176 禁じられていた関係
本日は塩と香辛料を擦りこんでおいた肩とモモ肉を燻製する日。ムジヒダネ班は結局獲物を捕らえられなかったので燻製小屋の中はスッカスカである。無駄に広いスペースを燻煙で満たさなければならないため、大量のスモークチップを用意しなければならない。
「あっという間に丸太をチップに変えられるのに、伯爵は何が不満なのっ?」
材料の丸太を『タルトドリル』で木くずに変えた僕を見て、これといった手間もかけてないのだから文句言うなとクセーラさんが睨み付けていた。それはそうなのだけど、もったいないと思ってしまうのは仕方がないことなのだ。小屋の中に肉を吊るしチップに火をつける。燻製は僕もやったことがあるけど、イモクセイさんが調理サークルで生ハムを作った経験があるというので後は任せてしまっていいだろう。
「まったくもうっ。公爵は意地張って肉を買ってこないつもりなんだよっ」
燻煙が上がり始めるのを確認し小屋の扉を閉ざしたところで、クセーラさんが班長への愚痴をこぼし始めた。今日は狩猟でなくマジデスカの街まで買い出しに出かけているのだけど、ハムやベーコンといった保存用の肉を買ってこいと言っても頑として聞き入れないそうな。
「次席がよく黙っているものね」
「班のことは班で解決しなさいって、姉さんも冷たいんだよっ」
ムジヒダネさんの性格から自分基準を班員に押し付けることは目に見えていたのに、どうして次席は黙って班長をやらせたのだとイモクセイさんが首を傾げる。口で言って聞かせるより痛い目に合わせた方がいいと考えていることまでは、さすがに予想できないようだ。せっかく話がいい方向に流れたので、僕はひとつクセーラさんに確認してみることにした。
「クセーラさん。投網と巻き上げ機のついたゴーレム腕は持ってきてたよね?」
「あるけど、クレーンの方が重いものを持ち上げられるから使い道がなかったよっ」
重いものを引っぱり上げるならサソリゴーレムの尻尾を使えばいいので、巻き上げ機の出番はなかったと肩を落とすクセーラさん。確かに重量物を運搬するならゴーレムに搭載されたクレーンの方が優れている。だけど、射出機構と一緒になった巻き上げ機には別の使い道があるはずだ。
「どうして投網があるのに魚を獲らないのさ?」
あそこには魚がいっぱいいるだろうと陽の光にキラキラと輝く湖を指差す。西部派領には海がないので、川魚を食べる習慣がないとは思えない。魚を獲るのでなければ、どうして投網弾なんて開発したのだと尋ねてみる。
「え~と、あの投網は逃げる伯爵を捕まえるためのもので……」
「僕を捕らえて、いったい何になるのっ?」
僕を捕らえるための網で魚を獲るという発想はなかった。さすが狩猟民族は考えることが違うと学年5位の優等生が笑ってごまかそうとする。狩猟民族は関係ない。どう考えてもクソビッチに応用力がないせいだ。
「湖で遊ぶならカワウソを連れていくのです」
「そうだね。首席も誘ってみようか」
湖で漁をすることにしたら首席のカワウソを連れて行けとタルトが言うので、エロスロード班のバンガローを訪れて湖に行かないかと誘う。精霊に続いてペットまでたらし込むつもりかと首席が警戒レベルをマックスまで引き上げたものの、魚を獲りに行く。お弁当も用意したと告げた途端に蜜の精霊とカソリエッタが僕にしがみついて離れなくなってしまった。不本意だ、不本意だと口にしながらも首席は同行することを承諾。お目付け役のモチカさんも一緒である。
「伯爵、ボートはどうするの?」
「いらないよ。この時期、魚は浅いところまで来てるから」
ボートで漁をするつもりだったらしいクセーラさんに岸から投網を投げればいいと告げる。冬の間は深いところに潜っていた魚も、今は水草の生い茂る岸辺に来ているはず。底まで日光の届く浅い場所の方が湖の中心よりも餌が豊富なのだ。水に入ることも考慮して水着に着替え、タライを積んだ荷車をデカ馬に牽かせて湖畔へ向かう。
「しっかり水着を持ってきてるなんて、首席も遊ぶ気マンマンだったんじゃないの?」
「念のため用意しておいたにすぎませんわよ」
最初っから遊ぶつもりでいた僕はともかく、厳しい環境に慣れるための実習だと口にしていた首席までしっかり水着を用意していやがった。相変わらずキンキラキンに輝く派手なゴールド水着を身に着けている。モチカさんはもちろんギンギラギンのシルバー水着だ。すっかりバカンス気分ではないかとツッコミを入れたところ、手づかみで魚の獲れる場所があるかもしれないから念のため荷物に入れておいたのだと首席は苦しい言い訳を口にした。
