164 潜入! ホンマニ城
モウヴィヴィアーナを経って二日目、魔導院一行はモウホンマーニに到着した。ここから東に1日ほど行ったところにマジデスカという街があり、そこから今度は北に半日ほど進んだところが目的地である。初めてなのに名前に聞き覚えがあると思ったら、学長先生の実家であるマジスカ家がある街であるそうな。
「お菓子がなくなったのです」
「あんなにあったのにっ? どんだけ食べてんのっ?」
「【萌え出づる生命】にヌトヌトもいるのですから、なくなるのが速いのは当たり前ではありませんか」
目的地に到着するまでの分としてシルヒメさんに大量の焼き菓子を用意してもらったにもかかわらず、タルトの奴はたった2日で食べ尽しやがった。乳母車には発芽と蜜の精霊が同乗している。他の精霊たちの分を考慮していなかった僕の失策だと、底なしの食いしん坊は偉そうにふんぞり返りって文句を言い始めた。
くっ……こいつはとんだ計算違いだ……
ここはホンマニ公爵様の本拠地だから、上流階級向けの高級菓子店だってたくさんある。使い込みをするには絶好の環境だ。何か手を打たなければ、目的地に到着する前にリタイヤという前代未聞の結果を残してしまう。
「お城にいけばシルビアさんがお菓子を出してくれないかな……」
いつものようにシルヒメさんはリアリィ先生に貸し出し中。公爵様のシルキーなら、同じ精霊のよしみでご馳走してくれるのではないだろうか。お城の厨房にある材料で作ったお菓子が手に入るとなれば、いかに意地汚い3歳児といえど買い食いしようとは思うまい。
「さっそく行ってみるのです」
「ギョイッサー」
発芽の精霊はついてくる気マンマンのようだ。喋れない蜜の精霊もガッツポーズでやる気を表す。こっそり出かけていることが気取られないようイリーガルピッチは宿の厩舎に残し、クマネストに跨ってお城に向かった。
「シルビアって? どこのシルビアだ?」
「公爵様と契約しているシルキーのシルビアさんです」
「バカ野郎。約束もなしに公爵様を訪ねてくる奴があるか」
シルビアさんに会いたいのだとお城の門番に伝えたところ、それは公爵様に会いに来たも同然だと門前払いにされた。タルトがあからさまに不機嫌な表情を浮かべる。これはヤバイ。確かコナカケイル氏が謹慎中でお城にいるはずだけど、リアリィ先生に突き出した僕を快く迎えてくれはしないだろう。
何かいい方法はないか……
「こうなったら忍び込むのです」
「ちょっ? タルトッ?」
門番からは建物の陰になって見えないところに乳母車を止めたタルトが、こともあろうにお城に不法侵入すると言い出した。
「わたくしに入り込めない場所なんてあってはならないのです。裏口を探すのですよ」
自分は【忍び寄るいたずら】。いかに手を尽くそうとも、侵入を妨げることなんてできはしないのだとタルトが言い放つ。どうもプライドを刺激されてしまったらしく、すっかりやる気になっていて僕の制止なんて聞こうともしない。
「アッチニカクサレタイリグチ……クサガオシエテクレタ……」
「さすがは【萌え出づる生命】なのです」
植物から情報を得られる発芽の精霊が、さっそく外壁に偽装された隠し扉を見つけ出す。鍵がかかっているのではと期待したものの、手で押しただけで簡単に開いた。不用心なのか、若しくはタルトが何かしたのだろう。あっさりとお城に侵入した3歳児は、隠れようともせずトコトコと歩いていく。
「隠れなくていいの?」
「とっ捕まれば、きっとシルビアのところに連れていかれるのです」
「ダメだよっ。捕まったら地下牢にぶち込まれちゃうよっ」
入り込んでしまえばこっちのもの。不審者として捕らえられれば公爵様のところに突き出され、そこにはシルビアさんもいるはずだとタルトがあっけらかんと口にする。貴族の居城に忍び込んだことがバレたら、スパイ容疑をかけられて首ちょんぱされてもおかしくない。誰にも知られず、こっそり用事を済ませて退散することを強硬にオススメする。
「ならば、下僕がシルビアのところまで案内するのです」
見つからずにシルビアさんのところまで行ければそれでよし。そうでなければ捕まってでもご馳走になりに行くとタルトに脅され、僕は精霊たちを引き連れての潜入ミッションをこなさなければいけなくなった。
ダンボールもないのに、無茶すぎんだろこれ……
