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道案内の少女  作者: 小睦 博
第1章 掟破りの3歳児

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23 山狩りの日

 夜が明けると、昨日までは快晴だったのに今日は少し雲が出てきていた。今日から4月で、本来であれば明日には新学期の始業式が行われる予定だったのだけど、山狩りのせいで後回しにされてしまった。帰省中だった生徒たちも、街道の安全が確認されるまではモウホンマーニで足止めされている。


 ヘルネストに気取られないよう何食わぬ顔で寮を後にして、飼育サークルの更衣室で作業服に着替え、胸当てにアームガード、レガースを装着する。革で出来ていて、防具というよりも落馬したときの保護具なのだけど何もないよりはマシだろう。

 獣舎に行くとヒッポグリフ3頭に鎧竜1頭がすでに連れて行かれたようで房が空になっていた。なんで首席のヒッポグリフまでいなくなってるんだ?


 コケトリス2羽を連れて白百合寮に向かうと、作業服の上から革で出来た貫頭衣を被ったドクロワルさんが待っていた。この貫頭衣も防具というより調合時に使っているエプロンなのだけど、騎士課程でない僕らは本格的な防具なんて持ってないので代用品で我慢だ。もちろん下着には鎧下を着用している。


「ごめんなさい。ちょっと荷物が多くなってしまったのですけど……」


 ドクロワルさんの足元には、背負い鞄のほかに蓋がついて鍵のかかる頑丈そうな木箱がふたつ置いてあった。


「コレ持っていくんだ?」

「ええ。昨日、プロセルピーネ先生が知らせてくれましたから……」


 あの紙切れか。先生が必要だと考えているなら、持っていくに越したことはないな……

 それほど大きくはないけどずっしりとした木箱をコケトリスの鞍についている荷台に載せ、防水布を被せてしっかりと縛り付ける。森の中で荷車を牽くわけにはいかないので、今日は荷物を積めるように鞍をつけてきたのだ。


 先輩の部隊と合流するため集合場所に指定されていた正門前に向かう。サンダース先輩のヒッポグリフとシュセンドゥ先輩の鎧竜が目立つのですぐに見つかった。

 大量の荷を運べる鎧竜の持ち主であるシュセンドゥ先輩は後方で物資の輸送係を務めるらしい。道のないところでも大丈夫なように、荷車でなく大きなソリを牽かせている。


「全員揃ったな~。ブリーフィング始めるぞ~」


 部隊の責任者であるサンダース先輩が山狩りの予定を説明していく。魔導院からは強制参加である騎士課程の先輩たち10名前後による山狩り部隊が6つと、希望参加者による支援部隊が3つの計9隊が参加するそうだ。


 山狩り全体の配置としては、モウヴィヴィアーナの南側に領軍の司令本部が設けられ、北方面、西方面、南方面にそれぞれ1ヶ所ずつ物資集積所を兼ねた一次拠点が設置される。

 一次拠点には街から離れたところにある、樵とか猟師の人たちが使う山小屋を利用するらしい。いちおう踏み均された道が続いていて、荷車は無理だけどソリや馬を使った輸送が可能なので、支援部隊の人たちが活動するのは街からこの一次拠点の間ということになる。

 山狩りをしながら進んだところにいくつかの二次拠点を設けて、山狩り部隊はそこを中心として活動するそうだ。一次拠点から先は道のない山の中なので、物資は領軍の兵士たちが担いで運んでくれる。ドクロワルさんが配置されたのは山狩り部隊の方なので、僕も二次拠点までついて行かなければならない。


 魔導院の部隊は各方面ごとに山狩り2部隊、支援1部隊が割り当てられ、領軍の部隊と共同して山狩りにあたる。

 各拠点の責任者は領軍の人が務めるそうだけど、ワーナビー先生によると魔導院部隊の指揮権まで預けたわけではないので、必要なときには魔導院、っていうかワーナビー先生の指示を仰ぐこと、それ以外は各部隊長の判断で行動せよということらしい。

 サンダース先輩の部隊が割り当てられたのは北方面。支援部隊にはシュセンドゥ先輩がいる。そして、ヒハキワイバーンを連れたバグジードの奴までいた。山狩りだというのにメイドさんなんか連れて、ピクニックにでも行くつもりのようだ。

 まあ、奴のワイバーンは人を乗っけて空を飛べるから伝令の役には立つかもしれない。


「伯爵~。男爵~。見送りに来たよ~」


 出発の直前になってクセーラさんが見送りに来た。クセーラさんに知られているってことは……


「公爵なら姉さんが簀巻きにしたから心配いらないよっ」


 僕が近くに脳筋どもが潜んでいないか見回していると、クセーラさんが心配無用と教えてくれた。なんと、僕とドクロワルさんが山狩りに参加すると聞いて武器の準備をしていたムジヒダネさんだったけど、朝食に一服盛られて動けなくなったところを次席の手で簀巻きにされてしまったそうだ。ただいま絶賛お説教中らしい。