絶対にナンパ待ちだろう。いいやそうじゃない。と言いあいながら湖畔を進み、魚が潜んでいそうな場所を探す。ロゥリングレーダーで魚一匹一匹の微弱な魔力を判別するのは難しいものの、全体として魔力反応の濃いところには獲物が集まっているはずだ。しばらく進んだところで、小さな入り江のようになっている場所を見つけた。魚がいっぱいいそうな魔力を感じる。
「クセーラさんはここで構えて、合図をしたらあのあたりに投網を打って欲しいんだ」
せっかくカソリエッタがいるので、ここはカワウソ漁としゃれ込もう。入り江の出口に『ヴィヴィアナロック』で壁を作り、一方から僕とカソリエッタが侵入する。魚たちは侵入者から逃げようと反対側から広い湖に出ていこうとするはずだから、そこを狙ってクセーラさんに網をかけてもらうのだ。
「このボールを投げるから、どっちが早くたどり着くか僕と競争だよ」
赤く塗られた木球を示して、これを追いかけろとカソリエッタに説明する。僕より早くたどり着けたらご褒美をあげると言ったらキィキィと甲高い鳴き声を上げたので、多分わかってくれただろう。入り江の奥、水草がたくさん茂っている辺りを狙ってボールを放り込む。
「今だよっ!」
木球を追ってカソリエッタが勢いよく突入すると、水中を漂っていた魔力が一斉に動いた。この辺りに棲む生き物にとってカワウソは食物連鎖の頂点に位置する捕食者。そんな奴が飛び込んで来たらビックリして逃げ出すに決まっているのだ。逃げようとして動かない水の壁に阻まれた魚たちがクセーラさんの待ち受ける出口へと殺到していくのを感じ合図を送る。
「おおおっ、重いよっ」
「なんですのこの量は……」
クセーラさんひとりでは踏ん張りきれず、首席とモチカさんに手伝ってもらって網を引き揚げたところ、ただ一投で20匹近い魚がかかっていた。見たところ、体長30センチ弱のマスが多いようだ。他にナマズとすっぽんが一匹ずつ。また非常識なことをしやがってと首席の視線が冷たさを帯びる。ちゃんとわけてあげるから心配しないで欲しい。
場所を変えて2回ほど繰り返したところで、4つほど持ってきたタライがいっぱいになる。これ以上は獲っても持ち帰れないので漁はここまでとし、湖畔の砂利浜でお昼をいただくことにした。たくさん獲れたのでランチに一品追加しようと、拾ってきた焚き木で火をおこし比較的小さなマスを串刺しにして炙る。
「カソリエッタに食べ物を与えていいのは私だけですっ」
「ああっ、ずるいよ首席っ」
ご褒美をあげようとマスを捌いたところで、首席が僕の手から切り身を取り上げた。大事なペットを膝の上に抱き上げてご馳走を食べさせる。嬉しそうな鳴き声を上げながら懸命に切り身をハグハグするカワウソの姿はとても愛らしく、我慢できなくなったクセーラさんが自分にもやらせろと抗議の声を上げた。
「たまにはこういった料理も悪くないのです」
「いらないなら代わりに食べてあげるよ」
「ケチ臭いことを言うものではないのです」
浮き輪に座って浮いていただけのくせに、塩をかけて炙っただけの食事が続くようなら買い食いするぞと偉そうなことを抜かす3歳児。不満があるなら食べなくてもいいのだと炙っていたマスを取り上げたところ、食いしん坊はよこせ、よこせと僕に圧し掛かって手を伸ばす。食べたいならそう言えとマスを渡せば、僕の膝の上に腰かけてモシャモシャと齧りだした。まったく意地汚い精霊である。
「私だけ……また私だけひとりだよっ」
ぼっちのクセーラさんが涙ながらに呟く。僕の膝の上ではタルトがマスを頬張っていて、首席の膝の上では蜜の精霊がカワウソに切り身を食べさせていた。モチカさんも腕に絡みつかせた巻きつく精霊に千切ったパンを与えている。ロープの両端についているハニワにはちっちゃい口があって、ものを食べることができるらしい。気がついてみれば、精霊がいないのはクセーラさんだけだった。
「ナマズもなかなか愛嬌のある顔つきをしていると思いませんこと?」
「マスが使い魔というのも変わっていてよろしいと思われますが……」
そこにちょうどいい魚がいるだろうと素っ気ないふたり。仲間外れにされたクセーラさんが涙を浮かべて僕を見つめてくる。
「よく見ると、すっぽんも可愛らしいよね」
「これだよっ。精霊と契約してる人はいつも、いつもっ!」
精霊と契約することで人の心を失ってしまったのかと、地面をペシペシ叩きながら悔しがるクセーラさん。どうして自分のところには精霊が現れてくれないのだと世の不条理を嘆くものの、返ってきたのは精霊をお人形さんのように考えている内はダメだというタルトの冷たい言葉だけだった。
