22 教師の思惑
サンダース先輩の説明によると、ドクロワルさんは雑役ではなく治療士として先輩の指揮する部隊に配置されているらしい。先輩はまったく面識がないし、顔もわからないので同級生なら知っているだろうと僕たちを探していたそうだ。
「ドクロワルさんは山狩りなんて希望してなかったはずですよ。ムジヒダネさんに誘われても断ろうとしてたし……」
「私も彼女が『行きません』と口にするのを聞いています。それが部隊に配置とはどういうことかご説明いただけませんか?」
だけどサンダース先輩もドクロワルさんが自分の部隊に配置されることになった経緯はわからないそうだ。配布されたメンバー表を見て、自分の指揮下に名前も知らない教養課程の子が、それも治療士として配置されたと知って大慌てで僕たちに話を聞きに来たところだった。
「その子、治療士としては優秀なのか?」
「魔力同調が使えます。治療士としての知識だけは、すでに卒業できる水準を超えています」
「優秀すぎるな……そのせいで、誰かに唆されたか……」
サンダース先輩はドクロワルさんを無理やり参加させた人がいるのではないかと考えたようで、僕たちに心当たりがないか尋ねてきた。ムジヒダネさんは止めたから、後は……
「もしかしたら派閥の人から……」
「ドクロワル男爵家は南部派だな。クゲナンデスなら知っているかも……」
獣舎でハナちゃんにおやつをあげていたクゲナンデス先輩に話をしたところ、先輩もドクロワルさんの参加は寝耳に水だったようだ。
「派閥で誰かを推すという話は私も聞いていません。それにあの子が自分から参加するとも思えません。先輩の力で止められませんか?」
新学期から専門課程になるクゲナンデス先輩は、今月まで白百合寮に住んでいたからドクロワルさんとも面識がある。彼女は目上の人から頼まれると、気が進まなくても引き受けてしまう性質なので止めて欲しいとお願いされてしまった。
本人から直接聞き出した方が早いと白百合寮に向かう。足の遅い僕とタルトはイリーガルピッチに騎乗して移動だ。運よくドクロワルさんは寮にいてくれたので、サンダース先輩を紹介して話を聞いたところ予想もしていなかった答えが返ってきた。
「その……騎士課程のワーナビー先生がどうしても参加して欲しいと……」
「教師が要請しただと……」
「あの方はっ!」
サンダース先輩は唖然としているし、首席はノーマークだった相手の名前を聞かされて怒りだした。まさか、希望者のみと決めた先生が特定の生徒に参加を要請していたとはね。
先生からの要請とはすなわち魔導院という組織からの要請であって、ドクロワルさんでなくても断りきれる生徒なんてそうはいない。強要するのと同じことだ。
何とか撤回させようと、大急ぎで教員室のある中央管理棟に向かい、山狩り連絡本部として設けられた部屋でワーナビー先生を捕まえられたものの、ドクロワルさんの参加撤回は予想以上に頑なに拒まれた。
曰く、本人からは了解を得ている。魔力同調の使える治療士は限られていて、その配置を変えるなら全体の部隊配置を見直さなければならない。参加する治療士はすでに領軍に通達済みで、今更変更するとなると再編成のために山狩りの日程を遅らせることになりかねないと言うのだ。
「1日も早く周辺の安全を確保せよとのご命令だ。相当な理由もなく遅らせることなど許されない」
山狩りのスケジュールはそれを命じたホンマニ公爵様にも知らされていて了承を得ている。それなりの理由を説明して変更を承諾いただかないと、最悪、命令違反の罪に問われることになるらしい。
「魔力同調の使える先生に代わってもらうことはできないのですか?」
「軍医の資格を持っている先生は配置が決定済みだ。動かすことはできない」
魔力同調が使える先生は、騎士たちの拠点、領軍の司令本部、魔導院の治療室の3か所に配置することが決定済みで代われる先生はいないという。
「しかし、教養課程の生徒は部隊行動などなにも知らないんですよ。危険すぎます」
「だから、お前の部隊に配置した。交代を申し出るのか?」
「参加の撤回を申し出ているのです。彼女を他の誰かに任せる気はありません」
結局、「本人の了解はもらったし、今更変えられるか」の一点張りで参加の撤回は認められなかった。
学長でもリアリィ先生でもいてくれたらどうにかしてくれそうだけど、ふたりはモウホンマーニで足止めされている新入生と、その父兄たちへの対応を公爵様から仰せつかって戻ってこれないらしい。離れた場所と連絡を取る通信の魔導器はあるにはあるけど、魔導院にあるのは院長でもある公爵様あてのホットラインで生徒が使えるようなものじゃない。