幸いなことに、僕たちが入ってきたのは人通りのない裏庭のようなところ。もっとも、隠し扉を人目につくところに作る奴もいないだろう。一度来ているので、間取りまではわからなくとも公爵様のいる本館の方向はおおよそ見当がついた。お城の使用人とすれ違わないよう、ロゥリングレーダーをフル稼働させてコソコソと人目を忍んで進む。捕まったら困ると考えているのは僕ひとりみたいで、精霊たちはかくれんぼ気分で楽しんでいるようだ。
「クスリナ、あの草むらを大きくしてくれないかな?」
「マカセロ……」
発芽の精霊が軽く手をひと振りしただけで、膝下くらいまでだった草むらが僕たちを隠してしまえるほどに成長した。今は植物がグングン伸びる季節だから、いつの間にか草むらが大きくなっていても誰も不思議に思わない。立派な繁みとなった草むらに隠れて通りすがりのメイドさんをやり過ごす。
お城の中はいくつかのエリアに分かれていて、壁で区切られ門には門番がいるのだけど、通用口のような裏口が案外簡単に見つかった。相変わらず鍵はかかっていない。これは、侵入者を誘導するための罠ではなかろうか。
「罠ならあったのです」
「タルトが解除してくれたの?」
「作動したことに下僕が気付いていないだけなのです」
「ちょっ?」
僕たちが通ってきた隠し扉や通用口には、開けた時にそれをどこかに知らせる仕掛けがあったらしい。つまり、何者かが侵入してきたということはとっくにバレている。タルトの言葉を裏付けるかのように、ロゥリングレーダーで捉えている魔力反応に物々しい雰囲気が増えてきた。
マズイ、このままでは囲まれる……
まっすぐ本館に向かうのを諦めて、重点的に捜索が行われていそうな場所は迂回することにした。扉を開けた時にそれがわかるという仕掛けだそうなので、兵士が確認にやってくるまでには多少の余裕があるはず。その僅かな時間のうちに移動してしまえば発見されずに済むだろう。
「賊が侵入したって?」
「すばしこい奴で、居所が捉えられんそうだ」
「魔術で姿を隠してるんじゃないのか?」
「それなら見破る魔導器を持った騎士が見つけてる。犬に匂いを追わせても、侵入してくるのが異常に速くて、追いつく前に内側に入り込まれる始末だ。どこに現れてもおかしくないから、捜索班が来てないからといって気を緩めるなよ」
どうにか本館の近くまで来ることに成功。裏門のような場所の様子を物陰からうかがってみたところ、見張りの兵士と伝令に来た兵士の会話が聞こえてきた。思ったとおり、僕たちがいなくなった場所を懸命に捜し回ってくれているようだ。だけど、本館の警戒は厳重で忍び込めそうにない。
「どこかに隠し扉とかないかな?」
「モチロンアル……」
発芽の精霊はとっくに植物から聞き出していたようだ。見回りの兵が通り過ぎるのを待って秘密の出入り口へと近づく。隠し扉なので周囲からは見つけ難く、もちろん見張りも立っていない。忍び込むには絶好の場所である。ただ、この扉を開けば本館に侵入したことが察知され、すぐさま兵士たちが集まってくるだろう。ダッシュで移動してこの場所から離れられるよう、近くに感じる使用人の気配が遠ざかるのを待つ。
……えっ?
タイミングを計って、よし今だと思った瞬間。どうぞお入りくださいとでも言うかのように、扉が勝手に開かれた。もちろん、向こう側には誰もいない。だけど、この扉が開けられたということが知られてしまった以上、訝しんでいる暇なんてなかった。抜き足差し足忍び足なんてことはせず、ドタドタと廊下を駆け抜けて隠し扉から離れる。曲がり角の向こうから誰かがやってくる気配を感じ、手近なドアを開けて倉庫のような場所に潜んだ。
「クックック……下僕もなかなかやるではありませんか。ですが、あんまりグズグズしていると捕まりに行ってしまうのですよ」
いつまでも待たせるなと、タルトの奴がニヤニヤ笑いながらタイムリミットを設けてきやがった。そして、シルビアさんは彼女専用の厨房にいると教えてくれる。僕ではまだ彼女の魔力を特定することはできないけど、この3歳児はとっくに掴んでいるのだろう。だけど、連れて行ってくれと言ったらわざと捕まるに決まっているので、案内を任せることはできない。
犬対策にクソビッチのおならを焚いて倉庫を後にする。匂いを嗅ごうとすれば、イボ汁粉を吸い込んで悶絶するだろう。メインの厨房は1階にあるけど、シルビアさんの専用厨房は3階。公爵様の執務室近くにあったはずだ。問題となるのは階段。必ず通らなければならないうえ、身を隠す場所もない。封鎖されていませんようにとおっぱいの女神様に祈りながら様子をうかがってみたところ、案の定兵士が見張っていた。
