21 新しい魔導器
魔導器でも作るか……
すっかり僕の保護者になってしまったドクロワルさんだけど、お昼寝をしたがるタルトを抱っこさせたところ、「お前は抱っこが下手くそなのです」とイヤイヤされた挙句、「お前もパンツを穿いているビッチなのですか」とスカートを捲り上げられるに至って、とうとう悲鳴を上げながらどこかに逃げ去ってしまった。
恥ずかしがるドクロワルさんも可愛かったなぁ……みずいろのパンツも清潔感があってグッドだよ……
「下僕は抱っこが上手なのです。とっても良い拾い物をしたのです」
まあ僕はずっと弟妹たちの面倒を見てきたからね。ドクロワルさんには悪いけど年季が違う。それにしても、タルトにとって僕は拾い物なのか……
厚生棟の近くにある広場の片隅でタルトのお昼寝を済ませ、買ってきたナラ材を魔導器に加工することにした。新学期が始まる前に用意しておかないと授業で使えなくて困るからだ。ナラ材を取りに寮へ戻ると、反省を終えて戻ってきたヘルネストと行き会った。
「待て。木材の加工に行くなら俺も連れて行け」
「首席から山狩りには武器を持って行かないようにって言われてなかった?」
「いや、山狩りは見送ることにした……簀巻きは勘弁だ……」
なんでも、ムジヒダネさんを紅百合寮へと送っていったところで、次席から「簀巻きになれば少しは頭が冷えるようよ」と、床に転がったまま魂が抜けたような表情でピクリとも動かなくなってしまったクセーラさんを足で示されて心を入れ替えることにしたらしい。
ヘルネストが大型の木材加工機を使いたいと言うので、専門課程エリアにある工作棟へと足を運ぶ。専門課程の内、工師課程という魔導器の制作や整備、魔法薬の調合などを学ぶ生徒が使う建物で、大型の工作機が導入された木材加工場や鍛冶場なんかが整備されている。
授業がないので閑散としているかと思ったけど、意外なほどに人で溢れていた。
「アーレイ? どうしたの? こんなところで」
まるで、学園祭の前日みたいにバタバタした雰囲気の木材加工場で僕たちを出迎えてくれたのは、工師課程に所属しているシュセンドゥ先輩だった。
「どうしたんですかこれ?」
「聞いてないの? 山狩りの準備よ」
すっかり失念していたけど、騎士課程の先輩たちは強制参加なんだった。山狩りに持っていく装備をいっせいに手入れすることになって、工師課程の先輩たちはてんてこ舞いだそうだ。
「あんた、まさかあの術式があるからって、参加する気じゃないでしょうね?」
「あの魔法陣は僕には無理ですよ。授業で使う魔導器です」
僕が壊れてしまった魔導器の代わりを作る気で来たことを話すと、剣呑な目でギロリと睨まれてしまう。あわてて『エアバースト』の魔導器を作るつもりだと説明したら、僕たちでは大型の加工機は危ないし時間もかかるからと手伝ってくれた。
「危ないから、その子をチョロチョロさせんじゃないわよ」
僕にタルトを捕まえておくように指示してナラ材を受け取った先輩は、羽子板魔導器の大雑把な形を聞いただけで、「ふたつは作れるんじゃない」と木工用のノコギリの付いた加工機を使ってあっという間に2枚の木版にしてしまった。あとは握りの部分を加工してヤスリで磨くだけで形は完成だ。
「いいわよ。アーレイ、ちょっと回してみて」
ヘルネストは槍を模した形にするので大型の旋盤を使って柄の部分を削り出さないといけない。
僕が旋盤を回すと、シュセンドゥ先輩が取り付けてくれた角材は芯が決まっていてぶれることなくクルクルと回る。僕たちではこの芯を決める作業だけでも時間を食うのに、工師課程で成績優秀な先輩は一発で決めて、「終わったら材料を外す前に声をかけなさい」と言い残して自分の作業に戻っていった。
ヘルネストが自分も連れて行けと言った理由がこの旋盤の加工機だ。電力などという便利なエネルギーはないので、ここにある加工機はすべて魔導器であり、動かすには当然魔力が必要になる。
魔力を動力として利用するのは案外効率が悪くって、この大型の旋盤を動かし続けるのはヘルネストでは少々きついし、作業はふたりひと組で行わなければならない。魔力が余っている僕が回す役で、ヘルネストは刃物の付いた棒を操作して削る役だ。
先端と終端の部分は加工できるよう厚く残して、柄の部分を削り終えたところでシュセンドゥ先輩に声をかけたら、やや太さがまばらになってしまったところを均してヤスリで綺麗に仕上げてくれた。ヘルネストは太さを揃えるのにえらい時間をかけて慎重に削っていたのに、サルでもできると言わんばかりの手つきだ。
すげぇ……この先輩マジ職人……