 次席はおとなしそうに見えてやることがえげつないな……


「伯爵が行くのは、やっぱりコケトリスが使えるからなの?」

「他に理由なんてないよ」

「姉さんの睨んだとおりか……これ便利だから持っていけってさっ」


 クセーラさんが渡してくれたものは、一見すると薙刀のようだけど、薙刀にしては柄が若干短めだし刃が内向きに付いていた。

 武器ではなくて、園芸サークルに所属している次席が樹木の剪定をするのに使っている鎌らしい。コケトリスに跨ったまま藪を掃ったり、邪魔な枝を落としたりするのに使えるし、鎌の部分に切れ味を良くする魔法陣が刻んであるので、腕力がなくて魔力の余っている僕にちょうどいいだろうと貸してくれたそうだ。


「モロリン伯爵とぉ~、ドクロ男爵のぉ~、武運を祈念してぇ~」


 ――バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ……


 僕たちが山狩りに行くことを知って集まってきた同級生たちが、西部派に伝わる出陣の儀式で送り出してくれる。僕には死亡フラグとしか思えないのだけど、皆は武勲を挙げて無事に帰ってくるおまじないだと信じているのでやめさせるわけにもいかない。西部派には変な文化が根付いてしまっているようだ。


「次席には鎌を貸してくれたお礼を言っておいてよ。必ず返すって……」


 効果があるかどうかわからないけど、とりあえず対抗して生存フラグを立てておく。なんとなく、借りた物だけが持ち主のところに届けられるフラグのような気もするけど、それは恋人限定だったはずだから多分大丈夫だろう。

 今日は領軍と合流して一次拠点まで移動した後に、周辺に潜む危険の排除と拠点の整備をすれば終了だ。


 途中、僕たちが野犬に襲われた放牧地に竜騎士たちの駆るワイバーンが6体いるのが見えた。前肢が翼になっていて長い首と尻尾を持つ亜竜の一種だ。

 山狩りをする範囲よりもさらに山奥での魔物の調査にあたる騎士たちだけど、尻尾の先まで含めると体長が10メートルはありそうなワイバーンを6体も降ろせる場所はこの放牧地くらいしかない。圧倒的な機動力で山奥までひとっ飛びなのでここを拠点に使うらしい。


「アーレイ。上手よ……ん、こっちもおねが~い」


 僕は鎧竜の御者台にシュセンドゥ先輩とふたりっきりで乗せられて酷使されていた。

 飛び入り参加でどの部隊にも配置されていない居候を決め込もうと思っていたのだけど、世の中っていうかシュセンドゥ先輩はそう甘くなかったのだ。僕が長くてイカス奴を持っていることに目を付けた先輩に、鎧竜の御者台に同乗するよう命じられた。


 鎧竜はドラゴンっていうよりも恐竜のイメージに近い翼のない四つ足の亜竜だ。体が大きいので御者台は地上から3メートル近い高さに位置することになる。

 馬やヒッポグリフならくぐり抜けられる高い位置に張り出した枝でも、鎧竜に乗っている僕たちでは引っかかってしまうので、次席から借りた鎌で枝を落とす仕事を与えられた。柄が長くて切れ味のいい鎌を持っている僕がいるうちに、邪魔になりそうな枝は一掃しておこうという魂胆だろう。

 次席の鎌はそのままでも充分いい切れ味をしているのだけど、刻まれている魔法陣を使うと太さが人の腕くらいある枝も簡単に切り落としてしまえる。力を込めて振り回す必要がなく、枝に引っ掛けるように触れさせるだけでいい。

 次席の見立てどおり僕でも扱えるイカス奴だ。


 鎌があんまりイカスので野営地を作るのにも駆り出され、結局、水場周辺の藪を僕ひとりで全部刈るハメになった。

 先輩たちだってナタくらい持っていたけど、領軍が使う携帯性が重視された片手用のナタと園芸家が使う作業性重視のイカス鎌では効率が違い過ぎたのだ。しゃがんだ状態で腰を痛めながらナタを振るっていたシュセンドゥ先輩は、前世での草刈機さながらにバッサバッサと藪を掃っていく鎌を見て、「やってられっかっー!」と叫び声をあげ、自分は指示するだけで作業は僕に丸投げすることに決めた。


「いっぱい働いてくれたアーレイはお姉さまたちと山小屋で休みましょうね~」


 樵や猟師の人たちが多い時では数十人泊まるという山小屋はそれなりの広さがあるのだけど、物資の集積所として使用するため全員が泊まれるほどスペースに余裕があるわけではない。山小屋に泊まるのは支援部隊の女子生徒とドクロワルさんだけで、他はテントで野営の予定だったのだけど、なぜか僕も泊まることを許された。タルトが一緒なうえにちっちゃいから子供扱いされているのだろうか。


「アーレイを山小屋に泊めるなら、僕にだって泊まる権利があるだろう?」

「何もしてないあんたの場所なんてあるわけないでしょ。アーレイにはいっぱい働いてもらったから、しっかり休んでもらうのよ」

「子供を連れているからかい? 僕もメイドを休ませてあげたいんだけどね……」

「バカなの? 自分が連れてきた使用人の面倒くらい自分で見なさいよ」


 女子生徒からは異論は出なかったのだけど、なぜかバグジードが自分も泊めろと言い出した。最初からわかっていただろうに、テントで野営が嫌ならなんで参加したんだコイツ?

