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道案内の少女  作者: 小睦 博
第7章 夏のサバイバル

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183 イボ汁は誰の手に

 雨が上がって、荷車が通れるくらいに道が乾くまで数日。この苦境を乗り越えればゴールが見えてくると希望を抱く生徒たちに新たな敵が襲いかかった。どこに隠れていたのか、奴らが急に湧き出してきたのだ。バンガローの内外を問わず至る所で目について非常にうっとうしい。


 そう、虫である。


 これまでもいなかったわけではなく、薪にくっついていたり地面を這っている姿を見かけたことはあったのだけど、今ではどこに逃げても虫がいるという状況だ。女子生徒の伸ばした髪は奴らとって恰好の隠れ家。虫が入り込んでくるとキャンプ地はパニックに陥った。


 ギャアァァァ――――ッ!

 イヤァァァ――――ッ!


 お隣、ムジヒダネ班のバンガローから凄まじい悲鳴が響いてくる。また髪の毛にくっついた虫が耳の中に侵入を試みたのだろう。深夜、明け方お構いなしに叫び声をあげるなんて、まったくもって迷惑極まりない。


「イボリンスが手放せなくなりそうだわ。魔導院でも販売してくれるのかしら?」


 睡眠を邪魔されてしまったらしきアンドレーアが、騒音も気にせずグースカ寝ている3歳児の向こうで眠そうに目をこすっていた。アンドレーア班の女子はイボ汁成分配合ヘアコンディショナーを使っているし、シーツや掛け布団にはイボリーズをプシュプシュしておいたので虫が寄ってくることはない。魔導院に戻っても使いたいものだと、相変わらず作業着を寝間着にしている従姉殿がこぼす。


「評判が良ければ購買に卸すんじゃないかな」

「あんた、ドクロワルと仲いいんだからお願いしておいてよ」

「研究予算の足しにするためだから、皆が買ってくれなきゃね」


 ドクロワルさんが調合する魔法薬となると魔物の領域でしか手に入らない材料を使うので、自分で採取してくるわけにもいかず問屋さんから仕入れなければならない。クソビッチのおならも材料費を稼ぐために販売を始めたのだ。それなりの売り上げが見込めなければ卸してはくれないと伝え、もう一度寝るために目を閉じる。寝ている間にいなくなると3歳児が不機嫌になるので、目を覚ましてくれるまでベッドから離れることは許されない。寝るしかなかった。






「それではこれより、第1回イボ汁製品配分最適化会議を開催いたします」


 朝食を済ませたところで、どうして僕が参加しなければいけないのかさっぱり理解できない会議の開催が首席によって宣言された。アンドレーア班のバンガローで開かれることになったせいで逃げられなかったのだ。いったい誰が呼び寄せたのか、各班の班長たちがゾロゾロと集まってくる。僕たちの他に先生たちが2セット購入したらしく、ドクロワルさんが持っている在庫は4セット。これをどう振り分けるかこれから話し合うという。


「アンドレーア班はこれ以上いらないんだけど……」

「虫のいないバンガローがここしかないんですから、仕方ないではございませんかっ」


 イボ汁なら間に合ってるから他でやってくれと言ったところ、他のバンガローは奴らでいっぱいなのだと逆ギレする首席。魔力からも切羽詰まったような感じが伝わってくる。こいつは逆らわない方がいいと諦めて議事の進行を見守ることにした。


「4セットあるのですから、各派閥1セットずつでよろしいのでは?」

「ふっざけんじゃないわよっ。東部派はもう4セットもキープしてるじゃないっ!」


 平等に分けようというスネイルの提案を、今にも噛みつかんばかりの勢いでロミーオさんが一蹴した。何があったのか激しい怒りに我を忘れている。般若の如き形相で「すっこんでろこのカス野郎」と怒鳴りつける様子に、スネイルの後ろに控えているクダシーナ君は顔面蒼白だ。


「異議ありっ。この会議はドクロワルが持っている在庫の分配を議論するためのものよ。すでに購入済みの分にまでとやかく言われる筋合いはないわ」


 だけど、すかさずイモクセイさんが異議を唱えた。ドクロワルさんは僕たち以外にもちゃんとセールスしていて、他の班は買えなかったのではなく買わなかっただけ。アンドレーア班が購入した分をもって東部派は購入済みとするのは、自分の不明を他者に責任転嫁するための詭弁だとロミーオさんの言い分を非難する。