「アーレイ? まさか山狩りに来る気じゃないだろうな?」
シュセンドゥ先輩にお礼を言って工作棟から出たところで、強制参加組のサンダース先輩と出くわした。加工中の魔導器の材料を見て眉をひそめながら尋ねてくる。
もちろん参加などしないと言ったら安心したようにため息を吐いた。サンダース先輩によると、新学期から専門課程になる生徒たちの希望者が多くて頭を悩ませているのだそうだ。すでにこれまで住んでいた教養課程の寮から専門課程の先輩たちの寮に移っているため、周囲の山狩りワッショイな雰囲気に呑まれてすっかり魔物と戦う気になってしまっているらしい。
「護衛対象が増えるのは正直勘弁して欲しいんだがなぁ……」
サンダース先輩はぼやきながら工作棟へと入っていった。
「言っとくけど、君たちだって先輩にとっては護衛対象でしかないからね。戦力だなんて思われてないからね……」
山狩りの準備を進める先輩たちに触発されて、再び山狩りに行きたいなどと言い出されては堪らないのでヘルネストには釘を刺しておく。
サンダース先輩は新学期から最終学年の6年生だし、騎士課程で成績はかなり優秀ときているから部隊指揮を任されるのだろう。脳筋どもがいらぬ苦労をかけないよう援護射撃をするくらいなら僕にだってできる。
「わかってる。俺もサンダース先輩に迷惑をかけるつもりはない」
「ヘルネスト、先輩と知り合いだったの?」
「お前みたいに顔見知りってわけじゃないが、訓練場の常連だからな。稽古をつけてもらったこともある……」
僕は訓練場にほとんど顔を出さないので知らなかったけど、サンダース先輩は強いうえに丁寧に稽古をつけてくれるので訓練場の人気者なのだそうだ。なんと、ムジヒダネさんを相手に手加減する余裕があるほどの実力なのだとか。
自分のヒッポグリフに髪の毛を毟られて「ハゲが、ハゲが……」と嘆いている姿からは想像もできないよ。
木材の加工を終えたところで夕方になってしまったので続きは明日だ。今晩の内に魔法陣を描いておいて、残りは教養課程の工作室を使えば明日には完成するだろう。
「むぅ~。おやすみの時間なのですよ。早くお布団に入るのです」
「魔法陣だけ描いちゃうから、ちょっとだけ待ってよ」
3歳児が布団をパムパムと叩いてさっさと寝るのだと催促してくるけど少しだけ待ってもらう。魔法陣を描くのにそれほど時間は掛からない。製図台を使って描いた『エアバースト』の魔法陣の上にトレース紙のような薄い紙を被せて自作の魔力ペンで上からなぞるだけだ。改良も何も加えないので、新たに魔法陣を描き起こす必要はない。
「待たないのです。魔法陣などわたくしがちょちょっと描いてしまうのですよ」
タルトはそう言ってトレース紙を1枚奪うと、僕が机で『エアバースト』の魔法陣を写している間に、壁を使ってフリーハンドでひとつの魔法陣を描いてしまった。タルトの描いた魔法陣は相変わらず僕の知らない文字が使われているので、何の魔法陣かもさっぱりわからない。ただ、通常は属性を示すところに描かれているシンボルがすごく気になった。
タルトの買ってきたティーポットに描かれているシンボルとよく似ている……
「タルト……これってまさか?」
「わたくしの目の前でのうのうとお祀りされているなんて許せないのです。少しは役に立ってもらわないと腹の虫が治まらないのです」
「ヴィヴィアナ様の力を借りる術式なんて魔力が足りるかな? またすぐに壊れちゃったりしない?」
僕の魔力以上に不安があるのは、素材として使っている安物のナラ材だ。ヴィヴィアナ様の力に耐えられるとは思えなかったけど、タルトはこれ以上ないくらいにショボくしたのでしばらくは大丈夫と請け負った。僕がコケトリスごと隠れられる水の壁を作り出す術式らしく、防御のための魔導器を持っていなかった僕には正直ありがたい。
翌日、朝食を終えてヘルネストと一緒に教養課程の工作室で作業をしていると、カシ材を抱えたムジヒダネさんもやってきた。
山狩りは諦めたので、その間にカシ材を木剣に加工することにしたらしい。ヘルネストが先輩に仕上げてもらった槍を見て、「また私を裏切った……」と殺気を漏らしながらカシ材にノコギリを入れていく。教養課程の工作室には刃が動くノコギリ加工機がないので、ノコギリは人力で挽かないといけない。
ムジヒダネさんはここに来る前に専門課程の工作棟に行ったのだけど、山狩りの準備で忙しい先輩たちに「邪魔だ」と追い返されてしまったそうだ。おそらくは山狩りに参加しようとしている無謀な後輩と思われてしまったのだろう。