 対応しているシュセンドゥ先輩はバグジードと同じ東部派なのに、とても同派閥とは思えない口調だ。言い含めるような説得ではなく、話にならんと突っぱねる。派閥から距離を置かれているというのも嘘ではなかったようだ。


「野営が嫌なら帰りなさいよっ。ワイバーンの翼なら魔導院まで帰れるでしょうっ!」


 太陽は山陰に隠れてしまったけど、まだ空は明るいので奴のヒハキワイバーンなら暗くなる前に魔導院まで帰り着ける。シュセンドゥ先輩に怒鳴られたバグジードは、派手に舌打ちをするとメイドさんを乗せてワイバーンで飛び立っていった。

 ふてくされて帰るとか……マジ何しに来たんだアイツ?


「ブチョナルド先輩も分家だからって遠慮しすぎじゃないですか?」

「すまんな……口を出すなと実家から言われているんだよ」


 近くで顔を押さえて見てはいたけど口は出さなかった騎士課程の先輩が、手間を取らせたとシュセンドゥ先輩に謝っていた。


「ほ~う……それが侯爵様のお考えですか……」

「俺が口を滑らせたなんて言うなよ」


 どうやらバグジードの家の分家筋だっていう先輩のようだ。東部派でも有力な伯爵家のご令嬢だけあって、今のやり取りにシュセンドゥ先輩はピンとくるものがあったらしい。ロクでもないことを思いついたタルトにそっくりな邪悪な笑みを浮かべている。そっとしておくに限るな……


「先輩っ。こういうのはどうかと思いますけどっ」

「い~の。い~の。アーレイだってこの方が嬉しいわよね~」


 山小屋に泊まることになった僕は支援部隊のお姉さま方のど真ん中に寝かされていた。ドクロワルさんが必死に抗議しているけど、「ちっちゃ~い。かわい~い」とお姉さま方は取り合ってくれない。きっと、タルトのことを言ってるんだろう。僕はゴブリン(オス)ですからね。


「抱っこが下手っぴなドクロビッチは端っこで寝るのです」

「ひ、酷いです……」


 タルトにドクロビッチと名付けられてしまったドクロワルさんは、シクシクと泣きながら一番端っこに横になってふて寝してしまった。

 3歳児をナデナデして楽しんでいた先輩たちも、タルトが寝息をたて始めると起こしてしまわないように静かになる。タルトを挟んで反対側に寝ているシュセンドゥ先輩の顔が近くてちょっとドキッとするけれど、僕は紳士なので不埒なマネなど考えたりしない……はずだ……


 山狩りの2日目はどんよりとした雲に覆われて、ひと雨来そうな天気だった。


 ここから3方向に分かれて山狩りをしながら二次拠点となる場所を目指すことになる。領軍の兵士が8人で1班となり、3班が横に拡がりつつ山狩りをして、2班が物資を担いで輸送する。

 サンダース先輩が領軍の責任者と交渉して、山狩り自体は領軍にやってもらい、生徒たちは輸送班と拠点の警備を担当することで話を付けてきたので、僕たちの仕事は輸送班のための道均しだ。ここでもイカス鎌は大活躍である。


 お昼過ぎからポツポツと雨が降り出してきたけど、強くなる前に二次拠点となる避難小屋にたどり着いた。

 山小屋と違って長期に逗留する場所ではないので粗末な小屋だけど、山で酷い天候にあってしまった樵や猟師たちの避難場所なので柱や壁はしっかりとしている。それほど大きくない小屋だし治療場所として使うことになるので、寝泊まりするのはドクロワルさんと領軍の看護兵の女性のほかは怪我人だけだ。

 今日の山狩りで猿の群れを相手にしたらしく、領軍の兵士には数名の軽傷者が出ているし、毒蛇に噛まれてしまった人もいるらしい。


 僕とタルトはコケトリスたちと一緒がいいので、防水布で作った即席の獣舎をテント代わりに使わせてもらうことにした。ヒッポグリフとサンダース先輩も一緒だ。

 騎獣たちの仲が良いので仕切る必要がなく広く使えて助かる。夕方から雨脚が強くなってきたけど、獣舎の周りは先輩が排水用の溝を掘って土手を作ったので水が入ってくる心配はない。湯たんぽと羽毛布団が揃っているのでテントより遥かに快適だろう。


「その子は連れてきて大丈夫だったのか?」


 夕食にリンゴを食べた後、イリーガルピッチの羽に潜り込んで遊んでいるタルトを見てサンダース先輩が尋ねてきた。


「タルトはドラゴンに丸呑みにされても平気だそうです」

「ドラ……。精霊ってのは、皆そうなのか?」


 サンダース先輩に問われるような視線を向けられた雷鳴の精霊は、一緒にするなと言わんばかりに顔を真っ青にしてブンブンと首を横に振った。


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