけで、いや……ロゥリング感覚で感じたのか、プロセルピーネ先生がビックリして叫び声をあげていた。浪人ギルドで見せたあの技術を使ったのだろうか?


 騎士たちの拠点に寄って先生の作戦を説明し魔導騎士を借りる。ワイバーンが使えるようになり次第、竜騎士を投入するようにお願いして出発だ。先生が魔導器ホットラインでラトルジラントのことを報告した時に騎士のひとりが同席していたらしく、先生に協力し生徒の救出を最優先するようにとの公爵様の命令がすでに伝わっていた。

 先頭が先生と黒スケ、シュセンドゥ先輩が鎧竜で続き、僕とタルトがイリーガルピッチで後方を警戒だ。先生と僕に魔導騎士がひとりずつ付いている。

 僕は『ヴィヴィアナロック(僕命名)』と『エアバースト』の魔導器を左右の手に持っているので、イカス鎌はお守り代わりにシュセンドゥ先輩に持ってもらった。


 魔導騎士の使う魔導甲冑は中世の全身鎧って言うよりも、装甲板や羽のようなバインダーが伸びていたりして、ストーリーや世界観に何のつながりもないのにタイトルになっている主人公機の名前だけが同じな有名ロボットアニメシリーズに登場する巨大人型機動兵器みたいなシルエットをしている。こういうのもコスプレって言うのだろうか?

 僕も将来騎士になったら、「モロニダス行きま~す」とか言いながらカタパルトで射出されるのかもしれない。


 山道に入るとあっという間に濃霧にまかれたけど、先頭を行くプロセルピーネ先生は道が見えているかのように迷いなく黒スケを進める。山小屋が近づいてきたところでジラントと思われる殺気を感じたけど、僕がなにを言う間もなく先生が閃光弾のような魔術を打ち込んだ。すぐさま隣にいた魔導騎士が何がしかの攻撃の魔術を放つ。


「狙われていることをわからせればいいから。できるだけ派手なのを使ってちょうだい」

「了解したっ」


 派手にやれと言われた魔導騎士は、宙に浮いたまま左右の腰に畳まれていたバインダーを前方に向けて展開し、そこから2条のド派手な雷を撃ち出した。そんなのもアリなのかよ。魔導騎士、フリーダム過ぎるだろう。

 前方の先生には位置がバレているとわかったらしいジラントが後方に回り込んで来たので、『エアバースト』を撃ち込んでやる。空気の塊である『エアバースト』の弾は目では捉えにくいのだけど、霧のおかげで軌跡がわかりやすい。

 『エアバースト』が着弾した辺りを薙ぎ払うように、僕の隣に浮いている魔導騎士があらん限りの攻撃魔術を叩き込む。不意打ちを仕掛けようと近づいたところを先制攻撃で迎えられたジラントは、僕たちを襲うのを諦めたようで気配が離れていった。


 山小屋の防衛に当たった領軍はテーブルや椅子まで利用して急造の逆茂木を作りバリゲードを築いたようだ。道は塞がれ周辺にはとにかくジラントを通せんぼしようと、ロープだの網だのが張られている。

 鎧竜に力尽くで突破させると音を聞きつけたらしい領軍の兵士が飛んできたけど、僕たちに気付くと「援軍だ。魔導騎士が来てくれたぞ」と大喜びで知らせに行ってしまった。

 あの人は見張りじゃないのか? 持ち場を離れて大丈夫なのか?