ギーコギーコとノコギリを挽く音は怒りに満ちているように響き、「ヘル君だけ抜け駆けして……」という呟きを耳にしたヘルネストは真っ青になっていた。
僕の羽子板は握りの形を糸ノコで大雑把に切り出してから、魔力を流すとブビビビ……と震えるヤスリ加工機で形を整えれば外形は出来上がりだ。簡単に壊れては困るので、前世の羽子板と違い結構な厚みがある。
危なくないように角は全部丸めて、握っただけで区別できるように、『エアバースト』用は握りの先に行くにつれ太くなる形に、ヴィヴィアナ様の術式用はまっすぐな握りに野球のバットみたいなグリップエンドを付けてみた。
魔法陣は板の部分に昨晩のトレース紙を気泡が入らないよう慎重に貼り付けて、溝彫り加工機にかければ線を引いた部分だけに溝が彫られた形に加工される。ここに購買で売られている魔法陣用のインクをはけで塗り付けたら乾燥室に置いてしばらく乾燥だ。
ちょうどヘルネストも槍の加工を終えて乾燥室にやってきた。訓練用なので穂先の代わりに先端をボートのオールみたいな形に丸め、そこに魔法陣を刻んでいる。柄の部分の塗装もされていて、生意気にも赤く塗っていやがった。
赤くしたところで3倍のスピードが出るわけでもなかろうに……
「間に合ってよかったぜ。悪ぃけど、乾燥機は全開で頼む」
乾燥機は温かい空気を噴き出すとともに空気中の水分を部屋の外に排出する魔導器だ。乾燥室に6台置かれているのを全部動かせと言うことらしい。まったく、人を魔力タンク扱いしやがって……
「お前の魔力が羨ましいよ……。昨日、あの旋盤を動かしたってのに何ともないんだろう?」
僕がすべての乾燥機を動かすと、ヘルネストがため息を吐きながら零した。
コイツは以前、ムジヒダネさんが槍を削り出した時に魔力回復薬を使いながらあの旋盤を動かし続けてぶっ倒れ、翌日まで起き上がれなくなった経験がある。あれはムジヒダネさんが時間をかけすぎたせいだと思うけど、ヘルネストは今でもあの旋盤を回すことを恐れているのだ。
確かに僕は魔力に困った経験がないし、魔力が欠乏してぶっ倒れる感覚なんてわからない。でも、それはお互いさまってもんだ。コイツにはドクロワルさんのダイエットに付き合わされて、体力が欠乏してぶっ倒れる感覚なんて理解できないだろう。
そんな自分だけが恵まれない子みたいな悲壮感を漂わせるんじゃないよ……
昼食を摂っている間にインクが乾燥したのでヤスリ加工機で表面を磨いてやる。木の表面が少し削れるくらいまで磨けば、溝からはみ出てしまったインクも削り落とされて綺麗な魔法陣が出来上がるという寸法だ。
魔法陣に問題がないことを確認するために適当な場所で試し撃ちをしてみると、ヴィヴィアナ様の術式は魔導器の前方に縦横2メートル、厚さ5センチ程度の水の壁を作り出した。水なのに透き通った氷かガラスのようで、冷たくはないけど触れると硬さがあって指が弾かれる。
「その水は『流れる』という性質を奪われていますので押しても動かないのです」
タルトによると、何かがぶち当たっても水がどいてくれないため、鉄の壁があるのと変わらないそうだ。魔導器のナラ材にも劣化した様子はないし、これは地味に優れた術式かもしれない。『タルトドリル』みたいな派手さがないし、水の壁を作り出す術式は他にもあるから、人に見られても何とでも言い訳できるところが実にいい。
試し撃ちに満足したので、よく埃を払ってから最後に表面と魔法陣を保護するための塗装をする。『エアバースト』の魔導器は黒。もうひとつの魔導器の方は水の壁なので青がいいだろう。保護膜となるものなので分厚く塗って、塗装をしない握りの部分を紐で縛って乾燥室に吊るす。あとはタルトとお昼寝をしていればとりあえず完成だ。
ヘルネストも作業を終えたものの、カシ材を前に思うようにノコギリが入らず、髪を振り乱して歯ぎしりをしているムジヒダネさんのお手伝いが残っている。【ヴァイオレンス公爵】お得意の威圧もお堅いカシ材には通じなかったようで、代わりにさっさと作業を終えてしまった僕たちへと殺意が向けられたから。
寮まで戻るよりも獣舎の方が近いので、僕とタルトはコケトリスたちを砂浴びに出してから飼育サークルの座敷部屋を借りてお昼寝だ。首席も来ていたので蜜の精霊も一緒にお昼寝である。夕方近くまで寝こけて、そろそろ工作室に戻ろうかというところで慌てたようなサンダース先輩がやってきた。
「ペドロリアン。アーレイ。ふたり一緒かちょうどいい。先生から振り分けられたメンバーの中にお前たちと同学年のドクロワルって子がいるんだが……どんな子か知っているか?」




