172 捨てられないモノ
「お前なら上手くやってくれると信じていた」
「何を言っているのです、あなたはっ」
エロスロード班に朝食のパンを配達に行ったところ、これで自分たちも美味しいパンにありつけると【禁書王】からお褒めの言葉をいただく。オムレツを口にしてしまったため要求を断り切れなくなってしまった首席が、これでは僕の思うつぼだと怒りを露わにしていた。
「そうは言うがね。サバイバルに長けた生徒がいない以上、リタイヤは時間の問題だろう。我慢してフラストレーションをためることもあるまい」
「やる前から諦めてどうするのですっ!」
遅いか早いかの違いだけで結果は変わらんよと、【禁書王】が余裕たっぷりに宣言する。北部派は基本的にインドア派集団で、身体を動かすことが得意というのは首席くらい。次点がコケトリス部門に入れられたダエコさんというのだから、およそサバイバルに向いているとは言い難い。ちなみにリアリィ先生とモチカさんは、西部派の班にもぐり込むという汚い手段を使って乗り切ったそうな。
「班長を務める必要もないのに、わざわざ北部派の班に参加するなど愚の骨頂としか……」
「仲間を見捨てろと言うんですのっ?」
エロスロード班の担当教員であるモチカさんが、班長じゃないんだからアンドレーア班にもぐり込んでしまえばよかったのだとため息を漏らす。派閥を裏切るようなマネができるかと首席が柳眉を逆立てるものの、それは自分自身がサバイバルに通じていればの話。役立たずであることを自覚して、北部派の生徒たちを分散させてしまえばよかったのだと冷たくあしらわれてしまった。
続いて、カリューア班のバンガローに行ったところ、いち早く僕たちの接近に気付いた発芽の精霊が出迎えてくれた。精霊の能力が及ぶテリトリーは彼女を中心とした半径25メートルほどの圏内。さほど広くはないものの、踏み込めばたちどころに察知される。
「マッテイタ。アナタハキタイヲウラギラナイ……」
「わたくしの下僕なのです。あげないのですよ」
「ぐぎぎ……」
約束のパンが待ち遠しかったのか、僕はいつも期待に応えてくれると嬉しそうなクスリナ。これは自分の下僕だとタルトが所有権を主張し、他人の精霊をたぶらかす不埒者めと次席が怨念をぶつけてくる。契約している精霊を満足させられなかったことで恨まれるのは筋違いだと思うのだけど、サバイバルに石窯とパン種なんてものを持ち込んだ僕が悪者であるらしい。
「アーレイノパンハオイシイ。クサンサ、イッショニタベル……」
「くっ……ここまで違うなんて……」
「携帯オーブンでは勝負にならないねぇ」
食べさせてやるからあ~んしろと発芽の精霊に迫られ、まだホカホカのチーズがトロリと糸を引いているパンを口に押し込まれる次席。同じパンでもこれほどの差がつくのかとガックリ肩を落とす。携帯オーブンではマネできないと【皇帝】もさじを投げた。お腹を空かせていた子がおかわりをしてくれたおかげで、エロスロード班の分と合わせて小銀貨41枚の収入を得る。
「クセーラたちは……どうしているかしら……」
「獲物がなくて、毎日堅パンとキャベツのスープみたいだよ」
「ムジヒダネ領のふたりはそれでいいかもしれないけど、班員に不満がたまるだろうね」
ムジヒダネ班の様子を聞かれたので、班長が大物にこだわっていて収獲なしだと教えてあげる。自分と同じことを相手に強いるムジヒダネさんの悪いところが出たなと【皇帝】がため息を吐いた。そうなるだろうと予想はついていたそうだ。アンドレーア班は狩猟をしないのかと尋ねられたので、今日これから狩りに出かける予定だと答えておく。
「せいぜい大物を仕留めて……サクラノーメにギャフンと言わせてちょうだい……」
「酷いリクエストだね。西部派同士、手を結んでるんじゃないの?」
「手を結んでいるからこそ、現実ってやつを思い知ってもらいたいのさ」
脳筋ズのふたりだけなら、どんなにお腹を空かせても根性でサバイバル実習を乗り切ってしまうだろう。だけど、他の班員までそうはいかない。誰もが自分の様にはいかないのだと思い知らせるために、不満をくすぶらせたクセーラさんたちが反乱を起こすよう仕向けたいらしい。