「屁カテリーナッ。あんた、自分の分は確保してるからってっ!」

「私はイモクセイを支持する……ただ、購入済みの分に関しては考慮の対象から外す代わりに……アンドレーア班には残りの購入権を放棄してもらいたい……」


 自分は困らないからってとロミーオさんがくってかかろうとしたものの、次席に横やりを入れられ発言の機会を失う。次席としては買い占めや値段をつり上げられる方が困るそうな。そんな意地悪をするつもりはないのだけど、約束がなければ先物相場師は安心できないのだろう。


「あっりったけ買い込むのは相場を安定させるためだって耳に――ぐえぇぇ……」

「今はそのような話を蒸し返している時ではございませんわよ」


 意地悪ではなく価格安定のためだと言おうとしたら、マンドレイクを買い占めていた仕手筋が首を絞めてきやがった。ドクロワルさんに新製法の開発を急がせて、マンドレイク相場を暴落させてやりたい。


「考慮の対象とならないのは当たり前のこと。そんな約束をする義理はないのですけど、モロリーヌを絞め殺されてはかないませんので千歩譲って承諾いたしましょう」


 貸しにしておいてやるとイモクセイさんが次席の要求をのんだ。あんまり意地悪なことを言ってギリギリと歯をきしませている【ヴァイオレンス公爵】をけしかけられても困るので、ここは恩を売っておくほうが得策と判断したのだろう。ちなみに、班長のアンドレーアは集まったメンバーの剣幕にビビリまくって口も利けなくなっている。


「南部派は人数が多いんだから、2セットはいただきたいわ」

「お待ちなさい。それは妥当な理由とは申せません」


 ロミーオさんが在庫の半分を要求するものの、頭数なんて理屈がまかり通るものかと首席が異を唱える。最少派閥である北部派にとって人数で割り当てを決められることほど不利な条件はないから、これは当然の反応だろう。各派閥1セットというスネイル案を支持するようだ。


「入札を提案する……派閥単位でなく班ごとに……」

「どうして班ごとにするのっ?」


 続いて班単位の入札とするのが最も妥当だと次席が提案した。自分たちを見捨てるつもりかとクセーラさんに詰め寄られるものの、班ごとの競争というサバイバル実習の趣旨を鑑みた結果だと取り合わない。


「クサンサさん。アンドレーアさんの班に購入権を放棄させたのはこのため……」

「モロリーヌたちに持っていかれて困るのは皆同じ……意図を詮索したところで結論は変わらない……」


 入札となれば資金力がものを言う。潤沢な資金を抱えるアンドレーア班が不参加となれば、食材販売で収入を得ているカリューア班が競り負けることはまずない。買い占めやつり上げなんて話をしたのは、唯一の脅威を排除するためだったのかと首席が恨めし気な口調で尋ねる。次席は否定も肯定もせず、ただ僕たちを締め出したのは皆のためとだけ答えた。


 その後もあ~だ、こ~だと話し合いは続けられたものの、いつまでたっても落としどころが見えてくる気配すらない。どうも南部派と東部派は派閥単位、西部派と北部派が班ごとで考えるべきだと主張しているのだけど、これが入札か割り当てかという話になると南部派と西部派が入札、東部派と北部派が割り当てという態度を取る。意思の統一された連合勢力が出来上がらないので、まったくまとまらないのだ。


「どう割り振ったところで必ず不満は出てくる……競争ならば納得もいく……」

「資金の差はどう埋めるのです? 不公平な競争の結果に納得なんてできませんよ」

「実習が開始された時点では差などなかった……なにも不公平ではない……」


 次席とスネイルが言い争っている。使える資金に差があっては公平性が担保されないというスネイルに、とっくに競争は始まっていたのだから差を埋める必要などないと次席が言い渡す。


「競技参加者同士が共謀するなんて、感心いたしませんわね」

「北部派は1班しかないからそんなことが言えるんですっ」


 もう一方では、班ごとの競争という立場を固持する首席をロミーオさんが言いくるめようとしていた。もっとも、これは全員が自分に不利な状況を避けようとしているだけなので、いくら議論を尽くそうとも妥協なんてあり得ない。相手の言い分を認めることはイボ汁セットを諦めるのと同義なのだ。時間と労力の無駄もいいところである。


「下僕、この者たちはどうして同じ話をくり返しているのですか? こんなに早くパープーになってしまうなんておかしいのです」

「耳から入った虫に頭がやられてしまったんだ。指摘するのはかわいそうだから、そっとしておいてあげようね」

「ぐぎぎ……自分は関係ないと思って……」


 話が堂々巡りして一歩も前に進んでいないことにタルトも気がついていたようで、この若さでもうボケてしまったのかと僕に尋ねてくる。きっと虫に脳みそをやられてしまったのだと説明したところ、かわいそうな人たちから憎悪のこもった視線を向けられた。無駄な話し合いだとわかっていたけど引くに引けなかったのだろう。