「プロセルピーネ先生……薬も術も効かないんです……もう、どうしていいのか……」

「解毒薬を作ってきたから安心しなさい。治療士が患者に弱気なところを見せるもんじゃないわ」


 山小屋の中では疲れ切った顔をした女の子が怪我人の看病に当たっていた。プロセルピーネ先生の姿を認めるとその場に崩れ落ちて泣き出してしまう。

 ブチョナルド先輩の部隊に配置されていた治療士の先輩だろう。毒で倒れた生徒は2名と聞いていたけど、山小屋の中には5名の生徒と6名の兵士が寝かされていた。サンダース先輩まで時間稼ぎ薬で眠らされている。

 治療士なのに何もできず、毒にやられる人が増えるたびに動けなくしていくしかなかったのだ。泣きたくなるのもわかる。


「あの、あなたは……?」

「魔導院の治療室を受け持っていた軍医よ。毒を受けた患者の治療は私が行います。領軍はそれ以外の患者の治療に専念しなさい」


 子供にしか見えない先生を訝しんだのか、領軍の治療士と思しき人が声をかけてきたけど、先生が軍医であることを聞かされるとすぐにその指示に従った。軍医は治療士の上級資格のようなもので、治療士の手には余る怪我の治療だけでなく病気にも通じている専門家だ。

 後方に配置されていた軍医が出張って来たというのは、治療士の人にとっては上官が来たことを意味する。


 プロセルピーネ先生は治療士の先輩から傷の説明なんかを聞きながら1刻もかけずに全員治療してしまった。眠らされていた人たちは傷自体はそう酷くなかったので、解毒薬さえあれば治療するのに時間はかからない。あのバカでかい牙で酷い傷を負わされた人は、おそらく薬で眠らせる間もなかっただろう……


「アーレイ? プロセルピーネ先生? ここは?」


 目を覚ましたサンダース先輩は山小屋に僕たちがいる状況が飲み込めないようだ。自分が毒を受けたために眠らされたことまでは覚えていたので、解毒薬を持った治療班が来て、霧が晴れれば竜騎士がワイバーンを連れてくる手筈になっていることを説明する。


「わかりました。時間だけ稼げばいいということですね」

「ちょっと、あんた。病み上がりで何する気よ?」

「大丈夫です。意識もはっきりしてますし、傷を受けた腕も動かすのに支障ありません」


 魔法陣を編み込んだ鎧下もジラントの牙が相手では役に立たなかったようで、先輩の右上腕部にあたる部分はザックリと切り裂かれているけど、先輩は問題ないと見せつけるように腕を振りながら部隊の指揮に戻っていく。


 大量の医療品を積んで来たけど、思っていたよりも生徒の負傷者が少なかったので、先生は重傷を負って動けなくなっている領軍の兵士たちの治療を始めた。治療士では手に負えない患者も多いだろうからと、魔導院の治療室と同水準の治療ができるようプロセルピーネ印の強力な魔法薬も多数持ち込んだのだ。


「下僕、ここを取り囲んでいる亜竜の数がわかりますか?」


 外の様子を見てこようと僕が腰を上げたところ、唐突にタルトが尋ねてきた。殺気が向けられている方向からすると……


「5匹……かな……?」

「7匹よ」


 兵士の治療をしていたプロセルピーネ先生に即座に訂正された。森の中で魔獣を恐れずに生きていけるロゥリング族の感覚の鋭さは尋常じゃないな。数だけでなく、すでに位置まで掴んでいそうだ。


「あんたはまだ個体の識別ができてないみたいだから、相手が1匹に見えても油断するんじゃないわよ」

「……近づかれる前に逃げてきます」


 先生のロゥリングレーダーは数や位置どころか、個体の識別までできているようだ。頭の中でアルファーとかブラボーとか付けて呼んじゃったりしてるのか?

 しかも、できて当たり前みたいな口調だし……


 山小屋の外ではソロリソロリと近づいてきたジラントが時おり見つかっては追い払われているようだ。魔導騎士と毒を治療できる先生が来て、霧が晴れるまでと終わりが見えたせいか、疲れているはずの領軍の兵士たちにも余裕が戻ったように感じられる。


「娘の5歳の誕生日がもうすぐなんだ。ヴィヴィアナ様人形をお土産にねだられちまってな……」

「実は僕、来月結婚するんですよ。ようやく先方の両親が許してくれたんです……」

「親が家業を継いでくれって言うんで、2週間後には除隊の予定だ。これが最後のお勤めだな……」


 近くで話していた兵士たちの会話が聞こえてくる。何話してんだバカ! お前らそんなに死にたいのか?