「部下に我慢を強いるようでは困るの……今のうちに矯正しておきたいわ……」
「くっくっく……そういういたずらなら下僕に任せておくのです」
いたずらと言うより意地悪と言う方が相応しい気もするけど、タルトがその気になってしまった以上、断るという選択肢は残されていない。それに、次席の懸念はもっともだ。あのふたりが将来、軍務にたずさわるであろうことはほぼ確実。お腹を空かせた兵士に、自分が我慢しているのだからお前たちも文句は言うななどと強要しては、いずれ部下の裏切りにあうだろう。
「まぁ、いいよ。僕もビックリさせてやろうと思っていたところだしね」
クセーラさんは好きな時に獲ってこれると言っていたけど、何度も狩りに出かけるような手間はかけたくないので、ひとつ大物を獲って後はダラダラしていようと考えていたところ。どちらにしろやることは同じなので、ケチケチせず引き受けておく。意地悪を言ってお得意様のご機嫌を損ねることはない。
配達を終えたらアンドレーア班のバンガローに戻り、僕たちも朝食をいただく。食いしん坊の3歳児は蜜の精霊のところでも発芽の精霊のところでも一緒に食べてきたというのに、まだ満足していないようだ。僕の膝によじ登ってきて、さぁ食べさせろとおねだりしてきた。仕方のない奴めと僕のパンをちぎって口に押し込んでやる。ムフームフーと満足したように鼻を鳴らすタルトを、クセーラさんが羨ましそうな目で見つめていた。
「3歳児への餌やり体験は1回小銀貨1枚です」
「なにそれっ、お金取るのっ?」
自分の精霊に食べさせるのに他人からお金を巻き上げるのかと憤慨するクセーラさん。だけど、次席からの依頼を遂行するため、彼女には鬱憤を溜めまくってもらう必要がある。何が何でも満足させるわけにはいかないのだ。
恨むなら、お姉さんを恨んでくれたまえ……フヒヒヒ……
「わたくしのために小さい銀貨も出せないようなビッチに用はないのです」
「うぅぅぅ……タルちゃん先生も伯爵も意地悪だよぉ……」
私費での支払いはもちろんルール違反。ツケ払いもお断りと言ったところ、クセーラさんはシクシクと泣きながら自分のバンガローへ戻って行った。ゴレームたんに慰めてもらうつもりなのだろう。代わりに、アンドレーア班の女子たちが寄ってきてタルトに餌を与え始める。
「ウチの学年にいる精霊はどの子もかわいくって困るの……」
「首席の精霊は喋らないけど、次席の精霊より感情豊かよね」
本やロープに毛玉といった姿の精霊に比べると、僕たちの精霊はどれも人型で感情が読み取りやすく可愛らしいと人気だ。特にタルトと蜜の精霊は食いしん坊で、モシャモシャしている姿がとっても幸せそうだとお菓子を与えようとする子が多い。
「ハムハム……ご馳走がいっぱいあるところには、幸せもいっぱいあるのです」
差し出されたパンを美味しそうに頬張る3歳児。キャアキャアと女子たちの黄色い歓声が響くアンドレーア班とは対照的に、ムジヒダネ班のバンガローが邪悪なオーラに包まれていくのを僕のロゥリング感覚が捉えていた。
朝食の後は狩猟の時間。伐採された木材を運び出すための林道を通り、湖の南側をグルリとまわって目をつけておいた狩り場へ向かう。北側を回ったほうが近道だったものの、同じく狩猟に出かけるムジヒダネさんが「後をつけてくるな」と言ってきやがった。2日連続で丸ボウズだった素人の後をついていくなんて頼まれたってお断りなのだけど、それを口にしたら僕を獲物と見做しかねないので逆回りルートを使うことにしたのである。
本日の参加メンバーは、僕とタルトにロリボーデさん。おまけのアンドレーアとお目付け役のモチカさんだ。荷車を牽かせたデカ馬も連れてきているのだけど、急ぐわけでもないので僕とタルト以外はダイエットを兼ねてテクテク歩いていた。たとえ石窯とパン種があろうとも、美味しいものほど太りやすいというポッチャリの法則はいかんともし難い。もっとも、ロゥリング族と精霊には無関係なので、犠牲になるのはもっぱら人族のわき腹なのだけど……
「甘いお菓子をいくら食べても太らない種族って何よ。あんたふざけてんの?」
「ずるいのね~。伯爵だけずるいのね~」