「あんなの詭弁だよ。領軍が治療士の数を考えずに派遣されるわけないんだ」
中央管理棟を出たところで、サンダース先輩が悔しそうに先生の言い分は詭弁だと口にした。
領軍はモウホンマーニを出発する時点で治療士を含む山狩りの編成を決定していたはずだ。そこに魔導院の生徒からドクロワルさんを含め4名の治療士をワーナビー先生が強引にねじ込んだ。治療士の数が増えるのはいいことだけど、魔法薬や医療品が充分でなければ彼らだって能力を発揮できない。
すでに物資の配分や重傷者の搬送手順の見直しといった予定外の再編成をさせてしまっている手前、今更数を減らすなんて言えないだけだという。
「でも、生徒をねじ込むなんて、何でわざわざそんなことを?」
「下僕は気付かなかったのですか。あの男の魔力からは『負けたくない』という意識が漏れていたのですよ」
「やっぱりそうなのか……」
サンダース先輩はタルトの言葉を疑わず、むしろ納得したみたいに頷いた。元いた騎士団で何があったのかは知らないけど、ワーナビー先生が騎士団とか軍に対抗心を抱いていることには薄々気が付いていたらしい。騎士課程の先輩たちの多くもそう感じていて、定番のジョークネタですらあるという。
「そもそも、領軍だけでなく騎士まで派遣した公爵様が生徒を戦力としてあてにするとは思えない」
ワーナビー先生は魔導院の生徒を騎士団や領軍のような戦力と捉えていて、それが公爵様からあてにされていないことが面白くない。大部分が魔術の使えない平民の兵士で構成されている領軍に主導権を握られたまま、山狩りを後方から眺めて終わることが我慢できず、領軍を出し抜いて魔導院の戦力を公爵様に示そうという思惑があるのではないかと先輩は語った。
「生徒は先生の……いえ魔導院の私兵ではないという自覚すらないのですか?」
首席も悔しそうに肩を震わせている。ホンマニ魔導院は王国中からトップクラスの魔力を持った上流階級の子弟が集まる魔術系最高学府にも拘らず、あくまで1私塾という立場を貫きとおし、他の貴族はおろか王様からの干渉すら拒み続けてきた歴史がある。
教育の場に政治を持ち込ませないためというのがその理由であったのだけど、それが生徒を私兵化していたなどと思われたらスキャンダルもいいところだ。
「領軍の編成にまで口を挟んでいるんだ。騎士団長にでもなった気でいるんだよ……」
「カリキュラムにない実習くらい、生徒たちでボイコットすることはできませんの?」
「山狩りに前向きなのは工師課程の生徒たちなんだ。僕たちがボイコットしても彼らの危険が増すだけだ……」
魔物の素材をエサに吊るされて喜ぶのは戦闘が中心の騎士課程ではなく、ものづくりを志向する工師課程の先輩たちだ。騎士課程の先輩が参加を拒否したところで、護衛が減って領軍の負担が増すという結果になるだけだという。
「何とか僕の部隊は拠点の警備に充ててもらえるように交渉するよ。必要なら領軍を囮に使ってでも、生徒だけは無事に撤退させて見せる」
サンダース先輩は危なくなったら領軍を見捨ててでも生徒からの犠牲者は出させないつもりだ。でも、それなら……
「じゃあ、僕もついて行くことにします」
「アーレイッ!」
先輩には悪いけど逃げ足の遅いドクロワルさんを任せてはおけない。彼女の足に合わせていては撤退速度が落ちてしまうから、足手まといだと見捨てられないとも限らない。だけど、僕には先輩の部隊を置いてきぼりにする勢いでトンズラさせる手段がある。プロセルピーネ先生の配置場所は魔導院の治療室だということも確認済みだ。
「僕なら黒スケとイリーガルピッチを連れて行けます。ドクロワルさんはイリーガルピッチになら森の中での騎乗経験もありますよ」
「コケトリスを使う気か……」
サンダース先輩が何かを考え込むような表情になった。コケトリスがいることの利点を計算しているのだろう。
コケトリスは森に住まうロゥリング族の騎獣。樹木が密生する森の中を胴長で四つ足の馬なんかより遥かに軽快に駆け抜ける。魔法薬の素材を採りに行った時にドクロワルさんを乗せたこともあるし、何より騎乗するのに踏み台を必要としない。
「僕が黒スケで先導すれば、ドクロワルさんはしがみついているだけで済みますし……」
「……魔物と戦おうなんて気は起こさないだろうな?」
「僕は魔物を倒せる魔導器を持っていませんから……」
「いいだろう。だが、ちゃんと指示に従って、逃げろと言われたらとっとと逃げ出すんだぞ」