「代案も出さずに傍観者気取りなんて、君は何のためにこの会議に参加しているんだ?」

「ここ、僕たちのバンガローなんだけど……」


 偉そうに他人を評論して冷やかすためにいるのかと、勝手にバンガローを会議場にしやがったことも忘れてクダシーナ君が僕を睨み付ける。そもそもアンドレーア班はこんな会議が開かれることも知らされず、のんびり食後のお茶をいただいていたところに押しかけられただけだ。どうしてこの場にいるのかと尋ねられれば、巻き込まれたからとしか答えようがない。それなのに、僕を論破してロミーオさんにいいところを見せたいのか、クダシーナ君が自分の立場をはっきりさせるよう求めてきた。


 中立だと言ってしまっても良かったのだけど、決着するはずのない議論をエンドレスで続けられては迷惑千万。ちょうどいい機会なので、ひとつこういう時に適用される原則を思いださせてやることにする。


「僕ならアンドレーアとイモクセイさんが会議に参加している間にドクロワルさんから購入してしまうね。手段はどうあれ、手に入れてしまえばこっちのもんだ」


 そう、早い者勝ちの原則である。入手手段そのものは不正でも何でもないので、会議の決定に従わなかったからといって取り上げることはできないのだ。ライバルが無意味な話し合いをしている間に、さっさと買い占めてしまえばいい。


「はっ……ウカツダネ君とムケズール君はどこにっ? クサンサさん、やってくださいましたわねっ!」

「首席……いったい何を……」


 ヘルネストと【皇帝】の姿が見えないことに気付いた首席が、次席の身柄を押さえておけと命じて扉から飛び出していった。南部派と東部派がよくも謀ってくれたなと西部派を取り囲む。騙してなどいないと言う次席を守るように【ヴァイオレンス公爵】が立ちふさがり、バンガローの中に一触即発の雰囲気が漂い始めた。

 お前ら騙されてるぞ……


「あれ、絶対抜け駆けするつもりだよ」


 ロゥリング感覚を持つ僕にそんな手は通用しない。次席の魔力からは戸惑いの色が感じられ、首席の魔力はしてやったりという歓喜に満ち溢れているのだ。次席を罪人に仕立て上げ、そいつを取り押さえておけと他の者たちを足止めし、自分は実行犯を捕まえにいった振りをして先に購入してしまうつもりだろう。今の一瞬でこれだけのことを考えついたのかと思うと、もう感心するより他はない。ペドロリアン家は思考加速の秘匿術式でも持っているのかと疑いたくなる。


「やられたっ。首席を捕まえるのよっ」

「なに? どういうことだ?」


 引っかけられたことに気付いたロミーオさんが真犯人は奴(そいつがルパン)だと声を上げる。だけど、話についていけてないスネイルたちが出口をふさいでいるので後を追うことができない。にょほほほ……と高笑いを響かせながら首席が先生たちのバンガローへ突っ走っていく。


「どきなさいよ、このとんまっ!」

「ロミーオ様なに――ごふえっ」


 抜け駆けしようとしているのは次席ではなく首席の方だと未だ理解できず、オロオロと扉の前に突っ立っていたクダシーナ君を力任せに殴り倒すロミーオさん。取引が終わるまでに取り押さえればまだ間に合うと南部派を率いて下手人を追いかける。一方、扉からでは遅いと判断したのかムジヒダネさんは窓から身を躍らせた。


「くっ……私が先手を取られて何もできなかったなんて……」

「姉さんっ、そんなことより首席を追わないとっ」


 学年首席ともあろう者があんな汚い手を使ってくるなんて予想していなかったのだろう。次席は判断の速さで上をいかれたことにショックを受けている模様。呆然としながらもクセーラさんに手を引かれてバンガローを後にする。


「どうなったか確かめに行ってみるのです」


 自分たちも行くぞと3歳児が袖を引っぱってきたので、手をつないで一緒にドクロ診療所のある先生たちのバンガローへ向かう。入り口の前には人だかりができていて、先に向かったロミーオさんとムジヒダネさんが魔性レディに通せんぼされていた。どうやら中に入れてもらえないらしい。だけど、教員であるタルトには中に入る権利があるとあっさり通される。


「たすけてくださいまし~」


 バンガローの中には巻きつく精霊でグルグル巻きにされた挙句、梁から逆さに吊るされて助けを求めるミノムシの姿があった。


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