「栄養にはならずとも味わうことはできるだなんて、もう爆発していいですよ」
肉しか受け付けないというのは、逆に言えば炭水化物や糖分を栄養として吸収できないということ。むしろ、何喰っても生きていける人族の方が恵まれているのではないかと言ってみたものの、逆上した女性たちからふざけんなと罵詈雑言の集中砲火を浴びせられた。
まさか、モチカさんまで同調するとは思ってなかったよ……
「この精霊が私の前に姿を現したのは、お腹が出てこないようロープで締め上げていた時のことです」
体型を整えるため、コルセットの上からさらにロープを巻いてギュウギュウ締め上げていたところ、いつの間にか愛用のロープが勝手に締まるようになっていたという。精霊ってヤツはひょんなところから顔を出すものだと次席は言っていたけど、またなんともコメントに困る出会いである。これならまだ、空から墜落してくる方がドラマチックだ。
「下僕、イノシシがこっちを見ているのですよ」
「ターゲットはシカだよ。この時期のイノシシは痩せてて美味しくないからね」
さんざん罵倒されながら狩り場に向かう途中、タルトが遠巻きに僕たちの動きを探っているイノシシを指差す。バカでかいニワトリにクマなんて連れているせいか、もうバリバリに警戒されていた。僕のロゥリング感覚でも捉えていたけど、仕留めるつもりはないので逃げるに任せておく。
「え? じゃあ、どうして公爵はイノシシにこだわってるの?」
「獲物にも旬の時期があるって知らないんじゃないかな」
イノシシはいろんなものを食べるけど、好物は木の実や芋。言い方を変えれば、植物が春に芽吹くために蓄えた栄養分といえる。そのため、餌が豊富なのは秋で、春が過ぎた今の時期はロクな食べ物が残っていない。運が良ければタケノコにありつけたかもしれないけど、夏はドクロ塾も真っ青のダイエット月間なのだ。
一方、シカは植物の新芽が大好物だから、春の間にモリモリ食べて肉がついている。夏場はイノシシよりもシカの方がアタリ。ずいぶんと大きな口を叩いていたみたいだけど、脳筋ズは腕っぷしが強いだけで、決して狩猟に長けているわけではない。
目星をつけていた沢に到着したところで、林道にかけられた橋のたもとに荷車を停めた。水量が豊富で背の高い植物がたくさん茂っているから、この沢を水場にしている獲物が必ずいるはずだ。デカ馬と荷車を見ていてもらうため、アンドレーアとモチカさんにはこの場に残ってもらい、僕たちは沢に沿って登りながら獲物を探すことにする。
「いるね、ロリボーデさんはここで待ってて……」
コソコソと木立に身を隠しながら進んだ先にそこそこの魔力を感じた。イリーガルピッチを座らせて、仔オオカミたちを翼に隠しおとなしくさせておく。タルトとクマネストを連れてこっそり忍び寄ってみれば、狙いどおりシカが水を飲みにきていた。なかなかいい体つきをしているけど、角の形からまだ若いオスであることがうかがえる。餌に恵まれていた証拠だ。
へへっ……。坊ちゃん、美味しそうな身体してるね。「初めて」はまだかな?
残念だけど、君はここでオジサンにイタダキマスされちゃうんだなぁ。
微美穴先生の作品に負けないくらい汁まみれにしてあげるよ。鍋の中でな……
初めて迎える繁殖期に胸をトキメかせているであろう男の仔をハントすることに決め、急所を狙いやすい狙撃ポイントに向かう。視線が通らなくてもターゲットをロックオンしておけるので、様子をうかがいながらコソコソ近づく必要はない。完全に死角となる遮蔽物の陰をそそくさと移動する。相手は水を飲みに沢へ下りているため、やや高い位置から射下ろす形となった。
大物用に貫通力の高い鏃をつけた矢つがえ、弓を引き絞る。狙うのは頭の後ろ。ヒトの延髄にあたる部分だ。セクスィーなメスとのドキドキ繁殖ライフを夢見ているチェリーボーイは、何をされたか理解することなく息を引き取るだろう。かわいそうだけど、ロゥリング族は獲物の命を喰らうことでしか生きていけない狩猟民族。僕に目をつけられた自らの不運を恨んでもらうしかない。
――ギョエピィィィ……
またひとり、「初めて」を捨てることなく男が星になった。