僕は脳筋勇者じゃないので、たとえ『タルトドリル』があったとしても好んで魔物と戦いたいとは思わない。言われなくたって、危ないと思ったらドクロワルさんを連れてトンズラかますつもりだ。アニメの主人公じゃあるまいし、領軍も先輩たちも全員護ろうなんて思わないよ。
「それならば私も……」
「ダメに決まっているだろう……」
「飛べないヒッポグリフはただの馬だよ……」
決意を秘めたまっすぐな瞳で自分も参加すると言う首席を、先輩が呆れたように「ダメ」のひと言で斬って捨てる。首席のヒッポグリフはまだ人を乗せて飛べるほど翼の力が強くないからね。自分だけでも飛んで逃げてくれるならともかく、護衛対象がこれ以上増えるのは勘弁といったところだろう。
僕がついて行くのを許してくれたのは、ドクロワルさんを乗せるコケトリスを連れて行けるからだ。
山狩りに黒スケを連れて行くので声をかけておこうと、持ち主であるプロセルピーネ先生の研究室に顔を出すと、黒髪をツインテールにして白衣を引っ掛けた僕と同じくらいの背格好の幼女が何だか毒々しい色をした怪しげな薬を眺めながら、フヒヒヒ……と笑い声を上げている最中だった。
薬学と生物学の専門家であり、ドクロワルさんの師匠である魔導院随一の治療士。そして、僕の伯母でもあるロゥリング族の女性……
【魔薬王】ことプロセルピーネ先生だ。
先生はロゥリング族の第22王女で僕のロリオカンの異母姉にあたる。
母は父と結婚したときに「ドワーフ国から出ることなく、人族の土地には足を踏み入れるな」と命令されているのだけど、母に出産のお祝いを届けに来た先生は「私はそんな命令受けてないし~」とその足でアーカン王国に密入国したそうだ。人族のお金なんて持っていなかったので自作の魔法薬を売り歩いていたら、その中にご禁制の薬があったらしく、あっという間に足がついて御用となったところをホンマニ公爵様にスカウトされたという。
「えっ? あんたも行くの? パナシャまで? なんで?」
「ワーナビー先生がドクロワルさんを治療士として参加させることにしたんですよ。撤回するようにお願いしたんですけど断られました」
「あんの出来損ないの騎士くずれっ!」
僕がイリーガルピッチにはドクロワルさんを乗せるので、山狩りに黒スケを借りたいことを告げると驚いたような声を上げた。どうやら、魔導院の治療室を受け持つプロセルピーネ先生に何の相談もないまま、勝手に生徒を治療士として派遣することが決められていたようだ。ドクロワルさんへの参加の要請も完全にワーナビー先生の独断っぽい。
「魔力同調さえ使えれば治療士として働けると思ってるのっ? ド素人がっ!」
プロセルピーネ先生は激おこである。
患者を後方に移送する際には治療士の間で情報伝達をする決まりがあるのだけど、生徒たちはそういった実務をするうえでの手順にまで精通しているわけではない。自分の手には負えない患者が出たときに、「自分はここまで、残りは後方の先生で」という判断は魔力同調が使えたところでできないのだと、ツインテールを角のように逆立て怒っている。
「弟子にはこれを渡しなさい。他の子たちには、自分の手に負えないと思ったら最低限の治療に止めて後方の先生に任せること。その際に自分の施した治療内容を紙に書いて患者に持たせるように伝えておいてちょうだい」
誰が派遣されるのかをサンダース先輩から聞き出した先生は、しばらく何か考え込んだ後、読めなくはないけど意味はさっぱり理解できない紙切れをドクロワルさんにと僕に手渡した。
プロセルピーネ先生の研究室を後にし、獣舎で先輩たちと別れた僕は工作室に魔導器を回収に行く。脳筋どもは今度はカンナでカシ材と格闘中だ。もちろん山狩りに行くことは秘密にしたまま、先に戻ると声をかけ、白百合寮のドクロワルさんに明日朝食を終えたらコケトリスを連れて迎えに来るからと伝えに行く。
先生から預かった紙切れを渡したところ、彼女にはちゃんと意味がわかったようで何やらひとりで頷いていた。治療士が使う暗号だろうか?
「明日はタルトはどうするの?」
「もちろんついて行くのです」
「ドラゴンに丸呑みにされるかもしれないよ……」
「わたくしを丸呑みにしたところで、おバカなドラゴンがお腹を痛くするだけなのです」
おやすみの前にタルトに尋ねてみたところ山狩りについて来る気のようだ。ドラゴンも脅しにすらならなかった。頑丈なのは知っていたけど、ドラゴンに丸呑みされても平気らしい。どこから出てくるつもりなのかすごく気になる。
チート3歳児のことだから、お腹を壊したドラゴンのお尻から「オギャアッ」と出てきそうだな……