お昼を食べ終えると精霊たちがウトウトし始めたのでお昼寝タイムとなる。カワウソを抱っこした3歳児を寝付かせたところで、タライに入れられた大量の魚が気になったのか他の生徒たちが様子をうかがいに来た。いったいどうやったのだと底辺班の奴らが訝しんでいたものの、首席にモチカさんまで一緒のところに言いがかりをつけるのは自殺行為。おかしい、おかしいとブツブツ呟きながら去っていく。
「アーレイ。君は東部派の仲間を騙して、北部派や西部派と手を組んだのか……」
そこに無謀な自殺志願者が現れた。クダシーナ君である。案の定、魔力が足りなくて『マキマキドライ』を使い切れなかったご様子。僕がカンペで渡したのは意図的に消費魔力を増やしたパチモン術式だと思い込んでいるようだ。
「効率が悪いことは認めるけど、魔導器に刻まれてる術式そのままだよ。試したいなら魔導器を貸してあげてもいい」
「伯爵、あの薪を乾燥させる術式を渡しちゃったの?」
あんな奴らに渡すくらいなら、どうして自分に教えてくれないのだとクセーラさんが頬を膨らます。『マキマキドライ』はとりあえず使えさえすればいいとロリオカンが適当に構築した術式。まったく効率化されておらず無駄に消費魔力が多いけど、タルトの問題を解いた人には自力で最適化されてしまうので教えられないといたずらの種明かしをする。
「つまり、使いたければ自分たちで最適化しろってことだねっ」
「使えないのは、あなたたちの勉強が足りないせいではございませんか。術式を提供してくださったモロリーヌさんを責めるのはお門違いというものですわよ」
話を耳にしたクセーラさんと首席が、最適化くらい自分でやったらどうだとクダシーナ君に冷たい視線を向ける。【禁書王】ならむしろ、そんな術式こそ欲しがるだろう。知識を深めることなく、楽していい成績を取ろうなどと考えているから現実の問題に対処できないのだと首席は容赦がない。自分を被害者だと考えていたクダシーナ君は、まさかお説教されるはめになるとは思ってもいなかったようで、問題解決力ゼロの無能な恥知らずと罵倒され真っ青になった。
「でも、僕たちとは協力しないのに、どうして……」
最後まで口にはしないものの、首席やクセーラさんとは手を組むのかと僕を睨み付けてくるクダシーナ君。彼は勘違いをしている。これだけの水揚げはふたりの協力がなければ得られなかった。決して僕ひとりで獲ったわけではない。
「こんなに獲れたのはクセーラさんのゴーレム腕と首席のカワウソのおかげだよ。君たちじゃ代わりになれない」
ロミーオさんに追い出されてしまったにもかかわらず、クダシーナ君は南部派だったころの感覚が抜けていないようだ。あそこは排他的でよそ者に冷たい分、仲間内での結束は固い。だから、同じ派閥ということが手を組む理由になると信じて疑わないのだろう。
「協力関係と仲良しこよしは違いますのよ」
「伯爵に任せて何もしなかったわけじゃないよっ。クセーラさんを見くびらないでねっ」
だけど、東部派はもちろん北部派も西部派もそんな考えは持っていない。協力関係を結ぶのは相手に期待してのこと。自分の足りない部分を補ってくれるのでなければ手を組む価値はないのだと、首席とクセーラさんがステレオでクダシーナ君をやり込める。
「サバイバル実習はグループ競技でもあるのですよ。手を結ぶなどという話は、教員の前で大っぴらに口にすることではありません。生徒間での取引が認められているのは何のためだと考えているのですか?」
最後に実習中は教員であるモチカさんがとどめを刺した。取引すれば済むものを、あえて協力関係に固執する理由があるのかと問い詰められクダシーナ君が黙り込む。察しの悪さに定評のある彼だけど、お金を払わずに済ませるためと口にしないだけの分別はあったようでなによりだ。
「金銭のやり取りに限らず、物々交換や役務の提供も立派な取引です。あなたたちの言う協力関係も、この範疇にあるから見逃されているにすぎません」
公に認めたわけではなく、取引の一形態と見做されていたからこそ容認されてきた。良かれと思って勧めていたことが実はルール違反で、目に余るようなら失格にするぞと告げられたクダシーナ君が驚きに目を見張る。
「そんな……じゃあ、僕のしていたことは……」
「当たり前といえば当たり前ですわね。競争なのですから」
「取引ならいいんでしょっ。別に驚くほどのことでもないんじゃないかなっ」
間違いではなかったと言ってもらいたいのか、味方してくれる人を求めて視線を巡らすクダシーナ君。だけど、首席もクセーラさんも抗議することなく、そりゃそうだとあっさり受け入れる。ふたりとも成績上位ランキングを争う優等生だ。おててつないでゴールイン、みんな仲良く一等賞なんてゆとった思想に侵されてはいない。
擁護してくれる味方はいないと悟ったようで、クダシーナ君がガックリと膝をついた。




