171 収獲のない脳筋ズ
買い出しを終えてバンガローへ戻ると、またまたイモクセイさんと男子生徒がなにやら言い争いをしていた。本日のお相手は東部派下位班の模様。もちろん最後は決裂し、捨て台詞を残して去っていく。
「言いたくないけど、あいつらがあそこまでヴァカだとは思わなかったわ」
アンドレーア班だけなら20日と言わず、倍の40日分にはなろうかという穀物、調味料、野菜の種や苗を納屋で荷降ろししていたところ、あれが同じ東部派なのかとイモクセイさんが首を振りながらやって来た。
「今度は何ていちゃもんつけてきたの?」
「食べ物がなくなったから寄越せって……」
「は……? なんで買い出しに行ってないの?」
たった3日で食べ物を切らしたのは間抜けだからと納得できるものの、買い出しに行かずに施しを求めてくるというのはどう考えてもおかしい。いったい何が狙いなのだろう。
「あいつら、困った時は協力するってスネイルの奴らと約束したでしょ。先に困った方が助けてもらえて得だと、わざと食べ物を用意してないみたいなのよ」
「…………マジ?」
「お昼前にはスネイルの奴らも同じことを言ってきたわ……」
余裕があるとスネイル班を救援しなきゃいけなくなって損だからと、あえて限界ギリギリまで切り詰めているらしい。だけど、どうやらスネイルの奴も同様の考えだったらしく、早くも共倒れの危機を迎えているそうな。手を結んでおきながら互いに相手を助けるのは損、助けてもらう方が得だと考えるなんて、イモクセイさんがヴァカと吐き捨てるのも頷ける。
「あと、エロスロード班とカリューア班から例のパンを売ってくれって申し入れがあったわ。今日は材料が間に合わないから明日の朝でってことにして、パンひとつにつき小銀貨1枚」
「いいね。さっそくパン種を準備しよう」
パンひとつで小銀貨1枚という相場はモウヴィヴィアーナの観光地価格よりも高い。僕としてはもう少しボッてもいいかなと思うものの、山小屋価格としては妥当なところだろう。首席や次席が相手だとビビってお話にならない班長ではなく、イモクセイさんを留守番に残しておいて正解だった。
「本当に売れるなんて……」
「僕としては、もうちょっと後になると予想してたんだけどね」
食べ物がなくて困っているわけでもなかろうにとアンドレーアは首を傾げていた。首席も次席も「我慢しろ」とは言えなくなってしまったので、「この前食べたでしょ」と班員の不満を抑えるつもりなのだろう。僕の策略にハマったと知り、被害を最小限で食い止めようと手を打ってくるあたり、さすがに頭の切り替えが早い。
「菜園の方はどう?」
「土を柔らかくして水を撒いておいたわ」
「さっそく発芽の精霊にお願いしてみようか」
毎日パンでは飽きるので、本日の夕食はうどんである。僕たちが買い出しに出かけている間にうどん生地は作っておいてもらった。豚バラ肉を買ってきたので、タマネギ、モヤシと一緒に炒めて具にすれば肉うどんの完成だ。タマネギは苗が安売りされていたので大量に買っておいた。タマネギ1個分の値段で苗なら20本。発芽の精霊にお願いすれば確実に収穫できるので大変お得である。性懲りもなくまた来やがってと次席にギロギロ睨まれながら、菜園に植えたタマネギを成長させてもらう。
「明日の朝もパンを持っていくからね」
「クサンサノパンハイマイチダッタ。アーレイニハキタイシテイル……」
タマネギにモヤシ、薬味にする長ネギとカイワレ大根を収穫させてもらったところで、明日もパンを届けるよと約束する。カリューア班もパンを焼いたようなのだけど、発芽の精霊の口には合わなかった模様。携帯オーブンと膨らし粉ではどう頑張ったところで限界があるから、この結果は仕方がない。工夫してどうにかできるなら、シルキーが石窯とパン種を使いたがるはずないのだ。
「ねぇ、ごはんまだぁ……」
「早く茹でましょうよ……」
菜園の整備とうどん生地を捏ねるのはなかなかの重労働だったらしく、女子たちはお腹を空かせている模様。夕飯はまだかまだかと急かしてくるので、時間的には少々早いもののうどんを切って茹で始める。茹であがったうどんはザルにあけてよく湯をきり、虫がつかないよう布をかけておいたものの、白い布のせいか寄って来た虫が目立って汚らしいと女子たちが文句を言い始めた。
「そんな皆さ……貴様らにいいものがあるっ。五体投地して拝聴しろこのボウフラどもっ」
「いや、作ってるキャラまでマネしなくていいから……」