くそう……こんな時にクセーラさんの『湯煙ビューティー』があれば……
一糸まとわぬリアリィ先生の後ろ姿に気を取られたところで足元にヌルヌルの蜜を撒いてやれば、邪教徒でない限り足を滑らせて階段を転げ落ちるに違いない。僕の方が高い評価をもらえたけど、使い勝手はクセーラさんの術式の方が良かったのではあるまいか。
ん……これは使えるかも……
警戒網の隙を探しているうちに、おかしなことに気がついた。人が出てくる気配を感じたので、そこに通路があるのだろうと思っていたところが壁だったのである。この建物の中にまで、隠し扉と通路が配置されていたようだ。扉をさっと開けて、隠し通路には踏み込まず元来た廊下を階段近くまで戻ってみる。
「賊が隠し通路の存在に気付いたらしい。配置をパターンFに変更だっ」
「くそっ、本館の警備だけでは手が足りんぞっ。応援はないのか?」
「わからん。警備主任がただ一匹の賊に応援を求めたくないのかもしれん」
警備の隙を作るには、まず相手を動かすこと。僕が隠し通路に侵入したと勘違いしてくれたらしく、階段を見張っていた兵士が命令を伝えに来た兵士と共に去って行った。どうやら人手不足のようで、数のものをいわせたローラー作戦を展開する余裕がないらしい。
お城の警備体制としてはいささかずさんな気もするけど、今は好都合だ。
「下僕はずいぶんと大胆な手を思いつくのです」
楽しそうにワイワイはしゃぐ精霊たちとノーマークになった階段を上がり、配置が完了する前にその先にある階段まで到達。一気に3階まで駆け抜ける。ロゥリングレーダーで捉えられる魔力反応が、先ほどの隠し通路が伸びていた先に集まっていた。おそらく、そちらにも階段か梯子があったのだろう。まるで防衛ラインを構築するかのように2階を厳重に警戒している。すでに3階まで侵入されているとも知らずにご苦労なこった。
隠し通路側の警戒に人員を割いているため、表の廊下側にいるのは兵士でない使用人だけ。適当な部屋に潜んで行き交うメイドさんをやり過ごし、シルビアさんの厨房へ接近する。魔力の反応はふたつ。ひとつはシルビアさんで、警戒心を隠すことなく放っているのは見張りの兵士だろう。厨房の中にいられたのでは、僕にとれる選択肢はひとつしかない。
「タルト、イボ汁吸入器を持ってない?」
「もちろんあるのです」
やる気かと楽しそうな笑いを浮かべながら、タルトがローブの袖口からマスクの付いたボンベを取り出した。こうなったら最終手段。厨房の中の兵士には実力行使あるのみだ。精霊たちに作戦を説明する。
「オカシダー……」
「なんだ君はっ?」
発芽の精霊が歓声を棒読みしながら厨房へ駈け込んでいく。囮に気を取られたところで、床を這うように蜜の精霊が見張りに接近。足元にヌルヌルの蜜をぶちまけた。
「ヌト――ぐわっ?」
足を滑らせて転倒したらこっちのもの。タルトと一緒に馬乗りになって押さえつけ、見張りの口元にイボ汁吸入器を当てる。ちゃんと詰め直してもらったので、ムジヒダネさんの時のように空なんてことはない。
「ふぐおぉぉぉ――――っ!」
無理やりイボ汁を吸い込まされた見張りは、陸に打ち上げられた魚のように激しく身体を悶えさせた。胸に乗っかって上半身を押さえつけている僕を弾き飛ばそうと、狂ったように何度も腰を突き上げる。だけど、ここで手を放したらお終いだ。逃がすものかと全力で押さえこむ。
「ひぐうっ、ひぐう……」
しばらく悶え苦しんだのち、見張りが白目をむいて動かなくなる。時折、身体をビクンビクンと痙攣させているものの、すでに意識はない模様。口元に当てていたイボ汁吸入器を外すと、そこから見覚えのある顔が出てきた。
「あれ? レッド?」
「今ごろ気がついたのですか」
見張りの正体は、無差別求婚の罪で謹慎を言い渡されていたオムツレッドことコナカケイル氏だった。またまた恨まれるようなことをしてしまったけど、相手が変態ならいいだろう。変態には何をしても罪にならないのだ。
「精霊が3体もついているとはいえ、見事と言わざるを得ない手際だな。判断にも迷いがない」
「ロゥリング族というのはここまで厄介ですか。なるほど、娘が手を焼くわけです」
――なんだとっ?
突然かけられた声に振り向く。ロゥリングレーダーで感じた魔力はふたり分だけ。コナカケとシルビアさんはそこにいる。それなのに、薄紫色のドレスをまとった公爵様と初めて見る初老の紳士が、厨房の隅で笑みを浮かべながら僕たちを眺めていた。