 わかっててやってるんじゃないかと疑いたくなるほど死亡フラグを立てまくっている兵士たちのために、近くにジラントの気配がないか念入りに探っておく。


「カリーナって言うんだ、パパーってよく懐いてくれて……」

「この指輪を渡すつもりなんです……」

「父も母も歳だからな、これからは孝行して安心させてやらんと……」

「ジラントダー! ジラントガイルゾー!」


 話を聞いているのに堪えられなくなった僕は、叫び声を上げながら何もいないとわかっている森の中に『エアバースト』を撃ち込んだ。すぐに魔導騎士と先輩がやってきて攻撃魔術をバシバシ撃ち込んでいく。


「ニゲラレタヨウデスネ……キヲヌカナイデクダサイ……」


 兵士たちはお喋りをやめて、不安気な表情で周囲を警戒するようになった。まったく……我ながら何をしてるんだろうと思うけど、旗を折ろうとしている僕の横でのんきにフラグを立て続ける兵士たちにイラッときてついやってしまった。


 ジラントたちは獲物が手強くなってしまったことに気が付いたようだ。こちらに向けられている殺気は鋭くなってきているのに迂闊に近づいてこなくなった。それでいい。霧が晴れて竜騎士たちがやってくればこっちのもんだ。

 少しずつ霧が薄くなってきたことを伝えようと山小屋に足を向けると、プロセルピーネ先生がイカス鎌を持ったシュセンドゥ先輩を連れて入口から出てきた。


「……何をする気ですか?」

「標本は多い分には困らないわ……」


 先生はその小学生のような顔にニヤリと凶悪な笑みを浮かばせた。ジラントを狩る気マンマンである。


「こっちよ。チャーリーが近づいてきてる……」


 チャーリー、お前気付かれてるぞ……

 先生が向かった先には、ついさっき盛大に死亡フラグを立てていた兵士たちがいた。


「あいつらが襲われたところを捕らえるのよ。シュセンドゥはその鎌で首を切り落として。他の部分を傷つけないように頼むわね」

「ちょっ……味方をエサにする気ですか?」

「あいつらは兵士なんだから、自分の身くらい自分で護らせればいいのよ」


 鬼だ……

 鬼がいた……

 チャーリー(ジラント)が迫ってくる……

 狙われているのは……5歳になる娘さんがいる兵士だっ!


 殺気が一気に膨れ上がった。兵士は狙われていることに気が付いてすらいない。僕は堪えきれずに飛び出して、兵士を護るように水の壁を展開する。


「うおあぁぁぁ――!」


 間一髪、兵士に牙が届く寸前で『ヴィヴィアナロック』がチャーリーの首を掴まえた。


「ぃよっしゃ――! さっすが我が甥。シュセンドゥ、やっておしまいっ!」


 兵士たちは腰を抜かしてしまったのか地面を這って逃げていった。首根っこにがっちりと枷を嵌められて抵抗できないチャーリーに、鎌を構えたシュセンドゥ先輩がへっぴり腰で近寄っていく。


「シュセンドゥ! 動くなっ。今助けるっ!」

「へっ……?」


 突如として後ろから現れたサンダース先輩が、鎌を振り降ろそうとしていたシュセンドゥ先輩を無理やりチャーリーから引き剥がす。


「いいぞっ! 攻撃を集中させろっ!」

「ちょっ……!」


 サンダース先輩の合図で、騎士課程の先輩たちがこれまでのうっ憤を晴らすかのような全力の攻撃を身動きの取れないチャーリーへと叩き込んだ。


 ――ギャアアァァァァ――――――――!


 霧に包まれた山小屋に断末魔のような叫び声がこだました。プロセルピーネ先生の……


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