体調の悪い子はいねぇがと各班の様子を見回っていたドクロ先生が、鉄仮面を震わせながら慣れない罵倒をしてきた。本物の鉄仮面ほど板についていないので、女子たちは揃ってポカーンである。初々しいころのベリノーチ先生を懐かしく思うのは僕だけだろう。
「この魔法の布を使えばこのとおりっ」
ドクロワルさんが白い布の代わりに暗い水色の布でザルを覆うと、途端に虫が寄ってこなくなった。魔法の布とうたっているものの、イボ汁染めであることは間違いない。消耗品に使えるほど安上がりで、魔力がなくても効果を発揮する便利アイテム。まさに魔法の道具である。彼女が鉄仮面を被っているせいもあって、かつてベリノーチ先生が口にしていた言葉を思い出さずにはいられない。
――バカみたいに複雑で魔力消費の激しい打ち上げ花火を喜ぶのは子供だけだ……
そう教えられていたにもかかわらず、僕は三尺玉のような染料を作った。あんなものを欲しがる人はいないけど、イボ汁染めが人々の間に広まっていくことは疑いようがない。僕が着せられている青く染められたモロリーヌ用ブラウスとオーバーオールは、ヤマドリを狙って藪に身を潜めている間、まったくと言っていいほど虫を寄せ付けなかった。
田西宿実の世界で最も多くの人命を奪っている危険生物は「蚊」だという話を耳にした記憶がある。もし虫が媒介する病気の予防にも効果があるとしたら、イボ汁染めで助かる命はどれほどの数に上るだろう。農作業や林業に精を出す人も、夏の盛りに遠征へ出かける兵士も、こぞってイボ汁染めを求めるに違いない。それに比べれば、ドラゴンを一撃で葬り去る術式すら打ち上げ花火でしかないのだ。
「便利ね、これ……」
「虫に悩まされているそこのあなたっ。本日はそんな皆さんにぴったりなイボ汁製品をご紹介いたしますっ」
虫がおもしろいように避けていくぞと女子たちが歓声を上げたところで、ドクロショッピングのお時間がやってきた。服にスプレーすることで一時的にイボ汁染めと同じ効果を発揮するイボリーズ2本に、新開発のイボ汁成分配合ヘアコンディショナー、イボリンス2本をあわせた計4本のセットをご奉仕価格の小銀貨8枚でご提供。さらに、使い魔用ノミ取り薬のイボノミン2本がおまけでついてくるそうな。
「また、今から半刻以内にご購入の方に限り、特別に小銀貨4枚を割引いたしますっ」
「ワーオゥ……」
「なんですか、そのナメた反応はっ? 半額ですよ。半額っ!」
テレビショッピングによくあった驚く声の効果音を棒読みしてあげたところ、夏山は虫が多くて大変だろうとわざわざ用意してきたのに、どうしてどこの班も反応が薄いのだとドクロワルさんがプンスカ怒りだした。今はまだ到着したばかりだから、ちょっとくらいなら我慢しようと考える生徒が多いのだと思う。だけど、いったん気になりだすともの凄い不快感を感じさせてくれるのが虫という生き物。これは買っておくしかない。
幸いなことに、エロスロード班9名、カリューア班8名分の朝食を頼まれたところ。ひとりにつきパンふたつと計算して、小銀貨34枚の収入になる予定だ。半分を投じて4セットほど購入しておく。20日間ならこれで足りるだろう。
「モロリーヌちゃんならわかってくれると、お姉さんは信じてましたっ」
イボ汁の素晴らしさを理解してくれる者が現れたと、ご機嫌になった鉄仮面お姉さんが膝の上に抱き上げてギュッしてくれた。ドクロワルさんが用意したイボ汁製品は全部で10セット分。アンドレーア班が半分近くキープしてしまったので、残りは仁義なき奪い合いになること間違いなしだ。
「ガンガンお金使ってるけど、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「必要なものはほとんど揃ったから、これ以上は使わないと思うよ」
とんでもないハイペースで資金が目減りしているぞと、計算のできない班長がブチブチ文句を口にする。今のペースが最後まで続くわけではないということが理解できないらしい。絶対に必要となる経費をまとめて使っただけだと説明したところ、アンドレーアはまだ疑わし気な顔をしていたけど、イモクセイさんは僕の言ったことを理解してくれた。
お金を使うのはここまでだ。後は他の班から稼がせてもらえばいいのさ……
うどんが茹であがったところで、少々早めの夕食をいただく。豚肉の脂とタマネギのおかげで甘めのつゆに仕上がったため、タルトも満足してくれた様子。食いしん坊なだけあって3歳児のくせにあごが強く、素人が手打ちした太くてゴワゴワのうどんも平然とムシャっている。煮込んで柔らかくしてあげようかと言ったら、これぐらいコシが強いほうが食べごたえがあっていいと断られる始末だ。
「この甘めのつゆにシャキシャキとしたカイワレが実に良くあうのです」
薬味にネギではなくカイワレ大根を山盛りにしたタルトが、またまた食通ぶったことを抜かす。女子たちが揃って右に倣えしたので、余ったネギは僕がありがたく独占させてもらった。田西宿実であった時から、僕は薬味にネギしか使わないというネギ原理主義を貫き通しているのである。
「伯爵たちはうどんなんだねっ。この肉も伯爵が獲ってきたのっ?」
「いや、街で買ってきた豚肉だけど……」
今から夕飯の準備に取りかかるのか、お隣のバンガローからムジヒダネ班が出てきた。アンドレーア班は何を食べているのだと、クセーラさんが晩御飯に突撃を仕掛けてくる。
「サバイバルで買ってきた肉を口にするなんて恥だわ……」
「そういうことは、せめて獲物を捕まえてきてから言おうよっ」
上流階級にとって狩猟は嗜み。狩り場に来て家畜の肉を食べるのは不名誉なことだとムジヒダネさんが笑う。すかさず、未だ1頭も獲ってきてない奴が偉そうなことを抜かすなとクセーラさんがツッコミを入れた。ムジヒダネ班は今日もボウズであったらしい。
「二日続けてカチカチのパンと味気ないキャベツのスープなんて、どういうことなのっ?」
「肉や野菜まで買って食べていたら、最後までお金が持たないわ。贅沢していられるのは今だけよ」
イノシシでなくていいからとにかく捕まえてこいと、クセーラさんが大物しか目に入ってない班長に不満をぶちまける。買ってきた食材でお腹を満たすなんて長くは続かないのだから、僕たちに惑わされるなとムジヒダネさんは譲らない構えだ。穀物に比べると肉や野菜は割高なので、毎食分すべて購入していたら資金が底をついてしまう。サバイバル実習で使える限度額は、そうなるように調整されていた。
「そうでもないんだね。これが……」
だけど、僕たちは2体の精霊を味方につけ、穀物も野菜も売るほど確保済み。狩り場も目星はついているので、明日にでも獲物を狩ってこれるだろう。燃料にする薪も、切り倒すのと乾燥させるのだけ僕がやれば後は女子たちで充分。虫対策もバッチリだ。アンドレーア班はすでに、何不自由のない気楽なキャンプ生活を満喫する準備を終えているのである。
「ずいぶんと余裕ね……」
「そりゃ、後はもうタルトとゴロゴロしてたっていいくらいだし……」
なんだその態度は。サバイバルを甘くみていると痛い目にあうぞと【ヴァイオレンス公爵】が睨み付けてきた。その言葉は、そっくりそのままお返ししたい。
イノシシを探して2日も無駄にした君たちと一緒にしないでくれたまえよ……
「そりゃ、伯爵は余裕だよっ。好きな時に必要な分を獲ってこれるんだからっ」
「なあ、明日は一緒に行かないか?」
「ヘル君、東部派の手を借りることなんてないわ……」
ヘルネストが明日こそ一緒にと誘ってきたものの、他の派閥に助力を求めるなんて恥だとムジヒダネさんが言い張った。プライドで腹は膨れないとクセーラさんに言われても、意地っ張りな班長は僕の手を借りることを頑なに拒み続ける。
「まぁ、僕は槍での狩りなんてしたことないし、イノシシを狙うつもりもないからねぇ……」
弓を使う僕と槍を使う脳筋ズでは狩猟のやり方が違うから、一緒にいても仕方ないだろうとヘルネストの誘いを断っておく。本音をぶっちゃけてしまえば、助手はロリボーデさんがいてくれれば充分。殺気ダダ漏れの【ヴァイオレンス公爵】は足手まといでしかなく、ヘルネストにやってもらうことなんてない。血気に逸って勇み足をする役なら、もう仔オオカミたちがいるのだ。
「モロリーヌはせいぜい小物を追いかけていればいいのよ」
「そうさせてもらうよ。ところで、燻製小屋を一緒に使わせてもらえないかな。スモークチップはこっちで提供するから」
「それなら余ってるスペースを好きに使うといいわ」
寛大な態度で燻製小屋の使用を許してくれるムジヒダネさん。そっちこそ余裕ぶっこき過ぎだろうと思ったけど、わざわざ教えて意地悪されても困るので素直にお礼を言っておく。僕の獲物を見た彼女がどんな顔をするか楽しみにしていよう。
イノシシは狩らない。だけど、大物を狙わないと言ったつもりはないんだぜ……




